第27話:まさかの
「失礼します。定期報告です。」
文官が市井の状況—―治安状態の報告や、魔術師塔・剣騎士団の兵士育成具合がレポートになって纏まったものを提出する。
「ふむ。緊急の事案がなければ下がって良いぞ。」
フィリア・ランドバルト大公は執政を自身で執り行う。
本来政務を補佐する
「それがですね、たった今入った情報なんですが――」
文官が、コボルト採石場についての報告を始める。
レベル4に相当する魔物が複数出現している、とのこと。
キングコボルトとクイーンコボルトが手負いの状態で発見された。
レベル4の魔物――は中級迷宮にまで育ったボスレベル―――相当だということ。
知らず知らずのうちに魔物が育っていたのだ。
適度に間引かなければ脅威度が上がる良い例だ。
これは並みの冒険者では対処出来ない。
並みとは、レベル1だが、ある程度慣れた新人冒険者や、《ランクアップ》を一度済ませた、レベル2程度の上級冒険者までが含まれる。
第二級冒険者と呼ばれるレベル4と第三級冒険者――レベル3の混合パーティーが複数、攻略に乗り出すことで討伐出来る。
「ふむ…では第一剣騎士団と第七魔法小隊を向かわせよ。それと第一発見者の参加の有無か……。」
「では、そのように手配いたします。」
文官が遣いを出す。
第七魔法小隊は第七魔術師団の内の一個小隊を指す。
第七小隊は回復に特化している。
戦闘面は第一剣騎士団に一任する。
冒険者に要請する事も出来るのに軍隊を導入するという事は本気で脅威を殲滅する――意図がある。
「発見したのは魔術師塔のロレーネの弟子との事だが、生死はどうなっている。」
「全員負傷されたそうですが一命を取り留め、帰還したそうです。」
「そうか、本人の口から色々聞きたいのだが呼び付けるのも忍びないな。私自ら出向こうか。」
—―――
「ふふ、楽しいわね。研究も大切なのに――。」
「頭の整理に丁度良いじゃない。どうせ煮詰まってるんでしょ?」
ロレーネとミレーネの頂上決戦が始まっているところだ。
「研究って何をしてるんですか?」
訊いた僕だけでなく、アマンダとケルンも興味津々だ。
思えば、修行ばかりで特にロレーネの研究とやらの手伝いらしい手伝いをしていない。
「そうねえ。ひらたく言うと、魔物の研究よ。」
『魔物の研究?』
僕達は声を揃えて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「魔物はどうして生まれるのか―――知ってる?」
「迷宮が生み出してる?」
「それは、そうね。迷宮から出てきた魔物が地上に跋扈してるってのは濃厚ね。事実、迷宮を放って置いたら、
「—――いえ。」
僕だけでなく一様に首を横に振る。
「アタシはね、悪魔がこの世界に干渉するための装置が迷宮なんじゃないかなって睨んでるのよね。」
「ロレーネ、その根拠は?」
これはミレーネの言だ。
「アタシが放ってる密偵の報告によると――人為的に帝国が迷宮を生み出せるようになったって話よ。どうやってか、詳細までは分からないけど、人間を大量に生贄にしたってのは分かってるの。」
「—―ほお?」
ミレーネの顔が険しい。眉根を寄せ、顔を顰めている。
アマンダとケルンは顔を青褪めている。
この世界には神様がいるくらいだからな。相反するの存在が居ても可笑しくないか。
「シア王国の突発的な同時期多発迷宮の出現は――帝国の仕業だとか。ゲゼルフト・ランバルト国王陛下が漏らしてたから確度の高い情報よ。」
なるほど?人間を使ったって、もしかして僕とアーシャが攫われた――あの時に、連れてかれてたら迷宮の贄要員にされてた可能性もあったのかな。
そういえば、うちの近くにも迷宮が出来たけどアレは何か関係があるのかな?
