第41話 星

 シャルロッテは空欠くうけつから陽虎の生首を取り出した。胴体の方はまだしも、自分の頭をこうして客観的に眺めるのはなんとも奇妙な感じがする。

「本当に上手くいくんだろうな」


 甚だ不安になってくる。シャルロッテは特に道具を使うこともなく、首の切断面を合わせてただ押さえているだけだ。マネキンを修理するのだってもう少しは凝った作業になりそうなものである。


「もうくっついたぜ」

 しかしシャルロッテは軽く答えると押さえていた手を離した。すると確かに首が繋がっている。まるで手品だ。


「……そんな簡単でいいのかよ。あとでポロっと取れたりとかやめてくれよ」

「心配すんな。もとから生身は細胞一個壊しちゃいない。触って確かめてみろよ」

 未だ疑わしく思いながらも、陽虎は慎重に指を這わせた。継ぎ目のような箇所はどこにもない。そっと押してみる。柔らかな弾力が返る。脈も呼吸もないのを別とすれば、まるっきり普通の生きた人間のようだった。


「納得したか?」

 簡単には頷けない。だがどうせ当り前の現実からはもうとっくにはみ出しているのだ。今さら常識にこだわっても仕方ない。


「一応はな」

「じゃ、やるぞ」

 シャルロッテが気軽く顔を寄せる。だが陽虎は咄嗟に身を引いた。


「なんだよ。もしかしてびびってんのか?」

 声が尖る。陽虎は首を振った。

「別にそんなんじゃない。気にしないでいいからさっさとしろよ」


「言われなくたってするさ。役立ずの下僕のお守りはいい加減うんざりだからな」

「ふん、そもそも誰のせいだよ」

「あたしさ。だから責任を取らなくちゃな」

 シャルロッテは横を向くと、台座に載った陽虎の生身に剣先をあてがった。胸の中心に刃を沈める。


「陽虎」

「ああ。これが最後だ」

 頷くと、シャルロッテはためらわず唇を重ねた。隙間から強く吸われる。陽虎はされるに任せて自分を開いた。奥深くに垂れた根が固く強張って脈を打ち、しだいに速さを増して限界を突破すると熱く弾けた。迸り流れ行く先は光に満ちて、やがて数多ある輝きの一つとして形を成して降り落ちた。


 ――星?

 仰向けに横たわった陽虎は茫然と目を見開いた。

 無限の広がりの底にあって己の存在がひどく頼りない。

 冷たい風が頬を撫でる。ぶるりと体が震え、盛大なくしゃみを放つ。


「いてっ」

 全身に引き攣るような痛みが走った。ひとしきり悶えたのちに、陽虎はようやく体の違和感に気付いた。いや、むしろ思い出したというべきか。


 腕が重い。肌がひりひりする。瞳に滲む涙が熱い。

 かつては当り前にあった感覚がまるっと押し寄せてきて、未だ焦点の定まらない心をひどく揺さぶる。


 陽虎はきつく目を瞑った。胸いっぱいに息を吸い込み、すっからかんになるまで吐き出すのを三度繰り返してから、少しずつ目を開く。

「やっぱり、星だ……」


 夢でも錯覚でもなかった。市街地から離れた闇の濃い夜空に、無数の小さな輝きが散りばめられている。

 いつの間に外に出たのかと訝って、しかしすぐにそうではないと気付かされた。


 陽虎がいるのは覚えのある台座の上だ。周りを見渡しても確かに元の地下室のままである。

 ただし、天井がなかった。さらに言えば、建物の地上部分が綺麗さっぱりと消えている。


「あっちゃー……どうすんだよ、これ」

 あの時だ。心当りならば嫌というほどにあった。ヴラドとの戦いの最後、シャルロッテと重なり合った刹那に生じた力はまさに途方もないものだった。霊剣から発した黄金色の光は、文字通り空にまで達していた。

 もしもあれに触れれば、並の物質などひとたまりもなく蒸発してしまうに決まっている。


「もう少し上手く、加減とかできなかったのかよ」

 思わず文句が口をついて出る。だが一言も返事はない。まるで近くに誰もいないみたいだ。


「おい、シャル、どこだ?」

 陽虎は上体を起こして、あちこちに視線を飛ばした。

「シャルロッテ!」


 いた。だが安心するどころか、さっき動き始めたばかりの心臓が再び止まりそうになった。黒褐色の肌の剣士は床の上に倒れ伏して、ぴくりとも動いていない。

 転げるように台座から降り、傍らに膝をつく。


「シャルロッテ、しっかりし……」

 くたりと重い体を揺り動かそうとして、しかし陽虎は途中であきらめ力を抜いた。

 シャルロッテはもう己の為すべきことを果たしたのだ。長い安らかな眠りを妨げる権利など、何者にもありはしない。


「……お疲れ。俺が生きてる限り、あんたのことは忘れないよ」

 陽虎は横たわるシャルロッテの髪を払うと、傷だらけの頬にそっとくちづけた。

 遥か天空に浮かぶ星の光の下で、健やかな寝息が夜風に乗って流れていった。

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