04

実家の熊本県にいるユリの母からだった。


彼女の母は驚いているユリにまくし立てるように言う。


《あんた次の仕事は決まったと? まだウーバーワールドなんかやってと? アルバイトなんてダメたい。そんなのまっとうな人間がする仕事じゃなか》


ユリはそれはフードデリバリー配達の仕事ではなく、日本のロックバンドだと思いながらも何も言い返さなかった。


大学卒業後に、正社員にならずにフリーターとして生きる彼女を心配している母には、申し訳ない気持ちが湧いて反論というか、好きにさせてくれと言えないのだ。


ユリの母は返事のない彼女に言葉を続ける。


《もういい加減に帰ってこんね。都会なんてろくなこつなか。堕落するものばっかで悪い友だちでもできて、あんたは美人で人がいいから騙されるだけとよ》


「な、なんでそぎゃんこと言うとね。あたしはこっちの生活が好きで――」


《ユリッ! いつまでも遊んで生きるなんてお母さん許さんけん! まともな仕事する気がないならこっちで旦那を探すとね。結婚して孫を見せてくれたらお父さんも私も安心できるとよ》


「ばってん……」


《ともかく帰ってこんね! あんたが帰って来るようにもう仕送りもせんけんね!》


ユリの母はそう怒鳴ると電話を切った。


スマートフォンを耳に当てたまま、ユリは今にも泣きそうな顔で言葉を失っていた。


昼間に久しぶりに会った友人たちもそうだ。


どうして皆、同じことしか言わないのだろう。


言っていることは正論だが、特別迷惑をかけているわけでもないのに口を挟み過ぎだと、苛立ちが湧き上がっていく。


「お母さんから?」


「うん……。都会で遊んでないで帰ってこいってさ……。あたしは仕事だってして好きなことして生きてるのに……」


「だよね。意味わかんない」


「大体さ。正社員っていったってホワイトな職場ならいいけど、周り見てるとそんなのあるように見えないし。結婚だって好きでもない人と一生ずっと暮らすなんて耐えられない! うるさいんだよもうッ! あたしは今のままでいいのに!」


「僕もお母さんが苦手で、あれやれこれやれって昔から言われて嫌だったなぁ」


「レミも同じだったの? あたしも親がうるさくてこっちに逃げて来たんだけど、しつこく電話してくるんだよ! 仕送りだっていらないって言ってるのにさ! 全部つき返してるし! あたしは自分の稼ぎだけで生きてんだッ!」


母からの電話の後――。


ユリの溜まっていた怒りが爆発した。


レミも母親という存在に思うところがあるようで、彼女の話に同意していた。


彼女もまた母親のもとから、ユリのように逃げて来たようだ。


ユリはレミの素性を少し知れたのもあって、さらに彼女に好感を持った。


(まあ、熊本から横浜のあたしと、外国から日本じゃ違い過ぎるけど……)


内心でレミのスケールの大きな逃亡に驚きながらも、ユリは彼女の手を取って言う。


「ご飯食べたら出かけよう! こんなときは“あれ”だよ!」


「“あれ”ね! いいね、僕も大好き! ちょうど今なら平日50%オフのクーポンもあるよ! もちろん飲み放題コースのッ!」


二人は手を繋いだままその手を掲げ、そうそうに食事を済ませて家を出た。


そして、先ほどから口にしていた“あれ”の場所へと向かった。


「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ~! あなたが思うより健康ですッ!」


“あれ”とはカラオケ店だった。


ユリはカラオケが大好きで、よく嫌なことがあると酒を飲みながら叫ぶように歌ってストレスを解消する。


彼女からカラオケの存在を教えてもらったレミも歌うことが好きだったようで、二人は月に一度はこうやって店に来ることが多い。


数年前にTikTokやSNSで急速に拡散された曲を歌いながら、ハイボールを浴びるように飲むユリ。


その横では、一緒に立ってはしゃいでるレミも、両手を振りながらその場でピョンピョン跳ねている。


二人で恐ろしいほどの量の酒を飲みながら、まるで部族が神に祈るかのように、朝まで歌い続けた。


ちなみにレミが歌った曲は、少女漫画作品であり、原作としたテレビアニメのオープニングテーマ『キャンディ キャンディ』や、古いアニメから現在放送しているアニメの曲だった。


飲み疲れと、歌い疲れた二人は、カラオケボックス内にあるソファーで互いに寄りかかってウトウトしていた。


二人とも二十三、四歳とまだまだ若いが、すでにモラトリアム時代は過ぎていても気にしないでオールナイトで遊んでいる。


ユリはそんな自分たちのことを自嘲気味に笑うと、レミに声をかける。


「きっとさぁ。みんなこうやって楽しんでるあたしたちが許せないんだろうね。お前も頑張れよ、とか、こっちは苦労してんだよ、とか思ってさぁ」


「生き方は自由だよ~。誰かに言われたまま生きるなんて、僕には耐えられない~」


「だよねぇ……。あたしも別に働くのは嫌いじゃないけど、嫌いな奴に理不尽なこと言われてまでお金ほしくないわ~」


その後、まどろみながら会話をしていた二人は、始発電車が出る時間に気が付いてカラオケ店を出た。


誰もいない早朝の街並みで朝日を浴びながら、両腕を広げ、二人で並んで立つ。


頭は少しズキズキするが、気分はすっかり良くなっていた。


「さて、帰ってもうひと眠りしようか」


「その前に朝ご飯作るよ」


「眠る前に食べると太っちゃうからダメ」


「えぇ~いいじゃん別に、ユリはスタイルいいんだし」


そして、互いに笑みを交わし合い、ユリとレミはアパートへと帰っていった。

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