第10話 解決編①
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全てを滅ぼそうとする邪神と戦っていた。どこからか現れたそれは、女神たちが少しずつ少しずつ育てていた世界が気に入らなかったのか攻撃をしかけてきた。
しかし、女神たちの守りの力は凄まじく、世界にも女神たちにも傷ひとつ与えることは出来なかった。それでも、邪神は馬鹿の一つ覚えのように、ひたすら突進して攻撃してくる。女神たちはため息を吐きながら、それを打ち返すことを何百年と続けていた。
「もうそろそろ終わりにしないといけないわね。」
ある日、姉女神が言った。とうとう決断してくれたと、妹女神や女神たちの属神たちは喜んだ。いくら女神の加護で攻撃は受けないと言っても、出かけるたびに突進してくる禍々しい靄に、皆が辟易していたのだ。とうとうあの邪神を殺してくれるのだと、自分も喜んだのだ。
それなのに、それなのに!
「どうして!どうしてお姉様がともに封印されなくてはならないのです!あんなもの、さっさと消滅させてしまえばいよろしいのです!」
姉女神が決めたのは、邪神とともに永い眠りにつくこと。誰もが反対した。殺してしまえばことたりる。どうしてあなたが一緒に消えなければならないのかと。
「あの子は殺してしまっては駄目なの。一緒に居てあげないと取り返しのつかないものになってしまう。雛のうちに、善いものに戻してあげないといけないのよ。みんな、分かってちょうだい。」
最終的にみんなは折れた。きっと深い考えがあるのだろうと。この邪神を殺してしまえばもっと禍々しいものが生まれてしまうのだろうと。
(嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!!!)
だが自分だけは知っていた。ある日の真夜中。誰もいないほのかに光る花畑の中心で、姉女神と黒い靄が寄り添っていたことを。まるで恋仲でもあるように寄り添い続けていたことを。
(姉女神は私たちを裏切ったのだ。邪神と恋に落ちて、共にいるために我らを捨てるのだ!)
許せない許せない許せない!
その光で我らを照らしたくせに。新しい我らの世界を創ってともに生きていこうと言ったくせに。結局は自分の欲を優先した汚い女!
だからだから!
「お姉様ぁーーーーー!」
「ーーーーーーーーーっ!!!!」
姉女神の身体から真っ赤な血が滴り落ちる。妹女神が必死に癒しの術をかけているが、一向に姉女神の身体に空いた穴は塞がらない。当たり前だ。自分の命をかけた呪いだ。力の足りない自分が女神を殺す方法。自分の命を贄にした殺しの呪い。
殺した。殺したんだ。もう光など必要ない。汚い、霞んだ光などいらない。妹女神が自分を罵り、女神の力で攻撃してくるが、何の痛みもない。自分達を裏切った汚い女、汚い光。これで終わりだ。
自分達を裏切った光は消してしまったはずなのに。
それなのに、どうしてまた照らすのだ。
「また、殺さなければ…。」
暗い暗い部屋で呟いた。
?side end
「え?村に戻るの?」
朝食をモリモリ食べながら、エールカは首をかしげる。隣で一緒に食事をしているアウラが頷いた。
アウラの屋敷に連れてこられて約ひと月。蝶よ花よとでもいうように世話をされたエールカはすっかり昔のエールカに戻っていた。痩けてしまっていた頬もふっくらと血色良く、身体も肉付きが良くなりすぎたくらいだ。スイに丁寧に手入れされた髪はフワッフワになり、髪のあちこちに可愛らしい花が飾られている。
「あぁ、エールカも元気になったしそろそろ連れて行っても大丈夫かと思ってな。」
「でも、結局私、村のために何もできなかったからみんなに合わせる顔がないなぁ。」
「村を救う植物を見つけたのはエールカだ。おかげで植物の試験栽培も成功して増産態勢に入ってる。」
黙々も食事を続けていたカイが答える。
「エールカのお父さんとお母さんも会いたがってるし、村の人たちも早く会いたいって言ってるわ。」
エールカの後ろでその髪を美しく編み込んでいるスイがニコニコと笑う。
「うん、今日もとっても可愛いわエールカ。」
「ありがとう、スイ。そうだね、村に帰って一度父さんと母さんとも話さないと。村に戻るよ。」
アウラに向かって言うと、ニコリと微笑んだ
「なら今すぐにでも出発だな。荷物を積み込んで…。」
「でも帰る前に街を見て回りたい!」
アウラの言葉を遮ってエールカが宣言するように立ち上がる。
「駄目だ。」
「駄目ね。」
「駄目。」
「なんでよ!!!」
3人に同時に否定されて、エールカは地団駄を踏む。実はこの王都に来てから一度も街に出たことがないのだ。学校に入ってからは調べ物と勉強で忙しく、街に遊びに行くような時間はなかった。寮の自室から、楽しげに街に出かけていく同級生を見てそれはそれは羨ましく思っていたのだ。
両親が送ってくれていたお小遣いには一切手をつけていないので、お土産を買っていく額は十分にある。もう2度と王都に来ることなどないだろうから、村に帰る前に一度羽目を外してみたかった。なのに、3人からバッサリ切り捨てられてしまったのだ。
「王都なんて危ない。誘拐されたらどうする?絶対に駄目だ、買い物がしたければ村に外商でも呼んでやるから。」
「駄目よ、絶対に駄目。エールカの可愛さにメロメロになった野蛮な男たちが寄ってくるに決まってるわ!」
「エールカに声をかけようものなら俺が殺す。」
どうしてこうも過保護なのか。自分を可愛いと言ってくるのは、この幼馴染3人ぐらいだ。小さい頃から過保護気味なところはあったが、最近はそれが特に強くなってきている。
「ちょっと買い物に行くだけだよ!すぐに帰ってくるから!」
「駄目だ。もうこの話は終わりだ、村に帰る準備するぞー。」
「おろせーー!」
アウラに抱き抱えられてしまったエールカはジタバタと暴れるが、敵うはずもなく疲れてぐったりとしてしまった。
「…失礼します、アウラ様。申し訳ありませんが、お耳に入れたいことが。」
「下がれ。ここには入るなと何度も伝えたはずだ。」
「…ご来客でございます。アウラ様を連れてこいとの仰せで。」
「ほぉ…?」
アウラのこめかみに青筋が浮かんだのが分かった。スイとカイの雰囲気も一瞬で不機嫌なものに変わる。
「ここに来たということはあいつらも決着をつけるつもりか。いいだろう、行くとつたえろ。スイ、カイ、お前らも支度をしろ。」
「あなたに言われなくてやるわよ。」
「エールカはここで待っておくように。すぐに終わらせて帰ってくる。デザートを一緒に食べよう。」
「あ!ちょっと!」
3人は立ち上がり、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
(ん?これはチャンスなんじゃないか?)
来客ということはそんなに早く用事は終わらないだろう。であれば今、屋敷から抜け出して少し買い物をしてくる時間ぐらいあるのではないか。
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから大丈夫。」
自分の荷物をゴソゴソと漁って、お小遣いが入ったポシェットと予備の靴を取り出す。
「アウラ達の用事が終わる前に帰ってくればいいわけだし!」
窓を開けて、エールカは外へと飛び出した。
「うわぁ、すごい!!」
王都であるリングインの市場は圧巻だった。遠くまで伸びる真っ直ぐな大通りの両脇に店が軒を連ねている。多くの人が行き交い、活気の良い声があちらこちらこら聞こえてきた。
「すごい!すごいすごい!」
国中のものが集められた店の品揃えにエールカは興味津々だった。金や銀、赤や青など色とりどりの宝石が嵌め込まれたアクセサリーや、繊細な刺繍が施されたドレスや革靴。不思議な形をしたランプに、うず高く積まれた書物たち。食べ物だってなんでもある。クリームたっぷりの焼き菓子に甘い甘い果物。匂いを嗅ぐだけで酔ってしまいそうな強い酒に、山盛りに積まれた肉。
夢のような光景に、エールカは興奮で頬を赤くし、店々を覗いていた。街に行って戻ってきた生徒達はみな本当に楽しそうな顔をしていた。確かにこんなものを見れば自然と笑顔になってしまうだろう。
しばらくあちこちに目移りしてしまっていたが、慌てて自分の両頬を叩いて冷静になる。誰に何を買うかは道中決めてきた。
