第33話:潜入
少しばかり、浮かれている同僚が可愛らしいと思う今日この頃なシルフィアです。
昨夜の一件(やらせ)で、めでたくミオン女史の(双子の)妹、リオン女史がアゴキと結ばれて、付き合うことになった。
「昨日は、民宿に泊まったんだって?えーなにしたの?なにされたのだわ?」
「えっと、いやその……あぅ。」
帰って来て早々、問い詰めるやつおる?!
男子中学生張りの冷やかしじゃないか。えろ姐さんの取締り厳しすぎませんか!
「純愛を育んできたのよね?」
すかさず、フォローに入る姉ミオン。
「うん。物凄く優しくしてくれたわ。」
「ものすごく……?どこをどう優しくされたの?!どうされたらそんなに艶っぽくなるの?!大人の階段登っちゃったの?!お姉ちゃんだってまだなのにぃ!!!」
強調して言った妹の一言で姉としての優しい一面は崩壊したようだ。嫉妬に狂ってやがる。
「一層彼の事が大切になっちゃった。帰りも無事に済めばいいんだけど。」
「そればっかりはどうしようもないのだわ。敵に攻撃しないで、って言っても無駄だろうし。」
「即死さえしなければ私が助けれますから。致命傷でもいいんで、生きててください。」
「うん!アゴキさん達に伝えておくね!」
朝帰りしてきたので、時刻的に丁度、朝ごはんの時間だ。
リオンは先ほど別れたであろうアゴキに会いに行ってしまった。朝食は中央の王城一階で立食形式だ。だから、問題ないっちゃない。ただちょっとうらやまけしからん精神の持ち主達が『きぃいいいい!!』って言って見送ってるだけで。
……
ここでは、おもてなしする相手が、大人数の場合—――食事は立食形式なのかな?
一応造りが同じならここの王城には食堂もあるはずなのだが、多分にそっちはそっちで西都在中の兵士達が使っているんだろうね。東都城も、御飯時は中々に混んでるし。
そういう訳で、僕達も王城一階の大広間に用意された朝食にありついた。
「んまい!」
朝から、コーンスープみたいなのに出会った。色味は南瓜スープみたいなトマトスープみたいな?
少しだけ酸味と甘味の調和が取れた体に優しそうな味わいだ。
「美味しい?それは、トマチの実とカボッチャの実が入ったスープね。」
ミレーネが料理の解説をしてくれる。
「へえー、じゃあトマチが酸味系で、カボッチャがこの優しい甘さを演出してるわけですか。」
「なかなか
ミレーネがチーズパンをスープに浸して、ぱくっと食べる。
見てるだけで美味しそうだ。
僕もチーズパンを手に取って、スープと一緒に食べる。
「んまい!」
でも個人的にはトマチと一緒にチーズパンを食べるのが好きかも。トマチとチーズパンの相性はマルゲリータに匹敵するからな。
「私はほろほろ鳥の照り焼きと一緒に食べるのが好きです。」
隣で、ミオンが照り焼きチキンチーズピザにして食べている。
旨いよなぁ、僕も最初食べた時は度肝抜かれたもの。
ここの照り焼きはウナギのたれみたいな味だ。
だから、完全に地球と同じ味かと問われると難しいところだが、めちゃくちゃ美味しい、それだけは間違いない。
立食形式は自分の食べたいものを食べたいように食べられるので贅沢だ。食堂だと料理が決まってるからね。
「食事は肉体と精神を満たし、活力の源泉となるのだわ。例え彼氏が居なくとも、精神的な癒しを与え、余裕のある女になれるのだわ…!はぐはぐ……。」
「そうですね!ミレーネ様!私達には食事があります!もぐもぐ……。」
それを人はやけ食いって言うんだよなぁ。
ミレーネとミオンはチーズパンを美味しそうに頬張っている。
「…。私も食べよ!むしゃむしゃ…。」
僕はただ、二人が美味しそうに食べてるから釣られて食べてるだけなのだが――――、
「あら、シルちゃんったらオマセさんなのね?可愛いのだわ!」
「ふふふ。ほんと、可愛いですね。」
何故か温かい目で見守られてるけど、アンタ達みたく、やけ食いしてるわけじゃないんだからね?!仲間じゃないんだからね?!それにこちとら食べてんのはサラダじゃ!!!健康に気を遣ってるんじゃぼけええええ!!!
