第53話 LINEという概念
「な、なんでキララがここに?」
浅月さんがゆっくりと俺に近づいて来て、キララを見おろすように立った。
「姫来ちゃんは、脳死状態です。一般的な医師なら死亡宣告をするでしょう。でも彼女は、私のこの生命維持装置の中でわずかに呼吸をしています。体温も、低体温状態に保たれています。
動物が冬眠している状態です。奇跡的に生きながらえているのです。この先、脳医学の進歩が進んで、彼女の壊れた大脳が、他の人の大脳との移植が可能になったら、意識を取り戻すでしょう。それがいつの時代になるかわかりませんが」
「いや、俺が言ってるのは、キララがどうしてここにいるのかってっことだよ。興奮して、っが一個多くなっちっちまったよ。また、っが多いな。頭がどうかしちまったっな。俺」
「リズムさん、あれはひどい偶然でした。神のいたづらでは済まないくらいの、必然のような偶然でした。
その朝、私と杏美華さんは軽トラで走っていました。いつも死体を運んでる車は、賭場の一斉摘発の情報を受けて恩田さんと配下たちがすべての賭場に向かったので、全部出払っていて、ポツンと一軒家に出てくるような、軽トラしか残っていなかったんです。
私と杏さんは第一死体置き場に向かっていました。
荷台には当然、死体が乗せてあります。その死体がリズムさんのお父さんの武郎さんでした。
そしてある交差点に差し掛かった時、赤信号を無視したトラックが突っ込んで行くのが見えました。
その車が女子生徒らしき子を轢いたのも。
その女の子は跳ねられて宙に浮いて、対向車線の先頭に止まっていた私の軽トラの荷台に落ちて来たのです。隕石でも落ちて来たような衝撃がしたのを、杏さんと2人で確認したので間違いありません。
でもこの軽トラの積荷は死体です。
降りて確かめるにしても、人のいる所ではまずいのです。
私は恩田さんの配下のサイバー班に電話を入れて、
もしこの近所に防犯カメラがあって、この事故の様子が映っていたら、映像を書き換えてくれと頼みました。
それはすぐに実行され、その轢かれた女の子は宙に飛んで、そのまま消えた映像に書き換えられました。私の乗ってる軽トラの映像も消してもらいました。警察が防犯カメラの映像を確認する前に。
だからその子は世間的には消えたように思われたのです。現代の神隠しだと。でも実際は私の乗ってる軽トラに落下したのです。
私は人気ない使われなくなった工場の跡地に車を入れて、荷台を確かめました。
そこにはトラックに轢かれた女子学生が横たわっていました。そしてよく顔を見ると、それは私の姪の姫来ちゃんだったのです。
私は驚いてすぐに脈を診ました。すでに脈拍は微弱でした。私は予定を変えて急いで第二死体置き場に向かうことにしました。
そこにはMRIやCTスキャンなどの機材が揃ってました。私が恩田さんからもらった、臓器売買の謝礼で買い揃えたのです。医療ミスで闇医者に堕ちても、まだ医療器具に囲まれていたかったのです。
私は軽トラをすっ飛ばして、ここまで来ました。よく1時間半で着いたと思います。
私は姫来ちゃんの脳をMRIで診てみました。
事故の衝撃で大脳が破壊されて、機能を果たしてない状態でした。
でも微弱な呼気と脈拍はあったので、私は姫来ちゃんを生命維持装置に入れたのです。
その時、ふと思い出したのです。
軽トラの荷台にいるのは入来武郎さんの遺体で、轢かれて飛び込んで来たのは、姫来ちゃんです。
その時には武郎さんのデータはすべて把握していて、武郎さんには奏夢(りずむ)さんという息子がいる。
そのリズムさんと、姫来ちゃんが恋人同士であることも、姫来ちゃんから聞いていました。私は医療ミスのせいで一族から追い出された身ですが、姫来ちゃんだけは子供の頃から私に懐いていて、
一族から爪弾きになった後も、内緒で交流がありました。だからリズムさんのお父さんの遺体の乗った荷台に、リズムさんの彼女の姫来ちゃんが轢かれて飛び込んで来るなんて、神様の無慈悲さを嘆きました。
ある有名な詩に、解剖台の上の傘とミシンの偶然の出会いのように美しい、というフレーズがありましたが、リズムさんの父親と姫来ちゃんの軽トラの荷台の上での出逢いは、ただの不幸でしかありませんでした。
だってリズムさんはお父さんと恋人を同時に失ったのです。私はそのことに深い悲しみを覚えました。
武郎さんの最後の言葉は「リズムを頼む」でした。
最後まで息子のあなたの行く末を心配なさってました。
私は自分にあなたを託されたような気持ちになりました。そして姫来ちゃんはまだ呼吸をし、脈もあることを伝えたいと思いました。でも姫来ちゃんは脳死状態です。一般的な考えでは死んでいるのです。
私は以前、姫来ちゃんが私に言った秘密の夢のことを思い出しました。
それはラノベ作家になって、異世界ものを書きたいという夢でした。普段の勉強と並行して、ラノベの本もたくさん読んでいました。書きかけの小説を読ませてもらったこともあります。
医者になること一択しか認めない親にはゼッタイに言えない夢でした。
私はその姫来ちゃんの夢を叶えたいのと、リズムさんに姫来が脳死してしまった残酷な事実を伝えたくないと思い、
異世界に行った姫来ちゃんからリズムさんにLINEが届くという概念を作ったのです。
だからリズムさんにLINEを送っていたのは、私だったのです」
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