第18話:三銃士爆誕?

 ここはランバルト海洋王国の海軍船シーダ号の船内。フィリア団長が率いる大型船だ。この船はランバルト海洋王国に寄港する予定である。船内部3Fフロア目に位置する拉致した人間の収容所だ。何故、ここにいるのかって?寄港するまでの間、僕に与えられた仕事は、船の清掃と子ども達の世話係だ。そして今は絶賛、後者の仕事に従事しているからである。


「これね、タルク村って私の住んでた村の森近くで採れた果物よ。」

 久しぶりに、母お手製の一張羅に着替えた。緑に染色されたシャツと短パンの上下セットだ。夏仕様である。冬は毛皮のコートは勿論、長袖長ズボン版もある。ま、冬仕様は季節的に使えないんだけど。残念なことに僕は成長するだろうからマリアが採寸調整し直してくれないと多分着れなくなる。冬仕様の服は着ること叶わず――出番ナシだろうね。そしてなんとなんと――タルク村で着ていた夏服を見ても子供達にはピンとこなかったようである。僕が同じ《シア王国の民》である事を、子ども達は疑っていたので、冬服もみせた。勿論ピンとこない模様。なぜだ!大体村では同じような服着てたぞ!という訳で、最終兵器の登場—――果物である。そう、餌付けである。イマ、ココである。

「これがアップリ、これがチルベリー、これがトマチ。食べる?」

 拳大の大きさの赤い実—―アップリ、黄色い果実のチルベリー、アップリより小さい、苺サイズの赤い実—―トマチを【収納魔法インベントリ】から取り出す。他の大人達には絶対内緒よ?と付け加えておく。二人は、おそるおそる黄色い果物チルベリーを手に取る。そして一口で頬張った。

「うちのよりおいしい……。」

「うん、おいしいね。」

 そうだろう、そうだろう。採れたてだぞ?チルベリーを選ぶなんて、わかってるな。ソイツは今が旬だぜ?

「……これはね、夏が美味しいの。それも森で摘んだのがね。お母さんが言ってた。ウチで採れる実より美味しいのはシア王国でも南にある田舎村に住んでる人達だけだって。だからアナタは私達と同じってこと!」

「オイラのお母ちゃんも似たような事言ってた!」

 子どもらしいまどろっこしい説明をされた。僕の村が田舎だって?事実だ。多少のディスは許そう。ただ判断基準……ほんとにソレでいいのか?ま、同郷だって認めてくれたんだから良しとするか……。僕はなんだか釈然としないものの白を基調にした青いラインが入っている船員服を装備し直した。もちろんトマチもアップリも二人は美味しそうに食べている。

「ワタシはね、都市街サース生まれのアマンダ。六歳よ。」

「オイラもね、都市街サース生まれだよ。ケルンっていうの。五歳だよ。」

 僕はようやく、自己紹介まで辿り着いた。そしてちゃっかりしっかり都市育ちなのをアピールしてきてます?これマウント取って来てます?おおん?五、六歳児がマウントの取り合いなんてするわけないよな、落ち着け、僕。大人の余裕を見せるんだ。

「私はシル。四歳よ」

『え!よんさい?!』

 身長低いとは思ってけど…とか、しっかりしてるのに年下だったんだね、とか二人はコソコソ話しているつもりだけど丸聞こえだ。



「シルちゃんはどうして悪い人達と同じ服を着てるの?」

 あれから三人でお喋りしてさらに打ち解けていると、アマンダが聞いてきた。

「私は魔法が使えるから働いてるの。これは、お仕事してますよって意味なの。」

「そうなの?ならワタシも働けるのかな。ワタシもね、魔法ちょっとだけ使えるの。」

 アマンダ、勤労意欲高すぎないか?

「お、オイラも!ほんのちょっぴりだけど……。」

 ケルンは取り残されるのがイヤなのかな。

 別に今すぐ働く必要なんてないだろうに。多分其々適性に合った仕事をして鍛えられるんじゃなかろうか、なんて思っているのだけれど。

「どうして二人は、そんなに働きたいの?」

「だって、役に立てなかったら奴隷とかにされちゃうんでしょう?」

アマンダは恐る恐る質問返ししてきた。

「そうだよ!オイラ、奴隷なんかになりたくないっ!鞭でぶたれたり、まともに御飯なんて食べられないで死んじゃうのは誰だってイヤでしょ?!」

 それに同調するようにケルンの中の奴隷生活を語る。奴隷がどんなものか分からないけど、平気で人攫いを行う奴が存在している世界だ。まともではないだろうな。

「魔法が出来なくても多分、船員みたいに働き口は一杯あると思うよ。私達を拉致した人達はランバルト海洋王国に所属している海軍さんなの。私達の国――シア王国と何処かの国が戦争を起こしてるんだって。親を失った子や戦争のせいで餓死しちゃうような子を前以って海洋王国で保護しようとしてるって私は聞いたよ。ま、それが本当かは分からないけど。私達を――懐柔しやすくするてなずける為の嘘――の可能性もあるからね。」