声に出すと角が立つので、心の中で思うだけに留まったシルであった。
「三日後、帰るんですよね?」
「そうよ。」
フィリア王太子達が用事を済ませて、すぐに帰るのも滅多に会えない西都の民からしたら寂しいものがあるらしく、民衆の支持を得るためにも―――生活を活気付けるためにも―――、ちょっとの間、滞在してお金を使って経済回そうぜって感じらしい。
詰まる所、少しばかり休暇が得られたわけだ。
「ねえ、私達も恋人…ほしくない?」
「ほしいです!」
「……。」
よくもまあ四歳児…春になれば五歳か。を交えてそんな会話、切り出してくるとかどんな精神状態だよ。
「私は四歳なんで、まだ恋人はいいです。」
『……?!』
いや、この人達、何本気で驚いてんの?文字で表すの難しいんだけど、《ベル〇イユのばら》みたいなリアクションをさ、リアルでやったらただの顔芸なんだよな。
「そうなななのだわ。四歳ならまdふぁいいのだわ。要らないのだわ。うんうん。」
「そそそそうです。もう少し大人になってからでもいいんです。」
いやめっちゃ動揺してますけど?
まdふぁとか現実で聞いたことない言葉使わないで欲しいわ。
「というわけで、私はこの辺で修練でもしてますので。」
『いや、休暇の使い方間違えてる!(のだわ!)』
「二人ともやっとまともな言ってるけど、最初の誘いがまともじゃなかった事に関して、あたしは疑義をただしたい。」
「……。」
「……。」
え、何この沈黙。あたしが悪いわけ?
「いや、だって、シルちゃん話してる分に、四歳児じゃないのだわ。」
「そうですね。四歳児の容姿をした同年代と話してるみたいです。」
ぐ!!滲み出る、前世!!
年老いているのか?!そうなのか?!
「それは達観しちゃったんです。ほら、私攫われてるし?決断を迫られて、自立しなきゃいけない?っていうか?」
「……まあ、そうなのだわ。落ち着きすぎてるけど、……うん。そういうことにしておくね。」
「そういうことにしておきましょう。」
「いや、そういうことにって本当だからね?!」
「達観とか、大人でも、なかなか日常会話には使わないのだわ?」
「そうですよね?ましてや、女子会なのに
ぐふ。
そんな風に聴こえてたの?!
でも今更子供らしさって難しいしわざとらしいよねぇ。
「とりあえず、付いてくから、それで許して……。」
「良い子なのだわ。」
「良い子なのです。」
僕はミレーネとミオンに引き連れられ、西都街—――トルストンの街に繰り出した。
どうやら、若者が集まる場所と言えば―――があるらしい。
一つ、相席食堂。
二つ、クラブバー。
三つ、カジノ、らしい。
一つ目の相席食堂は、一緒に食事をするところから始まる形式の健全な場所。ここは、草食系が多いらしい。
二つ目のクラブバーは、うす暗い場でお酒を軽く嗜みつつ、踊ったり、音楽を聴きながらお喋りする場所だ。積極性で言えば、此方の方が相席食堂より上位互換らしい。ただ、お酒に酔わせて悪戯する悪い男もいるとかいないとか。
三つ目のカジノは、賭け事を行う金策も出来てしまう娯楽施設となる。お金持ちとも出会える反面、悪い人達の金の儲け場にもなっている。良くも悪くも使い方次第。
僕達は色々と話し合いの末—――、間を取ってクラブバーに行くことに。
街道は除雪され、比較的歩きやすい。雪が車道と歩道の間に寄せ集められているので、境界もはっきりとしている。
「お一人様、1000メルです。」
「はい、三人分ね。」
ミレーネが入場料に三枚の銀貨を渡す。
「確かに、どうぞ。お客様楽しんで。」
ガタイの良いスタッフがお金を受け取ると、恭しく頭を垂れてきた。お客様は神様精神か?
スタッフの教育は行き届いているらしい。
僕達は、店内に入って行く。
中はうす暗いけど落ち着いた雰囲気だ。過激に踊っている人はいない。しっとりしっぽりテーブルを囲んでお酒を飲む男女のグループが既にいる。
「麦と果実のお酒一つずつにジュースが一つ」
ドリンクを片手に空いているテーブルへ。
自分からはいけない系美女たちは誘われ待ちか?