「両親には日持ちする菓子で、アウラには綺麗な髪紐、スイは美味しそうな果実酒、カイには新しいローブを…。」
両親のお土産はもちろんだが、幼馴染たちにも何かプレゼントしたかった。ボロボロになった自分を救ってくれた3人。小さい頃からずっとそばにいてくれた3人にずっと何かお礼をしたかったのだ。
「とにかく急がないと。」
ダラダラしていれば屋敷を抜け出したことがバレてしまう。早足で店を回り、それぞれのお土産を手に入れていく。
「よし、最後はアウラの髪紐…!」
少し言ったところに髪専用の装飾品店の看板がある。すでに買った土産が入った鞄を持ち直して、店に向かおうとした。
「おぉーと、失敬!」
「あぁ!」
覚えのある声、そして足。両足を引っ掛けられて、エールカは地面に無様に倒れ込んでしまう。それと同時に隣からガシャンと酷い音。慌てて鞄を見ると、中から液体が滴ってしまっている。開けてみると、スイのために買った果実酒が入った瓶が割れており、全ての土産が台無しになってしまっていた。
「薄汚い子リスにお嬢様が当たってしまったではないか!お嬢様、こちらでお拭きください。」
「ミシュレオンとアーノルド!」
アーノルドがニヤニヤと笑ってこちらを見ている。一方で、ミシュレオンは今まで見たこともないような無表情でこちらをただ見つめている。
「お嬢様はお前のような野蛮な子リスに構っている暇などない!婚約者であるロベルト様に会いに行かれるんだからな!さぁ、行きましょうお嬢様!…お嬢様?」
アーノルドの言葉に全く反応せず、ミシュレオンが無言のまま自分に近付いてくる。その不穏な雰囲気に、エールカは背中に冷や汗をかく。後ろに下がろうとするが、さっき転んだ拍子に足を挫いてしまったのか立ち上がることができない。
「やっと出てきたか。あそこにいられては手出しができない。ロベルトをやったのは正解だったな。あいつにかけた呪いのおかけで、屋敷の防衛魔法が弱まった。阻害魔法も一緒にかけてやったから、あいつらはお前が屋敷から出て行ったことは分からない。」
「ひっ!」
ミシュレオンの口から出た声は、彼女の声ではなかった。しゃがれた老婆のような、獣の断末魔のようなそれは聞いているだけで気分が悪くなり、エールカは口元を押さえてうずくまる。
「おっ、お嬢様!?」
アーノルドが真っ青な顔でミシュレオンに手を伸ばす。
「邪魔だ男。」
「ぐぅあ!!!!」
ミシュレオンが視線を向けると、それだけでアーノルドが苦悶の表情を見せる。
「女神との数百年ぶりの逢瀬を邪魔するな。殺してやろうか。」
「や、やめて!!!」
ミシュレオンがアーノルドの首に手を伸ばす。悪い予感がして、エールカはそれを止めた。すると、ミシュレオンはピタリと動きを止めた後、エールカに視線を向けた。
「あぁ、眩しい。眩しいな、あなたは。おぞましい程に眩しい。穢れた光だというのに!」
「一体何を…?」
ミシュレオンの言っている意味が分からない。しかし、このまま放っておいては駄目な気がする。
「あなた、一体…!」
「っ!お前、お嬢様じゃないな!お嬢様を返せ!!!」
「…。」
「やめて!!!!」
ミシュレオンの手から禍々しい黒の光がアーノルドに向かって放たれる。エールカは痛みを堪えて、何とかアーノルドの前に立った。
冷たい冷たい何かが自分の身体を貫いた。
「ぐぅぅぅあ!!」
「エールカ!!!!」
アーノルドが悲鳴のような声を上げて自分に駆け寄ってくる。ゆっくりと自分の腹を見ると、そこは真っ赤に染まっている。
「創世時代のやり直しだ。あの時はすぐに死んでしまって面白くなかったなぁ。今回は手加減したから楽しめそうだぁ!行くぞ、女神よ!」
「待て!お嬢様とエールカを返せ!」
「アーノルド…。」
アーノルドが必死にミシュレオンの足にしがみついているのが辛うじて見える。しかしすぐに蹴飛ばされて動かなくなってしまった。
どんどん意識が遠くなる。ミシュレオンの汚い高笑いだけが聴こえてくる。
「アウラ、…ス…イ、カ……イ…。」
エールカは幼馴染の名前を呼んだ後、意識を失ったのだった。
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