第30話:南都城で一泊

 執事たちの案内により、兵にも部屋が貸し与えられた。

 剣騎士団とか魔法師団は別館が与えられている。

 なので剣術館や、魔術師塔といった場所で過ごすのが一般的である。

 それが、第一剣騎士団の面々も、第七魔法師団も南都城に泊まれるということで、少しばかり嬉しそうだ。

 大の大人が、そんなに喜ぶって余程の名誉な事なのかもしれないけど――――。

 

「なあに、シルちゃん。あまりうれしそうじゃないわね?」 

 だれだ!僕の顔を覗き込んで、内心を読み取ろうとする不届き者は!!!そんなのミレーネしかいない。

「ミレーネ姐さん、お城に泊まるのってすごいんですか?」

「ああ、そこからね?」

 彼女は得心が言ったように、一人で納得してしまう。

「まあ、シルちゃんはお嬢様だものね?」

 あ、そういえばそんな疑いが掛けれられてたわ。

「いや、只の田舎娘ですけど。」

「ただの田舎娘さんなら、もっと目を輝かせたり、お城に泊まれるの?!とか、こんな所に私なんかがいてもいいのかな………?なんて挙動不審になったりするものよ。」

 ふむ、そうなのか。そういえば、アマンダとケルンは緊張してたっけか。平伏する速度は一流だったしなぁ……。

「まあ、個体差があるっていうか価値観は人それぞれってことで。」

「ふふふ、何言ってんのよ。さ、ローブ脱いで、用意された服に着替えましょ。」

「はーい。」

 服を着替えたら、食事らしい。

 昼から十二時間以上は経過して―――夜の二刻半を迎えている。ので、めちゃくちゃお腹が減っている。

 誰もいないなら、こっそり豚肉でも焼いて食べてたところだ。

 ああ、豚肉ってのはタルク村近くの玲瓏山脈で取った――――、ストーカーした時の豚人オークの肉ね。

 まだまだ在庫はあるからね。



「流石、シルちゃんね!良く似合ってるわ。」

「ありがとうございます。ミレーネ姐さんも美しいです。」

「あら、ありがとう!」

 僕達は、用意されたドレスコードに着替えた。

 さすがに、着せ替えしてくれるメイドはいない。自力で着たので、大変—―――ではなかった。

 そもそもサイズが勝手に調整されるように魔法が掛かっていたし。ドレスコードと言っても、歩きやすい―――機能性に富んでいるらしい。無駄に華美てない。品のある落ち着いた装飾が散りばめられたドレスだ。ミレーネのは少しばかりエッチだ。片肩には布がない。鎖骨は丸出し。ぴったりとした衣装で体のラインがはっきり分かる。淡黄色の髪色と同じ色のドレスだ。僕のは白地に桃色の装飾が付いているザ・ドレス。

 貸し出されているものとは言え、高いんだろうなぁって。

 


「さ、御飯たらふく食べてやりましょ!」

「おー!」

 その恰好でたらふく食べてお腹ポッコリしたら恥ずかしいんじゃいか?とは思ったけどいう必要はあるまい。

 僕達は、部屋から出ると、近くにいた執事に案内を頼んだ。


 僕達が今晩泊まるのは一階東側の部屋。中央に行き、階段を上ると二階、大広間が会場となっている。

 もう人はそれなりにいる。ドレスはどれも一品物らしい。被ってる人がいない。

 お皿をもって立食形式にしているらしい。見たことない料理で溢れている。

 受付係からお皿を貰うと、一目散に食べ物を取りに行った。

 

「これは――なんだろ。」

 綺麗なサシの入った赤身の上に、白い塊がのっていてソースが掛けられている。一つ取り、フォークでぶすり。

 お肉でまとめて、一口で頬張る。

 わんぱくだと言ってくれるなよ。

「—――――んま!!」

 余りの美味しさに感動する。

 まるでローストビーフに濃厚なチェダーチーズでも一緒に食べたかのような、そしてこのちょっと酸味の効いたソース――――んんんこれはデミグラスチーズハンバーグみたいな旨さだ。

 堪らんなぁ。

 取り敢えず、10切れほど、お皿にのっけるフリして【収納魔法】を展開して保管しておきました。

 食料の備蓄って大切じゃん?

 いざという時に食べる馳走にするのじゃ。

 卑しいとは言ってくれるなよ。

 ありとあらゆる食べ物の内、美味しかったものを3人前ずつくらい、収集しておいた。

 まだ四歳だから胃が小さくて、味見でお腹一杯になったけど。


「あら、満腹?ぴゅ――んてワタシの事置いてって食べ回ってたと思ったら。いつもはがっついてないから、お姉さんびっくりしたわよ。でも、‥‥ふふふ。珍しくお腹いっぱいで苦しそうなシルちゃんもご飯に食いつく子供らしい一面がみれて良かったわ」


 どうやらミレーネ姐さんには、はしゃいでビュッフェを堪能した子どもみたく見えてたみたいだ。

 かくいうミレーネ姐さんの取り皿を見ると、相当に吟味しながら御飯を盛り付けてたみたいだ。盛り付け方が上品。

 こういうのってまじでセンス出るよね。


「ワタシが食べるまで待っててくれる?それともお部屋に戻ってる?」

「一緒に居ます。時間が空けばまだ食べれるかもしれないから。」

 ふふふ、と笑いながら美味しそうに食べている。

 ミレーネ姐さんにとっても、ここの料理は舌鼓を打つレベルの料理らしい。

 

『皆さん、本日は東都よりよくぞ参られた。南都の料理は久方ぶりであろうと思い、腕によりをかけさせて作らせた。食を大いに堪能してほしい。我々は王族という括り故、家族ではあるが誰しもが、王を目指し、日々切磋琢磨する関係だ。だがしかし、今宵はそのような事は忘れ、楽しんでもらいたい。南都を経由してもらえた事—――、わたくし、ジルバレン・ランバルトは忘れない。』

 

 大広間の会場全体に届き渡るに十分な挨拶が奥のステージから聴こえてきた。遠目だが、黒髪でセンター分けしている彼が—――ジルバレン・ランバルト、王族にして長兄一族の長—―その人だろう。

 やはり兄妹だからか、髪の色は同じ黒だし、どことなく纏っている雰囲気がフィリア団長に似ている。

 いや、フィリア団長が大蛇なら、ジルバレンは大虎って所か。

 フィリア団長と同格くらいの強さは有しているのが分かる。


「(ジルバレンはね、つまり――内戦同盟の合意と捉えた。共に次兄一族と王を討ち取ろう!我々こそが切磋琢磨し合える良き兄妹なのだ!みたいな事を言ってるのよ。)」


「(おお、なるほど。こっそり、王族同士が集まって密談でもするのかと思ったら。)」


「(ふふ、そんなの裏でしてもだめよ。この南都城にだって次兄一族の密偵スパイが紛れ込んでるんだから。怪しい密談なんて、そうでなくても王族同士が言葉を交わそうものなら、現国王—――ゲヘナレインなら謀反の疑いアリ!とか言って、攻め込んでくるわよ。)」


「(ひぇ~~~。話しただけでですか。)」


「(王族は仲が悪いっていうか、次兄一族は私達の派閥にも長兄派閥にも牙を剥いてるからね。)」


「(あれ、それじゃ元より長兄一族と手を組めば、末弟一族は最初から長兄一族と実力での戦いが出来たんじゃ?)」


「(ああ、それは長兄一族の有力候補だった王太子暗殺だったり未遂だったり―――、私達に一部擦り付けられた時期もあったというかね。まー昔の事なんだけど、大変だったのよ。)」


「(壮絶な骨肉の争い……?)」


「(ふふ、そうね。そういうのを経て、次兄一族が長兄、末弟一族を根絶やしにしようと画策してるのが分かって―――今に至るって感じね。)」


「(なんか掻い摘んでもらって話聞いてるだけなのに、頭痛くなってきます。)」


「(ワタシは頭痛いから、早々に要職の席を明け渡して、逃げたって訳。)」


「(なんか、色々と納得しました。—―でもそうなってくると、ミレーネ姐さんの若さの秘訣って?)」


「(まー、それは純粋に《ランクアップ》をすると若さが保たれるっていうのもあるけど、美容には気を遣ってるからかな?)」


 はぐらかされた。絶対怪しい何かしてますわ、この人。

 

「挨拶も聞いたし、ご飯も食べたし、お暇しましょ。」

「はーい。」


 僕達は早々に部屋に戻った。

 勿論、修行は欠かさない。【雷属性魔法】の《身体強化》とミレーネ式の両立を寝るまで励んだ。その結果、だいぶりきんでしまったみたいで体の内側が焼かれるような、毛細血管が千切れる感覚—――チクチクぶすぶすっと極細針で全身を刺されるような痛みを味わったが、未熟な証拠。

 【回復魔法】の《治癒》を使うまでもなく、【再生】スキルが発動して癒してくれる。

 チートスキルがなければ、一々回復してたかもね。


 今日はミレーネ姐さんが久しぶりに見本を見せてくれた。

 相も変わらず、濃密。死の気配も変わらず。肌がひりつく。

 たった一つの魔法で跡形もなく消えてなくなる自信がある。《ランクアップ》してより魔力に敏感になったというか感受性が高まったのかな?それがより恐ろしく感じた。


 何がどう違うか―――簡単に言うと、それは織物ミレーネただただ丸めた糸の塊シルフィア

 そのくらいの完成度に差がある。これはレベルが同じになっても―――、どれだけ魔力量を――ステータスを鍛えても、恐らく勝てっこない。そう思わせるだけの力が、ただの火、水……球達には込められていた。

 

 《魔力増幅》を習得する糸口は相も変わらず見つける事すら叶わなかったが、半端ない無駄な魔力消費のお陰で全体的なステータスの強化って意味では捗った。

 


「おはようございます。」

「おはよう、シルちゃん。」


 朝の支度を済ませる。

 此処からはジルバレン王太子殿下も随行する。

 勿論、馬車は違うけどね。


 城を出れば、地獄のような寒風が歓迎してくれる。

 馬車には、既に回復魔法の使い手、ミオン女史と我らが殿下、フィリア王太子も既にいた。

 これ、遅れてるわけじゃないよね?


『おはようございます、フィリア殿下』

「—―よい、座れ。」


 挨拶とかこの人は心底どうでもいいらしい。

 もしくは朝からうんざりするほどされたか。

 さっさと乗れ、と。

 

 

 食事は同じ、違ったのは――――ビビる位に敵が襲ってくること。到達する前に賊に討ち取られよ。と言わんばかりに湧いて出てくる。プチ内戦状態みたいなくらい人が死んでる。

 

 こちらも少なからず、被害が出た。毒を盛られたり、純粋に重傷者が出たけど、ここには僕がいる。


「《再生》」

 

 生きてさえいれば、どんな欠損も重傷者も治す。

 相も変わらず、治り方はグロイけど……。

 後学の為に、と回復魔法師はこぞって僕の魔法を見る。

 見て学ぶのだ。この世界では。

 それが一番印象に残るし、見たものを再現する―――《具象の明確化》に関わってくるらしい。

 そういや、なんでスキルに発現しないんだろう。《制御》は出たのに。なんなら一番自信あるんだけどなぁ?これまた何かが足りないんだろうなぁ。

 

「シル殿のお陰で、また戦えます。ありがとうございます!」

 治した兵士は第一騎士団の人だし、もとより好感度爆上がり剣騎士団のみなからまた一層好かれたような気がした。

 因みに、今回は《再生》を使ったけど「私の故郷を傷つけないで、戦わないで。」なんて契約は結んでない。

 時間が惜しいというのもあるけど、話を聞く限りじゃ、私の故郷に仇なす存在は次兄派と現国王だってわかったからね。


 もしシア王国こきょうと友和を図ろうとしてるフィリア王太子達《戦争》を選んだなら、それは国同士で何かしらの事が在ったという事。


 もうそこまでは面倒見切れないし、今回救った分で、現在の味方を縛るのもどうかと思うから。少なくともこの人達は、《良い人》と思ってしまったから。


「時間が掛かっているのは、何故だ。」


 フィリアが苛ついている。


「—―ジルバレン殿下の部隊にも少なからず被害が出ているようで、回復や負傷者を抱える形を取っているからです。」

 

 一瞬、躊躇われたが、第一剣騎士団のサスケスが報告する。

 

「では、うちの回復魔法師団を連れて行け。」

「はっ!」

「では、私も行ってまいります。」

 サスケスがエスコートし、ミオン女史が馬車から降りた。

 後ろから随行しているジルバレンの部隊の治癒活動に向かった。


 これって僕も行くべきなのかな?


「あの、わたしも―――」

「行かんでいい。」

「—―はい。」

 どうやら、僕の【回復魔法】は秘匿したいらしい。

 楽できるならいいけどさ。


 魔力を練って、日々修行。

 外では剣騎士団の人達が死体を燃やしている。

 死体は不浄らしい。地球みたいにきちんと処理するわけでもないから当たり前か。

 魔物が寄り付かないようにするためにも土地を穢さないためにも。灰にして骨粉にでもなったなら、土地が潤うというもの。



「では、—―――出発!」

 最前列にいるサスケスの声が聴こえてくる。

 馬車が動く。やっと進む。

 この平和は次はどの程度持つかな?


 また一刻もしないうちに、敵の襲撃だ。

 心なしか、フィリア団長の動き――キレが増している気がする。

 今までは、ウォーミングアップだったかのようです。

 言われる前に―――、

「《身体強化》」

 フィリア団長、獰猛に笑ってやがる。

 敵対したくないリストナンバーワンです。

 拳で語るは漢ってセオリーはこの世界にはないぞ!!!

 アームス〇ロング少将—――――――!!!!

 僕の推しキャラみたいな戦闘スタイルを継承していたのは、女性でした。



 何度も治癒しては、進み。治癒しては、進む。

 もう何度目か、そして僕達は野宿することになった。

 朝出立すれば、夜には都市間を行き来できる距離なのに。

 勿論、夜襲にも備えなければならない。

 魔物の動きも活発になり、街道と言えど、夜まで安全……が確保されているわけではない。


 魔物に、盗賊まがいの刺客に。

 装備一式が統一されてる辺り、どう考えても盗賊じゃないけどね。軍隊じゃんよ、こんなの。

 これだけの兵を割いても―――、捨て駒にしても平気だというのか。恐ろしいな、国王と次兄派。

 




―――――――――――――――――――――


「なぜじゃ!!!碌に戦力が削れておらんとは!!!」


 憤っているのは王太子二名を亡き者にしようと謀る某国王。

 側近もこれにはどう怒りを鎮めようか思案するも……名案は浮かばず。


「ゲヘナレイン陛下、ここは俺の暗殺部隊も導入してくれてかまわないぜ?」

 

 一国の王にかまわないぜ?なんてタメ口が聞ける人物などそう多くない。


「ゲヘナシュタインよ……、お前は次代の王になる。彼奴きゃつらが謀反を企てたらば、その時にこそ、武勇を見せつけるのじゃ!今は戦力の温存じゃ。ワシの子飼い共は、旨い飯だけ食べて肝心な時に仕事をせん腑抜けばかり……!暗器の一つ、当てれば動きが鈍くなるくらい強力且つ即効性の毒物を塗っておるのではないのか?!」


「それは、間違いなく。」

 「では、なぜじゃ!!」

 側近の男—――ジェラ宰相もこればかりは、と困り顔だ。

 脂汗をハンカチで拭っている。


「フィリアにジルバレンが早々に討ち取れんのは分かる。ジルバレンの部隊は計画通り、負傷者も出ているみたいじゃしの。だのに、フィリアの方は痛くも痒くもなさそうに、みなぴんぴんしとるみたいじゃないか!!!そこまで練度が違うのか?!」


「そこなのですよ。報告では、確かにフィリア殿下の方にも被害は出ている筈なのですが、襲撃をしてみれば、何事もなかったかのように、兵が復帰しているのです。」

 

 宰相も怪訝そうに報告書を読んでは、顔を顰めている。

 

「増援している様子は?!」

「ないですね。」

「負傷した者を城に送り返している様子は?!」

「ないですね。」

「じゃあ、馬車に予備戦力がいる線は?!」

「それは報告書を見る限りじゃ……分かりかねます。」


 国王と宰相のやり取りだ。

 最後の国王の質疑に応答する宰相。

 そこで、王の癇癪は少しばかり落ち着きを見せた。


「陛下の推察が正しいなら―――そこで傷病者と入れ替わり即時、兵が復帰しているように見せかけているのでは?戦闘では円陣を組み、馬車内部の報告は一切ないですし。報告書を見る限り、フィリア殿下は最前線で暴れ回っている様子。これは――――。」


「なるほどのぉ!!!そうか、そうか!!では、ワシの子飼い達はちゃんと戦力を削っているんじゃな!!!がーはっはっは!!」

 

