秘密に月 夕焼けに蔵

エリー.ファー

秘密に月 夕焼けに蔵

 浮き輪で空を飛ぶ女子高生に会った。

 空気に体が溶けていて、そのまま消えてしまうのではないかと心配になった。

 一度目は、話しかけようとしたが無視された。

 二度目は、少しだけ目があった。

 三度目は、女子高生の方から会釈をしてきた。

 四度目は、女子高生の方から話しかけようとしてきたが、僕は無視をした。

 それから二年経過した。

 あの女子高生は何だったのか、未だに分からない。

 僕は居酒屋のバイト終わりにファミレスに行き、カルボナーラを食べていた。

 前に座っているのは、バイト先の店長だ。

「いつまでもバイトをしてくれてるのはありがたいんだけどさぁ」

「はい」

「ちゃんと就職活動とかした方が良いと思うよ」

「僕のこと嫌いなんですか」

「別に嫌いとかじゃないけどさ。なんていうか、ほら、心配なんだよね」

「別に心配なんかしなくていいですよ」

「分かるよ、おせっかいだよね。ごめんね」

「でも、僕も少し不安です」

「そうだよね。そうだと思ったよ。じゃあ、就職活動した方がいいよ。きっと、これだけバイトを丁寧にできるんだから、うまくいくって」

「もう、いい年齢なんで諦めてます」

「年齢って、言っても。君、まだ大学四年生だよね」

「大学四年生は人生の佳境です」

「人生の先輩として言わせてもらうけど、佳境じゃないよ。そのレベルだと」

「佳境か佳境じゃないかは、僕が決めます。僕の人生なんで」

「うぅん。まぁ、そうだけど」

「僕は、僕の人生を諦め始めてるんです」

「早いよ。早すぎるって」

「僕が決めることなんで」

「うん、わかった。ごめん」

「で、就職活動はやった方がいいですよね」

「そりゃ、そうだよ。スーツとかは持ってるの」

「ないです」

「買いに行こうよ。今」

「やめときます。お金とかないんで」

「出すよ」

「え」

「今までバイトを頑張ってくれてたんだから、出すって」

「本当ですか」

「そりゃ、そうだよ。新しいスタートのためのお手伝いをさせてよ」




 前に、浮き輪で飛んでたらさ。

 大学生っぽい男に話しかけられそうになったわけよ。

 で、面倒だから無視したんだけど、何度も会うわけ。

 最初は、ストーカーかもしれないなって思ったんだけど、変な感じじゃなかったから、まぁ、気にしないようにしてたんだよね。

 でさ、ある時ね。あたしのお父さんって居酒屋の店長やってるんだけど、前にお父さんが忘れ物したから届けに行ったことがあったわけ。そしたら、そこでその大学生がバイトしてたんだよね。

 あたし、めっちゃびっくりして。

 うん。そうそう。

 やっぱ、ストーカーなんじゃないかって思ったの。

 でも、お父さんに聞いたら、そいつは高校生の頃からバイトしてるらしくて、じゃあ、それはあり得ないかってなるじゃん。

 で、わたしは、これでその大学生は何者なのかを知ったわけよ。

 ある日、また会うじゃん。

 話しかけようかなぁって、本当に何の気なしに思ったわけ。

 そしたらさぁ。

 あいつ無視しやがったんだよね。

 マジでウザかった。

 ぶっ殺してやろうかと思ったよ。

 で。

 それから何年か経ってさ。

 また、会ったんだよね。

 そしたら、スーツ着てて、なんか社会人やってるみたいだった。

 なんか大変そうな感じもないし、別に抜けてる感じもないし。

 まぁ、普通な感じ。

 うん、そう。

 その時も、あたしは浮き輪で飛んでたんだけどさ。

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