第5話 幼馴染襲来編③
「おい、何でお前がここにいる。」
壁にめり込んでいたアウラがのっそりと動き出し、恨めしそうにスイを睨みつけた。一方スイはそんな視線などなんのその、ひたすらにエールカを、ギュウギュウと抱き締めて、グリグリと頭に頬を擦り寄せていた。
「あぁー、久しぶりのエールカは堪らないわ。あぁ、ほんとに辛かった。」
「やめろ変態。エールカから離れろ。」
「誰が変態よ。お前にそんなことを言われる筋合いはない。また壁まで吹っ飛ばされたいの?」
「いきなり喧嘩しないで!」
一触即発、今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気に、エールカは慌てて2人の間に割って入った。本当にこの2人は自分が小さい時から仲が悪い。2人いわく「馬が合わない」らしい。エールカの静止を聞いて、アウラとスイはピタリと動き止める。
「質問にちゃんと答えろ。エールカを迎えに行くのは俺だって決まったはずだ。それにどうして屋敷の中にいる?…まぁ、どうやって入ったかは想像つくがなぁ。」
どしんと床に座り込んで、アウラがポリポリと頭をかく。
「こんな屋敷の警備、私にとってはあってないようなもの。…少し気が抜けているんじゃないのアウラ?」
またも腕の中にエールカを囲ったスイが横目でアウラを見る。
「あー、まぁ、そうだな。気は緩んでたな。なんたって久しぶりのエールカだからな。」
「その気持ちはまぁ分かるわね。っとまぁ、そんな話はどうでもいいのよ。お風呂よお風呂!!早くエールカをピカピカに磨き上げないと気が済まないわ!」
確かにそうだとアウラが頷いて、部屋の外を指差す。
「外に出て右に曲がった所が湯殿だ。」
「さぁ、行くわよエールカ。久しぶりに2人でお風呂に入りましょうね!」
「ちょ、待って!まだ詳しい話が!」
「話は風呂に入ってからだ、エールカ。行ってこい。しっかり温まってこいよぉー。」
アウラがヒラヒラと手を振って食事に戻る。ウキウキと鼻歌を歌うスイに抱えられて、エールカはなす術もなくお風呂へと連行されてしまったのだった。
「うわぁ、すごい!」
スイに連れてこられたお風呂はとんでもなく立派なものだった。香りの良い木で造られた大きな湯船は、人が10人は入れそうなほど広い。そして、少しとろみがあり白濁しているお湯が絶え間なく出続けており、外には立派な庭園が広がっている。
「ふーん、アウラにしてはセンスがいいじゃない。さぁ、エールカ!まずは髪を洗いましょう。私がやってあげるわ。」
ここに座ってと促され、腰を下ろす。すると、スイが優しく頭皮をマッサージしながら髪を洗ってくれた。
「こんなにボロボロになって…。どうしてもっと早く教えてくれなかったの?…教えてくれたらすぐにでも迎えに行ったのよ?」
スイの悲しそうな声に胸が痛む。アウラ同様、スイにも心配をかけてしまった。
「ごめんね、スイ。私頑張りたかったの。努力すれば何とかなるって思ってたんだけど、ダメだったんだ。やっぱり努力しか能がない私なんてダメだったんだよね…。」
ポロッと涙がこぼれ落ちそうになる。それをスイの美しい指が止めた。
「そんなことないってさっき言ったわ。エールカが送ってくれた手紙にあった植物。まだ名前が分からないって言ったでしょ?あれね、カイがエールカの情報をもとに調べてくれて見つかったのよ。」
「カイが?」
思いもがけない言葉に、エールカが目を丸くする。
「そう。かなり古い文献にしか書いてなかったみたいなんだけど、カイがそれを見つけてきてね。実はもう村で試験的に栽培を始めてるの。必ず上手くいくから大丈夫よ、エールカ。あなたの努力は無駄なんかじゃなかった。どんな困難にも負けずにコツコツと進み続けるあなたって本当に素敵よ。」
頭から優しく水をかけられた後、後ろから優しく抱き締められる。
「よかった。ほんとに…良かった!良かったよぉ!」
