第46話 キレようとしていた

「でも、なんで姫来が知ってたんだろう。キャバクラの中になんか入れないから、写真なんて撮れないと思うし」


たしかにそうだ。

俺はキララに確かめることにした。


『どうやってこの写真撮ったの?』

すぐに既読になり、メッセージが来た。まるで待っていたように。


『私が異世界に行く前に、真中名さんの噂を聞いたの。キャバクラで働いてるって。その後、塾の帰りに真中名さんとリズムのお父さんが歩いてるのを見たの。手を恋人つなぎして。びっくりした。だからスマホで撮ったの。


キャバクラの中の写真は私のお父さんにキャバクラに行ってもらって撮ったの。リズムのお父さんの品性下劣な行為には驚いてたけど。


真中名さんとリズムのお父さんのことを、リズムに伝えるべきか迷ってた。ショックを受けるだろうし。そんな時に異世界に行ってしまったから、伝えられなかったの』


そうだったのか。

ずいぶん迷っただろうな。

横浜駅の中みたいに迷ったと思う。なんでJRから、みなとみらい線の駅に行くまでにあんなに迷うのだ。地下街を2往復したぞ。


『それで真中名さんとはどうするつもり?』

『もう二度と逢わないよ。でもオヤジがあげたお金はそのまま真中名さんにもらってもらう。真中名さんの夢を応援するお金だから。


オヤジは俺にある程度のお金を残してくれたから、生活費には困ってないし、オヤジの夢を死んでから取り上げたら呪われそうだしね』


『リズムは優しいね』

『だって陽気でチャカカーンなオヤジだったから』

『チャカカーン?』

『なんでもない。今、真中名さんには帰ってもらうから』


俺の中で、敵(かたき)が来た、さんから、真中名香那眞さんに戻った。


「オヤジのことはいまさら仕方ないし、俺はもうキミの気持ちには応えられないから、帰ってくれる?』


「うん、わかった。でも最後にお願いがあるの。図々しいと思うだろうけど」


図々しいと思ってしまった、秒で。


「何?」

「キスして欲しい」

そう言った真中名さんから、またまばゆいくらいのきらめきとダイヤモンドダストが蘇った。


俺はまぶしくて目をつぶった。

その時、唇に何かが触れる感触がした。

マシュマロみたいな柔らかな感触。


俺はまぶしくて目が開けられずにいると、

「ありがとう。じゃあね」

そう言って、真中名さんの匂いが遠ざかっていく気配がした。


そして俺がやっと目を開いた時、彼女の姿はなかった。きらめきとダイヤモンドダストを連れて。


その時、あっ、と思った。


ユリナの魔法でこの部屋のことが見えてるなら、キララは今、彼女と交わしたキスのことも見てるはずだ。


ヤバい。ゼッタイなんか言ってくる。

物事にゼッタイはないと言うが、ゼッタイはある。

ゼッタイ的にゼッタイはある。

覚醒剤ダメゼッタイ。


その時、LINEのメッセージが届いた。

俺は覚悟した。どんな罵詈雑言が届くか。


ユリナが言う、皮被りのチンカスクソ野郎みたいな。足の親指と隣の指の間の臭いカス野郎とか。

自販機の下を覗いたら、ゼッタイいるはずのない誰かと目が合ってしまった、クソ恐怖野郎とか。


でもそのメッセージは違っていた。

さっきのキスのことにはまるで触れていない。

もうユリナの魔法は解けたのか?

それとも……


キララのメッセージはこうだった。


『もうスマホの充電がほとんどないんだ。だから、どうしてもの時しかもうLINE出来ない』


俺たちを繋ぐ唯一の物が今、キレようとしていた。

なんだよ、キレてねえよ。なんでキレんだよ。同じ言葉でも意味が違い過ぎるわ!


これが正しい。


俺たちを繋ぐ唯一の物が今、切れようとしていた。






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