第4話 幼馴染襲来編②
「とにかくまずは食え。これも食え。それも食え。」
「こんな食べられるかなぁ…。」
今、エールカの目の前には大量の食べ物が並んでいた。たっぷりのクリームを使った焼き菓子に、みずみずしい果物、焼きたて熱々のパンに、肉汁が溢れ出ている肉料理、そして、故郷でかつて特産品だった果物を使ったお菓子も置いてあった。その細かやかな気遣いに、エールカの心が温まる。
「食べられなくてもちゃんと食え。」
もはや訳のわからないことを言いながら、アウラはエールカの横に座ってフォークに刺さった肉を差し出し続けている。エールカはまるで餌付けでもされている気分だったが、アウラは真顔のままなので、ふざけている訳ではないのだろう。
「そんな痩せてるなんて聞いてないぞ。ただでさえお前は小さくて痩せっぽちなんだから、もっと肥えろ。」
差し出される肉を食べるとすぐにまた差し出される。これ以上食べるとほんとに太ってしまう。断りたいところだが、随分と心配させてしまったのだろう。断るときっとまた悲しい顔をされると思うので、ここは食べておいたほうがいかもしれない。そう判断したエールカはもくもくと食事に集中することにした。
「もう無理ぃ…。」
「まぁ、こんぐらい食べればいいか。あとは俺が食う。」
テーブルに所狭しと並べられていた食事は半分ほどに減っている。時間をかけて何とかエールカが食べたのだ。しかし、どうやってもこれほどの量を食べ切ることは難しく、あとは大食漢のアウラに任せることにした。
ものすごい勢いで減っていく食べ物を見ながら、エールカはアウラに疑問をぶつける。
「それで、アウラはなんでこんな屋敷を持ってるの?」
アウラに連れてこられたこの屋敷。予想の何倍にも豪華なものだった。豪華絢爛、金銀宝石を使った立派な門をくぐれば、シンメトリーの美しい庭園が目に飛び込んでくる。道の両脇には、水路が通っており、美しい純白の花が咲き乱れていた。道を馬車で進んでいくと、王族でも住んでいるのかと言うほど大きな屋敷があった。この国では見たこともない建物の造りは、アウラいわく「ここから東にある国の伝統的な造り」とのこと。高さはない平屋の周りを木造の廊下が囲んでいる。建物の中に壁はほとんどなく、布のような仕切りで部屋を区切っていた。爽やかな風が屋敷全体を通り抜けるようになっており、エールカは豪華な調度品にビクビクもしながらも、この屋敷をすっかり気に入ってしまっていた。
「あー?だから買ったって言っただろ。お前のために。」
「またそんなこと言って。アウラにそんなお金がある訳ないでしょ?」
呆れたようにエールカが苦笑いする。アウラの仕事は村の周囲にたまにやってくる魔物の討伐だ。確かに農作物を育てるよりもお金は稼げるかもしれないが、こんな屋敷を買えるほどにお金がもらえるとは思えない。まさか何か悪いことに手を出しているんじゃないかと、嫌な想像さえしてしまう。
「アウラ!もし悪いことしてるんだったら…!」
「アウラさまぁーーーーー!」
「きゃあ!」
アウラを問い詰めようとした瞬間、ものすごい勢いで部屋に誰かが入ってきた。入ってきたと言うよりはむしろ転がり込んできたという方が正しいかもしれない。そして、膝を立てて食事をしているアウラのそばで平伏すると、シクシクと泣き始めた。
「ま、まさか!アウラ様にこの屋敷を使っていただける日が来ようとは!わたくし、感動で胸がいっぱいでございます!!!」
「…部屋には誰も通すなと言ってあったはずなんだがな。」
アウラが不機嫌そうに顔を顰めた後、グルッと喉を鳴らした。食事の手を止めて、テーブルの上に置いてあった銀色の鈴を手に取り揺らす。リンリンと綺麗な音が聞こえると同時に、黒い布で顔を隠した人物が「お呼びでしょうか?」と音もなく部屋に入ってくる。
「国からあいつを呼んでおけ。着いたらすぐに俺のもとに来るように伝えろ。それとこいつをつまみ出せ。いいか、もう一度だけ言う。この部屋に誰も近づけるな。行け。」
