03
――その後も友人二人による尋問のような、または説教のような話は終わることはなかった。
その状況が苦しかったユリだったが、適当に話を合わせながらなんとか耐え、店を変えるというタイミングで帰ることにする。
ハンバーガーショップを出てから横浜駅へと入り、電車に乗って自宅のある安アパートのある地区へと戻った。
駐輪場からママチャリを押しながらトボトボと歩く。
昼間にここへ来たときは、久しぶりに顔を合わせる友人たちとの飲み会を楽しみにしていたのだが、今はそんな気分とは正反対の状態だ。
空に見える夕陽が辺りをオレンジ色へと染め、余計に寂しさを増長させる。
「なんだよ、二人とも……。人のことを逃げてるみたいに言いやがって……」
少し酔っているのもあって、つい愚痴っぽい独り言が出た。
だが、友人二人の言っていることは正論だ。
現在の日本では物価の高騰が続き、このところ人気のある匿名掲示板の開設者が、日本はオワコンだと言っているのが現状である。
かつてはメイド·イン·ジャパンをブランドにし――日本の技術力で売れていた物も今では他国に負け、経済の低迷や少子化問題で人口は減り続けている。
その不安から動画配信サイトやSNSなど、ましてや国すらも貯金ではなく投資をするように言い出していた。
そして、もちろんそういう人たちは日本の企業へ投資などせず、世界の企業の株を購入しているため、日本はますます落ちぶれていく一方だった。
金持ちは税金の安い国へと移住し始めているか、または自分たちの子供が海外で生活できるように語学や文化などを教え、いつでも日本を出れるように備えていた。
そんな現状もあってか、大手企業に就職し、その会社の同僚と結婚を前提に付き合っているという友人二人でも、まだ不安は消えないのだ。
ユリのような遊び惚けている人間は、彼女たちからすれば愚か者にしか見えないだろう。
まるっきりイソップ寓話のひとつ『アリとキリギリス』である。
さしずめユリは友人二人から、必ずやって来る冬に備えをしない、マヌケなキリギリスに見えていると思われる。
だが、それでもユリは深刻には考えない。
少しは不安にもなるが、そんなストレスを溜めるまで悩まない。
その理由は、ユリが普段から気持ちを穏やかであろうと心掛けているのと、貧乏を苦に感じないからだ。
当然食う食わないの生活は耐えられないだろうが、最低限の収入で楽しく生きていく術を、彼女は持っている。
それと、同じような立場にいる同居人――レミの存在も大きい。
二人いればなんとかなると思えるのだ。
たとえ収入が少なくても――。
安アパートに住み続けることになっても――。
ハンバーガーチェーン店で飲み会をやることになっても、ユリはそれでも人生を十分に楽しめるのだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったね」
「うん。ムカついたから帰ってきた」
ユリはさらっと言うと、ノートパソコンでアニメを観ているレミの横に腰を下ろした。
苛立っていそうな同居人を見たレミは、特に気にした様子もなく訊ねる。
「ご飯は食べてないんでしょ? 何か作ろうか?」
「うん。あたしも手伝うよ」
それから二人で夕食の準備を始める。
すでに仕込んでいたひき肉のタネを冷蔵庫から出し、それを焼き始める。
一見するとハンバーグのようだが、レミは一口サイズに分けられたそれらを油を引いたフライパンで加熱。
焼きあがったら粗熱を取り、ご飯の入った丼に乗せ、レミお手製のヨーグルトソースをかけて完成だ。
ユリは彼女の作った料理を見て、相変わらず変わったものを作るなと思いながらも、自分はサラダを準備していた。
「前から思ってたけど、それってなんて料理なの?」
「キョテフって言ってね。よく子供の頃に食べてたんだ。でも、こいつは僕のオリジナル。その名もキョテフ丼だよ」
キョフテは中東や南アジアに広まっているミートボールやミートローフ等の肉料理である。
その呼称にはコフタやコフテなど各国でいろいろな呼び名がある。
通常は牛肉やラムの挽肉にスパイスやタマネギを加え団子状に丸めたり平たく形を作って調理されるが、レミの場合は値段の安価な鶏肉を使っている。
それをカツ丼や天丼のような和風へと仕立てたのがポイントのようだ。
説明を聞いたユリは、それはすでにキョテフではなく鶏肉の丼メシではないかと思ったが、言わないでいた。
料理完成後、二人で向かい合ってキョテフ丼とサラダを食べる。
白いご飯と一緒にキョテフを口に含むと、ヨーグルトソースの酸味と肉に味付けされたスパイスが広がり、手が止まらなくなる。
「うん! やっぱレミの料理はうまいッ! こういう料理って日本で店出せば流行るかもよ。和洋中東料理店なんてちょっとオシャレじゃない?」
「お店かぁ、ユリが一緒ならそれもいいかも。でも、いっぱい働くのはヤダなぁ、僕」
「ハハハ、あたしもそれはヤダ」
「だよね~」
昼間のモヤモヤや苛立ちもすっかりと消え、ユリはレミと笑い合っていた。
いつもそうだ。
外で何か嫌なことがあっても、この同居人と話しているだけで気が晴れる。
一体どういう事情で日本に来て、どういう理由でこんなほぼ引きこもりの生活をしているのかはわからないが、このハーフの同居人――
(村正って変わった苗字だよね……。家族とか、日本にいないのかなぁ……)
詳しいことは訊かないようにしているが、レミの素性は気になる。
しかし、ユリはあまり人のプライベートな部分を訊ねることに抵抗があった。
それは大学時代の友人たちや、地元熊本の両親から質問攻めにされていた影響である。
人は人。
自分は自分。
いくら親しくとも、たとえ家族でも、個人的なことまで他人が口を出すのはよくないと、彼女は思っているのだ。
ユリがそんなことを考えていると、レミは何か気が付いたようで声をかける。
「ユリ、なんかスマホが鳴ってるみたいだよ」
レミに言われてスマートフォンを手に取って画面を見ずに出ると、それは――。
「お母さんッ!?」
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