報われた。自分の努力が報われたんだ。無駄なんかではなかった。喜びで胸がいっぱいになるのに、目からはボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「あぁ、そんなに泣いて。大丈夫、もう、大丈夫よ。エールカを害するものはもうなにもないわ。私たちがエールカを守るから。もう何も心配しなくていいの。」
ゆっくりと抱き抱えられて、そのまま湯船に浸けられる。スイにお腹をトントンと優しく叩かれていると、どんどんと瞼が重くなってくる。
「眠りなさい、エールカ。目覚めたら、甘くて美味しいお菓子と果実水を飲みましょう。村にいた時みたいに夜中まで騒いで、騒ぎつかれて寝てしまうの。だから今はゆっくり眠るのよ。」
「うん…うん。」
スイの言葉にゆっくりと頷くと、エールカはそのまま眠り込んでしまったのだった。
3人が自分の幼馴染になったのはいつからかと言われると、正直はっきりしない。物心ついた時には3人が側にいた。自分よりも年上のアウラとスイ、そして同い年のカイ。3人とも、両親と暮らしている自分と違って一人暮らしをしていた。カイなんて、随分と小さい頃から、エールカの隣の家で1人で生活していた。なんだか不思議な3人だったが、人の良い村人たちは特に追求することもなく、当たり前のように3人を受け入れていた。
エールカと3人はいつだって一緒だった。3人はそれぞれの家を持っていたけれど、ことあるごとにエールカの家にやってきて食事をしていた。両親もニコニコと笑っていてそれを咎めるようなことはしなかった。
平和な村での平和な生活。それがずっと続くと思っていたのに。
魔物の襲来が全てを変えてしまった。いつもニコニコと笑っていた村人たちは、金策のために奔走するようになり、いつも疲れきっていた。畑を耕し、自然を愛し、人を愛していた村人たちに、金を稼ぐと言うことはとても難しかったのだ。
他の村に出稼ぎに行ったり、行商に出たり。そんな村人たちは、他の人間の悪意に触れて体調を崩すようになった。本来なら遊び学ぶことが仕事の幼い子供たちも働かねばならなくなった。それはエールカの家も同じ。いつもニコニコしていた両親は、隣の町で夜遅くまで働いて帰ってくるようになり、やせ細って、ため息ばかりつくようになった。
美しかった村の姿を取り戻す。いつも笑顔だった両親を取り戻す。
エールカが村を出て学校に行くことに、3人の幼馴染は強固に反対した。絶対にダメだ。ここにいろと。しかし、エールカも譲らなかった。行かせてくれないのであれば、3人との縁を切ると。2度と会わないし、学校に行かせてくれなかったとしても、村から出て行ってお金を稼ぎに行くと。
脅しのような言葉にアウラとスイは何とか了承してくれたが、カイだけは最後まで恨み節を吐いていた。
でも、そんなカイが1番頑張ってくれたのだ。カイの照れ臭そうな笑顔が浮かぶ。会いたい。カイに会ってお礼が言いたい。
「もうすぐ会える。」
「ん……。」
エールカが目を開けると、立派な布団に寝かされていた。布団から出ようとするが、なぜか身体が動かない。身体に誰かの腕が絡みついていて、うなじには吐息を感じる。
「ん…、起きたのねエールカ。おはよう。」
どうやら後ろでスイが寝ていたようだ。エールカがおはようと返事をすると、腕の力を緩めてくれた。くるりと後ろを向くと、やはりスイがいて、優しく微笑んでいる。
「よく眠ってたわね。肌艶も少しよくなってるわ。この調子でよく食べてよく寝ればもとのエールカに戻るはずよ。」
「ありがとう、スイ…ってなんで上の服着てないの!!!!って、あ、あれ?スイ、胸が…、あれ?」
スイは上半身裸で眠っていた。美しい鎖骨や胸、腰が露わになっていてエールカは真っ赤になりながら目を逸らす。しかし、何かがおかしい。そう、先ほどお風呂で見たはずの胸がない。小さな身体に不釣り合いな大きい自分の胸とは違い、スレンダーな身体に似合う小ぶりな胸だったが、確かにあったはずだ。