中央より少しばかり端のテーブルから見回す。そこそこの盛り上がりを見せていて、まだ席について間もないのに、ちらちらと男客が此方を見ている。
「とりあえず、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「かんぱい!」
アップリとナップルの混合
小さな身体の隅々まで魔力を練った防御系の魔法を開発中なのだ。《物理耐性》と《魔法耐性》、ざっくりとした
一杯目が飲み終わる頃、ようやく男が寄ってきた。
もしかしたら一杯目までは手は出しちゃいけない。っていう決まりでもあるのかな。
「どうも。見ない顔だね、観光で来た子?」
「そうよ、貴方達は?」
「俺達は二人共地元の人間さ。滅多に遊びには来れないんだけどね。今日は王族が集まってるから、庶民も宴を開いてるってわけで親父たちの許可が下りたんだよ。」
なるほど。二人共、親の下で働いてる息子たちみたい。
うす暗いので、目を凝らす必要があるが、よく見れば彼等は純朴な青年だ。服装からも分かる。
だいぶ若い。十代後半から良くて二十代に差し掛かってるか…くらい。
「正直、僕らこういった所に余り来たことなくてね。だから観光客っぽい子達ならマイナールールみたいなものもなさそうで楽しく出来るかなって。」
正直が過ぎる。
うちの姐御は肉食系ぞ?!
君たちみたいなのは餌でしかないぞ?!
「あら、そうなの?じゃあ、お姉さんが色々と教えてあげるわ?」
ターゲットは―――、ぼくっ子男子でした。
「それじゃ、俺君は私になりますね?」
「お、俺には、カイって名前が…。」
「カイくんね。」
こっちもこっちでターゲットが決まったようで。
二組が良い感じになると―――、遠目で様子見をしていた他の男達は悔し気に舌打ちしたり、興味をなくしたように他に目移りしたりと―――ああ。田舎者を先に行かせてどういうタイプなのか探りをいれさせたのか。それが、まさか一発目で釣れてしまって歯噛みするハメになったと……。
もちろんあたしに関心を示す変態はいないようだ。
流石に四歳児に手を出そうとする奴はいないと。
「それで、……どっちがこのコの母親なんです?」
僕っ子系男子がミレーネとミオンを交互にみて、おそるおそる訊いてきた。
「んふふ。」
「あはは!私達二人とも母親じゃないです。」
「そうです。私とミレーネ姉さんは姉妹です。」
姉妹じゃないけど、姉妹みたいなもんだからな。強ち間違ってない。近からず、遠からず。素直に言い過ぎると、彼女達の正体まで暴露しかねないからね。観光客?って聞かれて、しれっと《そうよ》なんて返したミレーネ姐さんの口車に乗った結果だ。文句はいうなよ?
「ああ、そうなんだ。」
二人は露骨にほっとしたような姿を見せた。
コブツキはいやか?
それかちょっとは覚悟してたけど肩透かし食らった感じか?
絡んできてない男の中には、耳を澄ませている奴もいたみたいで、チャンスでもなんでもないのに、鼻の下伸ばして喜んでるのが遠目にも分かる。うす暗いのにな。前世男だったからかな?分かっちゃうんだよなぁ。前世は色恋に興味なかったけど、他人の機微は分かっちゃうんだよなぁ。
あ、なんか寄ってきてる。寄って来てますよ!
アイコンタクトでガラの悪そうな、良く言っても遊んでそうな人達が近寄ってきたことを伝える。
「なあ、俺達も混ぜてよ。妹さんの面倒も見ちゃうよ。」
ドカッとあたしの横に座るチンピラ。
どっからどう見ても、子どもの面倒なんて見そうにないし、本当に見る奴はそんな横柄な態度で近寄ってきて座ったりしないんだよな。座り方一つとってもだめですわこいつ。それに臭いし。
「どっかにいってくれない?御呼びじゃないのだわ。」
「そうです。御呼びじゃないのです。」
二人はあからさまに拒絶する。
「まあ、そう言わずに。これでも食いなよ。」
テーブルに置かれたのは、みたことのないお菓子だ。
『これは……?』
お菓子を見て純朴青年たちの顔が怪訝そうに曇る。
なんだろう、と思わず【鑑定】を使う。—――僕は出てきた情報に驚いた。—―――お菓子の正体は、《麻薬—―ロギ》だった。
前世でも麻薬なんてお目に掛ったことはないけど、飴色のお菓子に見えて美味しそうだ。
「それなんです――?」
「一つ食べれば、頬がとろけるお菓子だよ。なかなか高くて買えないんだ。別嬪さんにプレゼントするとっておきの甘味さ。」
