第11話 解決編②


 ロベルトside


 両親はずっと仮面夫婦だった。国の利益のために他国から嫁いできた母親は、父親のことなど全く見ていなかった。いつまでもいつまでも、少女のように「国に残してきた婚約者」のことを自分に語って聞かせていた。


 父親もそうだ。母親が悪い訳ではないのに、小さい頃から結婚を約束していた従姉妹との間を引き裂かれたと自分に愚痴をこぼし続けていた。


 そんな、2人のたった一つの共通点。


「愛するものと幸せな結婚をしなさい。」


 どの口が言っているのかと叫び出したい気持ちになったことが何度かある。結婚で失敗しているのに、いまだに結婚に夢を見ている2人。大きくなってから調べたが、父親の従姉妹も、母親の婚約者もとっくに結婚している。それなのに、掴めなかった夢に思いを馳せ、目の前にいる相手を蔑ろにし続ける2人。



(絶対に結婚なんかしたくない。)


 自分は国王の一人息子。結婚しないなんてことは許されないと分かっている。それでも嫌だった。誰かを伴侶に迎え、夫として妻として死ぬまで過ごすなんてことをは地獄にしか思えなかった。


 父親と母親にそれぞれ別れを促したことがある。しかし、2人とも「国のため」と言って笑った。


 夫婦であるのにお互いに背を向けて暮らす両親。本当に好いた人とは一緒になれず、国のために奉仕する王族。愛なんていらない、恋なんてしたくない。そう思っていた。


 

 そんな自分が馬鹿みたいに一目惚れしてしまった。学校で一目見た時から、心臓の高鳴りが止まらないのだ。新入生首席のエールカ・モキュル。レニアーリスのように美しい訳ではないのに。背は小さいし、顔もどちらかというと可愛いぐらいの程度。ふわふわの髪にそばかすが散った健康的な肌。クリクリとした瞳。そして何より、努力を続けるひたむきさ。


 心を射抜かれてしまった。恋愛なんて馬鹿のすることだと。自分は利害関係のある他国の姫をもらって、義務的に子供を作って、国のために笑い続ける人生を送ると思っていたのに。


 振り向かせたかった。過去の自分にどんなに馬鹿にされたっていい。自分を見て、微笑んで「好きだよ」と笑って欲しかった。


 今まで、自分の肩書きや容姿に惹かれて、女は勝手に寄ってきた。だからどうすれば好きになってもらえるかなんて分からなかった。思いついたのは、自分と同じ王立会に入れること。一緒にいる時間が増えれば、自分のことを知ってもらえる。エールカのことを教えてもらえる。そして、一緒に勉強したり、出掛けたりもできるようになるかもしれない。そう思った。



 しかし、完全に間違えた。仲間たちがエールカを馬鹿にして、貶めてしまった。それにエールカも反論したものだから、なおさら問題は大きくなってしまったのだ。


 虐めの標的にされてしまったエールカ。助けなければ。そう思い、エールカが言われなき悪口を言われている場面に飛び出そうとした。



「それは悪手でございますよ、ロベルト様。」


 止めたのはミシュレオンだった。


「止めるな、ミシュレオン。私は彼女を酷い状況に追い込んでしまった。私が責任を取らなければならない。彼女を救わねば。」


「エールカ・モキュルが欲しいのでしょう?」


「っな!」


「好いておるのでしょう?」


「っ!」


 自分の気持ちを見事に言い当てられ、顔を赤くして言い淀んでしまう。そんな自分を見てミシュレオンはクスリと笑った。


「次の王ともあろうお方がぬるいことを。欲しいものは手に入れればいいのです。王にはその権利がある。ここで貴方様が出ていけば、ただの親切な男。」


「…私にどうしろというのだ。」


「エールカをボロボロにするのです。完膚なきまでに、2度と立ち直れないほどに。その時にロベルト様が手を差し伸べるのです。エールカの心を貴方様で埋め尽くせば、エールカはずっとあなたの側にいてくれる。」


