02
――アパートから出たユリは、駐輪場にあった自転車にまたがると最寄り駅へと走り出す。
手足が長いせいか、ユリの乗るシティサイクル――いわゆるママチャリが小さく見えた。
彼女のフルネームは
地方から都内にある有名短期大学に入り、卒業後は就職も進学もせずに、現在はフードデリバリーの配達バイトをして生活している二十四歳の女性だ。
レミとはかれこれ一年、二年は一緒に暮らしており、彼女とは大学時代に住んでいた寮から出て、ちょうど同居人を探しているときにルームシェア募集サイトで知り合った。
互いにやり取りをしているうちにレミが日本人と白人のハーフであることや、日本に来たばかりで住むところがないと聞いたユリは、すぐに彼女と顔を合わせて同居人に決める。
同性で年齢は同じくらい。
何よりも虫も殺せなそうな小柄な体格と、どこか抜けている性格もあって、ユリはレミのことを放っておけないと思ったのだ。
一緒に暮らし始めてから――レミは日雇いの仕事を適当にやっているようだが、基本的には引きこもって動画配信サービスでアニメばかり見ている。
正直、そんな彼女を見て将来のことを考えているのかと心配になるが、ユリ自身も似たようなものなので口には出さないでいた。
(まあ、贅沢したいわけじゃないし。お金なくても楽しいこといっぱいあるもんね……)
ある意味では、二人は同類といえた。
食事もたまには付き合いで外食するがほぼ自炊し、美味しいものは材料を工夫して作る。
何よりもユリには三度の飯よりも好きな趣味があった。
それはデスクトップミュージック――DTMだ。
DTMとはパソコンを利用して楽曲制作をおこなう音楽制作手法のことである。
一般的にパソコン上のミュージックシーケンサーで楽曲を制作し、音源モジュールやソフトウェア·シンセサイザーで発音、演奏する。
安物の機材でエレクトロ·ポップを作ってはネットにあげているが、当然無名である彼女の曲があまり聴かれることはない。
しかし、好きでやっていることなので、曲を聴かれないことに落ち込みつつも、止めるという選択はないようだ。
「やっば!? もう電車来てんじゃんッ!?」
ユリは駅にあった駐輪場に自転車を停めて駅に向かっていると、すでに電車が来ていることに気が付いた。
大慌てで駆け出し、改札を抜けて電車に飛び乗る。
彼女は、これから大学時代の友人たちと横浜で飲み会だ。
ユリは、昼から夜にかけての長丁場となる今回のパーティーのために、いつもよりも配達のバイトを増やして稼いでいた。
卒業後に久しぶりに会えるというのもあって、決まってからずっと楽しみにしていたイベントだ。
《まもなく横浜、横浜。京浜東北線、根岸線、横浜線、京急線、東急東横線、相鉄線、みなとみらい線と横浜市営地下鉄線はお乗り換えです》
電車内に到着と乗り換えのアナウンス音声が流れ、続いて英語での音声が続いた。
ユリは出入り口の前へと立って、到着後に人混みに飲まれながら改札を出て行く。
それからスマートフォンでマップを見て、飲み会をやる店へと向かった。
「もうみんな来てるかな?」
ユリが友人たちと決めた店は、ハンバーガーチェーン店でもちろん昼からお酒が飲める。
解放感たっぷりの大人がくつろげる雰囲気の店内には、ゆったりと食事を楽しめるテーブル席もあり、まるでバーガーカフェ&バーともいえる内装だ。
バーガーやフライドポテトをつまみに、ビール、ハイボール、白、赤ワインを楽しむのは、ちょっとした欧米感を味わわさせてくれるのもあってユリが皆に勧めた店だった。
それに何よりも、ここの店は値段が安いのだ。
フリーターであるユリにとっては、それが一番重要といえる。
内容や場所よりも、誰と飲むかが大事なユリにとって、一番気にするところは金銭面だけだった。
「あッ、いたいた! おーい!」
友人二人が座っているテーブルを見つけたユリは大きく手を振ると、カウンターで注文をしてから彼女たちのもとへと向かった。
ビールとハンバーガー、フライドポテト、オニオンフライ、フライドチキンと揚げ物を中心に、コールスローサラダの乗ったトレイをテーブルに置くと、友人の一人がムッとした顔で口を開く。
「ねえ、なにが悲しくて昼からハンバーガーで酒を飲まないといけないわけ?」
「えッ、ファーストフード嫌いだったっけ?」
「そうじゃなくてッ!」
友人の一人である女性は声を張り上げると、なぜ自分の機嫌が悪いのかを話し始めた。
社会人にもなってハンバーガーチェーン店で飲み会など、まるで子供じゃないかと両腕を組んだままプンスカ鼻息を荒くしている。
どうやら機嫌を悪くしている友人は飲み会の場所を当日に聞いたようで、もう一人の友人と一緒に来てずっと怒っているようだった。
そんなに恥ずかしいことなのかと思いながらも、彼女の機嫌をそこねてしまったことに罪悪感を覚えたユリは、黙って俯いていた。
飲み会の場所でここまで怒るなんて彼女は考えてもみなかったのもあって、申し訳なさと驚きで完全に笑顔は消え、ビールとファーストフードを前に委縮してしまう。
「まあまあ、そんなに怒らないで。せっかく久しぶりに顔を合わせたんだからさ」
「私も言い過ぎたかも……。ごめん……」
もう一人の友人がフォローに入ると、怒っていた友人もさすがに悪いと思ったのか、ユリに謝り、改めて乾杯をすることになった。
グラスを重ね合い、話題はお互いの近況や昔話に花が咲く。
いつの間にかユリにも笑顔が戻り、このまま楽しい時間が続いて行くと思われたが――。
「ところでさ、ユリ。あんた、ちゃんと将来のことは考えてるの?」
友人の二人は、電機メーカーと航空会社で働いていた。
両方ともこの国に住んでいる人間なら誰でもが知っている最大手の企業だ。
それに比べて、同じ大学を卒業したというのに、ユリはフードデリバリーの配達バイトである。
友人としては心配するのもしょうがないだろう。
さらには二人には、結婚を前提に付き合っている同期の彼氏がいるらしい。
「いや、別に……」
「ちょっと大丈夫なの?」
その言葉をきっかけに、二人は次々にユリに訊ね始めた。
いつまでフリーターでいるつもりなのか?
結婚や子供は?
老後の年金対策のことは考えているのか? などまるで親のような質問をぶつけていた。
「あんた、私たちよりもずっと成績よかったじゃん。それに英語もペラペラでしょ? それがなんでデリバリーなんだよ。底辺の仕事じゃん」
「ユリは私たちの知っている人で誰よりも優秀だったのにって、よく思うの。そのスキルを活かせばもっといい暮らしができるのにって」
ユリは二人に何も言い返すことができず、引きつった顔をするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます