第2話 なんだこれは!
キララ……漢字で姫来と書く。
俺とキララは幼稚園からの幼なじみで、高校に入ってから付き合うようになった。
だから付き合ってまだ3ヶ月だ。
キスしかまだしたことがない。
それも浅くて清潔なキスだ。
でも不潔なキスってどんなのだろう。
想像すると硬くなってしまう。
足の親指が。なんでだよ。
だが先週の金曜日の朝、俺が登校するとクラス中がパニック状態になっていた。
スマホでネットニュースを見ていた女子が、さっき起きた事故の速報に出くわした。場所は俺らの街だ。
登校途中の女子生徒が、横断歩道を渡っている時に、信号無視のトラックにはねられて亡くなった。
近くのコンビニの防犯カメラにその一部始終が写っていた。その画像が流れる。
俺はその女子、大橋さんの画面にヒビが入りまくった(修理しろ)スマホを覗かせてもらう。
横断歩道を渡る女子高生の姿が写る。紺のブレザーに、チェックのスカート。うちの高校の女子の制服だ。
手には革のカバンを下げている。
そのカバンには、小さなダッフィー のぬいぐるみが付いていた。
それは一緒にディズニーシーで遊んだ時に、キララにプレゼントしたものだ。
キララなのか?
次の瞬間、キララは信号無視で突っ込んで来た車に、はね飛ばされた。その衝撃で宙に飛んだ。
青になって横断歩道を渡るキララ。
カバンで揺れる僕のあげたダッフィー 。
俺のあげたダッフィー かわいい。
俺があげたからかな。他の人があげたら、こんなにかわいくないもんな。
キララ。
あのダッフィーをあげた時、はにかんだ笑みを浮かべたキララ。
なのにトラックに轢かれるなんて。
でもその映像には続きがあった。
キララの体が宙を飛んだ後、その姿が消えた。
はね飛ばされた体は、道路に叩きつけられることなく、消失した。
俺は職員室に走った。
先生たちもテレビでニュース速報を見ていた。
この給料泥棒どもが!(←口悪いな)
職員室中の電話が鳴り響いた。
問い合わせの電話だろう。うちの学校の制服だし。
テレビのニュースでは、事故の目撃者にインタビューしていた。みんな口々に、目の前で女子生徒がトラックにはね飛ばされるのを見ていた。
だが、はね飛ばされた後の女子生徒の姿は誰も見ていなかった。
でも防犯カメラの映像には、トラックの道路に付いたものすごいブレーキ痕と、車体の前面が潰れているのも写っている。
ニュースではトラック運転手の53歳の男が、業務上過失運転容疑で逮捕された。
女子生徒の姿は警察が捜索しているそうだ。
それでニュースは終わった。
給料泥棒の担任(←言い方!)黒島が、俺の所に来て、「大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」と言った。俺はその時、自分が震えているのに気づいた。顔も蒼白になってるのだろう。
キララは亡くなったのか?。嘘だろ。
俺は職員室を出て、階段の踊り場から母に電話した。
すると母が「ニュース見て、今キララちゃんのお母さんが来てて……お父さんもすぐ戻って来るそうよ」
キララの家は隣の隣だ。キララのお母さんも今は気が動転してるだろう。俺と同じで。
その時、校内放送があった。
全生徒は体育館に集まるようにと。
集まった生徒と教師たちに、壇上の校長の桐原が言った。
要約すれはこうだ。
今朝の6時半頃、テニス部の朝練の為に、自宅を出た浅月姫来(あさつききらら)さんが、県道を渡る横断歩道で信号無視したトラックにはねられた。
トラックの前面は破損し、道路には強いブレーキ痕があった。なのにはね飛ばされた浅月さんの姿はなく、今警察が捜索している。
運転手は逮捕され、事情を聞かれてる。
今朝のニュース速報に何も情報が加算されてない。
役に立たねえな(←口悪いな)。
校長は事故にはくれぐれも気をつけること、家に帰るまでが通学です、と遠足の時に言うみたいな言葉で、全校集会を締めやがった。
クソが、校長(←口悪いな)。
キララの自宅には警察の人とマスコミが来たと、母が電話で教えてくれた。
キララの姿が消えてしまったので、まだ生きてる可能性だってある。キララの両親は通夜も葬儀も行わずに、警察に捜索願いを出したそうだ。
その晩のニュースでも現代の神隠しとして、
トップで伝えられた。あのコンビニの防犯カメラの映像と共に。
そしてキャスターが事故現場でリポートしてると、
後ろにいた塾帰りみたいな小学生が、テレビカメラにピースサインをしていた。
この小学生が、一生ジャンケンでチョキしか出せなくなればいいのに、つか、一生ピースしたまま手が固まってくれよ、お願いだよ、と思った。
俺は母に食事はいらないからと、自分の部屋にこもった。
キララとは幼い頃からずっと一緒にいた。家族と同じくらいの時間を共有した。そのキララがトラックにはねられた上に、消えてしまった。
希望があるのは、キララの遺体がないことだ。
遺体は俺にキララの死を突きつける。
きれいな顔してるだろ。うそみたいだろ。死んでるんだぜ、それで。
それで。
それでって、なんだよー。
俺はそう言いながら泣いた。号泣だ。涙は頬を伝った。窓ガラスを伝う雨のように。
窓ガラスの雨には不純物が混じっているが、
俺の涙の成分は純粋だ。俺は純粋無垢な涙を流し続けた。
その時、LINEのメッセージが届いた音がした。
俺はスマホを見た。
LINEに届いていていたのは、
それは……
キララからだった。
キララ。キララはやっぱり生きてたんだ!
俺は急いでタッチパネルに触れる。
キララ、キララ、キララ!
俺は興奮しながら、キララからのメッセージを読んだ。すると、こう書かれていた……
『ドラゴンみたいのが目の前にいるけど、どうしたらいい?』
なんだこれは!
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