第3話 幼馴染襲来編①
「アウラ…?」
「おう。お前のアウラだ。」
高く結えた真紅の髪が風に揺れ、金色の瞳が優しげに細められる。なぜだろう、彼がこの場にいるだけで、息をするのが楽になる。今までドス黒い何かに埋め尽くされていたような空気があっという間に綺麗なそれに変わったような、そんな不思議な気分だった。
自分よりも頭2つ分大きい背丈に、惚れ惚れするほどに引き締まった体躯。意志の強そうな太めの眉に、男らしい薄い唇。紛れもなく神に愛された容姿の男がそこにいた。
そして、神に愛された男こそが、エールカの幼馴染の1人だった。
ザワザワと校門周辺にいた生徒たちが騒ぎ始める。今まで遠巻きにこちらを眺め、愉快な演劇でも見ているように笑っていた彼らが、慌てたような驚いたような表情でこちらを見ていた。
そんな雰囲気をものともせず、アウラはゆっくりとエールカに近づいていく。着ている服は、どこにでもあるような着古した白の上着に黒のズボン、編み上げ靴を履いている。それなのに、まるで王族のようなオーラを放っていた。
ニコニコと機嫌良くしていたアウラだったが、エールカに近づくにつれて、どんどんと顔を顰めていき、目の前に来た時にはその表情は怒りに変わっていた。
「おい、どういうことだ?」
「ア、アウラ?」
「ま、待て。そなた、名は何という?」
アウラがもう一度口を開きかけた時、2人の間に割って入るものがいた。顔を赤く染め、瞳を潤ませたレニアーリスだ。
エールカに対する態度とは真逆、恥ずかしそうな表情でチラチラとアウラを見ながらモジモジと体をくねらせている。その容姿と相まった可愛らしさに、周囲の生徒たちがほぉっと感嘆の息を吐いた。
「わらわは妖精の末裔が治める国の姫、レニアーリス。そなたのように美しく強そうな男がは初めてだ。わらわはそなたとなら!」
「エールカ?なんでこんなに痩せ細ってる?なんで目の下にそんな不細工な隈ができてるんだ?ん?俺は聞いてないぞ?どうしてだ?手紙にはそんなこと1つも書いてなかったな?エールカ?」
アウラの瞳にレニアーリスなど一切映ってはいなかった。まるでそこにただの壁があるかのように、横に避けた後、アウラはエールカの小柄な身体を抱き上げた。そして自分の逞しい腕の上に座らせる。
「…体重が5キロも減ってるなぁ。丸々してたほっぺがこんなに痩せちまってるじゃねーか。」
「ん…。」
アウラの手がスリっとエールカの頬を撫でる。エールカはそれが当たり前であるかのように、その手を自然と受け入れていた。その光景を見て、レニアーリスがギリっと奥歯を噛み締める。
「エールカ•モキュル!その男から今すぐ離れよ!離れなければ不敬罪としてそなたを拘束する!」
「レニアーリス様!?」
レニアーリスの突然の暴挙に、ロベルトの隣に控えていたメルギーが目を剥く。いくら王族とは言えども、あまりにも理不尽な要求は許されない。加えて、いつも冷静で滅多なことで感情を見せないレニアーリスが憎々しげな表情であることにも驚いていた。
しかし、アウラとエールカは離れようとせず、むしろアウラがエールカの胸の辺りに自分の顔をスリスリと擦り付けている。
「っ!やめよ言っているのが聞こえないのかぁ!」
とうとう我慢の限界に達したレニアーリスがその掌から、荒々しい風を出し、エールカに向かって放った。
「アウラ!」
逃げてほしい。このままではアウラに攻撃が当たってしまう。誰よりも強いと豪語しているアウラだが、妖精の末裔の攻撃に耐えられるはずがない。
自分はどうなってもいい。でも大事な幼馴染だけは怪我をさせたくない。
エールカはアウラの腕の中から出ようと身体をよじる。しかし、全く効果はなかった。それどころか、更に強く抱き締められる。
「アウラ!」
「あー?お前、俺のエールカ狙いやがったな?」
アウラの喉から獣のような唸り声が聞こえたかと思うと、その瞳がカッと一瞬だけ光った。その眩しさは周囲の人間の目を焼くには十分で、あちこちで小さなうめき声が聞こえてきた。もちろん、エールカの瞳はアウラが手で覆っていたために一切のダメージはなかった。
「あ、あれ?レニアーリス姫が!」
