第33話 ふつーにかわいい
「ボケ陽虎、なんだって邪魔しやがる! 抉んぞ」
「俺の体だぞ! 何斬ろうとしてやがるんだよ、阿呆!」
「だったらてめぇが自分でやれ!」
シャルロッテは陽虎の首根っこを引っ掴んだ。〈陽虎〉めがけてぶん投げる。
突っ込んでくる陽虎の顎に〈陽虎〉は下から拳をぶち上げた。もろに入って首が急角度で折れ曲がり、それでも陽虎は倒れない――否、倒れさせてもらえない。
「ふぉわぁっ!」
アッパーカットを喰らって崩れ落ちながら、アクロバティックなタックルを敢行する。
まさに陽虎の執念の賜物、ではなくシャルロッテの仕業だった。魂の主にマリオネットとして操られた陽虎は、〈陽虎〉を押し倒し縺れて転がる。
「……ああ」
ぷにぷにとした感触が頬を包む。自分の尻の肉だった。切ない。
“どいてよ、邪魔だし!”
顔面を痛みが襲った。
尻に蹴っ飛ばされた?
意味が分らず、くらくらしながら陽虎は手を付いて身を起こして、自分を蹴ったものの正体を知った。
尻から足が生えている。
太股に繋がる本来の脚とは別に、薄灰色の足裏がにょっきりと突き出ている。
唖然とする陽虎に、シャルロッテが鋭く告げて寄越した。
「そいつは霊鬼だ! お前の体の中に入って動かしてやがったんだよ。捉まえて引きずり出せ!」
「……そういうことか。野郎、出て来い!」
霊鬼の足に組み付く。冷たいゴムみたいな質感が微妙に気色悪かったが、自分の体を乗っ取られて放置はできない。全力で剥がしにかかる。
“やあん、もうっ”
場違いにエロげな声が上がった。
陽虎の力に屈して姿を現した霊鬼は、みるみる豊かな彩りを備えていき、ついには女子高生へと変化していた。
「勝手に触んないでよ!」
抱え込んでいる足がじたばたと暴れる。陽虎は慌てて手を離した。
普通の人間のわけがないとは思っても、制服のスカートから伸びる脚に密着して平気ではいられない。
「せっかく頑張ったのに、どうして素直にやられちゃわないの? いじわるっ」
霊鬼の女子高生は頬を膨らませた。見覚えのある顔だ。さっき矢部が弄んでいた眠れる少女とそっくりである。
「勝手なこと言うな……そもそも、あんた何者だよ。なんで俺を襲った」
「わたしはヒカゲ、ヴラド様の呪霊だよ。その体を盗みにくる奴がいるから見張っててやっつけろって言い付けられたんだけど……そんなの持ってってどうすんの? 何かえっちいプレイにでも使うとか?」
「違う! それはもともと俺の体だっての。盗まれたから取り戻しに来たんだよ」
「そうなの?」
「だから文句をつけられる筋合いはない。返してもらうぞ」
「そっかあ、それってキミのモノなんだ。ふうーん」
ヒカゲは床に転がった陽虎の裸体をしげしげと見やった。ちなみに今は仰向けである。
「ちょっ、何見てんだよ」
「あははっ、恥ずかしがらなくてもへーきだって。ふつーにかわいいからだいじょうぶ」
ヒカゲは朗らかにサムズアップした。
「ふつーに」はともかく、「かわいい」ってなんだ。
深刻な疑問を抱いた陽虎を、シャルロッテが押し退けた。ヒカゲに剣先を突きつける。
「そんなつまんねぇモンの話なんざどうだっていいんだよ。お前はあたしの顔に蹴りくれたんだぞ。ただで済むと思うなよ」
「えー、だって命令なんだからしょうがないじゃん」
ヒカゲは後退りしつつ手を振るった。どこからともなく五体もの霊鬼が湧き出し、シャルロッテを取り囲む。
「もうさっさと終わらせちゃおうっと。みんな、レッツラゴー!」
ヒカゲが煽るや、霊鬼達が迫りくる。四方もとい五方からの完全同時攻撃だ。どこにも逃れる隙はない。
シャルロッテはその場から動かず、ただ軽く身を沈めた。
「しゃっ!」
シュリギアが疾風のごとく閃く。霊剣の刃が円の残光を曳き、消えた時には霊鬼達もまた跡形もなく霧散している。
「たわいもねえ」
シャルロッテは息をついた。彼女にとっては戦いのうちにも入らなかったに違いない。
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