第34話 粗相そうそう

約束の23:00ちょうどにベンツが家の前に止まった。これからまたあの廃れた倉庫で、死体を消す手伝いをするのだ。


恩田さんはまた乗ってなく、運転手の浅月さんと、後部座席にエルフのミカエ•ルが座っていた。


相変わらず緑色のワンピに帽子も緑色だ。俺はキララが言った、エルフはまっぱで勃起して、緑色の体をしてるっていう言葉を思い出して、笑いそうになった。


「何を笑ってるの?」

エルフが不機嫌そうに言った。

「いや、なんでもない。思い出し笑い」


「どうせ便座を上げてるのを忘れて便器に尻を突っ込んで抜けなくなっとかとか、壁にちょうどいい穴が空いてたから、アレを突っ込んで抜けなくなったとか、そんなこと思い出したんでしょ?」


「なんで抜けなくなった縛りなんだよ」

「どうせ下ネタで笑ってたんでしょってこと」

たしかに、まっぱで勃起は下ネタだ。ミカエルは鋭い。


「今回の死体は、リズムくんにはちょっと大変だと思う。気持ち的に」

浅月さんはライトで薄明るい車道を見つめながらそう言った。

「もう前回で慣れたから平気だよ、俺は。だって力仕事しかしないし」

「そうだな」

浅月さんがなんだかしんみりした声で言った。


「あ、そうだ。ミカエ•ルに訊きたいことがあるんだけど」

「手土産はあるの?」

しまった。手土産のくだりは省略したのだ。キララの言う通り、手土産が必要だったのだ。


「ないよ。どんな手土産が欲しいのか、わからなくて」

「よく地方に行くと空気の缶詰って売ってない? その土地のきれいな空気が詰まってる缶詰。あれ中が空っぽなだけだと思ってるでしょ。


でもエルフにはわかるの。あの缶には本当に澄んだ空気が入ってるって。基本、エルフは澄んだ空気の中でしか暮らせないから。


まあ今は耐性もついてきたから、奏でる夢くんの股間を通ってきた空気でもなんとか吸えるけど。


吸いたくはないよ。ああ、吸いたくない。嫌だ嫌だ、奏でる夢くんの股間の中の生の空気を思っただけで、吐ける。胃液がなくなるまで吐ける。もし毒を飲んだら、その時に嗅がせて。全部吐くから」


なんかひどい言われようだ。俺の股間の空気より、もっと汚れた空気があるはずだ。例えば……思いつきはしないが、あるはずだ。あってくれ。あって下さい。お願いです。


俺は冷静さを装い、

「じゃあその空気の缶詰は今度買って来るよ。だから教えて欲しい」

「何を?」

「死体を異世界に送れるなら、僕も異世界に送れるんじゃない?」

「湖に沈みたいの?」

「違うよ。俺をある人のいる異世界に送って欲しい」

「召喚するってこと?」

「そう言うんだ」


「召喚ならその異世界にいるものに頼めばいい。私にはそんな力はないから。死体を私の知る異世界に送る。それしか出来ない」

「じゃあ、その異世界に住む誰かに頼めば召喚されるかもしれないんだね」

「そうそう」


そこは、そう、の一言で決めた方が良かったのに。

そうそう、じゃなんか軽い。はい、より、はいはいの方が圧倒的に感じ悪いように。


そうって言ってよ。そうって。


俺の不満顔に気づいたのか、

「そ、そう。そ、そう。そそう。粗相、粗相をした。パンツの中にたっぷり」


そう、でいいんだよ。なんだよ、粗相って。相槌じゃなくなってるじゃん。そうそうの方がまだ良かったよ。


「昔、♫I think so yeah!You think so yeah! 粗相 そうそう♫ って歌詞がありましたよ」


「ゼッタイ嘘だ。粗相なんて歌詞に入れる訳ない」

「じゃあスマホで調べてみましょうか?」


「あっ、もう着きましたよ」

ベンツは埠頭の廃れた倉庫の前に着いていた。

「じゃあ帰りに調べるからな」

「♫粗相 そうそう♫」

「歌うなよ!」


俺らは車を降りて、トランクから死体の入った袋を持ち上げた。今回のは重かった。ずしっと心にまで響くような重さだった。


俺はそれを必死の思いでお姫様抱っこしながら、倉庫の中に入り、例の金属製の台の上に乗せた。


「大丈夫ですか?」

浅月さんがまた俺の顔を見て言った。

「何が? なんでそんなに心配するんだよ」

「じゃあジッパーを下ろして下さい」

俺は今日は股間のではなく、袋のジッパーを下ろした。さっき股間の空気、股間の空気って言われたからだ。


そしてジッパーを下ろして、その死体を見た。

心が凍りついた。氷点下の海に突き落とされたように。

なんで? なんで? なんで?


その袋の中の死体は、

変わり果てた姿をした、俺の父親だった。









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