「かしこまりました。」
入ってきた顔を隠した男は、アウラの横でいまだに頭を下げている男を担ぎ上げ、またも部屋から音もなく出ていった。目の前で起こったことが理解できず、エールカはただ黙っていることしかできない。
「全く。久しぶりの番いとの逢瀬だってーのに。どいつもこいつも無粋だなぁ。」
食事を再開したアウラがめんどくさそうに呟く。そういえば番いと言われたような気がしたが、一体何の話だろうか。
「アウラ、その番いって一体何のこと?」
「お前は俺の番いだってことだけど?」
「だから番いって何?まるで動物か何かみたい。」
「動物も何も、俺は古龍だから番いって言葉は別に間違ってねぇだろ?」
「…古龍?」
「?あぁ。」
「…誰が?」
「俺が。」
「聞いてない。」
「聞かれてないから話してないな。」
「何でそんな大事なこと話さないのよ!!!!!!!」
エールカは本当に久しぶりに怒声を上げたのだった。
「なぁ、エールカぁ。機嫌直せよ。」
長年一緒にいた幼馴染が伝説の生き物である古龍だと聞かされて、そんな簡単に機嫌直してたまるか。エールカは部屋の隅に座って壁の方を向き、ひたすらにアウラを無視し続けていた。
どうしてそんな重要なことを教えてくれなかったのか。話す時間はいくらでもあったはずなのに。
(私は大切なことを話すような存在じゃなかったってこと…?)
学校でのこともあり、どうしても思考がマイナスの方へと向かってしまう。じんわりと目に涙が浮かびそうになってきた。
「…ダメだ、エールカ。泣くな。」
突然身体を持ち上げられる。もちろん犯人はアウラだ。エールカの身体を抱えたまま、床に座り、自分の胴を跨がせるようにして抱きしめる。
「変なことを考えるなよ。古龍であることを、俺自身が重要視していないってだけだ。それにエールカには古龍じゃない俺を見て欲しかった。番いであるお前の前ではただのアウラでいたかったんだ。」
アウラが至近距離で懇願するように話してくる。いくら幼馴染といえども、これだけの近さで美しい顔面を見てしまうと、どうしても顔が赤くなってしまう。
「わ、分かった!分かったから離れて…。」
「嫌だ…。なぁ、エールカぁ。俺のことが嫌いか?」
「嫌いな訳ないでしょ!好きだよ!」
「そうか。うれしいなぁ。俺もエールカが好きだ。ずっとずっとお前のこと待ってたんだ。死ぬまで1人だろうって覚悟してたのに、お前が生まれたから。絶対一緒になろうって。幸せにしてやろうって。…なのに俺の下から離れていったな。他の雄の臭いもぷんぷんさせやがって…。なぁ?俺のこと好きならいいよなぁ?俺のものにしてもいいよなぁ。」
「アウラ…?」
アウラの黄金の瞳が爛々と輝き始まる。それと同時に、エールカの身体を抱き締める腕の力も徐々に強くなってきた。
「独占欲が他の種族より何倍も強い古龍の俺がこれだけ我慢したんだ。なぁ、いいだろぉ?」
「きゃ!」
アウラがエールカの頬を甘噛みする。その刺激にエールカの身体が大きく震えた。その反応を見て、アウラは嬉しそうにクツクツと笑う。
「可愛いなぁ、俺のエールカ。千年待ったんだぞ、俺は?とんだ寝坊助だったな。」
「アウラ?」
輝く黄金の瞳を見つめていると、頭が甘く痺れるような感覚に陥って何も考えられなくなる。ただあるのはアウラへの思い。
大切な幼馴染への思い。それはアウラのものと同じだろうが。
「なぁ、エールカ。頷いてくれよ、俺のお嫁さんになるって。もうどこにも行かせない。俺といっしょにここで暮らそう。」
甘えるように擦り寄ってくるアウラに愛しさが込み上げでくる。自分よりも5歳以上歳上の男に甘えられるのはなんだか気分がいい。もういい。頷いてしまおうか。アウラとずっと、ここで、このまま、2人で。
「なぁ、エールカ。俺の唯一、番い…。俺が何でもしてやる。エールカはただ俺のそばにいてくれればいい。」
