06

――その後、自宅である安アパートへと戻ったレミとユリ。


移動中から何度も説明を求めるユリに答えず、レミは自分の荷物をまとめている。


「いつまで無視するんだよ! いい加減に説明してッ! あいつらはなんなのッ!?」


襲ってきた黒人の男女と中東系の者たちは何者なのか。


そして、荷物をまとめてどこへ行くつもりなのか。


ユリは無視されようが、レミの背中に向かって喚き散らすように説明を求め続ける。


「これからインドに行くよ……」


「インド!? なんでインドなんかッ!?」


「わけわかんないと思うけど、戻ったらちゃんと話すから」


レミは荷物をまとめて部屋から出ようとした。


だが納得のいかないユリは強引に彼女の体を掴んで、自分のほうへと向けさせる。


「ダメ! ダメダメダメッ! そりゃないでしょッ!? あんたと知り合ってからそんなに長くないけど、何か言いたくないことがあったのはわかってた。だから無理に訊かなかったけど……。でもいきなりナイフを持った連中に襲われたら放っておけないでしょッ!? あんた何者なのレミッ!?」


これまでけっして目を合わせようとしなかったレミだったが、ユリの本気が伝わったのか、彼女のことを見つめ返した。


それからレミは、歯を食いしばり、申し訳なさそうながらも口を開く。


「さっきの人たちは……僕の母さんの部下なんだ……」


「はぁッ!? お母さんの部下って……? なんであんたのお母さんの部下が襲ってくるんだよ!?」


「……たぶん、ここも見つかってるけど、僕さえいなければユリにまで手を出さないと思う……。何か訊かれたらインドに逃げたって言ってくれていいから……」


真剣な眼差しで訴えかけるように言ったレミ。


ユリはそんな同居人から目をそらすことなく答える。


「わかった。あたしも行く」


「えッ!?」


レミがうわずった声を出すと、ユリは自分の荷物をまとめ始めた。


短期大学時代に作ったパスポートやクレジットカードを手早くリュックサックに入れ、戸惑っているレミを置いて玄関へと向かう。


「ちょっとユリッ!? なにを言って――ッ!?」


「説明は落ち着いたら聞くッ! いいから早く行かないとあいつらが来ちゃうでしょッ!」


短い付き合いだが、ユリがこうなったら何があっても引かないと知っているレミは、戸惑いながらも彼女と安アパートを出た。


ユリはズカズカとレミの前を歩きながら、スマートフォンでタクシーを呼び出す。


その後ろで、レミが肩を落としながらついて来ていた。


(どうして一緒に行くなんて言うんだよぉ……。死んじゃうかもしれないのに……。でも、こういうところ……ユリっぽい……)


危険な目に遭うことは先ほどの電車内でわかっていることなのにと、内心でユリの同行に反対しながらも、本音では喜ぶレミ。


命の危険があるとわかっていても、ユリは他人を放っておけない性格だった。


彼女がそういう人間であることを知るたびに、レミは傍から離れられないでいたのだ。


追われているのならば、見つからないように住む場所も変える必要があったのだが、ユリとの生活は彼女にとって幸せだったのである。


そんな甘えから、今回の起こるべくして起きてしまったことに、喜びながらもやはり反省の色は隠せない。


「……ユリ。やっぱり危ないよ。僕と一緒に行くなんて……」


「その話はもう終わり。そんなことよりもあんたのことを聞かせて。あッ! でもタクシーじゃマズいか。じゃあ話は飛行機の中でしてね」


数分もせずに現れたタクシーへと乗り込み、ユリは強引に話をまとめた。


レミはそんな彼女の態度に、大きくため息をつきながらも微笑んでしまっていた。


――それから羽田空港へと向かい、運良くインド直行便に空席があったのもあり、レミとユリは日本から出発。


羽田からインドの首都デリーまで直行便のフライト時間は、大体往路が八時間四十五分~九時間四十五分ほどだ。


かなりの長時間となるため、レミから説明を聞く時間はたっぷりとある。


「信じられないと思うけど……」


飛行機が飛んでからしばらくし、レミがようやく話を始めた。


レミの本名はレミ·パンクハースト。


村正むらまさレミは、以前に知り合いに作ってもらった偽造パスポートや身分証明書などで使っている名前だった。


なんでも村正というのは、日本人である父の苗字なんだそうだ。


「お父さんの苗字って……。名前はそのままじゃすぐ足がついちゃうでしょ」


「いや~他にいいのが思いつかなくてぇ」


やはり抜けているなと、ユリは呆れながらもレミはレミだと思った。


電車内で外国人たちを相手に、ハリウッド映画さながらの動きを見せていたが、本質的には自分といた彼女は変わらないのだとユリは思うと、なんだか安心する。


「お母さんは、僕がまだろくに言葉を話せない頃から鍛えた。朝から晩まであらゆる格闘技や殺しの技を教わったんだ。もちろん勉強もね。いろんな国の言葉もそのときに覚えたよ」


「ああ、そりゃ強くもなるよねぇ……。日本語もずっと住んでたみたいにうまいし。……お父さんは止めなかったの? 娘にそんなこと教えるお母さんのこと?」


「……父さんは、母さんと結婚する前に亡くなっているんだ。だから本名は母さんのほうのファミリーネームなんだよ。それに、母さんは殺し屋組織のボスなんだ。だから僕に継いでほしくて……」


レミの話を聞いてユリは察した。


この髪の根元が金髪の逆プリン頭の同居人は、そんな組織を継ぐのが嫌になって母のもとから逃げたのだと。


説明する前にレミ自身が口にしていたように、とても信じられない話だったが。


電車内での非日常な光景を見た後では、信じるしかない。


「じゃあ、レミのお母さんは、あんたを連れ戻そうとしてるんだ」


「うん……。でも、他にも理由がある思う」


「他の理由?」


思わずオウム返しをしたユリに、レミは答える。


「その理由は、これからインドで会う人が知っている」

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