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手に酒瓶を持った姿のスキヤキを見て、ソドとシルドの表情が険しくなっていた。


一方でレミは、まるで教師に告げ口する子供のように老人に声をかける。


「先生もなんとか言ってよッ! この二人が僕にボスなれって言って聞かないんだ!」


「親の跡は子が継ぐ。常識たろう、そんなことは」


「それはお店とか財産の話でしょ!」


「ディスケ·ガウデーレは立派な財産だ。世界中に顔が利く。収益もかなりのものだぞ」


「犯罪で稼いだお金なんてダメだよッ!」


再び言い合いを始めたレミとソド。


スキヤキはそんな二人を見ると、大きなため息をついた。


そして、ゆっくりと二人の間に入り、呆れながら口を開く。


「わしは最初に提案があると言ったのだが? お前たち、ちゃんと話を聞いていたか?」


「えッ提案? なんだっけそれ?」


「聞こえてなかったのか……。まあいい。わしの提案とはな」


スキヤキが話を始めようとすると、ソドはそれを遮るように口を開いた。


その提案がなんなのかわかるぞと。


どうせディスケ·ガウデーレをレミから奪おうとしているのだろうと、少し怒気のこもった声で言う。


「ディスケ·ガウデーレはクレオ·パンクハーストの組織だ。それはイコール、ボス亡き今オレたちはレミ·パンクハースト以外に従わないということ。あんたには世話になったが、身内の問題に口を出すのは止めてもらおう」


「こりゃ手厳しい。でもまあ、年寄りの言うことと牛のしりがいは外れないという時代でもないしな。お前さんやそこのシルド、他の者らの言い分は十分理解しているつもりだよ。それでも一つ提案をしたいというわけだ」


「理解しているのに何を提案するつもりだ? お嬢をオレたちから奪うつもりなら、こちらも実力で応戦するぞ」


ソドの言葉を聞き、シルドが身構える。


一触即発の雰囲気に場が変わる。


スキヤキの提案次第では、再び調査隊とディスケ·ガウデーレの戦いが始まってしまう――そんな空気となっていた。


ソドとシルドがスキヤキを睨みつける中、レミはユリの耳元で囁くように言う。


「ユリ、逃げよう」


「えッ? 逃げるってどこへ?」


「僕が合図したらあそこにあるジープを奪ってだよ。先生には悪いけど、もういざこざはゴメンだ。キーは付いてたからユリは運転をお願い」


「えッえぇッ!? で、でも、逃げるってどこにッ!?」


「今だ! 行くよッ!」


レミはユリを抱えて側にあったジープをへと走り出した。


それから運転席に彼女を放り込み、自分は助手席へと飛び乗る。


ユリは戸惑いながらもエンジンをかけ、思いっきりアクセルを踏み込んだ。


そんな二人に気が付いたソドとシルドが慌てて彼女たちを捕まえようと、走り出している。


「まさか逃げるつもりかッ!? くッ!? シルド! 皆に知らせろ! ディスケ·ガウデーレにはお嬢が必要だ。それがボスのためにもオレたちのためにもなるッ!」


「了解ッ! 世界最強の暗殺組織であるアタシらから逃げられるもんかッ! 捕まえて絶対にボスになってもらうんだからッ!」


それぞれ動き出したソドとシルド。


その傍では、スキヤキが「はぁ」と大きくため息をついていた。


「だから提案があると言っておるのに……。どうしてこうなるんだ……」


頭を左右に振って呆れているスキヤキ。


その表情と態度から、せめて話くらい聞いてから逃げろとでも言いたそうだった。


夜のトルコの平原を、レミとユリが乗るジープが駆けていく。


物凄い速度であっという間にサゴール遺跡から離れ、追いかけてきていたソドの姿も見えなくなっていた。


「はあ、なんとか逃げれたなぁ……。まだ油断できないけど」


「ねえレミ、これからどうするの? ディスケ·ガウデーレの人たち、あの様子だとどこへ逃げても追ってきそうだよ」


「とりあえず日本へ帰ろう。お金ならカードがあるし、あのアパートには戻れないけど、ユリが一緒ならなんとかなるって」


「あんた……なにも考えてないでしょ」


「バレちゃった? でも暗殺組織のボスなんてやりたくないもん。そんなバタバタした仕事よりも、好きなときに働いて、あとはずっとのんびりアニメでも観る生活のほうが僕には合ってる」


「まあ、そっちのほうがたしかにレミらしいね」


互いに笑みを交わし合い、レミとユリは夜通し車を走らせ続け、イスタンブール空港へと向かった。


途中でなんども眠りそうになったが、入れ替わりで睡眠を取り、ディスケ·ガウデーレにもスキヤキたち調査隊にも捕まることなく目的地に到着する。


ユリはすべてが解決したと思った後に、まさかこんなドタバタした逃走劇が始まるとは思わなかった。


「なんか観光気分。あのソドさんとシルドさんやディスケ·ガウデーレの人たちもそんなに悪い人じゃなかったし、捕まっても前みたいに心配することもないからなぁ」


「油断大敵だよ、ユリ」


「わかってるけど、なんだかねぇ~」


だが、あの赤い包帯のようなものを纏った化け物――アルバスティとの死闘の後では、まるでコメディ映画のエンディングのようなものだと、どこか余裕があった。


到着後、彼女たちは乗ってきたディスケ·ガウデーレのジープを乗り捨て、イスタンブール空港に入ると早速チケットを購入。


ちょうど数時間後に日本の横浜行き航空便が出るとのことで、幸い特に尾行がされている様子がないとレミが言い、二人はそれまで休むことにする。


「ここのラウンジってちょっと凄いんだよ」


「へぇ、レミがそんなこと言うなんてめずらしい。そいつはちょっと楽しみだね」

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