 僕の話を聞いて二人は思い思いに何があったか話し出した。


「ワタシ、パパと一緒に外にいたんだけど赤い外套を着た奴等が急に襲ってきたの!それでワタシを逃がす為にパパはそいつらと戦ってて、何とか門に駆けつけたんだけど…警備のおじちゃん達は他の人と戦ってたの。そしたら、身体がフワって浮いて……気づいたらココに閉じ込められてたの。」


 赤い外套…?ランバルト海洋王国の外套は暗い青だ。ダークブルーと言ってもいい。うちの村で使ってる外套は深緑や、焦茶だ。統一こそしてないものの、村規模で見ても赤い外套のような目立つもんをわざわざ――旅商人もその護衛の人達でも着用している所を見たことがない。きっとそいつらが戦争を引き起こした連中なんだろうね。


「オイラは街に居たけど、お母ちゃんと、はぐれちゃって……。大人達が暴れ回ってて、確かに赤かったと思う!オイラは、逃げてる大人に突き飛ばされて、怖かったから大通りは避けて、路地に隠れてたんだ。そこからは怖くて目は閉じて、耳も塞いでたから分かんない……。耳を塞いでても大人達の大きな声は聞こえてたんだけど…気づいたらどんどん小さくなってったの。でも目を開ける勇気はなくて、それでオイラも気づいたらココに。」


 時系列が分からないけど、少なくとも街への侵攻を許したって事か。心配したってしょうがないけど心配だ。都市サースの人よかタルク村の人達が。追い返したのなら残党が悪さをしかねないし、蹂躙されたのなら逃げた人達が負担になるかもしれないし。


「アマンダのこともケルンのことも攫ったのは、ランバルト海洋王国の人達だろうけど、襲ったのは別の勢力かもね。二人の話を聞いて半信半疑だったけど……本当に戦争が起きたのかも。」

 僕が導き出した結論だ。

「なんで?シルちゃんは、襲ってきたのがランバルト海洋王国じゃないって思ったの?」

 アマンダが聞いてきたので答えてあげる。

「ランバルト海洋王国の外套はダークブルーだったからよ。因みに私を攫った人達が身に付けてたのも紺の外套だった。さっき怪我人を治療してたんだけど赤なんて派手な色、身に付けてる人は居なかったし。」


『………。』

 少しばかり沈黙が流れる。アマンダもケルンも考えているのだろう。


「難しいことは分かんないけど、オイラ達は助けられたってこと?危険じゃなくなったら返してもらえるってことか?!」


 ちょっとだけ嬉しそうに興奮しながらケルンが口を開いた。


「それは難しいかもね。タダで、ご飯食べさせて貰って、安全になったらバイバイって返して貰えるとは思えないかな。」

 僕は厳しいけど、ケルンの淡い希望を一旦打ち払っておく。ケルンもアマンダもがっくりと首がたれてしまった。アマンダも期待してたのかな?砕かないだけマシだと思ってくれ。

「ケルン、アマンダも、元気出して!奴隷のような扱いをするために私達を攫ったんなら、御飯なんてそもそも貰えてないよ。ランバルト海洋王国で働かないといけないのは変わらないけど、恩を返したら、三人で家に帰ろう?私は家に帰れるように今から掃除をして働いてるのよ?」

 働いて、恩を返したら帰る。イコール逃げれるだけの実力を身に付けて脱走する。とは言わない。

「そっか…じゃあワタシもすぐ働きたい!」

「オイラだって…!」

 意欲があるなら何とかなるか?僕はもうアマンダとケルンは連れて帰ると心に決めたから。—―つまり鍛えようと思います。


「じゃ、二人は働くための魔力を鍛えよう?」

 僕は笑顔でそう答えた。

「な、なんかシルちゃんが悪い顔してる……!」

「シルがちょっと怖い……だと?!」

 アマンダ、ケルン覚えとけよ。渾身の笑みが邪悪だと?!

