第35話 俺の父親は人間だ

信じられなかった。

オヤジの遺体も目をくり抜かれ、臓器もすべて取り除かれていた。魚のように2枚におろされて、とは思えなかった。


俺の父親は人間だ。


「なんで、なんで俺のオヤジが死んでんだよ」

「リズムくんの父親は、家族に内緒で相当な額の借金があったんです。キャバクラ嬢にカモられていて、1000万円以上注ぎ込んだんじゃないでしょうか。


生命保険も解約して戻って来た金さえ注ぎ込んで、最後は闇金にも手を出してしまって。

それでもう、どうしようも無くなって、うちの組織に来たんです。


入来武郎さん。名前を聞いて調べたらリズムさんの父親でした。恩田さんはあなたに伝えるべきだと言った。それを家族に伝えるのが父親の役目だと。


でも入来さんは家族には内緒にしたかった。息子と歳もそんなに変わらない女に入れ込んで、借金まみれになった父親の無様な姿なんて見せられないと。


恩田さんは闇金業者に脅しをかけて、入来さんの借金を無しにした。それと奥さんに離婚届を書くように言って、提出させた。借金の督促状が家族に行かないように。


そして入来さんの臓器のお金は、借金の返済ではなく、家族の未来のお金として振り込まれることになった。


それに納得して、入来さんは自分の臓器をすべて売った。リズムさんとお母さんにお金が届くように。

そしてそのお金はお母さんの口座に振り込まれた。

入来さんは家族を守ろうとして、自分を犠牲にした。家族思いのいいお父さんでしたよ」


そういえばずっと父親の顔を見てなかった。

母に父親のことを聞くと、頭を強く打った人みたいに大いびきをかいて寝てるとか言ってた。


これから父と大声出して交尾してやるとか、

血の滴るレアな肉祭りだよ、とか、

母の情緒もおかしかった。


もうあの時から、父は家にいなかったのかもしれない。


何も知らなかった。そんな自分が、アームに力が入らない詐欺みたいなクレーンゲームのように、無力に思えた。


金なんかどうにでもなっただろうに、なんで死を選んだんだよ。


太った体でチャカカーン踊ってたろ。

一緒にスタンドバイミー観て、死体にアオハルを感じたろ。


そういうのすべて無しにして逝っちゃうのかよ。


「なんで恩田さんはこの仕事を俺に回したんだよ」

「このまま何も知らずに、父親が消えたとしたらどうします? 恩田さんはリズムさんにお別れの機会を与えたかったんだと思いますよ」


キツいな。こんな別れ方。


「浅月さんさあ、俺もう無理だわ、この仕事。こんな悲しいチャカカーン見ちゃったら、続けられねえわ。チャカカーンは陽気じゃなきゃ。恩田さんに伝えてくれるか?」


「わかりました。それは至極当たり前です。この仕事は私とアンミカでやりますから」


ミカエ•ルはアンミカと言われたことをスルーした。空気を読んだのだ。


「で、そのキャバ嬢はどうしてる?」

「恩田さんが店を調べて乗り込んだんですが、もう既に辞めていました。住所もデタラメで、店長を問いただしたら女子高生がバイトでやっていたそうです」


女子高生に貢いでいた。オヤジが。

たしかにそれは言えないな。恥ずいわ。俺が男子高校生なのに。俺のクラスの女子に入れ込むようなもんだぜ、武郎さんよぉっ。


「じゃあ、申し訳ないけど、そろそろお別れしないと」

「ああ、わかった」


ミカエ•ルが空間に様々な数式のオーロラを出して、武郎の遺体に両手をかざして光を照射した。

武郎の姿は静かに消えて行った。


その時、涙がこぼれた。

もうどうしようもなく流れた。


その時、あっ、と思った。

武郎もキララのいる異世界に行くかもしれない、と。

俺と関わりのある奴はみんなあそこに行った。

なら武郎だって行ってもおかしくない。 


武郎は死んでない。異世界で陽気にチャカカーンを踊ってるはずだ。


俺はすぐにキララにLINEした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る