05
――そんないつも通りの日々が過ぎていき、少ないながらも貯金ができたユリは、以前から欲しかった配達用の自転車を買うことを決める。
それは、配達の仕事でいつまでもママチャリでは効率が悪いと考えたからだった。
レンタル自転車を利用してもっと性能の良いロードバイクなども借りられるが、神奈川県にあるのは月額一万五千円、安いところでも四千円はするため、これならば購入しようと思ったのだ。
買い物はいつものように横浜で、レミも彼女に同行していた。
レミは自分では自転車に乗らないのに、なぜだかロードバイクのメーカーについて詳しかったので、ユリは彼女について来てもらうことになった。
「ねえ、ユリはどこの買うの? ファッション的にユリには新開隼人のサーヴェロとかいいと思うんだけど」
「新開隼人? 誰それ? 自転車の選手?」
そんな会話をしながら電車に乗っていると、二人の前に若い黒人の男女が近づいてきた。
傍に寄ってからじっと見て来る二人に気が付いたユリは、小声でレミに言う。
「ねえ、なんかあの黒人のカップルさ。さっきからこっち見てるんだけど、知り合い?」
「まさか、知らないよ。僕が日本で知ってる人はユリだけだもん」
ユリはてっきり自分の知らないレミのコミュニティでの知り合いかと思ったが、どうやらそんなことはないらしい。
まあいいかと気にしないでいると、黒人の男女二人がレミに声をかけてきた。
これが英語だったらユリにもわかったのだが、聞いたこともない言語だったので、黒人二人がレミに何を言っているのか理解できない。
一方でレミは二人の言語がわかるようで、同じくユリのわからない言葉で返事をしていた。
彼女たちが会話する表情や態度から察するに、道を訊ねているとかそういう風ではなさそうだ。
「ねえ、レミ。この人たちなんて言ってるの? というか何語で話してんの?」
「いや、なんか誰かと僕を間違えてるみたいで」
レミは必死に人違いだと言い返しているようだが、黒人二人はしつこく声をかけ続けている。
その会話の中でしきりに出てきたユリでもわかった単語――パンクハースト。
どうやら黒人の男女二人は、レミのことをパンクハーストという人物と勘違いしているようだ。
いつまでも絡んでくる二人にしびれを切らしたユリは、男女に向かって日本語で声を張り上げる。
「ちょっといい加減にしてよ! この子は
ユリはレミの手を握ると、別の車両へと移動しようとした。
新手の宗教勧誘なのかよくわからないが、酔っ払いのナンパくらいたちが悪いと、プンスカ怒りながらその場を去ろうとする。
だが次の瞬間、黒人の男女二人がナイフを握ってユリとレミに襲いかかってきた。
「ごめんユリッ!」
「うわっ!? ちょっとなんなのッ!?」
レミはユリを突き飛ばすと、その小柄な体をまるで弾むボールのように跳躍させた。
そして滞空時間の長いジャンプから両足を動かし、黒人二人の顎を同時に蹴り飛ばす。
まるでカンフー映画のアクションシーンのひとコマだった。
見事に黒人二人の顎を打ち抜いたが、それでも少し怯んだだけで、再びナイフを持ってレミへと襲いかかる。
その様子を見て、電車内にいた他の乗客から悲鳴があがり始めた。
中には逃げながらもスマートフォンで動画を取り出す者もいる。
あっという間にパニック状態になった電車内では、レミが黒人二人と先ほどのカンフー映画のアクションさながらの闘いを続けていた。
レミは向かって来る黒人の男女二人の攻撃を見事に捌いている。
狭い電車内でつり革や手すりを上手く使って飛び回り、旋風脚から二起脚。
さらに距離を詰められれば足払いや掌底打ちを繰り出し、まるで演舞のような動きで相手を翻弄していた。
「嘘でしょ……。あのトロそうなレミに、こんな動きができるなんて……?」
ユリがその様子を見て呆気に取られていると、別の車両から黒人の男女の仲間と思われる中東系の男たちが現れた。
レミは闘いながら入ってきた援軍を一瞥すると、ユリに向かって叫ぶ。
「逃げてユリッ! ここは危ないよッ!」
「逃げるって、あんたを置いていけないよ!」
ユリは背負っていたバックから日傘を出して、レミに向かって来る中東系の男たちを突き始めた。
片手に日傘、もう片方の手にリュックサックを持ち、まるで中世の騎士のようなスタイルで、怯えながらもレミを助けようと動いている。
「この、この! レミから離れろッ!」
「なにやってんのユリッ!? 僕のことはいいから逃げてよッ!」
レミが叫んだ瞬間、電車は急停車した。
その影響でレミ以外の全員がバランスを崩し、ユリなどは床に転がってしまっている。
だがレミはその急停止に逆らわず、つり革に掴まって流れるように黒人の男女の二人を蹴り飛ばした。
それから非常用ドアコックを開くと、まずは男のほうに背中からぶつかるような体当たり――
バランスを崩していたのもあって、黒人の男女二人はその攻撃をまともに受けてダウン。
その間にレミはネックスプリング――首跳ね起きて立ち上がり、ユリの傍にいた中東系の男たちに間髪入れずに攻撃を仕掛けた。
肘打ちからフックと次々に男たちをノックアウトしていく。
「じゃあユリッ! 一緒に逃げるよ!」
「えッ逃げるってどこに? って、うわぁッ!?」
レミは倒れていたユリを肩に担ぐと、先ほど開けたドアから出て走り出した。
小柄なレミが軽々と自分の身体を運んでいるのを見て、ユリが言う。
「ちょっとどうなってるのこれッ!? ちゃんと後で説明してよねッ!」
レミは苦い顔をすると、ユリに何も答えることなくその場から去っていった。
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