「私の慈愛の笑みが邪悪だと……?二人とも、ビシバシ行くからねっ!」

『そこまでいってない!!!』


 こうして、アマンダ、ケルンの寝食以外魔法漬けの海旅が始まった。僕は掃除を済ませると、アマンダとケルンの住処、3Fの収容所に入り浸るようになった。食事の配膳も僕が三人分—―食堂のおばちゃんから貰っては届けているので、二人は三食しっかり食べている。

 アマンダの実力は【生活魔法】――清掃クリーンの魔法を使いこなせる程度だった。最初は僕の魔力を流し込んで【水属性魔法】を習得させた。自分達の寝床の掃除と生活用水を【水魔法】――水球ウォーターボールで生み出せるように努力してもらっている。

 ケルンは【風属性魔法】――そよ風ウィンドが出来た。団扇うちわで扇いだ程度の風だ。【生活魔法】――清掃クリーンを覚えさせるだけで【水属性魔法】の習得はさせなかった。その代わり、【風魔法】――風球ウィンドボールの練習だ。覚えさせた属性魔法が違うのは純粋に二人が一緒なら逃走出来るようにするためだ。ケルンが【風魔法】を習得済みだったのもある。というか出来る魔法が【風魔法】だったから、じゃあ別々の属性魔法師として育成しようなんて思ったのは内緒だ。

 二人とも、へばってきたら【回復魔法】――魔力還元マナリターンで、強制魔力回復マナヒールさせる。一日魔法漬けにして、僕もミレーネ式魔法訓練をしていると魔力マナを使い切って丁度良い。一緒に鍛錬していると、最初は僕の魔法球を見て『すごい!』って反応して、二人は集中力を乱してたけどね。一日もすれば、あっと言う間に慣れてました。翌日から何も反応してくれないの。ちょっと寂しかったわ。

 二人の魔力はぐんぐん上がっているのが分かる。最初は一回、二回で魔法を発現させただけで使い切っていたのに――五分、十分…半刻さんじゅっぷんと魔力切れを起こしかけるまで、時間が伸びている。体感時間なので正確ではないかもしれないけどね。僕を信用しているのか、還元率もすこぶる良い。99%くらいで還元してくれる。魔力浪費分が、少ないので僕の鍛錬も充実している。ミレーネ式は魔力消費量より制御コントロールが辛すぎる――増幅段階に移行出来ていないからだけどね。光と闇の混合球は今は作っていないのもある。両手で火、水、風、土、雷を二球ずつ――十球の制御を試みているのだ。これはミレーネ姐さんが「難しかったら光と闇の混合球は別にして練習したら良いよ。」と言ってくれたので妥協してのことだ。睡眠時間と食事以外の全てを魔法に費やしたアマンダとケルンは自身の魔力が伸びに伸びて楽しそうだ。食事中とか、笑顔が増えた。目に見えて成長を感じれると楽しいよな。没頭している時間のお陰か、歳の割に最初のように、グズったりもしなくなった。


「ねえ、シルちゃんって本当に年下なの?いや年下よねぇ…。」

 食事中。アマンダは感心する時、僕の歳を疑ってくるようになった。内心、ギクってビビッてますけど?そこは社会人だった僕のポーカーフェイスで何とか耐え凌いでいる。

「アマンダ姐ちゃん、シルは最年少サイネンショーだけど立派だよ。」

 ケルンからはちょっとズレた擁護が入る。

「シルちゃんが凄いのは分かってるよ。ただねえ……。」

 そう、言いたいことはそう言う事ではないよな。……だからってジーっと見ないで。アマンダ、その視線は効く!効くから!

「あはは、ママの話だと赤ちゃんの時から魔法の練習をさせてたみたいだからね!魔法歴=年齢、四年目にして四歳だからね。」

 成長の仕方で言えば、二人の方が激増しててヤバいんだよな。

「本当にすごいや。オイラも、もっと魔法の練習してたらなぁ。」

「そうよねえ。私達、都会っ子だから。開拓民として育ったシルちゃんより甘ちゃんだもんね。ママ達は、ラクし過ぎて教育をサボったんだわ!」

 いや、それはママさん達に申し訳ないよ。あと開拓民がスパルタ教育受けて育つみたいな偏向報道張りの情報操作した覚えないんだけど?!


