第38話 コンビ

「なんのつもりかだって? あんたをぶっ潰すつもりに決まってるだろうが。そんなことも分らないのかよ?」

 ともすると痛みで引き攣りそうになるのを押さえつけ、陽虎は無理やりな嘲笑を浮かべてみせる。


「あんたかなり頭悪いんだな……見た瞬間から分ってたけど」

 もともと動きに乏しかった銀髪の珠士じゅしの表情が、絶対零度に晒されたみたいに凍りついた。


「土人の分際でほざくな。疾く失せよ」

 胸元に下げていた石をまさぐる。くすんだ灰色をしていた表面に、さざなみのように光が走った。輝きは急速に強くなり、金色の球体が生まれて膨れ上がる。


 美しいなどと感じられるわけもない。むしろどこまでも不吉で恐ろしい。

 単なる虚仮脅しでないのは確実だった。もしもあんなやばそうな光弾を喰らったら、陽虎の霊体などひとたまりもなく消し飛んでしまうに違いない。


「間抜け野郎、てめえの相手はこっちだ!」

 ひときわ高く威勢を上げて、背後からシャルロッテが斬り掛かった。ヴラドは咄嗟に新しい霊鬼を作り出して防いだが、集中が途切れたことで大光弾は撃たれることなく立ち消える。下僕の命を救ったシャルロッテは、殺気を込めた剣先をヴラドに向けた。


「珠士の分際で調子に乗んなよ。てめぇなんざただの寄生虫と変わらねえぜ。あたしが存分に叩き潰してやるから、ありがたく思え」

「たわけが」


 ヴラドが吐き捨てると同時、十体以上の霊鬼が湧いて出た。さしものシャルロッテが目を瞠る間にも、雪崩を打って殺到する。

 二体三体とまとめてシャルロッテは斬り伏せていくが、さすがに数が多過ぎた。


「てめっ、この、とりゃ!」

 荒々しくシュリギアを振り回す間隙を衝かれ、死角に回った霊鬼からの攻撃を浴びる。即座に反撃して両断するが、また別の角度から光弾を撃たれて、全身に刻まれる傷はいよいよもって増えていく。


「……くそ、なんとかできないのかよ」

 再度の不意打ちの機会を窺うが、ヴラドはシャルロッテへ霊鬼の波状攻撃を繰り出しながらも背中に一体の霊鬼を置いて己を守らせている。


 シャルロッテならば瞬殺できる相手だ。しかし陽虎は戦闘スキル皆無の身である。手をこまねているうちに、霊鬼の群れをシャルロッテは苦労の末に打ち払い、だが一息つく間もなく、さらに多数の群れが生まれていた。


「愚か極まる剣士よ、地上で我に出逢えた幸運に感謝するがいい。貴様の魂は我が天へと還るための糧として使ってやるぞ」

 自己肥大妄想の極まった理屈にシャルロッテが恐れ入るはずもない。もちろん怯んでもいないだろう。しかし物言わぬ人型のモノが十重二重と取り囲む合間に、剣士の瞳に宿る光が微かに揺らぐのを、陽虎は見た。


「シャル!」

 我知らず叫んでいた。剣を振り下ろすさなかのシャルロッテと刹那に視線が交わる。意思が伝わる。通じる。重なる。


「来い!」

 主の言葉が雷鳴のように陽虎を打った。自分の指令を無視して、いや自分の指令を凌駕して体が動く。


 シャルロッテを囲む霊鬼の間を疾風のように擦り抜け、その真後ろに迫っていたモノを気を込めた拳で消し飛ばす。

 自分にこんな真似ができるとは思ってもみなかった。だがどうすればいいのかは考えるまでもなかった。


 時にシャルロッテめがけて放たれた光弾の軌道を逸らし、時にシャルロッテの振るう刃の影に潜んで霊鬼を狩る。群れの数はあっという間に半分以下にまで減っていた。しかも陣形はずたずたに破れ、剣士と珠士の間を阻むのは今わずかに一体のみだ。


「陽虎!」

 命じられるよりも早く陽虎はヴラドの前にいる霊鬼に体当りを喰らわせた。そのまま押し倒して必滅の拳を叩き込む。


「シャル、行けっ!」

「任せろっ!」

 シャルロッテが即応し間合に飛び込み斬り掛かる。美しい弧を描きながらシュリギアの刃が達しようとするまさに間際、文字通り目を眩ませる輝きがヴラドの胸元の丸石から迸った。

 霊鬼が放つ光弾とは比較にもならない圧倒的な高密度のエネルギーの塊が、シャルロッテの使う霊剣を押し返す。


「くっ、この……」

 シャルロッテは奥歯を軋らせた。引き締まった黒褐色の四肢が限界に達したように震える。卑劣な珠士を真っ向断ち斬るはずだった刀身は、今や逆に持ち手たるシャルロッテに峰が触れんばかりの有様だ。

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