第50話 アンミカ

俺は放課後、制服のままマップのアプリをたどって、あの寂れた倉庫に向かった。歩いたり、電車に乗ったりすると、少しずつマップ上で、目的地に近づいていった。


そして大体の目星をつけて、タクシーに乗って運転手さんにマップを見せて、その寂れた倉庫の前で降ろしてもらう。


倉庫の裏には防波堤があって、波が打ち寄せる音がした。もう使ってなさそうな船着場もあったので、ここは貿易に使われていた倉庫なのかもしれない。


扉は施錠されていて開かなかったが、そのそばの窓が割られていたので、そこから中に入る。

スマホの懐中電灯アプリで照らして中を歩く。

所々で蜘蛛の巣が顔に引っかかって、キモい。つか、口に入ると甘くない綿菓子みたいで、思わず吐きだす。


そしてガランとした倉庫の奥にある、あの死体を消した一角にたどり着く。死体を乗せた台は横倒しにされていて、台の下には大きなジェラルミンのケースが置かれていた。


死体を消すのを見た時には、そんな物が置かれていたなんて気づかなかった。


俺は微妙な大きさの声量で、

「浅月さん、いますか?」と言った。あまり大声で叫ぶのも、返事がないと恥ずいし。


でも静寂のままだ。なんの音もしない。


俺は歩き出そうとすると、何かを踏んだ。

何か嫌な予感がする。普通、こういう時に踏むとしたら犬のウンコだ。人糞はないな。


嫌だな、嫌だな、怖いな、怖いな、と思いながら、

その踏んだモノをスマホで照らして見る。


それは生徒手帳だった。

うちの学校のだ。

俺が表紙をめくると、そこには見慣れた顔写真があった。それは姫来の写真だった。

写真の下には、浅月姫来と書かれている。


間違いなくキララの物だ。

なんでそんな物がここに?


その時、倉庫の奥からバケツを蹴とばしたような音がした。ヤバっ、っていう声も。女の人の声だ。


誰かいるのか? つか、普通バケツを蹴るか?

この静寂の中で。

いくら足元に有ったとしても、そこは避けようよ。踏みとどまろうよ。もしかしてバカなのか。


暗闇にバカがいる。


嫌だな、嫌だな、怖いな、怖いな、と思いながら、

音のする方に歩いて行き、スマホで照らした。


その光に照らされたのは、

あのエルフのミカエ•ルだった。


「あれ、奏でる夢くん!」

その呼ばれ方も、もう懐かしいな。

「なんでこんなところにいるの? ミカエ•ルさん」

「私ね、ミカエ•ルなんて名前じゃないの」

「えっ、名前なんていうの?」

「杏美華(あんみか)」

「アンミカ?」

「杏美華よ。イントネーションが違うの。アンミカは平坦に読むでしょ、私のは杏にアクセントがついて、美華だから。全然違うでしょ」


うるせえな。


「でもあんなにアンミカって言われて怒ってたのに本名だったんだ」

「雑に呼ぶからでしょ。アンミカ、アンミカって。

カタカナじゃねーわ。漢字だわ。杏美華だわ」


「じゃあ、杏さん。ここで何を?」

「隠れてるの。私んち、虹のかけはしの奴らにめちゃくちゃに荒らされたのよ、浅月さんを匿ってるだろうって。なんで匿わなきゃならないのよ、付き合い短いのに」


「えっ、ずっと死体消しを2人でやってたんじゃないの?」

「違うわよ。奏でる夢くんが来ることになってから、雇われたから。私、元々マジシャンの卵なの」


「えっ、そうなの?」

「うん。恩田さんの息のかかった、って本当に息がかかって口臭がするって意味じゃないからね。口臭ってすごく気にする人いるから」


話を進めろや。


「そのマジックバーで働いてたら、浅月さんに声をかけられたの。割のいいバイトがあるって。


マジックバーの仕事も不定期だし、収入も不安定だからその話に乗ったら、死体消しだったの」


俺は話してる杏さんの顔をスマホで照らした。するとエルフの象徴である耳のとがりがなくなっていた。


「杏さん、耳どうしたの?」

「えっ、普通だけど。あの、とがりは付け耳だから」

「どうしてそんなの付けてたの?」

「浅月さんにエルフって設定にしてくれって頼まれたから、嫌々付けてたの。だってエルフって、全身緑色で、いつも勃起してる奴でしょ?」


エルフのイメージは全国共通なのか?

違うわ。そんなイメージないわ。


「浅月さんはどうしてそんなことさせたの?」

「魔法で死体を消すっていうことにしたかったみたい」


「えっ、あれ魔法じゃなかったの? 死体消えたし」

「な、訳ないじゃん。あれはただのマジックで、死体が消えたように、台の下にあるジェラルミンのケースに落としたの。あの台、足元のペダルを踏むとパカって開くから」


「だって周りになんか、訳わからない数式とか、文字とか浮かんでたし、手からも光線が出てたよ」


「あんなのプロジェクターあれば、いくらでも映せるでしょ。それに手から光線を出すのも、ライトがあれば簡単な手の動きでそれらしく見せられるの。マジシャンの卵だし。奏でる夢くん、本当に魔法だと信じてたんだ」


「じゃあ異世界の湖に、死体を沈めるっていうのも?」

「当然、嘘だよ。異世界なんてあるわけないじゃん」


異世界はあるよ。キララだっているし。


「浅月さんはどうしてそんな手の込んだことを、杏さんにさせたの?」


「そんなのわかんないよ。浅月さんに聞いてみてよ。でも多分だけど、そういう魔法とかの設定にしたら、死体処理の仕事の罪悪感がちょっとは減るからじゃない?」


たしかに。魔法とか異世界の湖に沈めるとかいうと、現実感薄れるし。やってることは死体遺棄だけど。


「じゃあ浅月さんはここにいないの?」

「うん、ここには私と霊しかいない」

「霊がいるの?」

「うん、子供の霊がいて、さっきまでしりとりして遊んでた。その子、モリマンって言って、んがついて負けた」


嫌だな、嫌だな、怖いな、怖いな、霊ってしりとり弱いのか。でもモリマンってなんだよ。子供の霊が言うなよ。


「でも浅月さんの居そうな場所ならわかるよ」

「どこっすか? それ」

「第二死体置き場。第一は恩田さんも知ってるけど、第二は浅月さんと私しか知らないから、そこじゃないかな」

「それはどこにあるの?」


俺は北関東のある地方の名前を聞いた。

詳しい住所も、杏さんのスマホの位置情報で探してもらった。


「ここにいるんだね」

「ここしかないと思う。だって、虹のかけはしの奴らに見つかったら殺されちゃうし」

「杏さんはどうするの? ここに隠れてる?」


「どうしようかな、奏でる夢くんが行くなら一緒に行こうかな。車はある? って、高校一年じゃ免許もないか」


「オヤジの残してくれた金があるんで、タクシーで行こう」

「じゃあタクシー呼ぶね」 


これから杏さんと、浅月さんを探す旅が始まる。


でも本名アンミカって、なんだよ。

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