 ゲヘナレインは納得し大笑に付した。

 そもそも最前線で戦う戦闘馬鹿なら、一々馬車には戻らん可能性がある。戻らない席を空けておくなら負傷兵の一人でもぶち込んだのではないかと解釈したのだ。


「ケケケ、さすが陛下。俺もそれだけの洞察力がほしいもんだぜ。」


 ただ単に、良いように解釈しただけなのだが、この王も次代の王になると疑わない彼も、打って変わってご機嫌だ。

 浮かない顔をしているのは、ジェラ宰相だけ。


「(そんなことは書かれていない……が、ないだろうな。兵士の練度がちがうのではなく、恐らく回復魔法師がやたら有能……とみるべきだな。裁縫師とかいう馬鹿げた職に就いているミレーネも同伴しているし、出来なくはない。魔法より、剣や拳による圧殺が多いとも聞くしな。治癒に全振りさせたか……小癪な魔女よ。)」


 宰相が心の中で唾棄したミレーネの存在は当たらずとも遠からず。中々に良い線である。

 ただ、誤算があるとしたならば、彼女ミレーネが弟子を取っていて、その弟子が、使う【回復魔法】の質が段違いなのだという事。

 でもそれを成しているのは、スキルに、前世というアドバンテージたる、異世界の治療技術や一般人でも高い教養が、この世界では身体構造に精通しているレベルの知識を有していたということ。そこまで分かるわけない。


「(ああ、やっと我が帝国の傀儡に落としたというに。愚物な王が。そして次代の傀儡が。使えぬ、使えぬ使えぬ使えぬ!!)」

 

 ジェラ宰相は、心の内で、王とその血族たる王太子を馬鹿にして、怒りを鎮めた。


「遅くとも明日の朝、中頃には到着するでしょう。陛下もゲヘナシュタイン王太子殿下も雑事はわたくしめに任せて、今宵はゆっくりと休まれてください。」


「そうじゃな!シュタインよ、酒だ。ワシの部屋で酒を飲むぞ!」

「そうこなくっちゃな!陛下!」


 ゲヘナレイン王とゲヘナシュタイン王太子は退席する。

 そして王の執務室は宰相のみとなった。

 

「おい。」

「—―――はっ。閣下、御呼びでしょうか。」


 天井裏から、影が落ちる。

 黒い塊が人の形を成す。


「フィリアの方には、ミレーネという魔女が就いている。奴が肝だ。城内にいる内か、帰りか、将又内戦が勃発したら真っ先に潰せ。そうすれば、幾ら勇猛果敢な戦士であろうと容易く屠れる。」


 ジェラ宰相が王のみが座ることを許された椅子のふんぞり返って座り、黒塊に話し掛ける奇妙な構図。

 だが、彼は、気にも留めない。


「対価は如何にして払って頂けるので?」


 ゆらゆらとたぷたぷとしてそうな水袋のような人の形をなしただけのソレが喋った。

 

「そうだな。新たな女、子どもはどうだ?」

「……私は、契約者たる貴方に所縁のあるもののほうが良いです。その受け取りました故。」


 ジェラは渋面を作る。


「なにを望む。」

「—――出来れば、魂を。」

「ハンッ―――抜かせ。そのような事をすれば本末転倒だ。」

 

「では、何なら?目ですか?臓器ですか?腕?脚?皮?」

「—―――。いい加減に―――」

「いい加減にするのは其方だ。」


 急激に空気が変わる。暖炉の火は消え、熱が奪われる。

 急速に部屋中に霜が走る。

 黒塊が何かをした。何をしたのかは分からない。


「では、この国の王は、次兄殿下の血肉は――?!」

「満足できぬ――――。それだけ死にたくないのなら貴様の眼が対価だ。安心しろ、契約の証は他者には見えぬ。だが、覚悟しておけ?私は報酬を必ずもらい受けるでな。」


 黒塊はそう言うと霧散して消え去る。部屋は先ほどまでの寒さが嘘のように暖かい。遅れて―――


「—―――ジュゥウ!!!ぐぎぎぎぃ!!!」

 宰相の苦鳴が漏れる。

 眼球に契約の証が刻まれたのだ。

 他者には見えない、それが唯一の救いか。

 眼には悪魔を象った、紋様が刻み込まれていた。



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