「ま、まあ二人はこれからよ。私と一緒に魔法を磨いてこうね!」

『うん!』

 アマンダとケルン、声を揃えて良い返事だ。食べ終わったら再び魔法の練習だ。


「最近、ずっと子どもといるよな。」

「アマンダとケルンね。いるよ~。」

 魔法の鍛錬も終わり――3F内に設置されている風呂場を利用した。僕は風呂上りで、貸し与えられている個部屋に帰っている道中、何処からともなくチータが現れた。

「子どもの御守りはどうだ?」

「御守りも何も私も子どもだし。楽しいよ」

 チータはお腹を抱えて、ケラケラと笑っている。

「そういえばそうだったわ。」

「うむ。チータ殿、分かれば宜しい。」

 またチータは笑ってる。笑いのツボが浅いのかな。


「それで?私に言っておかないといけない事とかないの?」

「ああ。大体、後三週間くらいでランバルト海洋王国に寄港できそうだ。」

 シア王国へ行くのに凡そ、一カ月半は掛かるのか。見つからないように、とか船では渡り切れない海溝でもあるのか。何にしろ、遠回りしている線はある。というか、そうであってくれ。

「チータにとっての懐かしの故郷かいようおうこくはどんな所なの?」

 よくよく考えたら名前と協商連合国と繋がりがあること位しか知らないのでざっくり聞いてみた。

「そうだな~。海に囲まれてんな~。」

「まあ、名前的にそうでしょうね。もっと他には。」

 チータは難しそうにする。そんなに故郷のプレゼンが出来ない事あるか?

「海の幸が旨い!」

「……。」

 こいつまじか。無言の圧でも食らえ!

「えーっと、隣国と接してないから戦争は海上戦か上陸戦の二択で守りやすい!」

「…………。」

 圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧圧。

「そうだ!でけえ火山が島の真ん中にドーンと聳えててな、王城は四方に一つずつ、あんだけど、城中心に街が栄えてんだ。」

 やっと有益な情報がきたわ。

「ふーん。でもなんで四つも御城があるの?」

「そりゃ、敵国が攻めてきた時、城が一つじゃ、対外的に此処に王様キングがいるぞって言ってるようなもんだろ?理由の大部分は欺くためカモフラージュが占めてるが――それと王家直系が三家に分かれて存在しているせいもあるんじゃねえかな。同じ王家だけど、城に住める者、住めない者がいたら色々不味いだろ?」

 確かに不味いな。住処を巡って、骨肉の争いが起きそうだ。

「いや、でも直系なら一緒に住んでも良くない?」

 チータは渋い顔をする。

「先ずな、王がどうやって選ばれるか。王は代替わり毎に王選挙が行われる。選ばれる要素は二つ。《民衆からの支持》、《功績》だ。《民衆からの支持》は言うまでもない、国民にどうやって応援してもらうか――公約マニフェストとかかな。《功績》は内外政にどれだけの事を成したか――を以て各家の王太子の中から王が選ばれるわけだ。」

「その時代毎に優れた王太子が王になるのなら切磋琢磨出来て良さそうだけどね。」

「シル嬢の言う通り、当初はそうだったんだろうな。」

「代を重ねる毎に王を輩出出来ない家を蔑視し始めちゃった?」

 チータは、まーたケラケラと笑う。

「そうなんだろうなぁ。そういうのもあって大事件が起きたんだよ。聞くか?」

「聞いたげる。」

 チータは僕の物言いが心底愉快なんだろう。年下の生意気ムーブがツボとか変わってる。いや四歳児が生意気言ってても可愛いだけか?

「――選ばれた王太子の中には選挙に敗れ、武力行使に出た者がいる。八代前に武を以て王政を成した人物だ。ソイツは残虐王、武王、煬王なんておくりなが与えられて、《暴君》として有名だ。ただ度が過ぎた王もな、他二家の逆襲に遭うことになる。自身の息子を王に据えるべく即位・戴冠式を敢行中、暴君も次代の王むすこ殺害コロされちまったよ。何も成し得ず王となった者ぼうくんのコ—―霊王が誕生したことから血を流してまで王座に就こうとする事は禁忌となった。以降、御三家の手口は狡猾になっていく。」

 ※おくりな諡号しごう—―死後功績に合った、その人物に与えられる称号。

「え、その流れだと普通は慣例通りにって話になるんじゃないの?」

「一度血が流れるとな、元通りにはならねえんだ。御三家の溝は深まるばかりよ。正当な王を輩出したであろう、一時代の栄華を享受出来た長兄一族、暴君だけでなく次代の王をも殺された次兄一族、王の輩出率が一番低いが故に虐げられてきた末弟一族……其々の一(家)族、理由は違えど腹に据えるにはもう限界だったのかもな。」

 チータは首を横に振りながら、残念そうに語る。

「俺っち達はそんな泥沼化した国で生きてんだ。シル嬢、おめえさんは優秀な魔法師であり淑女だ。三派閥の内、何処に仕えるのかはシル嬢の意思次第だが……覚悟しといた方がいいぜ?」

 不穏なこと言うなよ。

「チータが仕えてるのは?」

「クック、そりゃ言えねえな。」

 何故隠す。スカウトのチャンスだろう?

