第25話 いつか行くよ、キララのところに

猿橋はこの世界では行方不明になった。

きっとどっかの山の中に、丁寧に埋められているのだろう。


俺は猿橋の親と会いに家を訪ねた。エレベーターのない公団住宅の5階で、建物の周りには、悪そうなヒップホップ育ちの奴らが、


便座に座る格好をして、排便をしてるように気持ちよさそうな顔をしていた。クスリをやってるか、漏らしているかだ。


猿橋の母ちゃんが俺を家に上げてくれた。

人の家の匂いはなんか臭い。何かが間違っている。


俺は鼻をつまむほど失礼な男ではないので、息を吸うのを加減しながらしゃべっていたら、ヘリウムガスを吸ったみたいな声になってしまい、猿橋の母ちゃんが笑った。


お前んちが臭いせいだぞ。


猿橋の母ちゃんは猿橋が消えたことよりも、煮るなり焼くなり恩田やすなり商会から入金された900万円のことを喜んでいた。


猿橋の母ちゃんは猿橋の弟が出来が良くてと、自慢ばかりしていた。溺愛してるようだ。


これで大学に行かせる金が出来たと言って、母ちゃんは笑っていた。家が臭いというのに。


まあ猿橋は勇者として異世界でこれから頑張るのだから、こんな毒親と離れられて良かったんじゃないか。家も臭いし。


俺は手をつけなかった茶菓子とお茶のお礼を、ヘリウムガスを吸った声で言い、また母ちゃんを笑わせて猿橋の家を出た瞬間に、


ハアハアと変態のような息づかいで、呼吸をした。

これで声も元に戻るだろう。


もう学校ではキララとカメの話題はほとんど出なくなった。マスコミも突然、青森に現れた恐竜の生き残りの話題で持ちきりだった。体長20メートルの恐竜が湖から現れたのだ。そりゃみんなそっちに行くだろう。


まあ猿橋の丁寧に埋められた死体でも見つかったら、またニュースになるだろうが。


猿橋のことはクラスの奴にも色々と聞かれた。猿橋は意外なことにみんなから好かれていた。そのことに俺は驚かされた。奴は人に好かれる人間ではない。友達だからわかる。


俺は穴を掘って、「猿橋はそんなにいい奴じゃないっ!」と叫びたかった。でも穴を掘るのがめんどいし、そもそも叫びたくなかったからしなかった。


それに俺は猿橋に命を救われたのだ。


俺は猿橋のことを聞かれると、

最近、何もかも捨てて、自分探しの旅をしたいと言ってたと言うと、みんな納得した。


そもそも自分探しってなんだ?

自分を探すって、自分はどこかに隠れているのか? そんな身を隠さなきゃいけない、訳ありな自分を探してやらなきゃいけないのか? 訳ありな自分なんて嫌だぞ。


俺は学校が終わるとまっすぐに恩田さんの賭場に行き、イカレた奥寺さんとモニターを見て過ごした。

まあこれで時給1250円ならいいか。タイムカードも出来たし。


でもタイムカードの名前が違う。

俺は入来奏夢(いりきりずむ)で、タイムカードには、人来奏夢(ひときりずむ)と書いてある。


入と人は間違えやすい。


入が人って来た。

出人口から人って来た。

入口密度が高くて、入が多すぎる。


いや、こんな間違いは入はしない。

いや人はしない。


そんなことをマックで考えていた時に、キララからLINEが来た。


『猿橋くんすごいよ。苦戦したけど、政伸魔王の首を叩き切ったよ』


おお、猿橋TUEEEEE!

もう武勇伝作ったのか、早えな。


『でも傷の手当てに、せっかく取ったヤクソウを勝手に使っちゃったから、プラマイゼロだわ。行った意味ないわ。ユリナも思わずチンコ! って叫んで悔やしがってた』


ユリナは相変わらずだ。


『まあ猿橋はそういうプラマイゼロな奴だ。何をやってもプラマイゼロだ。買い物行っても財布を忘れてプラマイゼロだ。どんなにいいもの食ってもすぐ排泄してプラマイゼロだ。生きてることがプラマイゼロだ。だから逆に清々しい』


『清々しいって、こっちの身にもなってよ。王様に言ったらもっと過酷なミッションを課せられたんだからね』


『過酷なミッション? 』


『死の森の奥にある、死のダンジョンに住む、死の魔人と、死を覚悟して戦って、もう死んでもほど頑張って、お気をつけて行ってらっしゃいませと』


こんなに死が並んでるのに、またお気をつけてって。今度は行ってらっしゃいませまでついてる。王様は本当に女将だ。老舗旅館の。


『それで行くの?』

『ヤクソウつかっちゃったからね。王子様もう死にそうだし。時々、断末魔の声をあげるし』


怖え。断末魔の叫びって。


『その死の魔人が王子様を助けるアイテムを持ってるの?』

『人を蘇生させるお札を持ってるって』

『なんで死の魔人がそんなの持ってるの?』

『生も死も自由に出来ると、傲慢にも思ってるみたい』

『そっか。そんな野郎はぶっ倒さないとな』

『そんな簡単に言わないでよ』

『俺がいたら絶対ぶっ倒す』


少し間が空いた。そしてメッセージが来た。


『じゃあ来てよ。すぐに助けに来てよ。お願いだから。リズムと逢いたいよ、抱きしめて欲しいよ』


キララ……


俺だって本当は異世界に行きたいよ。でも死んだら本当に行けるのか、まだ怖いんだよ。カメと猿橋は行けた。でも俺も行けるとは限らないんだよ。

でも……


『いつか行くよ。絶対に行くよ。キララのところに。必ず』


俺はそうメッセージを送った。でも返事はなかった。


俺は夕方の混んでるマックの席を立った。

照り焼きマック食いきれなかったな。カバンに入れて持って帰ろう。そう思いながら。

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