第32話:ぷちはっぴーな出来事。

 お風呂から上がったシル一行が部屋で寛いでいる頃—――



 ―――――――――――――――――――――――


 謁見の間—――その様子は東都、西都、南都、北都の全国民に―――各城を媒介に、モニター映像が魔法で映し出される。

 喫緊の内容を共有する際にも使われる優れた魔法だ。

 この魔法のデメリットは陣を敷き、魔核もしくは多大な魔力を注ぎ込み消費するので、安易には使えない所だ。

 

「よく来たな、ジルバレン、フィリアよ。道中、襲われたと聞いたが、無事に辿り着けて何よりだ。」


 多くの重鎮を傍に控えさせた王が、ジルバレン王太子とフィリア王太子に話し掛ける。


「羽虫の如き、賊に後れなどありえませんから。」

「賊よりも危険なのは魔物だったな!」

「そうですね、ジルバレン兄上。」


 そのまま聞くと、兄妹としての会話だ。 

 意訳すると、大変泥沼である。


 王;愚息、愚息女の分際で。死ねばよかったのに。


 フ:あの程度の刺客は、羽虫の如き弱さだ。相手にならんな。

 ジ:魔物の方が、如何に戦術的だったことか。王家の刺客は屑

 フ:良いこと言いますね、兄上。


 みたいな。


「—――ふむ。こうして、家族が一同に会するなら次兄ゲヘナシュタインも呼ぶべきだったか?」


 王:なら、お前達がゲヘナシュタインより来るのが遅かったのは何故だろうな?大したことなかったのなら、もっと早くに到着すべきでは?お前たちがトロ過ぎて、ゲヘナシュタインは待ちくたびれてたぞ?もちろん、わしもな?


 王は愚弄されて、腹が立ったようで意趣返しに到着が遅かったとあざ笑う。表面上は家族水入らず、せっかくだしゲヘナシュタインも呼んで団欒する?って聞いている。

 

「事前に知らせないのも、ゲヘナシュタインに悪いですからね。多少遅れましたが、羽虫を一匹一匹丁寧に潰していたのです。お陰で西都にあのようなゴミが集らぬ筈です。当分の間は街道の安全性は維持できるでしょう。」

「ははは、確かに相当数排除できたからな。被害に比べれば、今回の戦果は重畳!まだいるのなら、残りも帰りに始末したいくらいよ。」


フ:立ちはだかった子飼いのカスは全員逃がさず、ぶち殺したからお前は無為に私兵を減らしたんだよ。

ジ:お前の手駒は殆ど残ってはいまい。いるなら残りも蹴散らしてくれるわ。


「—――では、そろそろ本題に。」

 

 ジェラ宰相がゲヘナレイン国王陛下に耳打ちする。

 水面下ではバチバチに不可視の火花を散らしている彼等の戯れも終わり―――。



「此度のフィリアの成果で、軍や漁仕事の復帰が多いに見込まれることになった。長年の課題を解決したフィリアの功績は何にも替えられまい。男手は貴重だしのう。故に、我はフィリアを次代の、王にしようと思う。初夏を迎える頃、戴冠式を執り行おうと思う。フィリア、身を案じられよ。そうだな、南都経由だと治安がまだ不安故帰りは北都を通るが良い。」


「ありがたき幸せ。恙無く、戴冠式を迎えられるよう一層身を引き締めて職務に努めましょう。北都ですか?分かりました。」


「おめでとう、フィリア王太子。」


 これで形式上、西都に訪れた目的は達成された。

 国民の全てが次期国王はフィリア・ランバルトに決まった瞬間を見届けた。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」

「フィリア様、万歳!!」

「フィリア女王!!!!」


 国民の盛り上がりも最高潮に達している。

 大規模な魔法を見る機会も有事でもない限りない。

 国王の代替わり宣言もまた貴重な瞬間だ。


 長々と放送・映出来る程、魔核や魔法師を使う訳にはいかない。

 ここで、全ての都市での放映は終わる。



 謁見の間から退席する、二人の王太子。


「ではな、妹よ。」

「はい、兄上。」


 最後の最後で王は分断を謀ってきた。

 内心、舌打ちをしていたフィリアだったが顔には出さない。


 国民に放送されるというのに、この場に居なかったゲヘナシュタインの事も気になる。多くの重鎮はいたが、居なかった者もいる。戴冠式の参加は義務だが、今日日みたいな告知程度の放送に参加する義務はない。だが、ゲヘナシュタインの性格を知る者からすると、参加しないというのはどうにも解せない。

 つまり、何かしらの事に専念している、のだろう。

 フィリアは自室とされている部屋まで護衛騎士のサスケスを引き連れ、戻ると深く嘆息した。

 