アウラの顔がさらに近づいてくる。このまま受け入れてしまおうか。何もせず、何も考えず、アウラの側に。そうすれば楽だ。まるで、お人形のように。
「っ!!!!だめ!!!!」
「あでっ!」
我に返ったエールカが手のひらでアウラの顔を押し返した。ベチンと鈍い音がして、アウラが小さく悲鳴を上げる。
「何だよー。あとちょっとだったのに。やっぱりダメかよぉー!嫌だ、諦めたくねーよ!せっかくあの2人がいねーんだから!!」
アウラが子供のようにギュウっと強くエールカを抱きしめ、イヤイヤと首を横に振る。その様子が、いつものアウラのようでエールカはケラケラと笑った。
「アウラ。分かってるでしょ?私はただの人形みたいに隣で笑ってることなんてできないよ?」
「わかってるよー!でもいいじゃねーか!ちょっとくらい期待しても!今、エールカが少し弱ってるし、この隙につけこんだって悪くはないだろ!」
「うわ、最低。」
アウラの本音を聞いて、エールカが呟くとアウラが「エールカぁ」と情けない声を出した。
「私は村のために頑張りたいの。…全部無駄になっちゃったけどね…。」
退学の事実を思い出して、エールカが自嘲気味に笑う。
「そんなことないわ。エールカのおかげで村はもうガッポガッポだから!」
「うげぇ!!!」
突然部屋に2人以外の声が響く。と同時にエールカを抱き締めていたはずのアウラが壁に激突していた。エールカが目を丸くしていると、ふわりと身体を持ち上げられる。
「あぁ、なんてこと!エールカのふわふわの綿毛のような髪がこんなにバサバサでキシキシになってる!許せないわ!今すぐお風呂に入るわよ!ちょっとアウラ。寝てないでさっさとお風呂に案内して、ほんと木偶の棒なんだから。」
「スイ??」
「うん、あなたのスイが参上したわよエールカ。久しぶりね。」
深い深い蒼に真珠のように白い肌。真っ赤な唇に笑みを浮かべるとんでもない美の化身。
エールカの2人目の幼馴染はにっこりと笑ってエールカの頬にキスをした。
アウラニクスside
長い長い時を一人で生きてきた。最強と謳われ、もはや自分を脅かすものなど存在しない。自分に敵う龍が存在しないのだから、王として祭り上げられたのも仕方なしとも思った。
王になれば、次代の王が求められる。龍とは自分の番いのみを愛するが、その番いは一向に見つからなかった。世界中を探し回ってもその気配すら感じ取れない。長い時を生きるのだから、待っていればいつかは出会える。そう思っていたのは果たして何百年前だっただろうか。
龍として番いのみを愛する習性を分かっている側近たちも、次代への期待から側室を勧めてきた。それだけは受け入れられない。しつこかったものは二度とそんな提案ができないように痛めつけた。
寂しい。数百年、一人で王座に座り続けるのは孤独だった。国も安定していて、自分がすることなどほとんどない。寂しさを紛らわせるために選んだのは眠り。何が問題が発生すれば、察知して起きることを側近に伝えて微睡むことにした。
また百年たった。それでも番いは現れない。あぁ、最強ゆえに1人なのか。1人で生きていくしかないのか。
微睡みながら諦めかけた。そんな時だった。
心が震えた。眩しくて愛しくて抱き締めたくて。
やっと、生まれてくれた。生まれたことをちゃんと教えてくれた。
(あぁ!やっと!やっと!!!!)
目を覚まして歓喜の声を上げた。国中に響いた自分の声。それが番いを見つけた王の喜びだと気付いた国民は、孤独な王にやっと巡ってきた幸せに涙を流してともに喜んだ。
(必ず手に入れる。必ず幸せにする。)
待ち続けた番い。今、会いに行く。どうか受け入れてほしい。何たって千年も待っていたのだから。
迎えにいったら、自分と同じような考えのやつが2人もいたのは誤算だった。
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