「派閥勧誘スカウトは禁止なんだよ。バレたら、御咎めを食らっちまうからな。」

 なんじゃと。完全に自分の目で見て判断しろってことか。

「ああ、でも三派閥の大公からは勧誘されっから。」

「タイコウ?」

 タイコウってなんだよ。

「貴族位で一番偉いくらいの人間だよ。簡単に言ったらそれぞれの御三家の長が勧誘してくるんじゃねえかな。」

「あー(なるほど)ね。」

「ソーソー。」

 おふざけモードらしい。貴族位か。大公とか伯爵とか公爵とかチンプンカンプンだからミレーネ姐さんに聞いとかないとな。礼儀くらい知らないと、社会人として生きてきた世渡り上手の見せ所よ!

「な、なんかよく分からんけど、頑張れよ。」


 ランバルト海洋王国について、地形や政治について少しは知れたのではないだろうか。出来たら貴族とか関わらないでいたいんだけどなー。


「ん?」

「あ、すみません。」

 3Fから2Fへ移動した僕はチータと別れて自室へ向かう途中、共有便所から出てきた男とぶつかった。船員さんの顔は何となく覚えている。だが、浅黒い肌に褐色の瞳、黒髪で強面な印象。この顔は初見だ。服装もダークブルーのピチピチライダースーツみたいなのを着ている。確定です。ダークブルー染めの外套フード勢だ。ダークブルー染めの外套フード勢は怪我人だらけで、船室内に引き籠っている人も多い。そのため初見の人はこの人同様、まだまだいる筈だ。

「お前……あの時の。」

 あの時の?心当たりがない。治癒した時の人に肌が黒い人はいたけど、その人より薄いし?確か奴の頭髪はスキンだった筈……うーん、軽傷者の中にいたのかな?でも治したのはミレーネ姐さんだし。