全て偶然か?侵略戦争を起こした帝国が一体どこまで糸を引いていたのか分からない。
全てに関与していたのなら、仇敵・怨敵レベルで憎いんだけど。
「話が脱線しちゃうから戻すけど――どうして魔物が人間を襲ってくるのか――ってシンプルな疑問からアタシの研究は始まったんだけどね。大量の生命の喪失とその時生まれた悪感情がない交ぜになったのが、迷宮。で、その一部を切り離した、分け与えられた存在が《魔物》なんじゃないかなって。だから魔物だけが、魔核っていうエネルギーの媒体、核を体に宿してるじゃない?勿論、生命として生み出された魔物も生殖活動が出来るから、性交から誕生した個体もいるけど。」
「そこで、アタシは思ったの。—―人為的に迷宮を生み出せるようになった帝国は何と繋がってるのか。魔族?エルフ?ドワーフ?死霊術や邪術・邪法に長けた誰か?個人に出来るかな?稀代の天才かもしれないけど――アタシの勘が囁くのよね。—――悪魔なんじゃないかな?ってね。そして、悪魔に弄ばれた魂や生命を踏みにじられた負のエネルギーが迷宮の、ひいては魔物の生み出し方なんじゃないかなって。」
ロレーネの仮説は、筋道が通っている。
最早、そうなんじゃないかなって思えるほどに。
「ロレーネ。あなた煮詰まってたんじゃなくて、今回の帝国の一件で分かったんじゃなくて―――?」
「うーん。仮説の域は出ないわよ?そもそも負のエネルギーとかは悪魔崇拝者の論文をちょろっと読んだだけだし。人工迷宮に必要なのは人間じゃなくても大量の血液?肉体?とかでもいいのかもしれないじゃない?それに材料は人間だけじゃないっぽいし。割とガバガバよ。」
ミレーネは鼻白んでいる。ロレーネの仮説が有力で、かなりの精度で当たっている可能性が高いのではないかと睨んでいるからだ。ロレーネの、この自信のない態度がミレーネをもどかしくさせる。とは言っても、どうしようもないので、昂った気持ちを鎮火させようとすると白けてしまうわけだ。
「でもそうなると――出来たら、強個体のキングコボルトの死体が欲しかったわね?」
ミレーネがロレーネに語る。
「そうね。研究以外にも上質な死体と魔核はあって損はないものね。一応、フィリア様には報告してるけど――」
――――コンコンコン――――
扉をノックする音だ。
「はあい?どうぞ?」
「失礼するぞ。」
「あら、噂をすれば―――ね。フィリア様、御機嫌よう。」
団長がどうしてここに?
「ロレーネの所がもぬけの殻だったものでな。こっちにいたか。」
「あら、それはお手数をお掛けしたみたいで――――」
「ん?これは?」
僕のベッドの上で展開されているオセロに興味津々みたいだ。
「ああ、これは――オセロっていうらしいですよ。こうやって――――盤上の駒を引っ繰り返して――最終的に駒の多い方の勝ちって
ミレーネとロレーネの戦いは終盤に差し迫っている。
取って取られて――――実演しつつ、ミレーネ34対ロレーネ30で―――勝敗はミレーネの勝ちとなった。
「あぁん、おっしーい。」
「中々白熱するわね。一手のミスが致命的になりかねないわ。」
頂上決戦も終わり――。
「次、私にもやらせてくれ。」
「じゃあ、まずは私の助手のケルンとね。」
「お、オイラが?!よろしくお願いします。」
何故か、ケルンとフィリア団長の対局が始まった。
この人、一体何しに来たんだよ。
順々に戦って――フィリア様は三勝二敗—――。
別に僕自身もオセロは大して強くないので普通に負けた。
それにしても忖度抜きにミレーネ姐さんとロレーネ先生はフィリア団長を倒すとは。怖くないのかね。
前世ではゴルフなんか接待プレーしてたけど。
「そういえば、どうして此方に?」
ロレーネがフィリア団長に尋ねた。
「ああ。コボルト採石場について報告が入ってな。—―キングコボルトとクイーンコボルトの生存が確認された。それの討伐編成について――弟子の仇討ちでもしに参加するかどうか聞きに来たんだよ。様子を見る限りじゃ、シル達も無事みたいだし―――」
生きてたか。
やっぱりレベル4は伊達じゃないね。
――四肢欠損状態で且つ、お腹まで刺されちゃ魔力を上手く練れてなかったのかも?
ああ、やだやだ。やられたらやり返す……倍返しだ!なーんて出来るのは力がないと無理ぃ。
格上は萎えるわぁ。
師匠はどうするつもりだろうか。
「じゃあ、もう一回シルちゃん達を行かせようかしら?」
『え?』
「ふふ、冗談よ。レベル3一体ならまだしもねえ……。でも、やられっぱなしじゃ癪じゃない?派遣部隊についていってやっつけるトコでも見に行く?」
強者を引き連れて、「あいつです!アニキ、やっちゃってください!」を僕達にしろと?
…………………………………悪くない!!!!
「大人のチカラを見てみたい!ので、付いていきます!!参考にさせて頂きます!ね!アマンダちゃん!!ケルンくん!!!」
『あ、うん…。』
こうして、僕達は再び、コボルト採石場に向かう事になった。
アマンダ達はちょっと引いてたような気もしないこともないけど、気のせいだよね。
―――――――3日後。
「久しぶりに来たけど、だいぶ拡張されてるわね。」
「コボルトも仕事してるのね。」
ロレーネ先生とミレーネ姐さんが似たような感想を漏らす。
久しぶりってどのくらい前の話なんだろうね?
先んじて、突入している第一剣騎士団が倒したであろうコボルトの死骸が転がっている。
これを回収しているのが魔術師達だ。
回収と言っても魔法鞄で、するするっと回収しているので実に早い。
流石、軍!といったところだ。
「私達、ほんとにただ付いていってるだけだね。」
「オイラ、何か申し訳ないや。」
アマンダ、ケルンは何もせずにいるのが、申し訳ないみたい。
「せっかくだし、修行しよ。」
僕が二人に提案する。攻撃魔法をいつでもぶっ放せるように、《ミレーネ式》をみんなでしながら歩く。
警戒&牽制程度にはなればいい位。
それにしても、コボルトの奴等、何事もなかったかのように湧いてる。
うじゃうじゃといる。
なんなら多いんじゃないかって位。
抵抗が激しいせいで、歩みも遅くなる。
「一名負傷……!回復お願いします!」
第一騎士団は30名からなる剣術の達人集団だ。
大して広くもない場所に敵が陣取って抗戦しているので、数の利を活かせていない。
そのせいで、連戦を強いられ、ただでさえ悪い足場を死体が埋め尽くしてやりにくそうだ。
ちょうどこの先、一本道を進めば中間くらいに位置する大広間に出るんだけど……。
「長槍に弓に剣……向こうは多彩ね。」
遠目に見ても、攻撃手段の豊富さが凄い。
コボルトは前衛は剣士、中衛に長槍兵、前衛中衛が壊滅したら後衛の弓兵の一斉射撃—―少し後退して、前衛、中衛の層が陰から、後ろから前に出てくる。
防衛戦が実に上手い。
「知能がオークと同じレベルなだけあるわ。狡猾で厄介な魔物ね。」
オークも徒党を組んで連携を取るが、コボルトも上手い。
基本的に小柄で、素早い分コボルトの方が厄介か。
それからもコボルトの徹底抗戦は続き――――
「思いの外、苦戦してるわね。」
【回復魔法】の回復量が追い付かなくなってきている。
「申し訳ないんですけど、ロレーネ様、ミレーネ様、【回復魔法】の支援をお願い致したく―――」
第七魔法小隊から、助っ人依頼が入るほどだ。
一斉射撃による矢傷を受けた剣騎士が運ばれてくる。
「じゃ、ちょーっと引っこ抜くよ。」
「ぐっ。」
引き抜かれた痛みに耐えかねて声を漏らしている。
「《
ミレーネは念のために剣騎士に解毒してから中回復を施している。消毒みたいな感覚か。
傷痕と言っても点程の―――、皮膚が新品みたいな――日焼け肌にピンク色の小さな痕が残っているだけだ。
「これで、残ってるなら第七小隊の連中の【回復魔法】で治してもらった人達はなんなのよ。」
ロレーネが指摘する。
坑窟内だ。第七小隊の面々にも聞こえている。彼等は苦笑いを浮かべているが、怒りはしてないみたい。
傷が治った剣騎士達は少し休憩した後、前線に戻っていく。
「ねえ、シルちゃんの【回復魔法】を見せてあげなよ。」
「はあ?」
急に話を振られた僕は思わず―――聞き返してしまう。
「だって【回復魔法】はワタシより上じゃない。」
『え…?』
思わず、回復要員組は揃って声をあげてしまう。
もちろん、僕も声をあげた一人だ。
そんな、まさかな…。ミレーネ様も人が悪い……。だの声が聴こえてくる。
「ワタシが嘘ついてるみたいじゃん。次はシルちゃんがやってよね。」
はあ、もう。
姐さんのせいで仕事が増えちゃうわ。
全く。
運ばれてきた剣騎士は槍で突かれたみたいだ。
鎧の合間を縫っての的確な攻撃だ。
「《回復》」
ミレーネより回復速度は劣る。
どのみち遅いなら―――、丁寧に処置してあげた。
「ほらね?」
「あらぁ。本当みたいね。」
何故か、ミレーネがドヤ顔。
ロレーネが驚嘆している。
その反応に、第七小隊の人も気になっている様子だ。
「どうかしら?ワタシの弟子の腕前は。」
「いや、もうすごいです。はい。」
満足して頂けて何よりよ―――、と自分の手柄みたく言ってるけどぉ!僕がやったんだかんな!