「あー?あんなもんほっとけよ。ブンブンうるせえ羽虫の末裔だぞ、あいつ。」
自分の目を覆っていたアウラの手を外すと、先ほどまで怒りに身体を震わせていたレニアーリスが地面に突っ伏していた。ピクリとも動かない彼女の姿を見て、エールカは何があったのかと不安になる。恐らくだが、アウラが何かしたのだろう。エールカは、アウラに自分を下ろすように言った。
最初は渋っていたアウラも、エールカが睨みつけると小さくため息をついて下ろしてくれた。急いでレニアーリスの下へ向かおうとしたが、アウラによって止められてしまった。
「おーっと、だめだ。俺から離れるな。ただでさえ、学校に行かせるのは俺は反対だったんだ。約1年も離れてたんだぞ?まずは堪能させろ。」
「ッアウラ!」
今度は後ろから抱きしめられる。ジタバタと暴れてみても全く歯が立たなかった。
「大体どうしてアウラがここにいるの!?父さんと母さんが迎えに来るはずだったのに!」
「変わってもらったんだ。どうせ帰ってくるんだったら誰が迎えに行っても同じだろ?」
「わ、私は村には!」
「…ん?村には何だ?エールカ、まさかお前。…村に帰らないつもりじやねーだろうな?」
「っ!」
図星を突かれて、エールカが言い淀む。するとアウラの顔から表情が抜け落ちた。
「…お前が帰ってくるっていうから、一番穏健な俺が来たんだ。帰らない?帰らないっていうんならみんな呼び寄せねーとなぁ。」
「ま、まって!違う、ちゃんと帰るから!」
「もう遅い。」
「ひゃあ!」
後ろから抱きつかれたまま、グイッと上に持ち上げられ、気づけばお姫様抱っこの形になってしまった。
「とりあえずは俺の屋敷に行くぞ。そこでいくらでも言い訳を聞いてやる。」
「ま、待って!まだ話が終わってない!」
エールカはジタバタと暴れる。アウラが来たことによって有耶無耶になってしまっていたが、ロベルトやミシュレオンとの話がまだ終わっていないのだ。ロベルトらの方へ顔を向けると、そこには顔面蒼白となったロベルトがいた。
「そ、そなた!い、いや、貴方様は!」
「あぁ?なんだ俺のこと知ってるのか?ってことは王族か何かかあいつ?」
「ちょ、ちょっと!」
先程、ミシュレオンに不敬罪だのなんだの言われていたので、アウラの傍若無人な口調に慌てて手でアウラの口を塞ぐ。しかし、一番慌てていたのはロベルトだった。
「エ、エールカ!そのお方から離れるんだ!そのお方は!」
「お前。エールカに俺から離れろって言ったのか?あ?」
「ひっ!」
アウラの喉がグルリと鳴る。ロベルトが小さく悲鳴を上げて後ずさった。
「ロベルト?何をそんなに怯えている?」
側にいたメルギーが怪訝そうな表情で尋ねる。ウラノスは、レニアーリスに駆け寄り、治療を施していた。
「お前!一国の姫に手を出すなんて、死んでも文句は言えないよ?」
レニアーリスを守るように前に出ながら、ウラノスがアウラを睨みつけた。それをみて、ロベルトが更に顔を青くする。
「やめろ!ウラノス、メルギー!この方に失礼なことをするな!この方は!」
「よーし、エールカいくぞぉ。俺たちから離れようとした罰だ。しばらく屋敷から出られると思うなよ。」
「ちょ、ちょっと待って!なんでこんな都会にアウラが屋敷持ってるの!ただの田舎のおじさんでしょ!」
「ただの田舎のおじさんも、頑張れば都会に屋敷が買えるんだよ。」
「嘘つき!今まで、そんなこと言ってなかった!」
「言う必要がなかっただけだ。そもそもお前が村から出て行くなんて考えもしてなかったんだよ、こっちは。ずっーとこの村で暮らしたいっていうからこっちは準備整えてたっていうにの、突然村のためとか言って出ていきやがって。俺たちがどれだけ我慢してお前を送り出したと思ってる?ギリギリまで秘密にしやがって。お前の父ちゃんと母ちゃんも、お前のためならって学校のこと俺らに漏らさなかったからな。村のために行きたいんだって、お前にあんなに泣かれたら俺らが何も言えないの知っててやっただろ。挙句の果てにはそんなボロボロになりやがって。お前に酷いことをしたやつ、全員殺してやろうか?」
矢継ぎ早に話されてエールカはでもでもだってと小さな声で言い訳をすることしかできなかった。
