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イスタンブール空港には、プライオリティパスやダイナースクラブカードで入ることができるラウンジ――IGA LOUNGEがある。


たとえエコノミークラスでもラウンジを気軽に利用できるので、とても有り難いシステムとなっている。


セキュリティチェック、出入国審査後にラウンジへと入ったレミとユリは、ラウンジの案内図が眺めながらエレベーターで右側の中二階――Mezzanine Floorへと向かう。


イスタンブール新空港は2019年開港したのもあって空港内は新しく、どこを見ても綺麗だった。


IGA LOUNGEの隣にはスカイチームのラウンジがあり、オシャレな外観の眩しい照明が歩行者を照らす。


ラウンジで航空券とプライオリティパスを提示。


改札のような自動ゲートに航空券のバーコードをかざして入室する。


このラウンジの営業時間は毎日24時間。


利用は3時間までとちょっと短いが、2歳未満は無料で利用できるため赤ん坊を連れたファミリーでもゆっくり休める場所だ。


ネイル、マッサージ、ハマム、サウナ、シャワー、プライベートベッドルーム等、短時間から長時間まで対応した色々サービスもあり、受付にいたトルコ人の男性が愛想よく笑顔を振り撒いていた。


「へぇ、ビリヤード台もあるんだ」


「シャワー浴びてからやる?」


「いや、疲れちゃってそんな気分じゃないよ。それよりもなんか食べたい」


「オッケー。じゃあ先に食事にしようか」


それからレミとユリはラウンジ内にある食事エリアへ。


食事のスタイルはビュッフェ形式で、グリルチキン、ポテト、野菜炒め、春巻、ソーセージ、サラダバ―があり、もちろんトルコ料理のキョフテなどもあった。


さらにスイーツ類も充実している。


ティラミス、カップケーキ、ハニーケーキ、フルーツが見え、トルコならではの甘いお菓子も並んでいた。


「なかなか豪華じゃない! 空港内の料理なんて全然期待してなかったけど、これはすごいッ!」


「お酒もあるよ。朝だけど、飲んじゃおっか」


彼女たちは好きな料理を取り、ドリンクにはエフェスビールを選択。


搭乗時間まで余裕があったので、店が多いのもあってショッピングしながら時間をつぶすこともできたが、二人はラウンジでゆっくりすることにした。


夜通し車を走らせて疲れていたのもあったが、レミとユリは元々物欲よりものんびりした時間を過ごすほうが好きなのだ。


それから食事を終え、シャワー後の着替えを買うために免税店へと行く。


免税店にはトルコのアパレルブランドであるYARGICIヤルグジュがあり、そこで服をそろえることになったが――。


「あッこれかわいい。って、えッ!? ただのTシャツなのに3万もすんのッ!?」


ブランド物の服を初めて見たユリは、その金額に開いた口が塞がらなかった。


日本円にすると、彼女の日本で着ている服がTシャツだけですべてそろえられる値段だ。


その桁外れな額にワナワナと身を震わせているユリのことを見て、レミがクスクスと笑いながら声をかける。


「それはHUMAN MADEヒューマンメイドとのコラボTシャツだからだよ。こっちにあるのはそんなにしない」


「で、でも1万以上はするんだ……。こんな値段の服を買うなんて、あたしには一生縁のない世界だなぁ……」


「ユリも高い服持ってるじゃん。なんかポケットとかベルトとか鋲がいっぱい付いたやつ」


「あれでも3万円はしないよ。それにしてもレミ、あんた意外とブランドとか詳しかったんだ……。うぅ、なんか敗北感……」


パンクファッションを好み、普段からオシャレに気を遣いつつも、ユリは基本的にネットショップで買っている。


できるだけ安く、デザインの気に入った服を時間をかけて探す彼女にとって、ブランド物の服はちょっと敷居が高かったようだ。


反対にオシャレにまったく興味がないと思われた同居人に対して、ユリはなぜか気持ちにモヤがかかっていた。


自分よりもブランドに、オシャレに詳しいと思って、言葉にできない感情が湧いてきたのだろう。


彼女はしばらくの間、複雑な表情でレミのことを見ていた。


結局何を見ても値段に怯んでいたユリに代わり、レミが彼女の服も選ぶことに。


購入はもちろんレミの持っていたクレジットカードだ。


「ねえ、ユリ。いくらだったか知りたい?」


「うぅ、レミのいじわる……」


ニヒッと歯を見せて笑ったレミに、ユリはムゥと頬を膨らませている。


レミはからかったことを謝ると、ユリは少しいじけながら気にしてないと答えた。


その後は、シャワーを浴びるために免税店があるエリアから移動。


当然シャワールームは個室なので、二人とも汗を流した後は、先ほど食事をしたエリアで合流することに。


「くれぐれも気をつけてね。今のところ尾行されてはいないけど、もしかしたらということもあるから」


別れの間際に、レミが心配そうに声をかけた。


何か怪しい人物がいたり近づいてきたりしたら、大声で叫んでくれればすぐにでも駆けつけると。


ユリは、ソドやシルドたちディスケ·ガウデーレの面々の人柄を知ったせいか、空港内でそんな無茶なことはしてこないだろうと思って呆れていた。


「意外と心配性なんだよなぁ。てゆうか、叫んだら駆けつけるってヒーローか王子さまかよ」


今回の一件で、普段は呆けているレミの印象がかなり変わったとはいえ、ユリにとってはただの同居人のままだ。


それが自分の騎士ナイトを気取っていると思うと、彼女は思わず笑ってしまう。


「でも、お母さんとのことは本当に吹っ切れたみたいでよかった……」


ぬるめのお湯を浴びながら、レミの母との問題が解決したことに安心したユリだったが、ふと実家のことを思い出した。


「お母さんかぁ……。うちは、どうだろう……」

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