第31話 手土産の件(くだり)
俺は家に帰った時、キララからLINEが届いていることに気付いた。
開いてみる。
『死×3の魔人のいるダンジョンに入ったんだけど、暗いし、クモの巣張ってるし、いっぱい脚の生えた太くて長いムカデみたいなやつがいるし。最悪だよ、中は迷路だし。私が迷路とか苦手なの知ってるくせに』
知ってるくせにって、誰に言ってるんだ?
『そうなんだ。こっちもエルフの手伝いで人を消して来たよ』
『そっか。やっぱりまっぱだった? 勃起してた?』
人を消して来たって方に食いついて欲しい。
『いや、まっぱでもないし勃起もしてない。普通の女のエルフで、死体を異世界の湖に魔法で沈めたんだ』
『そっか、まっぱも勃起もしてないんだ』
なんでガッカリするんだよ。
『でも死体を異世界に移せるなら、俺をキララのいる異世界に転移させることも出来るんじゃないか?』
『それ死体だから簡単に出来るんじゃない? だって死んでるんだから。生きてる人を生きてるまま転移させること出来るのかな。正確に私のいる異世界に』
『私のいる異世界?』
『異世界は一つじゃないから。私はトラックに轢かれてマンガのコマ5コマ分飛ばされたって言ったでしょ。その一コマ一コマに世界があったの。
私は5コマだったけど、6コマも7コマも飛ばされてたら、また違う異世界にいたと思う。カメと猿橋くんがここに来れたのは奇跡か、何か秘密があるんだと思う。そうじゃなきゃ死んですぐに私の元に現れるなんて無理じゃない?
だからその秘密をそのエルフに訊いてみたら?』
『教えてくれるかな?』
『そうだ。エルフなんだから、まっぱになって体を緑色に塗って勃起したら、秘密を教えてくれるかもよ』
そんなことしたら俺がミカエルに消されるだろう。睾丸だけ残して。ほんとに残るのか?
でもフツーに訊いても教えてくれないのは確かだしな。
『まっぱも勃起もなしで訊いてみるよ』
『まっぱも勃起もなしで? それじゃ丸腰だね』
丸腰って。まっぱと勃起は拳銃か。
『何か手土産でも持ってったらいいんじゃない?』
エルフに手土産。ものすごい難問だ。何が喜ばれるかまったくわからない。無難にスイーツか。でもエルフの食生活がわからない。
もしかしたらユーカリの葉を食べて暮らしてるかもしれないのに、流行りの店のモンブランを買ってったら、舌打ちされるだろう、聞こえるように。エルフの舌打ちって大きそうだ。
いや耳がとがってるから、聴力がすごく良くて、大きな耳打ちなんかしたら、自分の鼓膜を痛めるかもしれない。
1km先で針が落ちる音が聴こえるような体質だとしたら、都会に住んでたら発狂するな。半径1km内の心ないノイズが絶えず聴こえてくるのだから。
だからエルフの舌打ちは小さめだ。
でも小さくても舌打ちされるのは嫌だ。
微妙に聞こえるか聞こえないかくらいのが特に。
『エルフに何を手土産にしたらいいかわからないよ』
『訊くのよ。手土産は何がいいか』
『秘密を訊きだす前に、手土産が何がいいか訊くの?』
エルフに2つも訊かなければならない。
『じゃあ、手土産のことを訊く前に、手土産のことを訊いてもいいですかと、訊いてみたら?』
3つ目だ。3つも訊かなきゃならないのか?
『その前に、ちょっと訊いてもいいですか? って訊くのもアリだね』
4っつ目だ。なんでそんなに訊くことを増やすんだよ。
ん。
ちょっと訊いてもいいですか? って訊いて、
何? って言われたら、秘密のことを訊けばいいんじゃないか?
そうすれば手土産の件が省ける。
正直、エルフへの手土産について考えるなんてまっぴらだ。
まっぴらなんて言葉、生まれて初めて使った。
使い心地が良い。
まっぴら。
まっぴら。
まっぴら。
まっぴら。
まっぴら。
ボールペンの試し書き用に置いてある紙に書いたみたいに、まっぴらを多用してしまった。
もう使い過ぎて、まっぴらだ。もう2度と使わない。最後に一回だけ。
まっぴら。
『じゃあ、ちょっと訊いてもいいですかって言って、訊いてみるよ』
『うん、うまくいったら教えて』
『わかった。そっちもね。明日は死の魔人を退治しに行くのかな?』
『死の魔人が見つかったらね。まだそいつが居そうな所にさえたどり着いてないから』
『じゃあ、今夜はこれからどうするの? どこかで野宿でもするの?』
『ダンジョンの中はわりと快適なの。暖房効いてるからね。みんなで雑魚寝するかもね』
死のダンジョンに暖房が効いてる。
暖房は死から1番遠い言葉だ。
みんな冷たくなって死んでいくのだ。
あ、火葬って焼かれて死ぬから、暖かいというか熱くなって死ぬのか、最後に。
暖房が死に近づいた。いや直結した。
『そっか。ゆっくり眠って明日に備えてな』
『うん、リズムもちゃんとエルフから秘密を訊き出してよ。まっぱも勃起もなしだと無理だと思うけど』
だからあのエルフはそんなんじゃないから。
『わかった。じゃあね』
『うん、お大事にね』
お大事に。
俺、ケガしたとか病気したとか書いてないよな。
頑張ってね、と間違えたのか?
すげー気になる。
まあ明日は俺もキララも正念場だ。
正念場という言葉も初めて使ったが、こっちはそれほど使いごこちが良くない。
正念……もうこれだけで満足な感じだ。
エルフから秘密を訊き出さないと。
手土産はユーカリの葉で良かったんだっけ?
いや違う、手土産の件は省いたのだ。
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