第11話 カラスと光り物

「ナースさん、絶対ドクターのこと好きだよね」


 当事者の目が無くなると、早速まりあがうきうき話し出した。


「え? そうナノ?」クラウンがキョトンとする。

「絶対そうだよ。クラウンがドクターと仲良さげにしてるの、楽しくなさそうだったし。あれ、絶対ヤキモチだよ」

「そうナンダ。全然気付かなかったヨ。女の子はそういうの聡いヨネェ」

「結構分かりやすかったと思うけどね」とツッコんだのはシフォンだ。


 まりあが感慨深げに息を吐く。


「それにしても、ドクター良い人だったね」


 襲ってくるばかりじゃなくて、亡者にも色々な人が居るのだと改めて思う。恋をしたり、誰かのことを助けたり。自分達と何も変わらない。

 それが皆、最終的にはナイトベアのようになってしまうのかと思うと、何とも切なくなる。


(自分が自分じゃなくなっちゃうって、きっと怖いことだよね)


 死者の恋。行き着く先に、幸福はあるのか。


「でもあの人、患者よりも自分の方がよっぽど重症っぽかったよね。全身包帯ぐるぐる巻きでさ。医者の不養生だね」


 疑っていた手前、素直に受け入れ難いのか、シフォンがそうやって腐す。すると、クラウンが言った。


「ああ、あれは怪我じゃないんだヨォ」

「え?」

「ドクターは身体が透明なんだヨネェ。自分でも見えなくて不便だカラ、ああして包帯を巻くことで可視化してるんだってサァ」

「そうだったんだ……じゃあ、ミイラ男というよりも、透明人間?」


 衝撃の事実に唸りつつ、エントランスを抜ける。途端、すぐ傍をバサバサと黒い物体が横切った。


「きゃっ!」


 まりあが驚いて身を竦める。見ると、なんてことは無い。カラスだ。ぎゃあぎゃあと不吉な鳴き声を響かせながら、病院の屋根やそこかしこにたむろしている。


「びっくりした」

「カラスが多いヨネ、ココ。近くに巣でもあるのカナ」


 来た時もまりあは不思議に思ったが、この世界の動植物はどういった存在なのだろう。彼らも亡者なのか、それとも亡者の記憶から生み出された舞台装置のようなものなのか。

 思案していると、あることに気が付いた。


「あれ? この子達、足が三本ある」

「本当だ。八咫烏やたがらすみたいだね」


 横からシフォンが口を挟んだ。聞き馴染みのない単語に、まりあは「ヤタガラス?」と鸚鵡おうむ返しする。


「そう。日本神話に登場する、三本足のカラスだよ。道案内をしてくれる神の使いだったかな。最近じゃ漫画とかのメディアでは妖怪の仲間みたいな扱いを受けているけどね」

「へぇ」


 相変わらず犬らしからぬ知識を披露してくれるシフォンだった。


(本当に神様の使いなら、元の世界に戻る道を案内してくれるといいのに)


 そんなことを思って、まりあが異形のカラス達を恨めしげに見据えていると、不意にシフォンが注意を促した。


「あっ! 見て、まりあ!」


 彼の視線の先には、一羽のカラス。植木の低い枝に止まった個体が、くちばしに何かをぶら下げている。煌めくそれはアクセサリーのようだったが、輝き方が尋常でない。そう、まりあの放つ生命の光と同種のものに見えた。


「あれ、記憶の欠片!?」

「きっと、そうだよ! 看護士さんが廊下で見掛けた光ってのは、もしかしたらあれだったんじゃないかな。光るベッドにピンと来てなかったみたいだし」


病院ここにあったのは、一つじゃなかったんだ!)


 興奮のまま駆け寄りたくなるのを堪えて、まりあはカラスが飛び立たないよう、ゆっくりと近寄った。黒い鳥は悠然と構えており、彼女の接近に構う様子はない。

 近くで観察してみると、くわえているのはペンダントと判明した。金色の鎖にハート型のヘッドが吊り下がった、如何にも子供らしいデザインのものだ。


「まりあの?」


 カラスが逃げないのを知って、シフォン達も傍に来る。


「そうかも。今のところ記憶にはないけど、忘れてるだけかも」


 試しに触れられないかと、そっと手を伸ばしてみるが、カラスはペンダントを取られまいとして、プイと横を向いてしまった。更に深追いすると、そのまま翼を広げて飛んでいってしまう。


「あっ!」


 幸い、カラスは病院の一階の窓枠に止まった。ここなら手が届きそうだが、また逃げられる公算が高い。最悪、今度こそ追えない程遠くに行ってしまうかもしれない。


「どうしよう」

「何かで気を逸らせないかな」

「カラスは光り物が好きだヨネェ。他のアクセサリーで釣るのはどうカナ? ――それとか」


 クラウンが示す先に目を落とし、まりあは虚を衝かれた。


「えっ?」


 自分の手指に、細みの銀環が嵌っていた。ダイヤモンドのような小さな石が埋め込まれたシンプルな指輪。


「わたし、こんなのしてたんだ」

「気付いてなかったの?」

「うん……」

「まりあチャン自身が光ってるもんネェ。あ、気を付けないとつつかれちゃうカモ?」


 ハートのペンダント同様、この指輪も今現在のまりあの記憶には無い。けれど、何となく大事なもののような気がした。


「これは……使いたくないな」


 おとりにして、万が一にもカラスに盗られたくはない。他に何かいいものはないかとポンチョの裏ポケットに手を突っ込むと、シャリリと軽い音が立った。


「そうだ! これで……」


 取り出したのは、先刻吸血鬼から――正確にはクラウンからになるのかもしれないが――譲り受けたキャンディだ。赤いセロファンを開いて、掌の上に転がす。血管の浮き出た目玉のデザインが相変わらず無駄にリアルだ。

 指輪をしていない方の手で摘み、カラスの目前に突き出してみる。まりあの生命の輝きを受けて、白い飴玉の表面がてらてらと光を放った。


「いちごみるく味だヨ」


 クラウンの解説に心動いた訳ではないだろうが、カラスは「がぁっ」と嬉しげに一鳴きして嘴と翼を開いた。窓枠から飛翔する。横をすり抜け様にまりあの手から飴玉を咥え、飛び去った。

 後には、光るペンダントが地面にぽつりと残されていた。


「やった!」

「まりあ、怪我はしてない?」

「いちごみるく味は美味しいヨネェ」


 三者三様のリアクションを取り、早速そちらに向かう。


「さぁ、まりあ。準備はいい?」

「うん」


 ごくりと嚥下して、まりあはしゃがみ込むと改めてハート型のペンダントへ手を伸ばした。

 触れた指先に一瞬だけ金属の冷たさを感じ、光が勢いを増す。

 直後、まりあは病院の廊下に佇んでいた。

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