なのに、今はそれが全くなくなっている。ぺったんこになっているのだ。
「え?あれ?胸?あれ?」
「ふふ、混乱してるエールカも可愛いわね。このまま食べちゃおうかしら。」
ギュウと抱きしめられて、その胸に顔を引き寄せられる。柔らかい胸だったはずなのに、逞しい男性のようなそれに変わっている。
「はぇ?」
心なしか、顔つきも男性らしくなってないか?輝くばかりの美貌はそのままだが、美女から美青年に変わっている。声もほんの少し低くなっているような。
エールカが目をぐるぐると回している様子を見て、スイは「今ならキスぐらいしてもバレないかしら?」と呑気に唇を奪おうとしている。
「おーい、起きたなら飯食うぞ。俺が作ったからな。美味いぞ。スイ、キスするな。」
「チッ!」
両手にホカホカと美味しそうな料理が乗った大皿を持ってアウラが部屋に入ってきた。スイは大きな舌打ちでそれを出迎える。
「アウラ!スイが!スイの胸が!女の子のスイが!男の子に!え?あれ?」
「ほら、落ち着け。まずは果実水飲んで水分補給な。」
アウラが差し出してくれた果実水を一気に飲んで、エールカは息を整える。そして意を決してもう一度スイの方を見た。布団に寝転んで頬杖をつき「ヤッホー」と笑っているスイ。確かに胸がなかった。
「やっぱりーーーー!」
「とういうか今まで気づかなかったエールカもすげぇな。今まで、結構露骨に性別変えてたぞ、こいつ。」
もぐもぐと料理を食べながらアウラがエールカの頭を撫でる。
「うふふ。すぐに気付くかなと思ってたけど全然気付いてくれないんだもの。こっちもヤケになっちゃってねぇ。まさか今まで気付いてなかったなんて思わなかったわ!」
ケラケラとスイが笑う。
「え?じゃあ、スイは男?」
「いいえ、男でもあり女でもある。まぁどっちにもなれるって言った方が正しいわね。だからエールカが望む方になれるのよ。あなたが優しくて美しい女に愛されたいっていうのなら女になるわ。精悍で強い男に愛されたいのなら男になる。選ぶのはあなたよ、エールカ?」
「きゃあ!」
布団から腕を伸ばしてエールカの顎を指で持ち上げたスイは、エールカの頬に優しいキスをする。男と認識してはじめてのスキンシップに、エールカの心臓が大きく跳ね上がる。
「そんな声出してくれるなんて、少しは意識してくれてのかしら?嬉しいわ。他の2人よりも一歩先んじてるってところかしら?」
「何阿呆なこと言ってんだ、お前。んなことあるわけねーだろ?いきなりキスされてビビっただけだ、なぁエールカ?」
アウラが身体を寄せてきて、エールカの顔を覗き込んでくる。すると負けじとスイもアウラとは反対方向に身体を寄せてきてぎゅっと抱きついてくる。
「これだから無骨なだけの男って嫌なのよ。乙女の機微ってものが分からないのよね。長く生きてるはずなのに何にも学んでないんだから。これだから動物風情は困るのよ。」
「誰が動物だ。俺よりちょっと高位だからって調子に乗ってんじゃねー。そもそももうそんなに力は残ってないだろうが。」
「お前を消すぐらいの力は残ってるわ。何なら今からやってもいいのよ?」
「あぁ?」
「だから喧嘩するなって言ってるの!」
頭上で行われる口喧嘩に嫌気がさし、それぞれの口にホカホカの饅頭を放り込む。2人とも咳き込んで、四つん這いになった。
「いっぱい寝てお腹減ったからご飯食べたいの。2人とも黙ってて。」
「うん、それが良いエールカ。さすがエールカだ。」
「「…。」」
布団の前に置いてあったテーブルに座ってモクモクと食事を頬張っている男。音もなく現れ、とんでもない量を平らげていく姿にアウラとスイはジト目で黙り込んだ。
「カイ久しぶり。」
「うん、俺も愛してるエールカ。」
アウラと同じほどの高身長で、やや細身。漆黒の切長の瞳と髪を持ち、ほぼ表情が変わらないことが特徴の男。
エールカの幼馴染がやっと全員揃ったのだった。

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