第17話:ぱんなこったはどんなこった。

 体調が不調の奴の部屋へ突撃、いや凸撃。ミレーネ姐さんは美容目的で作ったヴァイタミンを数年分は腰に提げられた魔法袋マジックバッグに詰め込んでいたらしい。

「これで、治るんですか?」

 部屋の主こと船員Aは闖入者に渡された怪しい薬をまじまじとみている。

「ええ、多分ね。シルちゃん、これ一錠で足りる?」

 僕を床に降ろしてくれたミレーネ姐さんは用法用量を聞いてきた。

「ええ、ヴァイタミンは一日に吸収できる量って決まってた筈なので一度に一杯服用すればいいってもんじゃないです。一日一錠で大丈夫な筈。たぶん?」

 いや製作者のミレーネ姐さんが海軍病になってないんだから、普段服用してる分渡せばいいのに。ケチったんか?そうなんか?それとも薬も飲み過ぎれば毒になるってことでの確認か?

「これを毎日一錠……信じて飲んでみます。自分の為にありがとうございます。」

 どうせ飲まなかったら死ぬだけだ。病人丸出しの船員Aは希望に縋るように頭を下げ、薬を服用した。

「よーし、じゃ!がんがんいくよ!!」

 ミレーネ姐さんは何処で気合が入ったのか、再度肩に担ぎ直される。ちょ、まてよ。あああああ~~~~~~~~~~~~!!!


 今日一日やる事なんてあってないようなもんだったが、魔法云々は?連れ回された上に、報告まで付き添わされた。誰にって?フィリア団長によ。またやらかしたか、とチータは後ろでニタニタしている。

「取り敢えず、事後報告だけど――海軍病の特効薬が見つかったかもしれないから。試薬の段階だけど症状が出てる人には服用してもらったわ。」

 特効薬って、間違ってないけど元美容薬じゃん。いや栄養機能食品じゃん。あんた主目的が美容だったじゃん。

「……。海軍病は退役後、快方に向かう者がいないわけではないが、その理由は定かではなかった筈だが?」

 フィリア団長の目がクワっと開いている。いやパキってますわ。

「まだ試薬として服用してもらっただけなのだわ。そんなに期待されても困るのだわ。」

 まあ、落ち着きなさい。とミレーネ姐さんは言う。フィリア団長のお熱な視線を一身に浴びるのが嫌みたいだ。

「何をいう。元魔術師会理事殿が直々に調合した薬だろう?貴殿はこの手の冗談を言うのを毛嫌いしている。つまりは本当に試薬が完成したかもしれないということだろう?もしそれが本当なら我が国に蔓延している海軍病を治すだけで屈強に育てた兵士がどれほど現役復帰できるのか……他国の子どもの保護――いや拉致などせずとも、良くなるぞ?」

 フィリア団長は早口に捲し立て喋る。興奮しているのか。

「—―それで、シル。なぜ貴様もここにいる?」

 おおう。今度は私の番か。怖いのでありんす。

「えーっと。ミレーネ姐さんの話を聞いて海軍病がどうして罹るのか――理論を考えたのが私で、その薬を作ったのがミレーネ姐さんって言う感じです……。」

 背中から汗が噴き出る。相変わらず緊張感半端ねえ。そんなに鋭い目つきで見ないで。蛇ににらまれ――いや鷹に睨まれた僕…ちびりそう、あ、ちびりました。

「—―ほう?」

「そう言う事なのだわ。つまりあたしとシルちゃんの功績になるかもしれないのだわ!それだけ言いに来ただけだから!結果が出たらまた報告に出向くのだわ!それじゃお暇しましょ、シルちゃん。」

 僕はミレーネ姐さんが差し出してきた手を最速で握る。そして左足を引いて華麗にお辞儀をするミレーネ姐さんのみようみまねお辞儀を駆使して船長室から退出する。


「相変わらず、あの人といると堅苦しくて窮屈なのだわ。」

 ミレーネ姐さんも苦手らしい。名前を濁したあの人。ヴォルデモー…いやフィリア団長は名前を言ってはいけない例の人と同じ扱いなのかもしれない。

「私も苦手……圧が……圧が……ふぅ。」

 しれっと魔法でお漏らしはなかったことにした。既成事実の隠蔽……いや除去。お漏らしなんてなかった。


「あたし達、気が合うのだわ。どっと疲れたけどあたしの部屋で魔法のお勉強する?」

 逡巡してしまう。精神的に疲れただけだ。甘えるな!僕は自身に一喝してから返答をした。

「手解きの程、よろしくお願いします。」

 


「魔法を行使するにあたって大切なのは魔力そのものの制御コントロール・増幅・具象の明確化よ。制御コントロールは言うまでもなく、魔法そのものを制御コントロールすること。」

