第14話 解決編⑤


スイside


 何をしても敵わない姉がいた。自分より美しく、自分より賢く、自分より優しい。誰よりも愛していたし、誰よりも尊敬していた。


 女神として生まれた自分と姉のエルカミニオン。お互いに支え合いながら大きくなり、世界を創れるほどの力を手に入れた。


 自分たちを慕ってくれる人や動物、精霊たちのために世界を創ろう。そう決めて行動を始めた時、邪神の幼体がやってきた。弱いくせに何度も姉に向かってくる。いちいち構ってやる姉に何度もさっさと殺すように言った。でも「殺してしまったら駄目なのよ、ああいうのは」と言って相手にしてくれなかった。


 そして挙句の果てに、邪神とともに長い眠りにつくと言い出した。もちろん反対した。絶対に許さないつもりだった。身を挺してでも止める。まだまだ幼いこの世界には、姉の存在が必要なのだから。


「大丈夫よ、あなたがいればね。あなたは自分が思うよりもずーっと優秀で美しくて、優しいんだから。」


 そう言って優しく抱きしめて笑った。その顔をする時は譲らない時だと分かってしまった。もうこの人は止められないんだと。


「死ぬ訳じゃないの。ただ長い眠りにつくだけ。邪神の心が落ち着いたら一緒に目覚めるわ。だからそれまであなたに世界を見守ってて欲しいの。あなたと2人で創った大事な大事なこの世界。どうか守ってね。」


 あなたにしか頼めないわ。


 そう言われたら断れない。姉のお願いを断ることなんて小さい頃から出来なかったのだから。


 必ず目を覚まして欲しいと。目を覚ましたら自分に1番に会いに来るように約束させた。


 とうとう眠りにつく日。最後は笑顔で見送ろう。そう思っていたのに。




「お姉様ぁぁああーーーー!」



 どうして姉のお腹に穴が空いてる?どうして姉は血塗れなのか?どうして、姉が死にそうになっている?


「嫌よ!嫌!絶対に駄目!お姉様が死ぬなんて!そんなそんなことがあってたまるもんですか!駄目よ、嫌あぁぁ!」


 気が狂いそうになる。姉の身体を貫いたのは邪神の力。隣で呆然と座り込んでいる漆黒の男を何度も何度も殴りつけた。


「お前が!お前が来たから!お前なんかがこの世界に来たからお姉様は!!!死ね!お前が死ねば!!!!!」


「駄目よ、スイラーン。そんな悲しいことを言っては駄目。」


 己の拳を止めたのは姉の血塗れの手。


「貴方の手はそんなことをするためのものじゃないわ。誰かを慈しみ、優しく撫でるためにあるものよ。そうでしょう、女神スイラーン?」


「お姉様、お願い、死なないでぇ…!」


 女神なのに。自分は女神なのに。この傷は治せない。邪神の力とたっぷりの呪いがこびりついたこの傷は治せないのだ。


「大丈夫よ。必ず戻ってくるわ。邪神にも約束したの。2つの約束を破ったら流石に悪い女神になっちゃうから。」


 姉は最後まで笑っていた。この世界を頼むと。


 それからは空虚な毎日が続いた。姉に頼まれたこの世界を放り出すことはできない。繁栄し続ける生き物たちを見守り、何か諍いがあれば降臨して仲裁した。自分の声を聞くことができる者を聖女とし、それぞれの国に置いて神託を与えられるようなシステムも整えた。


 全てはいつか帰ってくる姉に褒めてもらうため。「流石私の妹ね」と頭を撫でてもらうために。



 しかし、姉は予想もしていない姿で帰ってきた。姉の気配を感じて、急いで飛んでみればそこにいたのはなんの力もない赤子。ただ姉と同じ魂の色をしただけの女だった。


(こんなの!こんなのって!)


 髪の色も、瞳の色も、肌も何もかも違う。


(帰ってくるって言ったのに!)


 こんな紛い物になって帰ってくるとは聞いていない。赤子の存在自体が許せない。今すぐ殺してしまおう。


 しかし、それを邪神だった男、カイが止めた。そして、姉の復活を打診された。


 世界を守るために少しずつ力を使い続け、昔のような強い力は無くなってしまっている。しかし、カイが持っている姉の欠片を使えば、姉の全てを取り戻すことができる。


 即座に了承した。姉の魂を受け継いだ女、エールカのことなど眼中になかった。ただ姉を取り戻すためだけの生贄。ただ18歳までは生きてもらわないといけない。それに覚醒に耐えられるよう、心身ともに健康な人間にしなければ。


 だから幼馴染として側にいた。エールカになんの思いもないが、まるで大切にしているかのように振る舞った。


 エールカのことは大嫌いだった。


 姉と違い美しくない。姉と違い賢くない。姉と違い力がない。


 違いを見つけるたびに、殺してやりたい気持ちが湧き上がってくるのを何度も抑えた。


(たった数年の我慢だ。それでお姉様を取り戻せる。)

 

 お姉様を何千年も待った。でも帰ってきてはくれなかった。ならこちらから迎えに行かないと。きっと寝過ごしてるのだ。呼び掛ければきっと帰ってきてくれる。


(私はお姉様しかいらない!)





「スイって本当に頑張り屋さんだよねぇ。」


「えー?そう?」


 夕方、2人で家路についていた時。エールカがそんなことを言い出した。いつものようににっこりと笑顔を浮かべ、話を流そうとした。


「そうだよ。なんでも一生懸命やるでしょ?人が見てないところも手を抜かずにやってる。それでね、一人一人にしっかり向き合って話を聞くんだよ。どんなに小さな話でもちゃんと聞いてあげるの。自分が大変な時も相手を優先してるの。優しいね。女神様みたいだね。」


 自分でも単純だと思う。でも心を射抜かれてしまったのだ。何千年と1人でこの世界を見守ってきた。すぐに諍いを起こそうとする人間たちのために聖女を使ったシステムを作り、できるだけ長く平和が続くようにした。ほかの世界からやってくる敵と1人で戦い、世界を守った。生き物から生まれる瘴気が世界を蝕まないよう、何度も浄化した。


 たった1人で何千年もだ。孤独だった。誰も褒めてくれなかった。唯一自分を褒めてくれていた姉はもういないのだから。


なのに。


「スイ、偉いねぇ。」


 頭を撫でられた。それだけで、これまでの何千年が報われたような気がしたのだ。



 だからお姉様。




「エールカの側にずっといたいのよ!!!」



スイside end





「ふーん、私から2人を取り上げるなんていい度胸ね。何の力もない人間ごときが。」


 エルカミニオンが不敵な笑みを浮かべながらこちらに近付いてくる。


「大丈夫よ、スイ、カイ!私が必ず貴方たちを守る!たとえ貴方たちが私のことをただの生贄だと思ってるとしても、私は貴方たちが大好きだから!」


死ぬかもしれない。その前に自分の気持ちを伝えた。そして伝えなくてはいけない人がもう1人。


「アウラ!大好き!」



「エールカぁ!!!!」


 

 誰の声か分からない怒声が響いた。








「うぐぅああぁ!」


「はい、逃げなーい!」


 緊迫した空気は呑気な間伸びした声で霧散する。自分を攻撃しようとしていたエルカミニオンの手は、いつの間にかエルカミニオンの下から抜け出していたミシュレオンの腹にめり込んでいた。深くめり込んだそれにダメージを受けたミシュレオンがその場に這いつくばってえずく。



「全く!もうエールカの方が大事なくせに何で最初に私の所に来るかなぁ。名誉挽回のためにこんな芝居打つことになっちゃったじゃないの!お姉様に感謝しなさいよ、あんたたち!」


「ひぎぃ!いだ、いだい!やめろぉ!」


 痛みに立ち上がれないミシュレオンの前に座り込み、エルカミニオンがずっと目潰しを繰り返している。先程の雰囲気はどこに行ったのか、ふわふわと半透明で浮かんでいる時の呑気な彼女に戻っている。


「古龍さん、ごめんね。渡せないっていうのは、この子は私が徹底的に虐め抜いて虐め抜いて矯正するからその役目は渡せないって意味なの。確かにエールカのお腹に穴を開けたのはこの子だし、復讐したい気持ちは分かるわ。でも、私はこの子に殺されてし、計画色々台無しにされてるの。もちろん、譲ってくれるわよね?」


