第34話 キス

 唖然とした様子のヒカゲに、圧倒的な力の差を見せつけたシャルロッテは、大して愉快そうでもなく告げる。


「覚悟はいいか」

「……勝手にすれば」

 ヒカゲはふてくされたように目を逸らした。

「いつまでもこんなとこにいたって仕方ないし。それに今はハルちゃんもいるから寂しくないもん」


 ハルちゃんって誰だよ。

 陽虎は聞き咎めた。

 普通に考えれば、家族や友達等のヒカゲの個人的な知り合いだろう。ならば陽虎には関係ないし、あえて気にする理由もないはずだ。


 シャルロッテがシュリギアを振り上げる。ヒカゲに抗う素振りはない。このままいけば次の瞬間にも斬られて消える。

 本当にそれでいいのか?


「待て!」

 間一髪、陽虎はヒカゲに抱きつき押し倒した。魂をも刈り取る刃が空を裂いて背中を掠める。


「……おい陽虎、こんな時に何サカってんだよ。そんなに女とやりたいんなら、片が付いたあとであたしが相手してやるぞ?」

 シャルロッテは呆れた風情だ。そしてヒカゲは嬉しそうだった。


「わたしならおっけーだよ。しよっ」

 顔を寄せてくちづける。陽虎はよけなかった。唇を開いて受け入れ、逆にこちらから相手の中を探り始める。そしてヒカゲの甘い吐息の奥に、馴染みのある微かな香りを確かに感じた。


 陽虎は唇を引き離した。

「おい、あんたの中に櫻子がいるな」

「サクラコ? どっかで聞いたような……って、ハルちゃんのことか。うん、いるよ。わたし達、ずーっと一緒なの」


「冗談じゃない。櫻子は俺と一緒に帰るんだよ。櫻子、目を覚ませ! 返事をしろ!」

 ヒカゲの瞳の向こうへ届けとばかりに呼び掛ける。ヒカゲは陽虎を見つめ返した。


「そんなにハルちゃんのことが大事?」

「当り前だろ」

「好きなの?」

「好……そんなのあんたに関係ない。いいから早く櫻子を返せよ」

「ちょー関係あるし。答えしだいでわたしもどうするか決めるよ。キミ、ヨーコくんだっけ? ヨーコくんは、ハルちゃんのことが好き?」


 喉首を圧されたみたいに黙り込む。だがヒカゲの真っ直ぐな視線は陽虎がごまかすことを許さない。


「好きだよ。悪いか」

「あはっ、よかったー。そしたら安心だね」

「分ってくれたんだな?」

「うん、ハルちゃんも喜ぶし、ヨーコくんも一緒になろうねっ」


 ヒカゲは唇に吸い付いた。途端、陽虎は激しい目眩に襲われた。

 もちろん快感のせいではなかった。まるで吸血鬼に噛みつかれて大量の血を抜かれているかのように、力がどんどんと抜けていく。


「ちっ……陽虎、早くそいつから離れろ!」

 シャルロッテが焦った調子で命じるが、声音がやけに弱々しい。暗くなっていく意識の片隅で、おぼろげながら陽虎は悟る。


 陽虎とシャルロッテは霊的に繋がっている。今ヒカゲが陽虎から奪っている霊気は、そのまま主たるシャルロッテのものなのだ。

 もしもこのまま全て吸い尽くされてしまえば、自分達はもはや現世に存在を保てない。


「んー、んーっ」

 陽虎は残る力をかき集めて逃れようした。だがわずかに身動ぎするのが精一杯だ。まるで強力な磁石にでもなってしまったみたいに、陽虎とヒカゲの唇はぴったりと合わさって離れない。


 シャルロッテが剣を振るった。

「ここか!」

 蒼白い輝きが陽虎の意識を貫いた。

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