第51話 ちょっとかわいいだけで
呼んだタクシーに乗り込んで、杏さんがスマホを見せてここに行きたいと言うと、
顔に深く皺が刻まれ、過去の苦労がもろに出てるような、はたらけどはたらけど楽にならず、じっと手を見る的な、初老の運転手さんが、
「そこ、山の中で何もないよ」と言った。
「知ってるの?」
「ああ、地元だから、俺その隣の町の出なんだ。でも訛ってないでしょ。北関東だからって、あんなに激しく訛らないよ。あんなに激しく腰を振って訛らないよ。あんなに激しく腰振っちゃってさ」
誰のことを言っているんだ?
俺は黙ったまま、窓を流れる景色を見ていた。
都会の街並みから、やがて田舎の畑や田んぼや森などの牧歌的な風景に変わって行った。
「奏でる夢くんって、浅月さん見つけたらどうするの?」
「俺、恩田さんに浅月さん見つけてぶっ殺せって言われてるんだよね」
「マジ? ぶっ殺すの?」
「ぶっ殺すわけないじゃん。色々、聞きたいこともあるし」
「そうだね、ぶっ殺しても、多分口封じで奏でる夢くんもぶっ殺されると思うし。怖いよ、このぶっ殺される連鎖は」
怖えな。ぶっ殺される連鎖って。
タクシーに乗って3時間ほど経ち、何か訳ありに木々の茂った山の裾野に着いた。
「ここを上がれば、すぐだべ」
訛ってるじゃん。地元に戻ると訛るのか。そういう口なのか?
見るとタクシーのメーターはもう七万円に達していた。
タクシーは蛇行しながら山道を登って行き、何もない山の上で車を止めた。
「ここがその住所だぁ。ほらなんもなかんべ」
訛り、ひどいな。
「いいの、ここで」杏さんが言い、俺は運転手さんに料金を払ってタクシーを降りた。
タクシーはまた蛇行しながら山を降りて行った。
「こんな何もない所に死体置き場があるの?」
「何もないから死体置き場なんてものが作れるんじゃない。渋谷のスクランブル交差点に作れると思う?」
思わない。DJポリスに阻止される。
杏さんがスマホのライトをかざしながら、森の中に入って行く。
俺も後をついて行く。
木の枝が顔にバチバチ当たり、痛えなちくしょうと思いながら歩いていくと、2本が対になった木に白いさらしみたいなのが巻かれていた。
杏さんはそれを見て、木と木の間の土を足で乱暴に払うと、土の下から扉が現れた。
「ここから入るの」
「すごいね、秘密基地みたい」
「秘密基地みたいな第二死体置き場。遊び心満載でしょ」
軽自動車のCMみたいなこと言うなよ、不謹慎だな。
杏さんは扉を開けて、階段の横にあったスイッチを押した。すると突然、中が宇宙船の窓から漏れるまばゆい灯りのように光り輝いた。
『すげー」
「じゃあ行くよ」
コンクリート打ちっぱなしの階段を降りて行くと、そこにまた扉があった。
杏さんが扉を開けると冷気がした。ひんやりと心まで冷やすような寒さで、ぶるっと体が震えた。
そして倉庫のように、区画を分けるように大きな棚がいくつも置かれた中を奥へと進んで行くと、
書棚がいくつかあり、その横に机があった。
ペンが置いてあり、書きかけの便箋がそのまま置かれていた。
ふと本棚に並んでる本の背表紙に目が行った。
難しそうな医療関係の本がずらっと並んでいる中の一角に、異世界転生とか、転移とか、婚約破棄とか、長いタイトルの本が並んでいた。
浅月さん、ラノベとか読むんだ。
へー、意外だな。そんなことを考えていると、
机に置かれているモノを目にした杏さんが叫んだ。
「これ、遺書じゃない?」
白い封筒に遺書と書かれていて、便箋には『先立つ不幸をお許し』と文章が途中で終わっていた。
先立つ不幸を、というのはかなりベタだが、遺書だ。遺書はベタで構わないのだ。
「書きかけってことは、遺書を書いてる途中に虹のかけはしの奴らに連れ去られたってこと?」
「わからないわよ。私に言われたって。私、ただのマジシャンの卵よ。ちょっとかわいいだけで、なんの取り柄もないわ。ちょっとかわいいだけで」
2回も言った。
「もし連れ去られたとしたら、やばいでしょ。ぶっ殺される連鎖が始まるよ」
そう言うと、書棚の隣の白い壁がいきなり開いた。
こんな所に隠し部屋があったのか。
そこに立っていたのは……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます