第31話:

「防御陣形—――《円》!!!」


 指揮を執るのはミレーネ。


「《身体強化》—―――!」


 僕は《隠蔽》《不可視》《浮遊》の三セットで、全体を見渡す。でも、辺りは暗く、視界が悪い。視認出来ても、怪我の具合など、早急に《治癒》が必要な状態の人間など判別できるわけがない。だから、やれること―――《身体強化》だけでもと、行う。

 勿論、近場には回復魔法師が付いているので、現場の状況に応じての回復は彼等の仕事だと割り切っている節もあるけどね。


「オラァアアアアアアアアアアアアア!!!」 

 闇夜に響く怒声。

 フィリア団長は敢えて声を出している。

 囮だ。

 声を発さなくとも、夥しい血の臭いをかぎ分けて、街道沿いにある左右の森林から魔物が顔を出してくる。

 客観的に見れば、彼女のやってくれている役割は雑兵がやる役割。それを王族が買って出てくれているので誰からも文句はない。文句はないけど問題はある。

 剣騎士団が買って出なければならない事だからだ。

 だが、彼女程の猛者がいないのも事実。

 だから、問題はなかった、ことにする。


「数が……多い!三番、五番、入れ替えスイッチ!」

 

 ミレーネの指示が飛ぶ。円陣を作り上げている防御陣の真正面から一番、二番…と番号が振られ、動きが鈍くなった味方と入れ替わり、立ち替わり、カバーするタイミングを図っているのだ。

 襲われている最中には出来ないし、間違った指示はそのパーティーが壊滅に繋がる。

 絶対にやりたくないし、よくもまあ、全方位に気が配れるな。


「《治癒》!」

 青白く発光している所を僕は、見つける。

 回復魔法師が戦線離脱した兵士を癒している…。

「《中治癒ハイヒール》」

 手助けするために僕も重ね掛けする。

 回復魔法師は驚いているようだが、取り乱しはしない。

 傷が治った兵士は戦線に復帰する。

 

 攻撃魔法は敵味方入り乱れる中では使えない。

 狙撃みたく使ってた僕にとって、巻き添えの危険がある前線部隊がいる中での魔法は躊躇われた。

 思いの外出来る子とは少ない。《身体強化》の継続時間の延長を意識して、多めに魔力を込めてばら撒くくらいだ。

 後手に回る回復で、すぐさま回復支援が出来ないのは残念だが、致し方ない。

「七番隊!!!デスマンチュラの群れ発見!!刺客どもが引き連れてきたぞ!!!」

 これだけで、どこからきているのか分かる。

 すごいな。後方、七時の方角とすぐにわかるのだから。

 魔物相手なら――――

「《連鎖風雷チェインウィンドライト》×10」

 雷撃が魔物のみを捉える。

 敵の人間は無理だけど、魔物ならヤれる。

 持て余していた魔力を爆発させるように、魔核を狙って切り刻んで、雷で焼いてやったわ。

 粉々になったであろう、魔核は使い物にならないだろうけど、文句はいうなよ?


「たすかった!」


 それだけ言うと、前線騎士達は刺客相手に斬り込んでいった。


 魔物の処理が減ったお陰で、七番隊方面の前線は維持された。

 このような事が、多々続いた。

 魔力回復薬はこの戦いで10本も消費した。律義にロレーネ先生作の魔力回復薬を飲むのまじでやめようかと思ったくらいだ。でもそもそも新魔法がコスパ悪すぎるっていうね。

 詰まる所、僕に問題があっただけなんだよな。

 我ながら、あまり新魔法の開発はセンスがないらしい。

 

 長かった戦いも夜明けとともに、幕引きだ。



 長かった。

 行きはよいよい、帰りは怖い。ってあるけど、行きは散々、帰りは惨憺になりそうである。

 地獄の果ては、此処に在り。それ位殺した。殺して殺して殺しまくった。主に人は騎士団の面々とフィリア団長がね?


 朝を迎え、戦後処理に奔走していたが、途中からは【土属性魔法】で穴を掘り、金属類だけ剥がした死体をそのまま埋めた。

 燃やしていられない程に、魔物も寄ってきたのだ。

 あまりにも過酷だった。

 僕達の所も死傷者が出た。

 ほぼ即死だったみたい。顔は見たけど、あの選抜隊のメンバーではなかった。アゴキとかキンギとかアイーダではなかったってこと。《蘇生》も試しに使えないわけではなかったが、戦闘終了してから死体となった仲間が運ばれたので、五分、十分の話じゃない。恐らく絶命してから大分経っていたので、記憶は……ニビみたいな感じになりかねないと判断して辞めた。

 僕達の方でも被害が出たけど、ジルバレンの部隊は相当な人数が助けられなかった。

 百人規模の部隊だったが、二割は死んだそうだ。

 此方が五十人規模なので、見栄で倍の人数でも引き連れて王都に到着したかったのだろうが。

 


 昼前に――――漸く、西都に到着した。


 何も知らない民衆は、祝福してくれて、お祭り騒ぎだが、此方はそんな気分ではない。

 僕は馬車の中で、ミレーネにもたれかかりながらパレードみたく行進しているのを見て、辟易とした内面をおくびにも出さないよう、糊塗にして、ただただ無感動にみていた。

 

「王族が一同に会する機会など早々ない。民衆とはそういった珍事に敏感だ。それに今回は、次代の女王とな資質を足らしめた私がいるからな。一目見ようと躍起になってしまっているが、辛抱してくれ。」


 顔に出てたのかな?

 内心を汲み取るのは止めて欲しいものだ。

 

 それよりも民衆は、もうフィリアが王手を掛けている段階だと分かっている。海軍病を治すために奔走したのが、フィリアとミレーネなのだから当然か?


「ミレーネ、ミオンも、病の治癒のため、良く各地を奔走してくれた。使いパシリをさせてすまないな。」

「そんな!フィリア様に仕えるのは当然の事。謝って頂くような事は何一つありません!次代の女王陛下が頭を下げるなどあってはなりません!お顔をお上げください。」

「そうですわ。王族たるもの易々と頭を下げてはなりませんよ。」

 

 ミオン女史も一枚噛んでたのか。部下も大変だな。

 ミレーネは口ではミオン女史に賛同しているが、上辺だけで拘泥していないように態度から見受けられる。だって謝られて嬉しそうだもの。滲み出ちゃってるよこの人。本人がそんな事に拘る位の忠義者ならの座にも、しがみついていたか。だってその地位を利用して内部から腐った根を絶つことも、この人なら出来たような気がするしね。

 最早色々と納得の態度だ。これだけ言った事と態度が違う人も中々見ないよ。

 悟られないようにしなさいよ?ってミオン女史は気づいていない……?

 

「ミレーネ様もそう思いますよね。うんうん……!」

 

 あ、気づいてないわ、ミオン女史。この人、コロッと騙されそうだわ。四歳児に心配されちゃう大人がいるなんて……。


「ククク、ああ。他の前ではこんなことはせん。お前達は当事者だからな、特別に、だ。」

 

 このやりとりの全てをフィリアは見透かしたうえで、言っているようだ。人が悪い。ミオン女史を弄んで。

 ああ、もう本当に悪い大人達だわ………。



 西都城も街並みも大まかには変わらず。

 団体で城への入場を果たす。

 流石に騎士と魔法師は別々に館と塔に――。

 剣騎士サスケス、魔法師ミオンが連れになり、フィリアの側仕え役をこなすために、中央の主城へ。

 戦力で言うならミレーネが行くべきだろうが、ちらと見やっても、彼女は意に介さず。その気はないみたい。


 案内されるがまま、塔の一画が貸し出された。

 何棟も立ち並ぶ塔の最奥。すぐ後ろは敵の侵入を阻む外壁、もしくは、巣に潜り込んだ獲物の逃げ場を断つための巨壁。

 魔法師である僕は、少なくとも飛べる。だから障壁になり得ないが、剣術館も同じような立地なら、向こうはどうなんだろう。

 逃げる算段なら寧ろ立地は良いけど、仲間と合流するのに時間が掛かるという点ではこの配置は厄介だなと、そう思ってしまった。今すぐ何かコトを起こす訳でもないけど、用心するに越したことはない。襲われないとは思うけど、考えは巡らしておくべきだと思った。


「ジルバレンのとこ、だいぶ被害に遭ってたから向こうの回復魔法師達はまだまだ休めそうにないわね。」

「そうですね。」

 第七魔法師団は団長のミオンを除いて、この一画に荷を下ろして、各々がゆったりとマイペースに部屋で寛ごうとしている中、白を基調とした蒼のローブでない—――見覚えのない、緋色のローブを身に付けた魔法師達は反対の位置するであろう館に向かっている。

 ミレーネの言から推察するに、あの緋色のローブ集団が、ジルバアレンの用意した回復魔法師達なのだろう。

 さすがにくたくたな僕は、お風呂にでも入って寛ぎたいと思っていたので彼等を遠巻きに見つめて、少々不憫に思った。

 不憫に思ったからって手伝おうとは思わないけどね。


 塔にある大衆浴場へ足を運ぶ。

 皆さんお疲れのようで、考えることは一緒。

 一番乗りってわけじゃないみたい。脱衣所にはいないけど、中から声がちらほら聞こえてくる。


 すっぽんぽんになって―――脱ぎ散らかした服を籠に入れると【生活魔法】―――、《清掃クリーン》、《洗浄クリーン》、《消臭デオドラント》、《除菌リムービングバクテリア》、《脱臭デオドラント》、《抗菌デオドラント》、《乾燥ドライ》を使っておく。

 

 この世界【生活魔法】があるから、清潔度は気を遣う人に関しては異様に高いと思う。汗臭い臭いも魔法一つで、いつでも解決だからね。生乾き臭に苛まれることとかないんだよ?魔法を使えれば、なんだけど。魔法なんてくそくらえ勢は一定数いるから、ピンからキリまで……そこはどの世界も同じか。


 洗濯を済ませた僕は、小タオル一枚手に取り、風呂へ入った。

ふう、たっぷりの水を使ってシャワーを浴びる。石鹸で泡をたてて、全身きれいさっぱり。

 湯舟は何十人も入れるくらいの大きさだ。

 時刻は昼前なので、人はまばらだ。湯けむりで誰かとかは分からない。僕ら、一行くらいかもね。こんなのが塔毎にあると思うとすごいよね。個人風呂がないから、嫌な人は嫌か?

 湯の温度は42度くらいだろうか。

 前世の時は、48度のお湯に浸かってたもんだからぬるい。けど、たしか体には良いんだよね。

 僕は頭に四つ折りにしたタオルを頭にのせ、肩までしっかり浸かる。

「ふぃ~。」

「あら、シル様もお風呂に来たのね。」

 湯けむりで此方は声を掛けてきた相手が誰だか分からないのに、なんで向こうは……小さいからか。

「どなたです?湯気でだれだか。」

 でも、様付けで呼ぶ相手は限られている。

 第七魔法師団の誰かであるのは分かった。

「ああ、ごめんね。リオンよ。」

 ああ、ミオンの妹だかの双子の片割れね。

 近づいてきた人影の人相が全く同じ――しいていうなら髪の長さが短髪になっているくらい。 

「ミオンさんと双子の!コボルト討伐ではお世話になりました・」

「そうそう。覚えててくれてうれしいわ。でもお世話した覚えはないわ。寧ろ、こっちのほうが学ぶことが多くて、ありがとうね。」

 何に感謝されてるのか、イマイチピンとはこないものの、あまり深く考えるのも億劫なので、適当に相槌を打つことにした。


 僕とリオン女史との会話なんて、魔法くらいしか共通の話題がない。一方的に話しかけられるままというのも悪い気がしたので、此方からも話題を振る。


「—――して、リオン女史。訊きたい事があるのですが。」

「—――ぷっ!リオン女史って!シルちゃん魔法大学の教授みたいだわ。あははおもしろいなぁ」

 やらかした。余りにも湯が心地よくてついつい己の心の声で喋ってしまった。けどま、いいか、ウケたし。

「リオンさんよ、《蘇生》だとかって何分位ならしても大丈夫って定義されてたりしますか?」

「そ、蘇生?!死んでも回復できるっていうアレ?」

「そうそう、アレ。」

「私も講義でしか聞いたことのない学説みたいのなら―――」

「して、その学説ではなんと。」

「確か、復活は早ければ早い方が良いって。成功率に関わってくるって話だったわね。でも誰もそんな魔法扱えないわよ?」

「それは、もしかして、ミレーネ姐さんやロレーネ先生も?」

「たぶんね?ただ、生と死を扱うのは賢者であらせられるお二方よりも聖女や……死霊術師ネクロマンサーなら、あるいは?」

 言い淀んだが、リオンはそう推察した。


「その聖女や、死霊術師とはなんなのです?」

「ふふ、そうね。聖女は生まれ持っての資質が偏っているんだけど、産まれた時から【回復魔法】が扱えるのよ。魔力値が引くほど高いんだって聞いたことがあるわね。伝聞でごめんね?そして死霊術師は死を超克しようとする後天的な存在ね。」

「いえいえ。伝聞だろうとなんだろうと構いませんよ。」

「ふふ。あ、今回の犠牲者を生き返らせれないかな?って?そう思ったの?」

「あはは、そんなところです。」

「気にすること……ではあるかもしれないけど、気に病むことはないわ。定命の者の定めよ。」

 これは《蘇生》できることは内緒にしたほうがいいな?

「もし仮に《蘇生》できるようになったなら、どうします?」

「どうもなにもないわ。」

「?」

「そんなことできたら、教会が黙ってないわよ?死ぬ気で保護しに来ちゃうわ。聖女を手にするためなら、国が相手だろうと一戦構えるんじゃないかしら?」


 教会なのに武装集団みたいなこと平気ですんの?


「そこまでして聖女とやらがほしいんです?」

「そりゃそうよ。曰く、聖女は【回復魔法】で右に出る者がいない程の癒やし手なのよ?教会にくる怪我した無辜の民の為にそのチカラは振るわれるべき!と思ってるでしょうね。」


 教会には絶対バレちゃダメだな。

 過労死させられちゃうわ。

 あたし、女の子だし結婚適齢期になったら絶対産めよ増やせよで男をあてがわれて……キャーー!!!

 最近、精神的に男なのか女なのか分からなくなりつつあるシルフィアです。

 これが転生の影響かしら?

 ま、呪いも男が対象みたいだし。すっかり忘れてるけど、全然それらしい兆しが四歳だけどないから、本当に呪いが発動したらどうなるのか。わんちゃん両性具有の女性探しパートナーとかいないかね?

「あの、話は変わるんですけど、女性同士で結ばれたりってあるんですか?」

「?あるわよ?」

 あるんかーい!!!

 しかも軽い。これは、まじですか?案外、この世界では寛容?

「だって、アマゾネスの家系は両性具有じゃない。」

 ななななななにいいいいいいいいいいいいい!!!!

「そ、そうなんですか?」

「そうよ?」

「して、アマゾネスさんってどちらにいらっしゃるんで?」

「え、そこらへんにいるわよ?赤い髪が特徴なの。」

「へぇー。ん?赤い髪?」

 赤い髪の女性で思い浮かべたのは、ミーシャ。

 タルク村のミーシャだ。それに娘のアーシャも。僕の幼馴染ってアマゾネスだったの?!いや、赤髪がなんだ。それだけでアマゾネスなのか?

「アマゾネスは赤い髪が特徴って仰いましたけど、赤い髪だとしてもアマゾネスじゃない可能性は――」

「ないわね。アマゾネスしか赤髪で産まれないもの。」

 うせやろ。

「じゃ、じゃあ、アマゾネスさんは女性であり男性?」

「んん、基本的に強い遺伝子と結ばれることを願う女性特化の種族なの。だから、女性よ。でもアマゾネスが選んだ伴侶が女性の場合、ちょっと男性チックに振舞ったりするみたいだけど……それはプレイの一環みたいなモノよ。基本的には女性。」

「アマゾネスの子は、みなアマゾネスになるんです?」

「ふふふ、そんなことないわ。女の子が生まれれば、アマゾネスに男の子が産まれれば相手の形質を遺伝するわね。じゃあ、アマゾネス同士だと?」

「生粋の純血アマゾネス同士なら、アマゾネスしか生まれないみたいだけど、そんなことはほぼありえないわね。」

「強い遺伝子を残す為?」

「そうね、なになに?シルちゃんたらレズだったの?」

 ジェンダーフリー過ぎて、訊き方も軽いなぁ。

「いえ、まだ誰かに恋とかはないんですけど、性的嗜好の見識を深めておいて損はないかなって?」

「ああ、そういうことね。私は普通に男性が好きね。がっしりしたタイプが!アゴキさんとか!」

 わぁお。きらきらさせながら、恋バナに突入してしまったわ。

「アゴキさん高身長だもんね。」

「そうそう!ガタイ良き!」

「それじゃ、低身長のキンギさんとかはタイプでない?」

「低身長でも良いけど筋肉が足りないわ。私はああいう理詰め系より、豪放磊落で筋肉質な殿方が良いの。」

 おお、なるほど。確かにガタイが良いとは言ったけど、高身長がいいとは言ってないもんな。

 それじゃ、高身長でももやしみたいなひょろいのは嫌って事か。好みが分かってきたぞ。


「なあに?恋バナの香りがするのだわ。」

「あら、ミレーネ様!」

 何処からともなく現れたミレーネも恋バナに興味津々らしい。

「それで、誰が恋してるの?!」

「私です!」

「誰に?!」

「第一剣騎士団のアゴキさんです…。」

「きゃあああああああ!!照れちゃって可愛いのだわ!」

 超久しぶりにミレーネ姐さんのだわだわ聞いたなぁ。

 案外、気を抜いた時くらいしか出ないのかもしれないのだわ?

「で、アゴキって人は独身なのだわ?」

「ええ、独身みたいです!」


 そこからは、あの手この手で気を引く作戦なんかをもう考えに考えて、今日のお昼とか夜に食事とかの時間合えたらいいわね?なんてあまあまな会話が続くのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る