 ミレーネ姐さんは「こんな感じね」、と左手で闇と光の混合球を作り出す。そして右手を開いて火球、水球、風球、土球、雷球を五指の其々に作り出した。

「そして増幅――純粋な魔力量を普段より込めることで威力を底上げすることね。」

 それを小さく――濃縮したのが分かった。全て均一に小さくなり、色が濃くなった。顕著なのは風球が透明から真緑に変化したことか。闇は紫から漆黒へ、光は黄白から純白へ、火は赤から青へ、水は薄青から深青へ、土は茶から焦茶へ、雷は淡黄から濃黄に。一つ一つの魔力密度が高くなっているのが分かる。感覚的な表現しか出来ないが当たったら死にそう。

「気を付けるべきポイントは、魔力を緻密に練り上げて凝集しなきゃいけないの。無駄に魔力を注ぎ込むだけじゃダメ。最後に具象の明確化――これはその魔法がどういった作用を及ぼすのか。想像力イメージがどれだけ鮮明で詳細か。」

 ミレーネ姐さんが最後の説明を終えると、混合球と五球は霧散した。

「じゃあ、シルちゃんやってみてほしいのだわ。」

「うん!」

 

ステータス


シルフィア


Lv.1 【ランクアップ可能】


力:C→B 650→720 耐久:D→A 596→802 器用:SS→SSS 1010→1233 敏捷:D→C 587→666 魔力:SSS 1656→1893 幸運:E→C 495→601


《魔法》


【水属性魔法】【風魔法魔法】【土属性魔法】【火属性魔法】【雷属性魔法】【光属性魔法】【闇属性魔法】【回復魔法】【生活魔法】【収納魔法】


《スキル》


【再生】【獲得経験値五倍】【鑑定】【遠見】【魔道具製作】


《呪い》


【男性に話し掛けることができない】


 これが今のステータスだ。これでどれだけの事が出来るのか、ちゃんと覚えておかないとね。

 —――先ずは、闇と光の混合球。二属性を混ぜ合わせて制御するのに吃驚してしまいそうになる。代謝がぐわっと上がったような感覚だ。相反する属性が相殺しあうのだ。常時魔力が、もっていかれる。次いで火球、水球、風球、土球、雷球。其々を指一本ずつに再現する。


「うは、シルちゃんえっぐ。初めてで出来ちゃうんだ。」

 褒めて貰えて嬉しい。けど此処が限界かも。

 額から汗が伝う。制御が難しすぎる。属性別に展開するだけでやっとと言った所か。こりゃ増幅なんて無理だぞ。—―ちょ、あ。思考が乱れ、保てなくなった球達は霧散した。いや消された?僕は集中して見ていた両手からミレーネ姐さんに視線を移した。


「火球とかは良いけど、水と土は部屋汚しちゃうから。シルちゃんごめんね?」

 やっぱり。ミレーネ姐さんは両手を合わせて謝罪姿勢ポーズをしている。父さんルイですら母さんマリアに対して謝罪する時は、後頭部に手を当てたり頭を下げるくらいだったのに。女キャラがすると可愛い謝罪姿勢ポーズの典型みたいなのをリアルで行くか。

「寧ろ汚さなくて良かったです。お手数お掛けしました。—―正直球作りだけで手一杯です。でも、これ物凄く良い修行法ですね。」

 属性別攻撃魔法を同時展開することって、思い返せば初の試みだ。取り敢えず魔力を使い切ろう……なんて今思えば修行方法としては粗だらけだ。

「でしょう?これはあたしが考案したの。ぜひ真似てみてね。」

「ありがとうございます!頑張ります!」

 ミレーネ姐さんが考案したという話なので、修行法を《ミレーネ式》と勝手に呼ぶことにした。僕はこの日から修行方法を《ミレーネ式》に換えることにした。


 ほくほく顔でミレーネ姐さんの個室から出ると船内が騒がしいことに気づいた。結構な人数が慌ただしくしているらしい。食堂から船内2Fである住居区画エリアに外套連中を担いで降りてくるではないか。よく見れば担いでいる船員の白を基調とした服は土泥や血で汚れている。


「あら、騒がしいと思ったら――。あたしも、もしかしたら駆り出されちゃうかもなぁ。」

 背後から、さっきまで話していたであろう声の持ち主が呑気に仕事が増えそう、と憂いていた。

「ミレーネ姐さんにとって仲間でしょう?今から助けに行かないんですか?」

 思わずミレーネ姐さんに疑問を投げかけた。

「くすくす、あたしは裁縫師として今は船に乗ってるの。それは救護班のお仕事よ。彼等はその為に船に乗り込んでるのよ?応援が必要ないのに出張ってもねぇ。状況が逼迫するならお呼びが掛かるだろうからあたしは部屋で待機ね。」

 ちょっと困り顔で、ミレーネ姐さんは僕の問いに答えた。

「ああ、そうでしたね。」

 まあ僕を拉致した国の連中――実行部隊員が怪我をしたってことはシア王国が善戦したということだろう。それなら構わないよね。怪我人イコール救助対象かと問われると――否だ。正直僕は助けようとは思わない。僕の返答はさっぱりとしていて薄情かもしれないな。

「んん、確かに、薄情に見えなくもないものね。」

 ミレーネ姐さんは「そうよねぇ……。」と小声で呟くと僕の頭を一撫でして、部屋に戻っていった。

 そして僕は暗に仲間ではない、と言ったようなものだと気付いた。今すぐ帰ることを諦めたとはいえ、心の奥底で思っていた――拉致された側の立場スタンスで喋ってしまったのは失言だったろう。ミレーネ姐さんは黙認してくれるのだろうか。撫でてくれたのは優しさと同情か。

 

 人通りが多くなってきているので、小柄な身体を活かして脇を通り抜ける。僕は自室に帰った。気分を切り替えて《ミレーネ式》に励んだ。この日は魔力が尽きるまで、打ち込んだ。大量の土くれと水塊は【収納魔法インベントリ】にぶち込んでいる。なけなしの魔力を【収納魔法インベントリ】の拡張に全振りして就寝した。


「ふぁ~!よく寝た!」

 瞼を擦り、昨日大量に作った水塊の一つに顔を突っ込む。ごしごしと綺麗さっぱり。【収納魔法インベントリ】から雑草ハブラシの葉を一枚取り出し歯磨きも済ませる。

 扉を開けると、男が腕組みして立っていた。この細目に茶髪――目の前にはチータがいた。

「おはよう。チータ先輩。何か用ですか?」

 上を見過ぎて首が捥げそうだ。

「ああ、お嬢。今日は、その掃除も大事なんだが……。【回復魔法】って使えるか?」

 はて。僕は首を傾げてしまう。

「んー大したことは出来ないけど【回復魔法】はちょっとだけね。」

「……取り敢えず来てくれないか?」 

「うん、わかった。」

 了承すると、チータは僕を抱っこしてエスコートしてくれる。頼んでるわけではないが、チータと行動する時は、大概抱っこ移動なのでもう習慣みたいなものだ。



 起きて早々連れて行かれたのは食堂を抜けて、甲板である。船はどうやら移動しているみたいで海風が心地いい。細かい傷をそれなりに負っている外套を身に付けた連中が十とちょっと。斬られたのか腕や足が捥げたりしている連中が数人。僕とお揃いの白を基調とした青のラインが入った船員服を着ている人達も何人か怪我をしているのか服が血で汚れている。


「此処にいる連中は死にはしないような怪我をした軽い怪我をした奴等、道中止血して手当が後回しでも問題ないと判断された奴、非戦闘員がちらほらいるが――ああっとシル嬢と同じ服着た奴等な。救護班は今集中治療が必要な奴等にかかりっきりでな。ちょっとばかしみてくれねえか?」

 なるほど?清掃員こと雑務担当の僕の出番が来たわけね。

「チータ先輩、任された。」

 取り敢えず、怪我の具合を診療し始めた。もちろん手足が捥げてる組からだ。チータ先輩のだっこから解放された僕は傷口を見る。

 第一症例ケース。黒い肌――黒人だ。スキンヘッドの筋肉漢の前腕部分の右腕が無くなっている。断面は肉が潰れている。骨はちょい見えって所か。R18指定もんだこれ。紐で固く縛っており止血されている。僕はこれを見て腕組みして少々考える。

「これって生え治すのが正解なの?傷口をそのまま治してしまえばいいの?」

「……は?」

「は?生え治すって何?」

「あ、了解。」

 怪我人――スキンさんもチータ先輩も同様の反応だ。強いて言うならスキンさんはちょっと期待の色が目に宿ったような気がする。気がするだけだ。ああ、きっと気のせいさ、ははは。

 患部に両手を添えて、【回復魔法】で消毒サニタイズ治癒ヒールを使う。因みにだが、両手を添える意味はない。ただ聖女っぽくみえるでしょう?みるみる内に潰れた肉が見えなくなり皮膚が覆う。

「ちょ、中断、中断。生え治すって何?」

 チータが再度僕に質問してくる。傷が治ったというのにスキンさんは何故か、がっくりしている。

「そういう魔法でもあるのかと思って。あるなら私が処置するより出来る回復要員がやればいいでしょう?」

「ほんとか?ほんとは出来るけどしないだけか?」

 チータは本当に疑っている。

「出来るけどしないだけ。」

「シル嬢ッ!」

 僕はチータに肩を強めに掴まれる。掴まれた肩はちょっと痛いが服の方が悲鳴を上げている。

「今は全員の傷を塞ぐのが先決でしょう?全員分の欠損部位治そうとしたら魔力足りないから無理だよ。時間も掛かるし。」

「そ、そうか。すまない。」

 僕の言ったコトで熱くなった頭が冷めたようだ。チータは肩を掴んだ手のチカラを緩め、謝罪してきた。

「いいよ。じゃ、次いこ。次!」

「お、おい!(傷を治してくれて)ありがとう。」

 あ、治したお礼ね。スキンさん「どういたしまして。」とだけ言って僕は次の治療に取り掛かった。

 第二症例ケース。茶髪の長髪を三つ編みで一本に纏められた女性だ。左足が、ぶった切られている。太腿から下がない。痛みで苦しんでいる。断面は無理やり焼いたようだ。そりゃ痛いよ。

消毒サニタイズ新陳代謝促進メタボリズム治癒ヒール痛み止めペインキラー。」

 焼かれた部分は古くなり、ぽろっと取れる。痛みが和らいだことで目を瞑ってうなされていた女性の表情は和らいだ。ツンとした汗の匂いは「水球ウォーターボール」と唱えて水球をバシャバシャかけた。因みに患者第一号のスキンさんにも掛けてあげようと思ったのに、彼はもういなかったので僕の頭の上で待機中だ。水浴びが好きなのだろうか。自分の臭いが気になっていたのか、ほんのちょっぴり頬が赤く染まっている様な気もしなくもない。本人は目を瞑っているので、寝ているってことにしておこう、そうしよう。寝ている相手なのだからお礼なんてなくて当然だよ。

「さ、次!」

 第三症例ケース。左手首や両下腿すねに噛み傷があって千切れかかっている淡青色の髪の女性だ。止血と固定だけされている。これはどう治すべきか。繋げられるブツがまだ付いてるのなら繋げるべきだよね………。

「あちゃ~。こりゃ大変だよ。」

 ちらっとチータをみる。

「治してやってくれ。」

 チータは頭を下げてきた。仲間に優しいチータくんの願いか。無碍には出来ないな、これが僕の左腕を斬り飛ばして脇腹もバッサリやった奴――バルバスとやらの願いとかだったら死んでもイヤだったけどね。

 「ちょーっと時間掛かるから。」

 清潔にするために頭の上の水塊を利用し、手首の傷口を洗う。固定してあるままに再生リジェネを唱える。元あった形に細胞増殖が始まり、神経も長掌筋腱も繋がっていってるようにみえる。成功かは分かりません。なんせ初の試みだから。まあでも僕自身の【再生】スキルを想像イメージしているので失敗はしない筈。想像どころか実際に【再生】スキルの効果は味わっているしね。左腕の見た目的な成功を確認し、両下腿にも同様の処置を施した。筋肉から腱やら皮膚やらが綺麗さっぱり治っていく。

「ふぅ~。おわりぃ。」

 受動的パッシブスキルを再現するのは思いの外、大変だ。多くの魔力を消費し、汗をかいた。水球ウォーターボールを患者三号と共に全身に浴びる。僕自身には脱水ドライ乾燥ドライをかけて水気は一掃しておく。患者達はくさいから変ににおいが染みついてもね?ちゃんとした清掃とかは自分でできるよね?

「おい、動かせるか?」

 チータは患者三号に語り掛けた。

「……う、うごく。ありがとう、ありがとう。」

 患者三号はおそるおそる動かした。結果は――上手くいったようだ。泣きそうになりながらチータに報告している。

「ま、まじか……。」

 チータがまじまじと患部だった場所を、よく見ようと近づこうとした。僕は患者三号かのじょも臭いがキツいことを忘れていない。

「ばか!へんたい!」

 しゃがみこんだチータの顔に平手打ちをかます。がパックステップを踏んで避けられた。ま、遠ざける事には成功したか。がるるると威嚇していると、泣きそうになって喜んでいた患者三号も恥ずかしくて頬を朱に染めている。ええ、これは朱に染めてますわ。言い逃れ出来ないくらいに。

「え、あぇ、あっとち、違うぞ!俺っちは疚しい気持ちとかじゃないぞ!」

「違うわ!匂いの問題じゃぼけぇ!」

「ふぇ、やっぱり臭い…?」

 もう目から涙が溢れ出しそうだ。決壊寸前、表面張力か何かでぎりぎり零れてないだけだ。

清掃クリーン洗浄クリーン消臭デオドラント除菌リムービングバクテリア脱臭デオドラント抗菌デオドラント!……チータの尻拭いのせいで余計な魔力を使わされた……!!」

 僕はキっとチータを睨む。

「あれ、……スンスン。臭かったのに。服も臭くない……?」

 そりゃ、この春も過ぎて夏到来の時期に外套とか付けてたら蒸れるしお風呂なんて碌に入れないからくっさいのなんの。当たり前っちゃ当たり前なんだけどやっぱり女だね。身体や服装の匂いを嗅いでは確認している。

「わ、わりい……。気をつけます……。」

 チータが申し訳なさそうに謝った。前者は多分僕に、後者は患者三号に。

「あらぁ、なになにぃ?ちぃたぁくん。な~にやったから謝罪してるのぉ~?」

 女児と戦闘員とはいえ女性に謝っている男の図。パッと見、最低最悪だろう。しかも見つかったのが師匠とは。哀れ、南無三。

「ち、ちが……!」

「問答無用ッッ!!」

 余りにも速過ぎた徒手空拳でチータは海に沈んだ。キランって幻聴が聞こえたような気がした。

「二人とも大丈夫?何かされた?」

 チータを吹っ飛ばした師匠――ミレーネ姐さんは僕達の下に駆け寄ってきた。

「あ、チータが、患者三ご…こほん。この女性の匂いを嗅ごうとしてたんで、平手打ちをかましたんですけど、見事に避けられましてね。そしたらミレーネ姐さんが仇を取ってくれたって感じです。ありがとうございます。」

 僕の平手打ちを避けなければこんな事にはならなかっただろうに。チータよ、恨むなら自分を恨め。

「あんの、ませがきぃ!成敗して正解だったようね‼」

「あ、でも治ったのを確認するって気持ちもあったみたいですよ。」

 一応彼の弁明フォローもしておいてやる。

「そういえば、貴方手首とか下腿すねとか齧られてなかった?」

 ミレーネ姐さんは患者三号の容態を一度は診ていたようだ。

「ええ、そうなんです。もう切断かな……って思ってたんですけど、此方のお嬢さんが治してくれて……!」

 患者三号は嬉しそうに立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねて、後転が不調の奴の部屋へ突撃、いや凸撃。ミレーネ姐さんは美容目的で作ったヴァイタミンを数年分は腰に提げられた魔法袋マジックバッグに詰め込んでいたらしい。

「これで、治るんですか?」

 部屋の主こと船員Aは闖入者に渡された怪しい薬をまじまじとみている。

「ええ、多分ね。シルちゃん、これ一錠で足りる?」

 僕を床に降ろしてくれたミレーネ姐さんは用法用量を聞いてきた。

「ええ、ヴァイタミンは一日に吸収できる量って決まってた筈なので一度に一杯服用すればいいってもんじゃないです。一日一錠で大丈夫な筈。たぶん?」

 いや製作者のミレーネ姐さんが海軍病になってないんだから、普段服用してる分渡せばいいのに。ケチったんか?そうなんか?それとも薬も飲み過ぎれば毒になるってことでの確認か?

「これを毎日一錠……信じて飲んでみます。自分の為にありがとうございます。」

 どうせ飲まなかったら死ぬだけだ。病人丸出しの船員Aは希望に縋るように頭を下げ、薬を服用した。

「よーし、じゃ!がんがんいくよ!!」

 ミレーネ姐さんは何処で気合が入ったのか、再度肩に担ぎ直される。ちょ、まてよ。あああああ~~~~~~~~~~~~!!!


 今日一日やる事なんてあってないようなもんだったが、魔法云々は?連れ回された上に、報告まで付き添わされた。誰にって?フィリア団長によ。またやらかしたか、とチータは後ろでニタニタしている。

「取り敢えず、事後報告だけど――海軍病の特効薬が見つかったかもしれないから。試薬の段階だけど症状が出てる人には服用してもらったわ。」

 特効薬って、間違ってないけど元美容薬じゃん。いや栄養機能食品じゃん。あんた主目的が美容だったじゃん。

「……。海軍病は退役後、快方に向かう者がいないわけではないが、その理由は定かではなかった筈だが?」

 フィリア団長の目がクワっと開いている。いやパキってますわ。

「まだ試薬として服用してもらっただけなのだわ。そんなに期待されても困るのだわ。」

 まあ、落ち着きなさい。とミレーネ姐さんは言う。フィリア団長のお熱な視線を一身に浴びるのが嫌みたいだ。

「何をいう。元魔術師会理事殿が直々に調合した薬だろう?貴殿はこの手の冗談を言うのを毛嫌いしている。つまりは本当に試薬が完成したかもしれないということだろう?もしそれが本当なら我が国に蔓延している海軍病を治すだけで屈強に育てた兵士がどれほど現役復帰できるのか……他国の子どもの保護――いや拉致などせずとも、良くなるぞ?」

 フィリア団長は早口に捲し立て喋る。興奮しているのか。

「—―それで、シル。なぜ貴様もここにいる?」

 おおう。今度は私の番か。怖いのでありんす。

「えーっと。ミレーネ姐さんの話を聞いて海軍病がどうして罹るのか――理論を考えたのが私で、その薬を作ったのがミレーネ姐さんって言う感じです……。」

 背中から汗が噴き出る。相変わらず緊張感半端ねえ。そんなに鋭い目つきで見ないで。蛇ににらまれ――いや鷹に睨まれた僕…ちびりそう、あ、ちびりました。

「—―ほう?」

「そう言う事なのだわ。つまりあたしとシルちゃんの功績になるかもしれないのだわ!それだけ言いに来ただけだから!結果が出たらまた報告に出向くのだわ!それじゃお暇しましょ、シルちゃん。」