 ―――――コンコンコン。

「失礼します。」

「ゲヘナシュタイン殿下を見たか?」

「いえ、侍従すら見かけません。」

 探りを入れさせていたミオンが戻ると、開口一番ゲヘナシュタインについて聞く。

「やはりか。」

「北都からの帰還は罠なのでしょうか。」

 サスケスは分かり切ってはいるものの口にせずにはいられなかったようだ。

「十中八九な。」

 それにダメ押しとばかりにフィリアが同意を示す。


「まさか、帰りのルートを指定してくるとはな。一杯食わされたが、どのみちはだかる敵だ。遅いか早いかの違いに過ぎん。ただ―――、」


 そこで、フィリアは思案気に言葉を止める。

 サスケスとミオンは黙って続きを待つ。


「もしかしたら、ゲヘナシュタイン本人が私を討って出てくるかもしれんぞ。」

 —――ぞくり。

 臣下達は身震いしてしまう。

 ゲヘナシュタインは武勇に長けている。

 初めて、武を以て国を治めた一族の末裔だ。

 それをゲヘナシュタインも引き継いでいる。

 恐らくは、フィリア殿下と同等のレベル。

 護衛騎士ではレベル差が2以上ある。

 真正面からぶつかって勝てる相手ではない。

 それが奇襲攻撃してくる、なんて護衛騎士からしたら悪夢だろう。


「—―――――――――てな、話になったのよ。」

 ミオンはお風呂上がりの僕達に帰りの危険性がぐっと上がったことを知らせてくれる。

 恐らく、第一剣騎士団の方は、サスケスが伝えてくれてることだろう。

「そんな。それじゃ、アゴキさんが死んじゃうかもしれないってこと?」

 ついさっきまで恋バナしていたので、そのまま一緒にいたリオン女史は別の意味でショックを受けてしまう。

 好きな人が前線で死ぬかもしれない、そんな未来があり得てしまうくらいの脅威という事だ。

「リオンちゃん、こうなったらアゴキさんに告白しちゃいなさいよ。後悔しないように、行動するのだわ!」

「そ、そうですね!!!」

「え、どういうこと?」


 ミオン女史にはまだ話してなかったか。


「えっとですね、かくかくしかじかなんです。」

「そう言う事ね、それならお姉ちゃんも一肌脱いじゃうよ!!」


 僕の説明ですんなり状況把握してみせ、彼女も一枚噛む気満々みたいだ。目がきらっきらしてるから野次馬根性めいた下衆い何かじゃなくて、恋バナ大好きな乙女としての助力宣言と言った所だろう。


「それじゃ、シチュエーションはどうする?」

「そうよねえ、そこからなのだわ。リオンちゃんはどうしたい?」

「私はやっぱり守られたいっていうか助けられたいっていうか……。」

「それなら、あれしかないのだわ!!!!」

 ミレーネ姐さんが、瞑っていた瞳をクワッと開いて、良案があるという。

『あれって?』

 みなでつい、訊いてしまう。

 僕は、何故かこの時嫌な予感がした。



「名付けて、壁に嵌まっちゃた!助けてだーりん♡作戦よ!!」


『おお~!!なんかすごそうです!』

 ミレーネが言うと確かにすごそうだけど、それ絶対すごくないわ。不安だなぁ。

「シルちゃん、貴方はリオンちゃんを郊外に連れ出して、壁に埋めちゃいなさい。」

 ああ、やっぱり。 

「私達はアゴキさんを連れてくるから。困った状況に陥ったリオンちゃんを偶然発見したアゴキさんがリオンちゃんを救うってシナリオで行くわよ!とにかく私に任せるのだわ!!」

「よく分かりませんが、わたしは誘い出せばいいのですね!では、別行動ってことで!リオン頑張るのよ!!」

「うん、お姉ちゃんも!」


 

 というわけで、時刻は夜。

 郊外にきて瓦礫みたくなっている、ぼろぼろの地区に辿り着いた。街並みから外れると、管理が行き届いていないので、割とこういう廃屋や、瓦礫の山となっていたり、家の外構フェンスなんかが崩れているところは山のようにあった。

 立地的には最高である。

「それじゃ、埋めるというか、挟むというか、やっちゃいますね。」

「うん、痛くしないでね?」

「それは、はい。」

 会話だけ聞くと僕達が、いかがわしい事してる風に聞こえなくもない。

「《壁》」

 瓦礫を元に、男手なら割と崩せるくらいの強度に、女性だと壊せない程度に、の匙加減でお腹辺りからすっぽり埋めてしまう。

 上半身と下半身が壁で区切られてるちょっと、えっちなことされたらまずいあああんって感じにしておく。

「こ、これで大丈夫?シルちゃんわたし良い感じ?」

「ええ、まあ。多分、ミレーネ姐さんの言う通りならですね、ここをこうして……っと。」

「ちょ、ああ、そんな……恥ずかしい!!!」

 僕も興がのってきたので、服を少しばかりはだけさせ、ちょっとばかし、土で汚しておいた。


「それじゃ。私は隠れて、リオンさんの安全を確保しておきますので。」

「えっと、うん。ちゃんと傍に居てね?」

「もちろんです、《隠蔽》、《不可視》、《浮遊》」


 僕は上空から見届けることにした。




「アゴキさん、妹がここら辺にいるはずなんです。」

「任せろ!騎士の名誉にかけて、リオンさんを見つけ出して見せる!!!」

 なるほど。そういう設定にしたのか。

 アゴキはミレーネとミオン女史に連れられて一緒にやってきた。

 