手に取ろうとするミオンを止めるミレーネ。
「じゃあ、アンタ達が食べてみるのだわ?」
「え?—―いや、これは女に食べてもらうための馳走品だから……」
「—―――えいっ!」
「—――むぐ!!」
ミレーネ姐さんが交渉してる隙をついて、僕が奴等の口に麻薬ロギを放り込んでやった。吐き出されたらかなわないので手の平に水球も作ってコップ一杯相当の水を流し込んでやった。
「ちょ、くら、てぉまえ…なにしす……へへへ」
「っう、うわ。やべぇ……やべえよ。兄貴が……。」
見事にバカになったな。狼狽する連れ。
「うわ、本当にとろけてますね。だらしない顔です。」
「お、お前ら、こんなことして許されるとでも?!」
男の締まりのない顔を酷評するミオン。それを聞いて、狼狽していた連れの男も激昂して非難し始めた。
「こんなことって?妹が貴方達に食べてほしくてやったことだし、そもそもお菓子なんでしょう?大袈裟ね。」
それを怒る意味が分からないわ。と一蹴するミレーネ。
「ぐっ、覚えとけ。……兄貴、行きましょう。」
「ふひいひ。」
僕の横に座っていた兄貴と呼ばれた男に連れの男は肩を貸して、そそくさと店を出ていく。
「ちょっと変な奴に絡まれたけど、私達は私達でしっぽりやりましょう?」
「そうです。しっぽりやりましょう?」
純朴な青年たちは何が何だか分からずに自体が収拾されたことに呆然としていたが、彼女達の色気に魅了されてしまったようだ。積極的な女性に免疫のない男は弱いもんなぁ。
捕食されるんだろうな、と思いつつ僕は奴等を追いかけることにした。だって麻薬を手に入れる伝手があるような奴、危ないでしょう?
ミレーネも僕の動きに気づいたが止めないので、僕だけ店を出た。
「《隠蔽》、《不可視》、《浮遊》」
お決まりの隠密セットを駆使して上空から奴等を探す。
真昼間から肩を貸している男はすぐに見つかった。
大通りを外れて、小道を使って如何にもな、扉を男がノックする。
すぐ真後ろに僕はいるのだが、こいつは気づいてない。気づかないという事はチータより劣る雑魚という事だ。ま、兄貴ってやつも簡単に食べさせれたしね?だから大胆に接近した訳だ。
「女に。」
扉の向こうからくぐもった声が聴こえてきた。合言葉か。
「
尾行されてる男が合言葉を言う。
「襲って。」
また扉から聴こえてくる。
「売る。…ゴトの兄貴が麻薬に手を出しちまった。」
「……はあ?」
扉の向こうで金属音—――鍵を開けるガチャガチャという音が聞こえてくる。
そして、ゆっくりと扉が開くと中から出てきた、隻眼のレスラーみたいなマッチョが姿を現した。そして状況を確認すると、冷ややかな目を向けつつ、中へ案内する。
「—――入れ。」
「ああ、どうも。」
肩を貸している男と一緒についていく。
扉の後ろは小部屋となっていて、地下へ繋がる隠し通路がカーペット一枚捲ると現れた。
レスラー男もとい門番の男はその小部屋に待機するみたいなので、放置。肩を貸しながら下るのは大変みたい。足取りは重い&
とろいのなんの。時間を掛けて只管に下っていくと、地下空間が広がっていた。
「すんません、ゴトの兄貴が麻薬をキメちまって。その…」
「はぁ?自分で使ってんじゃねーよ!」
呆れながらもキレる獣人—―ハイエナ顔の男が連れの男を罵倒する。僕は心臓を高鳴らせつつ、地下空間の天井に速やかに張り付く。匂いは幸い【風属性魔法】で身体をコーティングしてるので、漏れはしていないぽい。
「すんません!」
「はあ、ったくよ。こっちにこい。もう牢にぶち込んどく他はねえ。」
無慈悲に告げる獣人。
「え?!そんな!」
縋るように見つめるも――――。
「何驚いてンダ?売りもん捕まえるためのブツを使っちまったなら自分が売りもんになるしかねえだろ?」
非情な世界らしい。
「や、ほんとはゴトの兄貴も自分で使う気はさらさらなかったんです。ガキに一杯食わされて……!」
「はあ?ガキ?—――んしょっと!」
ハイエナ獣人は扉を開けて、牢屋にゴトという男をドスっと放り投げた。
牢屋と呼ばれた一室には、よだれを垂らして焦点の合わない女や子どもが6人か7人はいた。
「それじゃ、お前らが麻薬持ってるのバレてんじゃん?そっちのほうが問題なんだけど。」
ハイエナ獣人が男に詰め寄る。
「いや、でもただの観光客で、それも子どもの悪戯で誤飲してしまったって言うか……。麻薬だとは断定で来てないと思います……。」
必死に弁解する男。脂汗が噴き出ていて、ハイエナ獣人は鼻を曲げて近づくのを止めた。
「それで、どこで?どんな奴?」
「《マリンルージュ》っていう店にいた新規の三、四歳のガキを連れた女二人なんですぐに分かると――――ぐふ――――なん、でぇ……。」
ハイエナ獣人は現場と女たちの特徴を聞き出すと、帯刀していた剣を抜き、用済みとばかりに男を刺し殺し、始末した。
「はあ、めんどくせー。あ、コイツの事捨てといて。」
「—―はい。」
ハイエナ獣人は偶々別の部屋から出てきた男に指示した。
少しは偉いのかもしれない。
「(こいつらがどんな奴等か知る必要があるね。)」
僕は更に潜入捜査を続けた。
「いや、やめて……おねがい。」
「あーそういうのそそられるわぁ。……ああイキそ。」
「ままぁ……ぱぱ……」
「うえぇん………」
「ぐすんぐすん……」
部屋に入るのは憚られたので、内部の情報を《風》を通じて、探る。
直線上に伸びた大通路に左右3つずつ小部屋があるのだが、だいたいこんな感じ――――。ヤリ部屋から幼い泣き声が聞こえる部屋や、牢屋に、悪漢達がたむろして食事をする部屋に、仮眠室みたいな場所、そしてここの地下空間を支配しているリーダーがいそうな部屋。
空気の流れを読み解いていくと、入ってきた西都街からと、もう一つ。リーダーがいそうな部屋から風が通っている。
入り口が二つあるという事だ。
多分に、リーダーの部屋の方は緊急脱出用だろうけど。
隠密行動が出来るとはいえ、扉を勝手に開ければ不自然が過ぎる。色々と調べたいけど調べることが出来ない。
ただ思ったのは、潜入捜査をしていても誰も気づかないので、もしかしたら個々の奴等は大したことない可能性もある。
僕はリーダーがいると思しき部屋に聞き耳を立てて情報収集する。
「じゃあ、そのただの観光客に
「いえ、悪くても麻薬の密売人とかですかね。」
「まあ、ばれちってもここの王とは繋がってるからいいんだけどさぁ。それで無茶な要求されたら―――どうしてくれんの?仕事増やされちゃ堪ったもんじゃないなぁ……せーっかくこっちはバカンスに島国に来てるってのに。」
怒気が伝わってくる。僕はそれで察してしまう。この奥にいるのが、途轍もなくヤバい奴だって。
怖い、逃げなきゃ、汗が滲む。
「こう言う事ってよくあるの?」
「いや、良くはないです!でもこれで問題になったことはないです。薬漬け確定の男は牢にぶち込んでますし、もう一人は迅速に殺しておきましたんで。拉致する手配犯を送り込んだとしても、向こうからしたら繋がってるなんて露ほどにも思わないでしょう。バレっこないです本当です!」
必死さが伝わってくる。
これさっきも似たような展開をみたような。
「(強者には遜らねば、時に生きていけないよな。いっその事、殲滅するのも手だなって考えてた自分。死に急ぎすぎかも。もうちょっとこの短絡的思考を何とかせねば。)」
実力行使に出ようかと、考えていた自分の浅はかな判断を恥じていると――――
リーダーの部屋の扉が開いた。
中から出てきたのは、ハイエナ獣人と飄々とした細身の黒を基調にした赤い縁のラインが入った――――外套に覆われ仮面まで被った素肌が一切見えない外套合羽を着た覆面男?だ。
男かどうかは声で判断した。
手袋も黒と赤。髑髏に蛇の絵がプリントされている。
「あーあ。仕事増えそうだしぃ。春になったらユウラ大陸戻ろっかなぁ。」
「すみませんすみません。」
ぺこぺこと頭を下げているのはハイエナ獣人。
腕組しながら、歩く痩身の全身真黒覆面男に気づかれないように呼吸すら止める。
通り過ぎるの待ちだ。万が一、目の前の人物がフィリア団長クラスなら、動けばバレる。
「じゃ、オレが選んだげる。任務成功率が高くなるようにさ。」
「はい、ありがてぇです。此方に大体は集まってるんで、はい。」
ハイエナ獣人が率先して、きびきびと案内する。
その後ろを歩く覆面男も此方には気づかない。
やはり動かないのが正解だったみたいだ。
僕は天井に張り付きながら安堵した。
ハイエナ獣人の様子を見て、下っ端の悪漢は中腰で頭を垂れている始末。
「(悪い子も黙るほど―――って親玉かよ。)」
シルフィアはそんな感想を抱いた。
それは間違ってなかった。彼こそが、人身売買組織の首領だったのだから。
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