「えっと、あの時とは?」

 僕がそう尋ねても、返事はない。話す気がないならお暇するのみよ。

 会釈をして、脇を抜けて自室に帰ろうとした僕の左腕を強く掴んできた。

「あの時は避けたのかと思ったが、お前—―どうやって?俺によな?」

 僕は僅かに肩をビクつかせ、動揺した。目の前の人物が誰だか、直ぐに理解した。過去腕を斬り飛ばされた事なんてニ回しかないからな。

「バルバス……。」

 僕は震える声で名前を言ってしまう。

「……俺の名前、隊長らに聞いたのか?」

 獰猛な笑みだ。イヤらしく、気持ち悪い。まるで蛇が睨んできたかのような、獲物としてしか見られていなようで不愉快だ。

「はい、名前程度ですが。」

「で?あの時間でどうやった?」

 ただでさえ、強く掴まれて痛いのに更にチカラを込めてきた。はい、青痣確定。素直に言ってもいいが、カマを掛けられている可能性もある。

「なんのことか……いだっ?!」

 ボキっと中から鈍い音と鋭い痛みが襲ってきた。左腕は見たことのない方に折れ曲がっている。ああ最悪だ。

「だれ、がっっっ!」

 救援を阻止された。首を絞められ窒息死しかねん勢いで壁に押さえつけられた。

「てめえの村連中が子どもの腕だけ見つけて悲壮に暮れてたからな。はぐらかそうとしても無駄だ。もう一度だけしか聞かねえぞ。」

 バルバスの苛立ち混じりの声が耳元で囁かれた。僕は絞められた首を引き剝がそうと右腕を使って些細な抵抗をしていたが、止めた。チカラを弱め、降参だとアピールした。

「ごほごほ……ま、魔法よ。甲板にいた人の中で治した人がいる……聞いたら分かる。」

 死んでも《スキル》とは言わない。言ったら完全敗北したみたいだもんね。

「ちょ、アンタ……!」

 鋭い怒声が反対側の廊下から聞こえてきた。

「……。」

 バルバスは左側から聞こえてくる怒声の主を一瞥し、投げた――何も言わず、僕をゴミでも捨てるように投げた。


「大丈夫、シルちゃん?!」

 ナイスキャッチ。投げられた僕は怒声の主—―ミレーネ姐さんに抱き止められた。

「はい……なんとか。」

「ちょっとアンタ、酷いんじゃないっ?!」

 僕は声を振り絞って何とか返事をした。僕の心配をしているミレーネ姐さんは身動きの取れない状況なので声を荒げるだけだ。部屋から顔を出してきた野次馬は、いたぶられた僕を見て大体の状況を理解する。船員の非難の視線も厭わず、バルバスは飄々とした様子で、1Fフロアに続く階段を上っていってしまった。

 僕は、抱きかかえられたまま、ミレーネ姐さんの部屋まで運ばれた。

 僕の左腕は青いを通り越して紫だ。痛々しい。首にも奴の手形がくっきりあるらしい。ミレーネ姐さんが【回復魔法】を使ってくれている。とんでもない痣をつけてくれたものだ。

 《スキル》が発動しても困るから【回復魔法】――治癒ヒールを使って左腕を治していく。因みに左腕の方が重傷だが、ミレーネ姐さんが首の治療からし始めたのは、僕の左腕が複雑骨折してそうだったからだ。

 神経の復元やバラバラになった骨の修復は、出来るなら本人がした方が後遺症のリスクが減って、安全だからだ。

 傷自体は半刻さんじゅっぷんもしないうちに治した。これにはミレーネ姐さんも舌を巻いていた。


なんなんあいつ、くうぅ~~~~~~~~~~~~っ」

 ミレーネ姐さん、ご立腹である。

「バルバスっていう戦闘狂らしいですよ。ヒトとしてチータ先輩とかゼレス隊長は苦手?みたいですよ。」

 僕が知ってる事をミレーネ姐さんに話した。ズズズっ。僕は白湯を啜りながら飲む。

「ふーん。ゼレスのガキんちょも変なの入って大変ね。これもゼ-ンブ!人事、海軍、陸軍の仲が悪いせいかしら。アー、三つ巴の勢力争いを船上で繰り広げないで欲しいわ。」

 ミレーネ姐さんは、心底嫌そうな顔をして話している。

「え、船の中でも王族御三家の影響があったりするんですか?単純にバルバスがヤバイ奴なんじゃなくて?」

 海軍なんだから此処にいる人全員海軍出身の士官なんだと無条件で思ってたわ。僕は湯呑を膝に置いて、思わず聞いてしまった。

「あら、王族御三家が仲悪いって知ってたの?」

「バルバスにやられる前にチータ先輩といたんですよ。その時に教えてもらったんです。」

「チータといたのにカルパスにシルちゃんがやられてる時は傍に居なかったと……ほうほう。」

 瞳が現実リアルで燃えてるの初めて見たわ。魔法による演出かな?

「カルパスじゃなくてバルバスですよ。それとチータだって流石に予測できませんよ……。」

 一応、チータのフォローは忘れない。

「そうね、カルピスね。」

「違います、バルバスです。」

 ミレーネ姐さん……?

「思い出したらイライラしてきた!むかつく!バブルス!」

「いや、バルバス……」

「くー、いたいけな少女シルちゃんに手を出すなんて!テトリスめ!」

「バルバス…なんでこんなに訂正ツッコミしてんだろ……。」

「ほんっとに許さないんだから、ピクルス!」

「もう何でもいいです……。」

 アレかな、嫌いな奴の名前は覚えない、ってことかな。食べ物に飲み物にファッション系に玩具からの食べ物締めですか、御後が宜しいようで?ってミレーネ姐さんってば癖強すぎ。個性の高さ主役級じゃんよ。元が一般会社員だから僕から滲み出るモブ臭がシルフィアの価値を貶めている可能性……あるかもです!気にしたら負けです!なわけで考えるの止めます!


「今回は運が悪かったってことで。出来るだけ遭遇しないように気を付けますね。」

 船内に潜む魔物との遭遇エンカウント率を見ても、後一回会うかどうかでしょう。最悪、一人でいる時は不可視インビジブルを使っておけばいいでしょう。

「取り敢えず、今日はアタシが送ってあげるね!」

 直線距離にして四十数メートルだけど、ありがてぇ。ミレーネ姐さんに護衛してもらって待ち伏せ警戒はしていたけど杞憂に終わった。ミレーネ姐さんに感謝を告げ、僕は自室のベッドにダイブした。


 

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