「それじゃ、この辺で二手に分かれましょうか。」

「私達は向こうの方を探してくるので!では!」

「おう!」

 夜道—―月明りが出ているとはいえ、暗がりの方へ、進んでいく。もちろん、そっちにはリオンはいない。


「さて、どこにいる?リオンさん!!いらっしゃいますか!!」

 とにかく大声を出して、リオンの名を呼ぶアゴキ。

 アゴキが向かっている最中、ここらを根城にしている浮浪者一味が、リオンに気づいてしまった。

 ああ、これは、早く助けないといけないけど……アゴキに助け出させるか……と思って、僕は傍観することにした。

 急行するアゴキの姿も上空から見えてたしね。


「うひょ、こんなべっぴんなねーちゃんが挟まってるわ。えっろ!」

「やべーさいこうだわ!!!おれらとしっぽりたのしもうぜ?」

 下衆い顔をした二人組の浮浪者が近づいてくる。


「ひっ!い。いや!!た、たすけて~!!」


 浮浪者なんてプランにはなかったので、プチパニックになっているリオンは叫ぶ。

 歩いていると、前方から薄らと「たすけて~!!」と声が聴こえてくる。


「そこか!いまいくぞ!!」


 アゴキは漢気全開で、颯爽とリオンの声が聞こえた方へ全速前進していった。


「あ、アゴキさん!」

「ぬ!リオンさんこれは……!お前ら、リオンさんに!!!許せん!!!」


「な、なんだてめえ!!」

「おれたちのだぞ!!やるきか!?」

 リオンの叫び駆けつけるアゴキ。

 うろたえる浮浪者も獲物を奪われまいと、虚勢を張る。

 でも、アゴキの体格の良さにびびっている。

「ああ、受けて立つ!!リオンさんは俺が守る!!!騎士の名誉にかけて!!!!」

 剣を帯刀していたアゴキだが、殴りかかってきた不良者達を相手に鞘から剣を抜かずに、そのまま浮浪者の肩や腰に、反撃する。

「ぐっ!!!」

「いてええええ!!」

 騎士のみねうちで充分に懲りたであろう彼等は蜘蛛の子が散っていくように逃げてしまった。


「あ、アゴキさん……ありがとうございます。助けに来てくれて。」

「いえいえ。俺もお姉さんに頼まれたんでね。」


 恥ずかしそうにしているリオン。

 壁に嵌まって身動きが取れなくなっているのだと状況を理解したアゴキ。

「通れるかなって思ったら、嵌まっちゃいまして。」

「それじゃ、俺が助け……ぬぬぬ!!!?」

 はだけた胸元から、柔肌の双丘が、月明りに照らされて、妖艶さを醸し出しているのだ。

 服が少し、汚れているのもちょっと、エロさを引き立てている。これは、あの男達が欲情するわけだと納得する。


「前からは、危険だ。後ろに回ってみるとする」

「あ、はい。お願いします。」


 申し訳なさそうに、リオン女史は再度お願いする。


「……ぬぬぬ!?!?失礼した!!!」


 後ろに回ったアゴキはその姿をみて、急いで、前に戻ってくる。顔が真っ赤だ。

 それもそのはず。パンツ丸出しにしておいたからな。

 くふふ。

 

「か、壁を取り払う故、すすすこし、待ってくれ。」

「は、はいぃ。」


「(そこは襲いなさいよ!!男でしょ!!!)」

「(なんと?!ほんとうはアゴキさんが襲う展開だったんです?!)」

 瓦礫から顔を覗かせるミレーネとミオンが、そんなような会話を小声でしている。

 小声だろうとこの距離なら風魔法で、僕の耳には入ってくる。

「(そうよ!男なら優しさみせるより、やらしさみせなさいよね!!!)」

「(ミレーネ様、勉強になります!!)」

 いや、絶対違うから!ねえ!絶対違うから!!!間違った事教えないであげて?!


 取り敢えず、この人達が介入しないだけ良かった。


 余り高くは積み上げてはないけど、それを丁寧に砕いて、取り除いている。そうして、思いの外、ハプニングありで、時間が掛かった救出劇は幕を閉じた。


「あの、見ましたか?」

「ううむ。すまぬ。責任は取る!付き合ってくれ!」

 男らしく、《肌を色々と見てしまった。》という理由で、アゴキは顔を茹でタコにしながらも告白する。

「は、はい。よろこんで。」

 救出時からずっと抱きかかえられているリオンもOKを出す。

 晴れて結ばれた二人をみて、ちょっとばかしリア充って良いなって思うシルフィアであった。



 わざとらしく遅れてきたミオンとミレーネだったが、アゴキは二人にも交際宣言をして、赤面していたので二人の挙動については気にならなかったみたいだ。


『おめでとう(なのだわ)!リオン(ちゃん)!』

 

 二人から祝福されたリオンの破顔した笑みは幸せの絶頂だったろう。


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