第48話 ……zzzzzz

翌朝、普通に学校に行こうと、あのキララがトラックに轢かれた交差点の所に向かうと、プラカードを首から下げてチラシみたいなモノを配ってる人がいた。


献花も少し増えていた。


俺はその交差点に近づくのが嫌だったが、何をしてるのか見たかった。


その人が首から下げていたのは、キララの顔写真をプリントした、この子を見かけたら、すぐに警察かここまで連絡して下さいと書かれていて、ケータイ番号が記されていた。


その人はキララの母親だった。

俺は近づいて、「あっ、キララのおばさん」と声を掛けた。


キララのおばさんは俺に気づいて、

「あっ、リズムくん久しぶりね」

「どうしたんですか? これ」

「警察に姫来(きらら)の捜索願い出してるんだけど、まったく手がかりなくて、本当にあの人たちちゃんと仕事してるのかしら、あの税金泥棒の肥大キンタマが!」


朝から口悪いな。でも最愛の娘がいなくなったんだ。当たり前か。


「だからこうして姫来が轢かれた時間に、こうしてチラシを配るようにしたの。まだ診療時間前だからね」


キララの両親は開業医だ。2人で内科、心療内科、泌尿器科、などの診察をしている。


そういえばキララは俺と付き合ってることを両親にはまだ話してないと言っていた。


だからただの幼なじみだと思ってるはずだ。


俺とキララのおばさんが話していると、そこへものすごいスピードで自転車が突っ込んで来た。


「危ない!」

俺は思わずキララのおばさんを抱きしめるようにして、自転車から避けた。まるでおばさんを轢く気みたいだった。


おばさんの手からチラシの束が落ちた。

俺が抱きしめた腕をほどくと、キララのおばさんが今まで見たことない、照れたような、はにかむような、女の貌(かお)をしていた。頬も赤く染めて。


「ありがとう、助けてくれて」

「いえいえ、別に」

「ごめんなさいね、連絡も出来なくて。姫来がスマホを持ったままいなくなったから」


そのスマホで俺は異世界のキララと連絡を取り合っているのだ。


「だからリズムくんの連絡先、教えてくれない?」

「あっ、いいですよ」

俺は自分のスマホの番号を教え、LINEの交換もした。

「じゃあ何かあったら連絡するね。気をつけて学校行ってね」

『はい」


俺がそう言うと、キララのおばさんは笑って手を振った。かわいい人だなと思った。歳は30代半ばに見える、髪を肩まで伸ばして額の辺りで分けていて、スリムなその姿は白衣がとても似合いそうだった。


そして俺が歩き出そうとすると、2本ほど先の電柱の所で、こっちを見てる人影があった。うちの女子の制服を着ている。髪を思い切りショートにした、勝ち気そうな顔をした子だった。


初めて見る顔だな。そう思った瞬間、彼女はいなくなった。まるで消えたみたいに。


やべ、まずいもの見たかな。

この辺りは見通しの悪いカーブになっていて、歩行者が轢かれる事故が何件もあった。だから歩道橋を作る計画も進んでいる。


ここで轢かれて死んだ霊だったらどうしよう。

塩だ、こういう時は盛り塩だ。

森進一じゃねえよ。おふくろさん歌っても霊は消えないよ。空を見上げりゃ空にあるよ、霊が。


その時、スマホが鳴った。

誰だろう。見てみると、恩田さんからの着信だった。恩田さんはモロに反社な人だから、こんな朝早く起きてることに驚いた。


反社は寝て待て。

そんなことわざがあったな。いや、ねえよ。

寝て待ってたら反社が来るのかよ、怖えな。


「どうしてる? 元気?」

「あ、はい。なんとか」


「ごめんな、お父さんのこと」

「いえ、父が頼んだことですから」


「それでさあ、またキミにやってもらいたい仕事があってさ」

「あっ、俺もう『虹のかけはし』の仕事はやめたんですけど。浅月さんから聞いてないですか?」


「あのさ、そんなすぐにやめられるものじゃないのよ、反社って。スマホのサブスクだって、やめるの大変じゃない? 


えっ、どこで退会すればいいんだよ、退会する、が見つからないよ、って迷宮にハマって、サイトの色んなところをかけずりまわって、


やっと自分のアカウント画面の下の方に、契約の変更ってとこがあって、そこを押すとやっと退会するにつながるんだよ。


そのくらい大変なんだよ。だから『虹のかけはし』をやめるのも相当大変だよ』


「どうすればやめさせてもらえますか?」

「じゃあ、ちょっとハードルの高いミッションを無事にこなしてくれたら、考えてもいいよ」


『何をすればいいんですか?」

「浅月を見つけ出して、ぶっ殺してくれないかな」


えええっ!

浅月って、あの恩田さんの運転手の人だよな。

見つけ出して、ぶっ殺すって、ハードル高すぎるって。ハードル走の障害が、走り高跳びのバーの高さくらいあるみたいだ。そんなの跳びながら走れたら、すげえな。


「あいつなあ、闇医者なんだよ。あいつが依頼者の臓器を取り出してたんだ。元は腕のいい心臓外科医だったからな。それが仕事を全部ほっぽらかして失踪したんだ。俺は臓器売買のシンジケートがある某国まで謝りに行かなきゃいけない。だから動けない。


浅月が今までやってたことの口封じをしなきゃならないから、頼むからやってくれ」


「そんなの無理ですよ。人なんて殺したことないですし。他にも舎弟の方いますよね。その人たちの方がお役に立てると思いますよ」


「もうやらせてるって。でも人数なんていくらあってもいい。キミのお父さんの内臓と目玉と睾丸を摘出したの、浅月なんだよ。そのこと一言も言ってなかったでしょ」


たしかに何も言ってなかった。


「なんかそれってだまされたみたいで、悔しくない? 怒りがふつふつと沸いてこない? いや、ふつふつと沸くのはヤカンのお湯だ。怒りはふつふつと『湧く』んだよ、クソがっ!」


どこに怒りが向いてるのかわからない。


俺は特に怒りは湧かなかった。

でもその浅月という人に聞いてみたかった。

武郎の睾丸を摘出した時、どう思ったか。

デカいと思ったのか、なんだよ所詮この程度かよ、と思ったのか。


「それに浅月は、キミと不思議な縁があるんだ」

「なんですか? 不思議な縁って」


「浅月は……」


恩田さんはそう言ってためた。思わせぶりに。


「…… …… …… …… …… …… …… …… ……」


さすがにため過ぎだと思う。


「…… …… …… …… …… …… …… …… ……」


もう言っちゃってよくね?


「…… …… …… …… …… …… …… …… ……」


狙ってるのかギネス。ため、の世界一を。



「…… …… …… …… …… …… …… zzzzzz」


なんだよ、最後のzzzzzzは! 寝てるのか? 電話しながら寝落ちしちまったのか? 深夜のカップルの電話みてえじゃねえかよ、恩田さんよぉっ!


「恩田さんっ!」

「浅月って、お前の彼女の叔父だよ。だから姫来さんはあいつの姪ってことになるな」


急に起きて、突然衝撃的なことを言うなよ!

心が追いつかないよ!










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