 僕はミレーネ姐さんが差し出してきた手を最速で握る。そして左足を引いて華麗にお辞儀をするミレーネ姐さんのみようみまねお辞儀を駆使して船長室から退出する。


「相変わらず、あの人といると堅苦しくて窮屈なのだわ。」

 ミレーネ姐さんも苦手らしい。名前を濁したあの人。ヴォルデモー…いやフィリア団長は名前を言ってはいけない例の人と同じ扱いなのかもしれない。

「私も苦手……圧が……圧が……ふぅ。」

 しれっと魔法でお漏らしはなかったことにした。既成事実の隠蔽……いや除去。お漏らしなんてなかった。


「あたし達、気が合うのだわ。どっと疲れたけどあたしの部屋で魔法のお勉強する?」

 逡巡してしまう。精神的に疲れただけだ。甘えるな!僕は自身に一喝してから返答をした。

「手解きの程、よろしくお願いします。」

 


「魔法を行使するにあたって大切なのは魔力そのものの制御コントロール・増幅・具象の明確化よ。制御コントロールは言うまでもなく、魔法そのものを制御コントロールすること。」

 ミレーネ姐さんは「こんな感じね」、と左手で闇と光の混合球を作り出す。そして右手を開いて火球、水球、風球、土球、雷球を五指の其々に作り出した。

「そして増幅――純粋な魔力量を普段より込めることで威力を底上げすることね。」

 それを小さく――濃縮したのが分かった。全て均一に小さくなり、色が濃くなった。顕著なのは風球が透明から真緑に変化したことか。闇は紫から漆黒へ、光は黄白から純白へ、火は赤から青へ、水は薄青から深青へ、土は茶から焦茶へ、雷は淡黄から濃黄に。一つ一つの魔力密度が高くなっているのが分かる。感覚的な表現しか出来ないが当たったら死にそう。

「気を付けるべきポイントは、魔力を緻密に練り上げて凝集しなきゃいけないの。無駄に魔力を注ぎ込むだけじゃダメ。最後に具象の明確化――これはその魔法がどういった作用を及ぼすのか。想像力イメージがどれだけ鮮明で詳細か。」

 ミレーネ姐さんが最後の説明を終えると、混合球と五球は霧散した。

「じゃあ、シルちゃんやってみてほしいのだわ。」

「うん!」

 

ステータス


シルフィア


Lv.1 【ランクアップ可能】


力:C→B 650→720 耐久:D→A 596→802 器用:SS→SSS 1010→1233 敏捷:D→C 587→666 魔力:SSS 1656→1893 幸運:E→C 495→601


《魔法》


【水属性魔法】【風魔法魔法】【土属性魔法】【火属性魔法】【雷属性魔法】【光属性魔法】【闇属性魔法】【回復魔法】【生活魔法】【収納魔法】


《スキル》


【再生】【獲得経験値五倍】【鑑定】【遠見】【魔道具製作】


《呪い》


【男性に話し掛けることができない】


 これが今のステータスだ。これでどれだけの事が出来るのか、ちゃんと覚えておかないとね。

 —――先ずは、闇と光の混合球。二属性を混ぜ合わせて制御するのに吃驚してしまいそうになる。代謝がぐわっと上がったような感覚だ。相反する属性が相殺しあうのだ。常時魔力が、もっていかれる。次いで火球、水球、風球、土球、雷球。其々を指一本ずつに再現する。


「うは、シルちゃんえっぐ。初めてで出来ちゃうんだ。」

 褒めて貰えて嬉しい。けど此処が限界かも。

 額から汗が伝う。制御が難しすぎる。属性別に展開するだけでやっとと言った所か。こりゃ増幅なんて無理だぞ。—―ちょ、あ。思考が乱れ、保てなくなった球達は霧散した。いや消された?僕は集中して見ていた両手からミレーネ姐さんに視線を移した。


「火球とかは良いけど、水と土は部屋汚しちゃうから。シルちゃんごめんね?」

 やっぱり。ミレーネ姐さんは両手を合わせて謝罪姿勢ポーズをしている。父さんルイですら母さんマリアに対して謝罪する時は、後頭部に手を当てたり頭を下げるくらいだったのに。女キャラがすると可愛い謝罪姿勢ポーズの典型みたいなのをリアルで行くか。

「寧ろ汚さなくて良かったです。お手数お掛けしました。—―正直球作りだけで手一杯です。でも、これ物凄く良い修行法ですね。」

 属性別攻撃魔法を同時展開することって、思い返せば初の試みだ。取り敢えず魔力を使い切ろう……なんて今思えば修行方法としては粗だらけだ。

「でしょう?これはあたしが考案したの。ぜひ真似てみてね。」

「ありがとうございます!頑張ります!」

 ミレーネ姐さんが考案したという話なので、修行法を《ミレーネ式》と勝手に呼ぶことにした。僕はこの日から修行方法を《ミレーネ式》に換えることにした。


 ほくほく顔でミレーネ姐さんの個室から出ると船内が騒がしいことに気づいた。結構な人数が慌ただしくしているらしい。食堂から船内2Fである住居区画エリアに外套連中を担いで降りてくるではないか。よく見れば担いでいる船員の白を基調とした服は土泥や血で汚れている。


「あら、騒がしいと思ったら――。あたしも、もしかしたら駆り出されちゃうかもなぁ。」

 背後から、さっきまで話していたであろう声の持ち主が呑気に仕事が増えそう、と憂いていた。

「ミレーネ姐さんにとって仲間でしょう?今から助けに行かないんですか?」

 思わずミレーネ姐さんに疑問を投げかけた。

「くすくす、あたしは裁縫師として今は船に乗ってるの。それは救護班のお仕事よ。彼等はその為に船に乗り込んでるのよ?応援が必要ないのに出張ってもねぇ。状況が逼迫するならお呼びが掛かるだろうからあたしは部屋で待機ね。」

 ちょっと困り顔で、ミレーネ姐さんは僕の問いに答えた。

「ああ、そうでしたね。」

 まあ僕を拉致した国の連中――実行部隊員が怪我をしたってことはシア王国が善戦したということだろう。それなら構わないよね。怪我人イコール救助対象かと問われると――否だ。正直僕は助けようとは思わない。僕の返答はさっぱりとしていて薄情かもしれないな。

「んん、確かに、薄情に見えなくもないものね。」

 ミレーネ姐さんは「そうよねぇ……。」と小声で呟くと僕の頭を一撫でして、部屋に戻っていった。

 そして僕は暗に仲間ではない、と言ったようなものだと気付いた。今すぐ帰ることを諦めたとはいえ、心の奥底で思っていた――拉致された側の立場スタンスで喋ってしまったのは失言だったろう。ミレーネ姐さんは黙認してくれるのだろうか。撫でてくれたのは優しさと同情か。

 

 人通りが多くなってきているので、小柄な身体を活かして脇を通り抜ける。僕は自室に帰った。気分を切り替えて《ミレーネ式》に励んだ。この日は魔力が尽きるまで、打ち込んだ。大量の土くれと水塊は【収納魔法インベントリ】にぶち込んでいる。なけなしの魔力を【収納魔法インベントリ】の拡張に全振りして就寝した。


「ふぁ~!よく寝た!」

 瞼を擦り、昨日大量に作った水塊の一つに顔を突っ込む。ごしごしと綺麗さっぱり。【収納魔法インベントリ】から雑草ハブラシの葉を一枚取り出し歯磨きも済ませる。

 扉を開けると、男が腕組みして立っていた。この細目に茶髪――目の前にはチータがいた。

「おはよう。チータ先輩。何か用ですか?」

 上を見過ぎて首が捥げそうだ。

「ああ、お嬢。今日は、その掃除も大事なんだが……。【回復魔法】って使えるか?」

 はて。僕は首を傾げてしまう。

「んー大したことは出来ないけど【回復魔法】はちょっとだけね。」

「……取り敢えず来てくれないか?」 

「うん、わかった。」

 了承すると、チータは僕を抱っこしてエスコートしてくれる。頼んでるわけではないが、チータと行動する時は、大概抱っこ移動なのでもう習慣みたいなものだ。



 起きて早々連れて行かれたのは食堂を抜けて、甲板である。船はどうやら移動しているみたいで海風が心地いい。細かい傷をそれなりに負っている外套を身に付けた連中が十とちょっと。斬られたのか腕や足が捥げたりしている連中が数人。僕とお揃いの白を基調とした青のラインが入った船員服を着ている人達も何人か怪我をしているのか服が血で汚れている。


「此処にいる連中は死にはしないような怪我をした軽い怪我をした奴等、道中止血して手当が後回しでも問題ないと判断された奴、非戦闘員がちらほらいるが――ああっとシル嬢と同じ服着た奴等な。救護班は今集中治療が必要な奴等にかかりっきりでな。ちょっとばかしみてくれねえか?」

 なるほど?清掃員こと雑務担当の僕の出番が来たわけね。

「チータ先輩、任された。」

 取り敢えず、怪我の具合を診療し始めた。もちろん手足が捥げてる組からだ。チータ先輩のだっこから解放された僕は傷口を見る。

 第一症例ケース。黒い肌――黒人だ。スキンヘッドの筋肉漢の前腕部分の右腕が無くなっている。断面は肉が潰れている。骨はちょい見えって所か。R18指定もんだこれ。紐で固く縛っており止血されている。僕はこれを見て腕組みして少々考える。