 その剣呑な雰囲気に、アウラは少し考える素振りを見せた後、しょうがないとでも言うようにため息をついて頷いた。


「驚かせるな、古の女神。命をかけて貴方と戦わないといけないと覚悟していたところだ。」


「はぁー、ほんとにいい男ねぇ。ほらあんたも見習いなさいな!」


「っ!黙れ!」


「口答えしない!」


「んぎゃあ!」


 ミシュレオンはまた目潰しされている。どうも懲りてないようだ。


(あぁ、良かった。冗談だったんだ。みんな無事だったんだ。)



 みんな怪我をしなくて済む。安心すると同時にエールカの瞳が潤み、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。


「あぁ、可愛らしい子。私を受け継ぎし私。本当に美しい魂を持っているわ。ごめんなさいね、怖がらせてしまった。大丈夫。貴方や貴方の大事な人たちを害することは絶対にしないわ。それに私が復活した以上、誰からも貴方を傷つけてさせない。」


「エールカを守るのは俺の役目だ。」


「お姉様、私がエールカを守ります。」


「2人とも…!」


 スイとカイが右と左からエールカをそれぞれ抱き締める。しかしエルカミニオンはそれ冷ややかな顔で見た後、「私が追い詰めなければ本音を言うこともなかったくせに。偉そうね。」と呟く。


 痛いところを突かれたのから2人ともグッと押し黙ってしまった。そんな2人を見てエールカは笑いが込み上げてくる。


「ごめんね、エールカ。愚かな妹と邪神を許して。でも、少しはお仕置きしてもらって構わないわ。古龍と違って一途じゃないんだもの。…この勝負、古龍の一人勝ちになりそうね。」


 エルカミニオンが最後に小さく呟いたが、エールカの耳には届かなかった。なんて言ったのか聞き返そうとすると、地面に膝をついていたミシュレオンが立ち上がった。


「クソクソクソクソ!汚い裏切り者の女神め!復活したからどうした!もう一度この邪神の力で殺してやる!」


「ほぉ、我に逆らうか?世界を創った我に邪神こどきが勝てるとでも?」


「抜かせぇええええ!」




「駄目だよ!その人はただ、エルカミニオンが好きなだけなんだから!」



 洞窟にエールカの声が響く。それと同時にミシュレオンとエルカミニオンの攻撃がピタリと止んだ。


「あのね!ミシュレオンはエルカミニオンがカイと寄り添ってたのが嫌だったんだって!嫉妬したんだね!ミシュレオン、殺すなんて回りくどいことして何がしたかったの?好きなら好きって言わないと伝わらないんだよ?あれ、邪神とかってか好きって言葉言えなかったりする?」


 エールカは気にせずぺらぺらと喋り続ける。恋愛をしたこともない自分でも分かる。ミシュレオンはエルカミニオンが大好きだったのだ。なのに、ほかの男と寄り添っていた。それがショックで気に入らなかったのだ。それで殺すなんてのは絶対にやりすぎだから罪は償わなくてはいけないが、気持ちを伝えることは誰にでも許されることだ。


「ほら、ミシュレオン!ちゃんと言わないと!好きですって!頑張れ!」


 エールカは頑張れー!と言って応援するように右手を突き上げた。



「…。」


 エルカミニオンは黙ってミシュレオンを見ている。




「ちっ、ちが!だ、誰がこんな女!べ、べつに!だ、誰が!!!馬鹿、この馬鹿!!!」


一方、ミシュレオンは誰でも分かるぐらいに動揺していた。それを見て、エルカミニオンははぁーーーーーーと長い長いため息をついた。



「いい加減にしろ、オルガー。」


「っ!!!ぐぁ!!!」


 エルカミニオンがその名を口にすると、ミシュレオンの身体から黒い靄が吹き出してくる。そしてその勢いが止まると、ミシュレオンの身体からガクンと力が抜けた。


「え?あれ?」


 エールカは目を見開く。なぜならミシュレオンの瞳が紫から金色に変わったからだ。


「今までのミシュレオンは本当の彼女ではない。あいつに取り込まれ、操られていた。」


 黒い靄が徐々に形を成して、人の形になっていく。


「すべての黒幕はこのオルガーだ。」


「くそ!!!」


 黒や紫などが汚く入った焦茶の髪、紫と茶色が混ざった瞳。所々破けた服を着たヒョロ長い神経質そうな男がそこにいた。


 

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