「シルちゃんって、お師匠様が二人もいるの?」
「え?師匠はミレーネ姐さんだけよ?」
「オイラ達の師匠はロレーネ先生だろ?」
修行していた子ども達が話かけてきた。
「ミレーネ姐さんは師匠だけど、ロレーネさんは先生よ。」
「何がどう違うんだ?」
「お金とかなしに教えてくれたミレーネ姐さんはお師匠様だけど、ロレーネ先生は雇われっていうか家庭教師みたいなものだから。」
「じゃあ、オイラ達にとっても
それは本人に訊くといいんじゃない―――?
「オイラはロレーネ先生の弟子ですか?」
「そうねえ。一応助手って事にしてるけど、それもあまり深く考えて言ったわけじゃないからねー?弟子って名乗りたかったら弟子でいいわよ。」
ロレーネはそこらへんの言い方に頓着がないらしい。
ミレーネ姐さんは頑なに僕の事を弟子って言うけどな。
製薬技術指導や、修行を一任されてるロレーネと違って、ミレーネは個人的に師匠として付いてきてるだけだしね。
もしかしたら、傍にいないと師匠としての立場を取られるんじゃないかって危惧してるのかもしれない。
ミレーネ姐さんならあり得る。
対するロレーネはそこらへんはどうでもいいって感じなのにね。《ミレーネ式》の鍛錬だけじゃ、ミレーネ姐さんを師事してますよ、ってアピールにはならないのか。
それからは、何回も治療しては送り出し――都合6人目を治癒して大体一周したようだ。
最前線戦っていた、
第七小隊が4人しかいないというのもあって、結構な頻度で支援要請される。
コボルトの数然り、交戦が抗戦すぎて、第一騎士団に対して善戦しちゃってるせいで、未だ中間地点の大広間に行けないでいる。
「なんか、第一騎士団の育成に付き合ってる気分だわ。」
ミレーネ姐さんがじれったそうに、彼等の戦いっぷりに歯噛みしている。
でも、これは名君でも読めなかったろうに。
戦力を大量投入しても結局少数で獅子奮迅の如き活躍を見せる猛者でもいなければ、今と大して変わらないような戦闘になってたよ。
それくらい、魔物が戦略的に動いている。
もしかしたら、僕達が広い地形を活かした戦い方をしたせいで、学習したのかもしれない。
斃しても斃しても、一斉射撃され、防御した隙を突いて、前線を押し上げてくる。もちろん此方も負けじと押し返すんだけど……。見事な拮抗状態だ。
敵が投入している数が違い過ぎるせいで無限の軍団を相手にしているかのような錯覚に陥って、此方の士気が低くなっている。
回復要員の第七小隊のみなさんも、魔力回復薬に手を付ける程だ。
どうやら、「アニキ、やっちゃってください!」をしてきてるのは向こうも同じみたい。
さすが、長年?鉱石場一つを丸々縄張りにしているだけのことはある。
都合、200体のコボルトを討ち取って僕らは一時撤退を余儀なくされたのだった。
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