第41話:一方その頃タルク村―アーシャとか編―
幼馴染を喪った
シルフィアちゃんが死んで、お葬式が終わってシルフィアちゃんはタルク村の
変わり果てた姿に、あたしは涙が止まらなかった。
残りの身体はどれだけ探しても見つからなかったんだって。
ニビと二人なら匂いを追ってでも見つけられるっていったんだけど、ママもパパもシルフィアちゃんのお母さんもお父さんも、森には入らせてくれなかった。
それどころか、森と村には明確に防護柵が取り付けられるようになり、今では男の大人達が
今では村の子ども達は森には近寄らせてもくれない。
タルク村、初の死者が前途有望な少女だったこともあり、そしてその元凶が確実に人為的—―人間の仕業だったから。
魔物ではなく、悪意ある人間の仕業で、シルちゃんは死んだ。
それは逃げてしまった、あたしが一番知っている。
あの黒に近い青色の服を着た如何にもな悪者のせいで。
あたしは当時の事を思い出すと、勝手に涙がぽろぽろと零れ落ちてくる。
「きゅぅん。」
あたしの涙を舐めて慰めてくれるのは狐の第二の相棒ニビだ。
このコも見捨てて逃げ出した罪悪感に駆られているのだろう。
シルちゃんが居なくなってから、耳が垂れて、四つある目のどれも元気がなくなってしまったように見える。
「ニビもさみしいのね。」
あたしはそっと抱き寄せる。
亡くなってしまったシルちゃんの事を考えていると、シルフィアママが近寄ってきて抱きしめてくれる。
「シルがいなくなってアーシャちゃんも悲しいよね。」
シルフィアママもうっすらと涙を浮かべ、抱きしめてくれる力は弱弱しい。
あたし達は今まで通りに、ある程度の家事が終わればシルちゃんの家に集まっている。
魔物対策もあるけど、今は人攫い対策も兼ねて。
台所では、うちのママが御飯の下拵えをしつつも、悲痛な面持ちで此方を見て伺っている。
「なあ、マリア。アンタ、休みなよ。うちのバカ娘を逃がしてくれたシルちゃんには返し切れない恩があるんだ。」
その通りだ。あたしは竦んでしまった。怖くて、何もできなかった。足手纏いだった。ちょっと魔法が出来るようになっただけで、浮かれて、それでもあたしなりに頑張ってたつもりだけど結局はシルちゃんみたいに強者には立ち向かえなかった。
あたしは弱虫だ。そんなあたしをシルちゃんが助けてくれた。
逃がしてくれた。生かしてくれたんだよね。
こんなめそめそしてたらシルちゃんに笑われちゃうかな?
いや、シルちゃんなら抱きしめてくれただろうな。
笑うようなことしないよね。ものすごくいいこだったもんね。
あたしはシルちゃんママに(もちろんシルちゃんパパにも言うつもり)面と向かって言えなかったことを今日こそはと思って頑張って口にする。
「あ、あのシルちゃんママ。……あたしの、ぜいで、ごめ、んなざい…。」
ちゃんと謝ろうと思ってるのに、この一言がいつもちゃんと言えなった。今も言えたとは言わないよね。でも感情がぐわーって押し寄せてきて耐えきれないんだ。あたしはごめんなさいすらちゃんと言えないのかと、自分の事を苛烈に責め立てるも、もうそれ以上の言葉は紡げなかった。
「いいのよ。森は危ない所だって知ってたのに、遊ばせてしまった私に、大人に責任があるのよ。アーシャちゃんが謝る事じゃないわ。」
あたしのせいじゃないと言われても納得できなかった。シルちゃんならあたしが居なきゃ逃げ切れたと思う。
あんな奴等に負けなかったと思う。
あたしが自分で空を飛べれてれば、負担にならなければ、付いていく資格があの時にあれば、我儘を言わなければ。
涙も鼻水も止まらない。堪えることなど出来ない。
シルちゃんは腕だけしか見つからなくて、亡くなった者として扱い、お葬式をしてから一カ月経ったけど空気は重いままだ。
本当は一カ月しかって言いたいけど開拓民の死は割と軽く扱われることの方が多い。ので、一カ月もすると普通は、吹っ切って頑張らないといけないのだ。厳しいけどね。
あたしは泣き疲れてしまったのか、気づけば我が家に帰って来ていた。
ベッドの上から降りる。
「アーシャ、起きたか~。そろそろママが作ってくれる御飯が出来るからな。」
パパがリビングの食卓を囲む内の一つの椅子に腰掛けていたのだが、此方に気づくと立ち上がり、抱っこしようと近寄ってきた。
案の定、あたしは抱っこされるがままだ。
これを拒むことは許されない。
パパもシルちゃんが亡くなってぴりぴりしている。
森を見つめている時、商人が来た時なんか、ものすごい怖い顔をしている。