「…妻にせよというのか?彼女は庶民だ。正妃にはなれない。」


「でしたら、私を正妃に。えぇ、私はお飾りで構いません。そしてエールカを側妃に迎えて、子供を産ませれば、貴方様の下を離れることもないでしょう。」


「…そなたはそれでいいのか?」


「私の家も王族との結婚で利があります。何の不満がありましょう?」


 欲しい。エールカが欲しい。


 その一心でミシュレオンの提案に乗ってしまった。


 そこからは虐められているエールカを無視する日々が始まった。自分が何も言わないことを知った生徒たちは、エールカへの虐めを激化させていった。ボロボロにやつれていくエールカを遠くから見ると、すぐに駆け寄って抱きしめたくなる。でもそれは出来ない。将来のため、2人の幸せな未来のために。


(側妃にしたら、思いっきり可愛がってやろう。)


 その日を思い、胸躍らせていた。


 しかし、エールカがミシュレオンに手を出し、退学処分となってしまった。学校から出て行かれては困る。ミシュレオンにどういうことだと問い詰めると「全ては貴方様のためです」と微笑まれた。


「貴方様に他国から縁談が来ております。我が国よりも高位の国ですので、あちらの姫がロベルト様を気に入れば、こちらから断ることはできません。しかし、既に婚約が済んでいればその限りではない。計画を前倒しにいたしましょう。」


 ミシュレオンから、エールカに城に残るように話してこいと言われ、急いで部屋を訪ねた。流石にいきなり側妃になれとは言いづらい。まずはその優秀な頭脳を城で活かしてもらうとして、いずれは自分の妻となってもらう。


 城で働くことをエールカは了承してくれた。後は城に迎えて、少しずつ口説いていけばいい。そう思っていたのに。


 翌日。ミシュレオンが全てを台無しにした。後でゆっくり説明するはずだったことを、全てエールカにぶちまけてしまった。うちひしがれるエールカを見て、ミシュレオンに対する怒りが湧き上がってくる。しかしこの場でそれを爆発させる訳にはいかない。エールカが学校を出てから、秘密裏に捕まえて城に招き入れよう。




「おーう、エールカ。来たぞぉ?」



 そんな妄想はエールカの幼馴染、もとい古龍の王にぶち壊された。連れて行かれるエールカ、この国よりも遥かに上位の古龍の国に睨まれる自分。とんでもない失態だ。自分のやり方が悪かったのは分かっている。それでも計画を台無しにしたミシュレオンに怒りをぶつけたかった。


「ロベルト様。私、ロベルト様を愛してしまったのです。申し訳ありません。だからエールカに貴方様をとられたくなくて。どうかお許しを!」


 油断している間に、そう言って口付けされた。その瞬間、自分の中のあらゆる感情が凪いでしまった。思考がぼんやりして、考え続けることができない。


「ロベルト様、エールカに謝りに行ってください。傷付けて悪かったと。謝りたいとアウラ様の屋敷に使いを出し続けるのです。この国の王子からの申し出、いつまでも無視はできまい。」


 ミシュレオンの声が醜いそれに変わったような気がするが、よく分からない。その提案に頷いた後、言われた通りに使いを出し続けた。


 ひと月ほど続けたある日。ミシュレオンに直接屋敷に行くよう指示された。無言で頷いて、屋敷へと向かう。アウラニクスの屋敷の者からは、入れられないと言われるが、とにかくアウラニクスたちに会えるまでここを動かないというと、やっと取り次いでくれた。


 王城よりも豪華なんじゃないかと思われる豪勢な屋敷の中を進んでいくと、広間に通される。四つの椅子と豪華な彫り込みがされた机。自分が腰掛けると同時に部屋の扉が開く。



「しつこい。エールカには二度と合わせないと言っている。殺されたくなければ今すぐ帰れ。」


 殺気で人を殺せるならとっくに殺されているだろう。アウラニクスが喉を鳴らしながら言葉を吐く。


「エールカが傷付くのを見て見ぬふりをしていたのに、今さら何の用?早く帰りなさいよ。」


「殺す。」


 アウラニクスの後ろに、あと2人の人物が続く。ミシュレオンに聞いていたエールカの幼馴染だろう。


「とにかく謝りたい。会わせてくれ。頼む。」


「くどい!」


「ひっ!」


 アウラニクスの口が大きく開くと、鋭い牙が見えた。龍の幻影を見て悲鳴が漏れる。それでも、怖くても会わないと。エールカに会わないと。絶対に会わないと。それが命令だから。


「エールカに会いたいんだ。謝らないと。謝らないといけないんだ。」


「謝る必要なんかない。エールカはお前のことなんかなんとも思ってない。いくら王族といえども、これ以上しつこくするなら殴る。それにエールカは今日村に帰る。もうお前らとは関わることもない。」


 漆黒の男に胸ぐらを掴まれ、至近距離で告げられる。ダメだ。エールカがここから離れるなんて。ダメだ。ダメダメダメダメ。


「エールカぁ、エールカに会わないとぉ。」



「待て…。おかしい。っ!!!!阻害魔法か!!!」


「っアウラ!」


 自分の身体から濃い紫の靄が勢いよく噴き出す。それに気づいた漆黒の男は一瞬で後ろへと飛んだ。


「ひぃぃ!い、いだい!ぐるじぃ!」


「カイ!呪いもかかってる!2つとも解け!」


「分かった。」


 突然息ができなくなり、自分の首を押さえる。身体が燃えるように熱いのに、手足は氷のように冷たい。のたうち回っていると、カイと呼ばれた男が自分にのしかかってくる。


「痛いかもしれんが呪いを解かないと死ぬ。我慢しろ。」


「いぎぃぃ!!!」


 男の手が自分の胸の中にズプリと沈んだ。あまりの光景に勝手に口から悲鳴が漏れる。なぜか血は出てこない。カイは腕をモゾモゾと動かして、何かを探しているようだった。そして「あった」と小さく呟き、勢いよく腕を引き抜く。その瞬間、痛みもなくなり呼吸も楽になる。ぐったりと身体からチカラを抜いてカイが引っ張り出したものを見る。それは濃い紫色の結晶体だった。


「…邪神になりかけの欠片だ。俺が残した力を奪ったな。早く対処しないと面倒なことになる。」


「やっと尻尾を出したか。」


カイとアウラニクスが結晶体を見ながら喋っている。このひと月、ぼんやりとしてい思考がやっと戻ってくる。なんでこの屋敷に来たのか。そうだ、ミシュレオンに言われたのだ。あの女に。


 ミシュレオン、美しく着飾った貴族の娘。自信に満ち溢れ、いつも口元に優雅な笑みを浮かべた紫の瞳が特徴の賢い女。


 そうだったか?ミシュレオンはあんな娘だったか?いや違う。もう少し小さい頃、貴族が集まるパーティーで見かけた事がある。その時はあんなに着飾っていなかったはずだ。質素なドレスに、しなやかな髪を野薔薇のシンプルな髪飾りで結えていた。読書が好きで、人前に出るのが苦手。貴族としての位は高いものの、王族の婚約者などもってのほか。


そして何より。


「瞳は金色ではなかったか…?」


 いつからだ。いつからあの女は変わった?人を虐め陥れるなど全く考えようもない純朴な女。それがどうしてあんな苛烈な女になった?


 そんな思考はエールカの幼馴染の女性の悲鳴で中断させられた。


「くっ!!!いない!いないわ!エールカが屋敷のどこにもいない!」


「屋敷から出たら分かるはずだ!」


 アウラニクスが怒鳴る。しかしカイが無表情で首を振る。


「この男にかかっていた阻害魔法で、エールカの気配が屋敷の中にあるように偽造されていた。間違いなくアイツの仕業だ。」


 カイが手に持っていた紫の結晶体を握りつぶす。すると少しだけ紫の靄がでた後、すぐに霧散した。


「すぐ出るぞ。あいつ、エールカに何かあったら殺してやる。」


「っ、わ、私も行く!」



 よく分からないが、エールカが危機に瀕しており、自分にその原因があることは分かる。よろよろとなんとか立ち上がり、アウラニクスたちについて行こうとしたが、頬に凄まじい衝撃が走り、その場に倒れ込んでしまう。


「足手まといはここで寝といてちょうだい。…お前へのお仕置きは帰ってきてからだ。」


 スイと呼ばれた女性に殴られたと分かる。その殺気に声も出せない。自分が何も言えぬ間に、3人の姿は掻き消えてしまった。

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