第40話 1919
アソコに電球を入れ、割れたショックで死んだ母親を持つ息子は、警察での事情聴取でも辱めを受けた。
「お母さんはどうして電球を入れたと思う?」
「わかりません」
「お母さんは電球が入ると思ったのかな?」
「わかりません」
「そんなにガバガバだったのかな」
「わかりません」
「(グーにした手を上下に動かして)こうやって、出し入れしたのかな」
「わかりません」
「破裂したってことは、膣の力が強いのかな」
「わかりません」
わかりません以外の言葉はなかった。
鑑識の調査や実況見分などでも事件性はなかったので、事故として処理された。
アソコに電球を入れる事故。
そんな死因で肉親を亡くすなんて。
俺は父親の目をくり抜かれた死に顔と、
母親の目を驚愕で見開いたままの死に顔を思い浮かべた。
武郎と正恵は良い夫婦だったな。
人には言えない死に方だったけどな。
俺は誰もいないガランとした家に帰った。
このマンションは分譲だろう。でも親が死んだら不動産屋の保険がおりて、残りのローンはなくなるはずだ。
俺は通帳でもないかと、もう何年か振りに夫婦の部屋の扉を開けた。
すえた匂いのする部屋はカーテンが掛かっていて、床には性具やら、派手な下着やら、ムチやら手錠やらローソクやらが散乱していて、三角木馬がその存在感を示していた。意外とデカいんだな。
母はこの部屋で、女子高生キャバ嬢に入れ上げて家に帰らなくなった父親の気を惹こうと、色々と揃えたのだろう。それにしてもSMモノが多いな。
多分、武郎の性癖は、清純そうな若い子が好みだったのだ。この部屋にあるモノはその真逆をいっている。これでは武郎は家に居付かないだろう。
俺はタンスを探って、貯金通帳を探した。タンスの母の派手だったり地味だったり、変態だったりする下着の下に、通帳の束があった。
見ると通帳はすべて俺の名義になっていた。母親が全部俺の名義に変えたのだ。俺に相続税とかかからないように。
そういう覚悟の上で、アソコに電球を入れたのだ。
なんだか胸が熱くなった。
各通帳にはそれぞれ500万ほどの預金があった。
武郎が臓器を売って得た金を分散したのだろう。
全部で3000万円ほどあった。
その中にカードが入ってるのがあったので、俺は近所のコンビニに当座の資金をおろしに行った。
俺名義の通帳なので、暗証番号も俺の誕生日だと思い、0226と押した。暗証番号と合致しなかった。
なら母の誕生日の1029を押した。ダメだった。
まずい、後がない。
なんだ、母の暗証番号は。
考えても何も浮かばない。
アソコに電球を入れて死ぬような母だ。きっとまともな番号ではないはずだ。母はあの時、どう思ったのか? 電球のひんやりとした感触を、自分の下腹の中に感じて何を思ったのだ?
きっとこう思ったのだ。
1919(イクイク)。
俺は迷わずにその番号を押した。
暗証番号は……合致した。
とても複雑な思いだった。
俺はそのコンビニで食料品を買って帰り、キッチンのテーブルでキララにLINEした。
『うちの母親そっちに行ってない?』
今日はすぐに既読になった。
『来てないよ。ねえ、何かあった?』
『母が死んだ。ちょっと人に言えない死に方で』
『えっ、嘘でしょ? お父さん死んだばかりなのに」
『俺も嘘だと思いたいけど、ホントなんだ』
『そうなんだ……それは、つらいね』
『でもそっちに行って、元気に死の魔人と戦うかもしれないし』
『死の魔人は倒したよ。お札も手に入れて、王子様のおでこに貼ったら、すぐに病気が治って起き上がれるようになった。それで、それでね』
『なに?』
『私とユリナのどちらかをお妃様として迎え入れたいって』
『それって……』
『王子様と結婚するってこと』
えっ、マジか。キララ結婚するのか。なんだよ、俺の周りからみんないなくなっちゃうじゃん。
『でもまだどっちか決まったわけじゃないから』
でもウンコチンコ言ってる女より、キララの方が良いだろう。ユリナよりもかわいいし。
『だからなんかユリナが一方的に私にバチバチ対抗意識燃やしてる。私はどちらでもいいのに。でもリズム』
『なに?』
『リズムが真中名さんともう2度と逢わないと誓うなら、この葛根はユリナに譲ってもいいよ』
葛根。
葛根湯のか。
結婚と間違えて入力したのか?
『もしまだ逢ってるなら、私ホントに王子と葛根しちゃうよ。葛根だよ、葛根。わかってる? 葛根しちやったら、もう人妻なんだよ。いつかこの異世界に来ても私はお妃様なんだよ。葛根ってそれほど深いモノなんだよ。葛根って言われてもリズムにはピンと来ないと思うけど。葛根だからね、葛根』
気づけよ、葛根に。
『だから私に結婚されたくなかったら、2度と彼女に逢わないで』
結婚に戻った。
『うん、わかってる。もう逢うことはないよ』
『わかった。私も結婚断るから』
『そういえば、猿橋どうしてる?』
『その辺でウンコしてるんじゃない? あの人、お城のどこでもするから。トイレのしつけとか、されてないんじゃない?』
猿橋、聖者なんだろ。聖者がそこらにするなよ。
『カメは?』
『甲羅の傷も治って元気に戦ってくれたよ。死のビーム避けに』
また盾に使ったのか。
『でも、カメはユリナが王子と結婚するの反対みたい。いつもユリナに甘えて、シッポを甲羅から出したり入れたりしてる。
それ、シコってるんじゃね?
『あっ、』
『どうしたの?』
『今、時空の扉が開いて誰か落ちて来た』
そしてしばらくすると、
『リズム良かったね! リズムのお父さんとお母さん、こっちに、来たよ! すごいね』
武郎と正恵が異世界に行った。
信じられない。
『今みんなで写真撮るからね。撮れたら送るから』
『うん、ありがと』
しばらくして写真が届いた。
武郎と正恵がセンターで、その周りを懐かしい顔ぶれが囲んでいた。
武郎は武器商人なのか武器の入った背負いカゴを前に置き、正恵は占い師のような水晶を抱えていた。
みんなこれから異世界で生きてくのか。
俺も行きてえな、異世界。
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