第34話:潜入②

 僕は一時、撤退した。

 バレないことが大切だったから。

 情報を整理すると―――、


 ①:人身売買組織だったこと。

 ②;国王と内通している。

 ③:覆面外套合羽が異様に強そう

 ④:女、子どもが十数人はいる。

 ⑤:僕達を探している。 

 ⑥:合言葉は、女に、の返しは《麻薬ヤクを》、襲って、の返しは《売る》だ。


 充分、貴重な情報を手に入れたと思う。


 ミレーネ達がいるであろう《マリンルージュ》に魔法は解かずに入店する。

 門番の男は気づかない。

 魔法的なものを感知して不法侵入を防ぐような警備・警報システムはないらしい。


 暢気に休日を謳歌している所に――僕が再び姿を現した。


「お姉ちゃん―――、帰ろ?」

「そうね。帰りましょう?それじゃまたね?ほら、ミオンも。」

「え、あ。また今度お会いしましょう。」


「ちょ、ま……って、て行っちゃった……。」

「……。泡沫姫みたいな消え方だな……。」


 泡沫姫とは、この世界の物語の一つである。

 楽しいひと時が泡のように、儚く一瞬で消え去るような、淡い恋心が何の前触れもなく消え去る例えで使われたりする。


 勿論一瞬で消え入ったようにみえたのは、シルの魔法的措置のせいだ。

 僕達三人は速やかに店内を出る。


「此処か。行くぞ」

『—――へい。』


 見るからにガラの悪い連中が看板を見て、門番に支払いを済ませ乗り込むところだった。


「(あっぶな~い!)」

「(どうやら間一髪だったのだわ?)」

「(そうなんです?)」


 僕達は城に―――魔術師塔に帰った。

「それでですね―――かくかくしかじかで。」


 ①から⑥までの状況説明を済ませた。


「つまり――――、私達、人身売買組織に狙われてるってことです?」

「はい。」

「そのアジトには保護しないといけない人たちもいると……。国王も一枚噛んでるなら連中を拘束するより殺した方がいいのだわ。」

 退治する方針か。

「でも、西都の守備隊や、治安維持隊は信用できませんよね。頼るなら、第一剣騎士団ですが、フィリア様の護衛を務めていますし……動かすにしても、我々が独自に動くにしても、フィリア様の判断を仰がねばなりません。—―聞いてまいります。」

「はい。」

「任せたのだわ。」

 ミオンが部屋から退出する。

 残ったのは僕達だけ。

「麻薬組織にでも―――って考えてたけど人身売買組織はやばいのだわ。」

「ミレーネ姐さんでもヤバいですか?」

「ヤバいのだわ。闇ギルドカルマの中でも、あいつらのトップは特に。」

「—――ゴクリ。」

 確かに、アレが何人かいたらヤバいかも。というか僕弱すぎないか?大体強い人がそこかしこにいて辛いわ。


「じゃ、後はフィリア様に任せて私は修行しますね。」

「私も一緒にするのだわ。」

 明らかに僕より高い練度修行を隣で見せつけられつつ、その高みに登り詰めるために只管修行に打ち込んだ。

 一朝一夕で強くなるわけないけど、今日は焦りからかいつもより修行効率が落ちた気がするっていうか、物足りなさが残った。

 

 ステータス


 シルフィア

 

 Lv.2


力:H→G 156→226 耐久:E 466→480 器用:G 218→238 敏捷:H→G 173→203 魔力:G→E 299→471 幸運:F 379→387


《魔法》

【水属性魔法】【風魔法魔法】【土属性魔法】【火属性魔法】【雷属性魔法】【光属性魔法】【闇属性魔法】【回復魔法】【生活魔法】【収納魔法インベントリ


《スキル》

【再生】【獲得経験値五倍】【鑑定】【遠見】【魔道具製作】

【魔力回復(微)】【魔力制御】


《呪い》

【男性に話し掛けることができない】


 碌にダメージを負ってないから、耐久が低い。まあ、それを加味しても少しだけ上りは悪くなってるかも?体感だけどね?

 でも魔力の伸びはヤバイ。相も変わらず、だ。

 

 レベルが低いし、ステも低いし、はあ。

 拉致されてから、殆どみーんなが格上だもんなぁ。

 そろそろ、いじけちゃうぞ?



 溜息が出た時機タイミングが、湯舟に浸かる時の『はぁ』と期せずして被ったので上手くごまかせた。ステータスをみて吐いた溜息が、隣にいるミレーネ姐さん的には《お風呂に入って幸せ・極楽》という意味で解釈してくれたみたい。

 ミレーネ姐さんには心を許しているのだが、この人は変に心配するから。話が拗れ掛けないので、こういう弱みは見せない方が良い。ただでさえ、ヤバそうな奴等に目を付けられてるし。

 いや、ヤバそうな奴のせいで、ステータス低いのが気になってるのか。


「気持ちいいですね。」

「極楽なのだわぁ。」


 お酒も入ってるし、ウブい男成分も補給して、このお風呂。

 ミレーネ姐さんはご満悦そうだ。


 休みらしい休みを過ごせたかと聞かれれば、僕は……言葉には形容しがたい絶妙に微妙な所だけど彼女は満足のいく休みだったのかもしれない。

 という事は、ミオン女史も楽しめたのかな……?なんて彼女の事を考える――――――



 一方、その頃。

 ミオン女史はフィリア団長に事の顛末を掻い摘んで話していた。

「—―――というわけで、シルちゃんの手に入れた情報によると、ここ西都に、人身売買組織のアジトがあるみたいです。それと、相当な手練れも滞在しているようだとか。」

 ミオン女史がフィリアに報告を終える。

「せっかくの休日なのに、とんだ連中に目を付けられたな。今なら、ジルバレン兄上と共同戦線を張れるが……。サスケス、この事をジルバレン殿下の部下にでも流しておけ。」

 フィリアはミオンを労った後、傍に使えているサスケスに手に入れたばかりの情報の横流しを指示した。


「それは、手柄を譲ると?」


 サスケスは問うた。


「ああ、そうだ。不満か?」


 飄々とした表情でフィリアは認め嘯く。


「いえ。ですが、その意図が正しく読めませぬ。」

 

 サスケスがフィリアの考えを図りかねていると……


「ジルバレン兄上には引っ掻き回してもらう為よ。春には旅立つらしい強者は本当にまだそこにいるかは分からん。私の首を狙っているゲヘナシュタインに加勢するために潜伏している可能性もある。さすがの私も強者を二人相手にして無事で済むとは思えん……が!、西都で築き上げたアジトが崩壊したら?西都だけにしかないのか、は分からん。ゲヘナシュタインが治めている北都も怪しい所ではあるが―――、島国での地盤の一部を失うとなれば?所詮、協力関係にあるだけの仲なら、状況次第では付け入るスキはあるのではないか?もしジルバレン兄上に手柄の全てを譲ったとして……その強者はアジトの防衛か破棄か迫られるんじゃないか?女子供の―――いや商品の確保を優先するか、味方を助けるか……立場が上の人間になればなるほど……その行動資質は常に部下に問われ続けることになるだろうし、示さねばならん。たとえ、闇ギルドカルマだとしてもな。もし他アジトがまだこの国にあるなら、部下と地盤を簡単に切り捨てた上司に懐疑的になる連中が出てくるのではないか?」


「安全に帰還する為に、ジルバレン王太子殿下に手柄を譲るのも吝かではない……か。確かに、活躍される方が他に出てくるなら……仮にフィリア様を討って混乱を収めたとしても、その後の最有力候補はゲヘナシュタイン殿下からしたらジルバレン殿下も脅威となるでしょうね。ジルバレン殿下とゲヘナシュタイン殿下の海軍防衛における実績は似たようなものとお聞きしますし……。今回の野盗の一件も街道の治安維持・向上といった点で国民からしたら、ジルバレン殿下はゲヘナシュタイン殿下より一歩リードしている状態とも言えますからね。」


 フィリアの意見を元に、他王太子二人の功績を冷静に比較するサスケス。


「そうだ。奴らが勝手に招いたことだが、結果としてジルバレン兄上に地味に功績を与える機会になった奴等からしたら、私を無理に討った所で――――人身売買組織の壊滅を手柄に納めたジルバレン兄上が更なる差をつけ、次代の王候補となる。その場合、私はこの世にいないだろうから内乱は起きないだろうけどな。ただ、私もタダで死んでやるつもりは毛頭ない。それを踏まえて相手がどう損得勘定をするか――――私は自分の生存を高めるために、手柄をくれてやるつもり。というわけだ。」


「では、わたくしめは、ジルバレン殿下勢力に情報を流してまいります。失礼いたしました。」

 

 サスケスは得心したようで、慇懃に礼を取って部屋から退出していった。



 ――――――――――――――――――

「—―――――――――というわけでして。」

「そうか。分かった。それでは、人身売買組織の一件は、このジルバレンが引き受けよう!」

 

 サスケスが簡単に部下に説明をすると、そのまま、ジルバレン王太子殿下に直接、ということになり、本人に事情を説明した。

 すると、ジルバレンは快諾した。

 ジルバレンから見ても、これは旨い話だからだ。

 

 上手くいけば、強者を先に潰せるのだから。

 その上、腐敗した根を一部でも刈り取る事が出来る。

 それを国民にアピールできる。

 乗らない手はない。


「では、そのようにフィリア様にお伝えしておきます―――。」


 フィリアの護衛騎士であるサスケスはジルバレンに伝え終わると退出した。



「これは、結構本気で取り組まねばならんかもな。」

 ジルバレン王太子がぼそりと呟く。


「と、いいますと?」

 ジルバレンのお目付け役兼執事のラトルが耳聡く聞き止める。


「いや、フィリアが暗殺されれば次は己よ。我々は追い詰めているようで追い詰めれれてもいる…ということだ。少なくとも次期国王陛下が我に手柄を譲る程度にはな。」


 若々しいその顔からは到底想像できない程の苦労してきた人間の疲れが滲み出ている。

 それほどに大仕事になるかもしれないと、暗に伝えたのだ。


「では、援軍の手配を用意いたします。」

「ああ、頼むよ。」

「《ディディエ》、召喚!」


 ラトルは意を汲んで【召喚魔法】を使い、メモ用紙を足に括り付けると、ジルバレンの個室に取り付けられている小窓からディディエと呼んだ真黒なフクロウを飛ばして手配を済ませる。ジルバレンより二歳年上だが、彼等はジルバレンが兄、ラトルが弟…のような見た目年齢でいうと、そのように見える。ジルバレンが老け顔というよりかはラトルが童顔なのだが、彼の側にいるのがラトルであるが故に、余計老けて見える。

 今回の会話やりとりも気の利く弟がやってくれたって感じだ。



「魔装具でも付けて、我が先陣を切る。首級が出たら無理をするな、と我の兵士達にも伝えておいてくれ。王とゲヘナシュタインを討つためにまだまだ活躍して貰わねばならんからな。」

「では、そちらは侍従に任せましょう。」


 控えている侍従メイドにも執事のラトルは慇懃な態度を崩さず、館と塔に向かわせる。


「知ってるか?お前のそういう所が侍従に人気なんだぞ?」

「はて?何のことです?」

「はぁ。何でもない。」


 素でやっているらしいラトルはこの手の話だけ鈍感で鈍感で鈍感だ。

 もう二人とも十五の成人の儀を済ませて、十年……二十五となっている。一般的にはこの歳ともなれば、そろそろ婚活を始める頃合い……王族は十五歳に貴族家から娶り、ジルバレン本人は既に結婚もしている。

 そんな彼だから、誰とも結婚せず自由に過ごしているラトルが羨ましくもあり、でも一般的な婚期となっている歳になってもその片鱗すら見せない彼を心配もしている。

 なんてったって、鈍感で鈍感で鈍感だからだ。

 鈍感の三重奏を一人で奏でるのは個奴くらいだろう。


「それで、いつ攻めるおつもりで?」

「フィリアが発つ頃合いを見て、我は人身売買組織を討って出る。そうでないと共闘することになるだろうからな。」

 

「分かりました。魔装具のメンテナンスはお任せください。それまでに準備しておきます。」

「ああ、頼んだよ。」


 魔装具のメンテナンスとは、魔力の充填のことだ。

 本人の魔力を使っても良いが、充填していればより長く使える。充填には魔力を注ぎ込むか、魔核を使うかの二択だ。


「それと、デレス様が……此方の文を。」

「ううむっ。……目を通すか。」


 ジルバレンのヨメ、王太子妃であるデレスからの手紙だ。

 妙に神妙な顔を作ってから彼はデレスからの手紙に目を通す。

 内容はジルバレンにしか分からない。


 ただ、手紙というには随分と枚数がある量……にはきっとそれ相応の質も……いや想いもしたためられているのではないだろうか。このデレス妃は、南都城ではジルバレンにべったりな妃であるが故、西都に行っている間の想いを綴っているのだろうが、流石に十年、ジルバレンも結婚生活に疲れが出ているみたいだ。

 ジルバレンにとっては政略結婚、デレス妃にとっては初恋の相手兼王族への嫁入りという全ての貴族女子の憧れ。ジルバレンがデレスと同じ熱量を持ち合わせていないのは、このような立場・考えの違いのせいかもしれない。

 

「十年も愛されて。一緒にいらっしゃる時は仲睦まじそうに見えますのに、そのような渋々と言った感じで読まれるデレス様が可哀想です。不憫です。愛はないのですか、この薄情者、軽薄男、人の感情が分からない狂人サイコパス、貴方の血は何色ですか、鬼、悪魔、魔物。」

「いや、仲睦まじいのは本当だから。ただ、出掛ける度にこれだけの量の文を読むのはな?それに俺だけだぞ。王太子妃を一人しか娶っていないのは!!!滅茶苦茶言い過ぎだぞ?!一応、我が王太子ぞ?!」

 十から先は数えるのもバカらしくなる。

「王太子である前に男でしょう。私めは主の純愛を疑ってはおりませぬ。」

「いや、結構なこと言ってたよ?!」

「何のことでしょう……?」

「はぁ。何でもない。」

 

 デレス妃は一身に愛されなければ気が済まない、独占欲と病み系というか闇系の持ち主なのだ。

 王になれば一夫多妻となることは決まっているのに。

 の段階ではその限りではない。その限りではないが、一人しか娶らないのは珍しいというか、世継ぎの関係上、三人程娶っておくのがスタンダードなのだ。

 だが、デレスは事ある毎に、『ジルはだから。』と言って他の妃を見繕う事を嫌がる。

 デレス妃の乱心ぶりは凄まじい。

 ここにデレス妃の乱心ぶりを綴ると一万文字は超えそうなので、閑話休題時にでも綴るとしよう。

 ――――それ故、彼の妃はただ一人、デレス妃だけなのだ。

 実際に、子どもは第一子に長女を、そして二子に長男も出産しているので、後継問題はデレス妃一人で既に解消されている。

 これでやり手なのだから、ジルバレン含め、家臣団—―――ジルバレン派閥の貴族はデレス妃の言い分を認めざる負えない。

 そして、周囲もジルバレンとデレス妃が寵愛べったりしている様は南都城ではもう見慣れた光景だ。此処に第二、第三の妃として嫁がせるのは貴族の前に、父・母として娘が不憫に思えてならないのだろう。

 他貴族すらそう思わせるデレスの手練手管は裏当主と囁かれても無理ないことだ。

 そして、極めつけは、コレ。先程の執事ラトルとのやり取りを思い出して欲しい。メイドにも慇懃な態度を崩さない出来た弟分兼、執事として仕えてくれるラトルでさえ、デレスが一枚噛むと豹変するのだ。


 ジルバレンの苦労の一端……が垣間見えた所で、本日は終わり。

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