あたしを抱きしめている時は、優しい顔になるからね。
だから、気を遣って好きなようにさせてやるのだ。
「ほら、ご飯出来たよ。アンタ達じゃれてないで、席につきな。」
「お、出来たって。ママの料理が冷めないうちに食べないとな。あつあつが一番おいしいんだぞ?」
シルちゃんがいなくなってすぐは御飯なんて食べる気が起きなくて、ものすごくパパもママも心配したんだよね。
そのせいで、とにかく御飯を食べさせようと、こんな事を言ってくるようになった。
シルちゃんが焼いてくれたお肉があつあつで美味しかったの覚えてる。だから料理があつあつだと美味しいのは知ってるよ。
あ、でも森では火の魔法は使っちゃいけないらしいからこの事は内緒なんだよね。
あたしは隠れて食べたお肉の味を、シルちゃんの笑顔を思い出しては、ずきんと胸を痛めた。
でもお昼に一杯泣いたお陰で、夕ご飯の時は泣かずに済んだ。
「美味しかったなぁ。パパはお腹いっぱいだよ。アーシャも好き嫌いせず、ご飯を食べれて偉いなぁ。」
「そうね。アーシャ、アンタはいっぱいご飯食べて強くなるんだよ。」
ママが初めて、あたしに《強さ》を求めたんだよね。
あまぞねす?の血があるから、身体は丈夫なんだって。
もう二度と、大切な人を喪う事のないように、ママはあたしに《強くなれ》と言ったの。
強くなるには食べないといけないと。
その言葉を聞いてあたしは食べれるようになったんだよね。
外には出ていけないけど、それでも強くなる方法はあるのをあたしは知ってる。身体を魔法で強くするんだよ。
雷でびびっとね。そうする時間が長ければ長いほど、強くなるんだ。落ち込んで以来、魔法は全然使ってこなかったけど強くなるために今日からまた魔法をがんがん使うよ。
シルちゃんに教わった事を基にあたしは復讐するんだ。
人攫いの悪魔どもに。今はまだ無理だけど絶対仇を討つから、それまであたしの事見守っててね、シルちゃん。
幼い心に復讐心が芽吹いてしまった瞬間でもあった。
――――――――――――――――――――――――――――
「らぁあああああああああああ!!!!!」
渾身の一撃はゴブリンを容易く屠る。
一人突撃して、チームワークもクソもないのだが鬼人の如きその振る舞いも訳合っての事。
殺戮を繰り返し、魔物に当たり散らす彼の行動を咎める者はいない。彼は愛娘を亡くしたばかりだからだ。
毎日のように森へ入り、碌に休みも取っていないのか目は落ち窪み、隈が濃く出ている。きちんと切られていた髭は無精になっており、少し頬がこけている。彼が森を見渡しては悲壮にしていたり、かと思えば憎々し気に見つめていたり、
荒々しい狩りに、魔物も怯えを覚えるのか彼が二、三屠ると面白いように瓦解する。
逃げるために背を向けたウルフとゴブリンみたいな群れでの行動をする魔物達は恰好の的となる。
最初こそ危うさもあったが、今は寧ろ安定しているまである。
「なあ、そろそろ休んだらどうだ?」
「狩りは十分。ノルマは達成したぞ。」
本日パーティーメンバーのダンダルフとザンダルフが倒した魔物をタルク村の共用魔法鞄に回収を済ませると、ルイに声を掛けた。
「………ああ。そうか、分かった。……シルは此処にもいないか。」
前半は返事、後半は独り言のため、ぼそりと呟いたのだが、狩をするメンバーは誰もが耳聡い。誰もが聴き取ってしまった。耳が良くなければ異常に気付けず、身を滅ぼすことになる。
でもこれは聞こえない方が良かった。
彼以外の五人全員が沈痛そうに顔を歪ませてしまう。
愛娘の死を受け入れていないのが分かったからだ。
彼の娘の腕の断面を見る限り、一切の躊躇がなかったのが容易に想像出来た。現場には夥しい血が地面を濡らしてもいた。仮に止血され、腕一本斬り落とされただけで生きていたとしても容易く欠損児にするような人攫いだ。まともな取引先でないことくらい分かり切ってしまう。連れて行かれた先では惨い仕打ちを受け、消耗品のように雑に殺されるに違いないと誰もがこの結論に至ったのだ。
故に葬式を執り行った。前を向かねばならない。
分かっていても、此処にいる全員が子持ちだ。
次は我が身かもしれない、彼の状況は他人ごとではない。
帰らぬ人を追い、破滅するかもしれないが今はただ時間が解決することを祈るばかりだった。
狩りは盛況なのに、狩人である彼等の顔色は優れることはなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
あたしが魔法の訓練を再開し始めて、一週間。
朝早くから村が騒がしい。