「…村のためにだろ。分かってる。あの村はお前にとって特別なのは分かってるよ。でもな、俺らにとってはお前だけが特別だ。お前さえいればいいのに、俺たちの目が届かないところでボロボロになるな。」
ギュウっと強く抱きしめられる。心配をかけてしまった。優しい幼馴染たちの気持ちを踏み躙ってしまったのだ。
「ごめん、ごめんねアウラ。でも酷いことしないで。」
自分の頭に顔を埋めるアウラにエールカは優しく声をかける。
「…分かったよ。でももう2度と俺らの手元から羽ばたこうとするな。」
「うん、ごめん。」
ぎゅうっとエールカはその首元に抱きついた。
「校門の外に馬車を待たせてあるから、先に行っとけよ。」
「え?でも?」
「俺はお前の両親に事務手続き頼まれてるだけだ。ほら、早く行け。」
ヒラヒラと手で促され、エールカは学校の外へと出た。
それを見送った後、アウラはクルリとロベルトたちの方を振り返る。そこにはゾッとするほど美しい笑みを浮かべた獣がいた。
「やってくれたな、チンケな人間ども。俺の番いに手を出すとはなんとも業腹な話だ。」
「お、お待ちください!どうか、どうか謝罪を!」
「いらぬ。神罰を覚悟しておけ。」
「アウラニクス様ぁ!」
ロベルトの悲鳴のような声を無視してアウラは歩き出す。
「アウラニクス!?!?あ、あの龍が治める国の古龍王だと!?」
ウラノスの声にアウラが足を止める。
「様を忘れるなよ。」
「ぐぅ!!!」
ウラノスの首が突然締まり、呼吸が出来なくなる。首を掻きむしって暴れていると、またも突然力が抜けて息ができるようになる。激しく咳き込みながら、ウラノスが涙目でアウラを見る。
アウラは表情を変えぬまま、先に行ったエールカを追って歩き出した。
「あれ?そういえばミシュレオン様は…?」
先に馬車に乗って荷物を詰め込んでいたエールカがポツリとこぼす。あれほどに苛烈にエールカを責めていたミシュレオンの姿は、アウラが来た時から煙のように掻き消えていた。
レニアーリスside
忌々しい小娘。自分よりも美しい存在がいると嘘をついた。不細工でなんの取り柄もない女。
ロベルトが王立会に入れたいと言い出した時には、気でも狂ったかと思った。妖精の血を引く美しい自分には敵わずとも、美しい容姿をしているロベルト。王立会のほかの面々も皆、美しい見た目をしていた。なによりも美しさを大事にする妖精の気質が強く出ている自分は、美しくないものの存在が我慢ならない。もとからエールカという娘が気に入らなかった。小動物のような見た目は自分の好みには合わない。
わざわざロベルトが声をかけてやったのに、とんでもない嘘で気を引こうとした愚かな女。
(わらわよりも美しい存在などいるはずないであろうに。薄汚い小鼠め。)
そう思っていた。しかし、嘘ではなかったようだ。ミシュレオンにやり込められ、今にも崩れ落ちそうな娘を愉快げに眺めていたら、やってきた。自分の伴侶となるべき存在が。
(美しい。美しい。なんて美しいんだ。こんなにも美しくて気高き存在がいたのか!)
彼は妖精の血を引く美しい自分にこそふさわしい。すぐに自分のものにしなければ。
そう思って声をかけた。その瞳に自分を映し、愛に溢れた笑顔を向けてくれるはずだと、そう思いながら。
しかし、その予想はあっけなく砕かれた。笑顔どころか視界にも入れてもらえなかった。まるで存在しないかのように無視され、捨て置かれた。
(どうして!?どうしてどうしてどうして!)
美しい自分は蔑ろにされたことなどない。蔑ろにされることなど許されない。
(わらわは王族!妖精の血を引く王族なのだ!)
男に身体を寄せるエールカを見て激しい怒りが込み上げてくる。
(その男はわらわのものだ!!!!)
力を使い、エールカに風を飛ばす。吹き飛べ。遠く行ってしまえ。その男の視界の外へ。そしてその瞳に自分を!
「わらわこそ!!!!」
最後に見たのは眩い金色の光。一瞬で思考が停止、身体から力が抜け、意識が暗転した。
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