喧噪のせいで起きたあたしはベッドから飛び起き、玄関扉を開ける。
何がどうなってるんだろうと思ったあたしは家からこっそりと顔を出す。
騒ぎの元凶—―広場に目を向けると、遠目からでも分かる。
知らない大人達がいて、話し合いにしてはどうも穏やかではない。
耳を澄ましてみると。
「シア王国の王都クリメルクにガルガンティア帝国軍が進行中だ。都市街サースも人が出払っている。今も正規軍と冒険者・傭兵ギルドが出張ってくれていて戦線を支えている状況なのだ。故に食糧の備蓄をあるだけ提供してもらいたい。そして我々の見立てでは避難民がこちらにまで押し寄せてくるかもしれないって段階だから緊急避難施設の一つや二つ作っといて欲しいと望んでいるだけだ。」
「そんなことを急に申されましても我々にも生活があり、食糧を奪われるだけでなく、緊急避難施設の一つや二つなど開拓村で自身らの村を発展させているような状況の村にそのような余裕はありませぬ。」
対するは村長を務めている…多分ガンダルフさんだ。彼は三つ子らしく、似たおっちゃんが後二人いる。正直見分けが付かない。いい加減にしてほしいと思うくらいには紛らわしい存在だ。
でもこういう面倒くさい仕事は長男のガンダルフに任せておけ。っていうのが残り二人が良く言っているのを聞くから、彼はガンダルフなんだろう。
だって如何にも面倒くさそうにしている同じ顔をした男二人が遠巻きに見てるからね。
「それでも国家の危機なんだ。やって貰わねば困る。」
「騎士様の仰ることは分かりました。我々が困窮しない程度に先ずは食料を集めさせていただきます。それと雨風凌げる程度と思って頂きたい。なんせ騎士様に渡す食料のせいで我が村は今年の冬が過ごせるかの瀬戸際に立たされるわけですから。」
「ふむ。相分かった。それで手を打とう。」
どうやら話はまとまったようだ。
各家の男衆が帰宅し始める。
もちろんあたしのパパも帰ってきた。
「ガルガンティア帝国との戦争が始まったらしい。それで食糧がいるんだとさ。後は避難民の受け入れ先を用意しておけと。」
「はぁ。そりゃまた……男衆は連れてかれないだけマシかね?」
「まあなぁ。それだけが救いかもしれん。都市街サースは駆り出されたらしいから俺達はツイてる方かもしれないな。」
「あたしゃ田舎者の開拓民になって良かったよ。」
国からの要請なら応えなくてはならない。戦争に駆り出されても。シア王国国王の持ち物である土地に住まわせてもらっている身なのだ。つまり要請は強制とも言える効果がある。
非常時なのは分かるが、開拓民は全て一から。
塩や生活必需品の流通など交易等は見込めなくなることは火をみるより明らかだ。
辺鄙な田舎を交易路として経由する旨味は依頼があってこそ。
保存食を作るのに塩は欠かせない。交易商人から買い付けが見込めないなら直接沿岸部のナルク村に掛け合って手に入れるしかなくなる。村と村は遠からず近からずの距離ではあるが、荷を運んで帰ることを想定すると時間は掛かる。掛かった分だけ仕事に影響が出るのだ。それは巡り巡ってタルク村の食料自給率に影響を与える。だからこそ保存食にあたる糧食の備蓄をくれ、というのは厳しいのだ。
既に春は過ぎ、夏を迎え、秋風が漂う程度になっている。
秋とまでは言わないが、もう夏の盛りは過ぎたとみていい時節だ。
村人達も不安を隠せないが、協力しないという選択はない。
搔き集められた備蓄を荷台に詰め込み、騎士達は都市街サースに続く道へと帰って行った。
こんなときこそ、人手がいる。
「ねえ、ママ。あたしも森に――。」
「バカ娘が!」
いてて。小突かれちゃった。
まあダメだってわかってたけどね。
「ちょ。アーシャだって話せば分かるし提案しようとしただけだろ。」
パパも反対なのには変わらないみたいね。
「…ふぅ、アーシャ悪かったね。でもね、それじゃシルちゃんに申し訳が立たないよ。とてもじゃないけど、マリア達には聞かせらんないよ。絶対口走るんじゃないよ、いいね?」
「アーシャ、森はまだ早い。パパ達が狩猟を頑張るから心配しないでな?幸い、シルちゃんが作ってくれた、共用魔法鞄があるから大量に持ち運びは出来るしね。」
「…うん。」
マリアおばさんもルイおじさんも心配するだろうしね。
しょうがない、あたしはあたしなりに今は強くなることだけ考えるか。
「きゅいん。」
あたしの考えを肯定するかのようにニビが頬擦りしてきたのだった。
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