「これって生え治すのが正解なの?傷口をそのまま治してしまえばいいの?」

「……は?」

「は?生え治すって何?」

「あ、了解。」

 怪我人――スキンさんもチータ先輩も同様の反応だ。強いて言うならスキンさんはちょっと期待の色が目に宿ったような気がする。気がするだけだ。ああ、きっと気のせいさ、ははは。

 患部に両手を添えて、【回復魔法】で消毒サニタイズ治癒ヒールを使う。因みにだが、両手を添える意味はない。ただ聖女っぽくみえるでしょう?みるみる内に潰れた肉が見えなくなり皮膚が覆う。

「ちょ、中断、中断。生え治すって何?」

 チータが再度僕に質問してくる。傷が治ったというのにスキンさんは何故か、がっくりしている。

「そういう魔法でもあるのかと思って。あるなら私が処置するより出来る回復要員がやればいいでしょう?」

「ほんとか?ほんとは出来るけどしないだけか?」

 チータは本当に疑っている。

「出来るけどしないだけ。」

「シル嬢ッ!」

 僕はチータに肩を強めに掴まれる。掴まれた肩はちょっと痛いが服の方が悲鳴を上げている。

「今は全員の傷を塞ぐのが先決でしょう?全員分の欠損部位治そうとしたら魔力足りないから無理だよ。時間も掛かるし。」

「そ、そうか。すまない。」

 僕の言ったコトで熱くなった頭が冷めたようだ。チータは肩を掴んだ手のチカラを緩め、謝罪してきた。

「いいよ。じゃ、次いこ。次!」

「お、おい!(傷を治してくれて)ありがとう。」

 あ、治したお礼ね。スキンさん「どういたしまして。」とだけ言って僕は次の治療に取り掛かった。

 第二症例ケース。茶色の長髪を三つ編みで一本に纏められた女性だ。左足が、ぶった切られている。太腿から下がない。痛みで苦しんでいる。断面は無理やり焼いたようだ。そりゃ痛いよ。

消毒サニタイズ新陳代謝促進メタボリズム治癒ヒール痛み止めペインキラー。」

 焼かれた部分は古くなり、ぽろっと取れる。痛みが和らいだことで目を瞑ってうなされていた女性の表情は和らいだ。ツンとした汗の匂いは「水球ウォーターボール」と唱えて水球をバシャバシャかけた。因みに患者第一号のスキンさんにも掛けてあげようと思ったのに、彼はもういなかったので僕の頭の上で待機中だ。水浴びが好きなのだろうか。自分の臭いが気になっていたのか、ほんのちょっぴり頬が赤く染まっている様な気もしなくもない。本人は目を瞑っているので、寝ているってことにしておこう、そうしよう。寝ている相手なのだからお礼なんてなくて当然だよ。

「さ、次!」

 第三症例ケース。左手首や両下腿すねに噛み傷があって千切れかかっている淡青色の髪の女性だ。止血と固定だけされている。これはどう治すべきか。繋げられるブツがまだ付いてるのなら繋げるべきだよね………。

「あちゃ~。こりゃ大変だよ。」

 ちらっとチータをみる。

「治してやってくれ。」

 チータは頭を下げてきた。仲間に優しいチータくんの願いか。無碍には出来ないな、これが僕の左腕を斬り飛ばして脇腹もバッサリやった奴――バルバスとやらの願いとかだったら死んでもイヤだったけどね。

 「ちょーっと時間掛かるから。」

 清潔にするために頭の上の水塊を利用し、手首の傷口を洗う。固定してあるままに再生リジェネを唱える。元あった形に細胞増殖が始まり、神経も長掌筋腱も繋がっていってるようにみえる。成功かは分かりません。なんせ初の試みだから。まあでも僕自身の【再生】スキルを想像イメージしているので失敗はしない筈。想像どころか実際に【再生】スキルの効果は味わっているしね。左腕の見た目的な成功を確認し、両下腿にも同様の処置を施した。筋肉から腱やら皮膚やらが綺麗さっぱり治っていく。

「ふぅ~。おわりぃ。」

 受動的パッシブスキルを再現するのは思いの外、大変だ。多くの魔力を消費し、汗をかいた。水球ウォーターボールを患者三号と共に全身に浴びる。僕自身には脱水ドライ乾燥ドライをかけて水気は一掃しておく。患者達はくさいから変ににおいが染みついてもね?ちゃんとした清掃とかは自分でできるよね?

「おい、動かせるか?」

 チータは患者三号に語り掛けた。

「……う、うごく。ありがとう、ありがとう。」

 患者三号はおそるおそる動かした。結果は――上手くいったようだ。泣きそうになりながらチータに報告している。

「ま、まじか……。」

 チータがまじまじと患部だった場所を、よく見ようと近づこうとした。僕は患者三号かのじょも臭いがキツいことを忘れていない。

「ばか!へんたい!」

 しゃがみこんだチータの顔に平手打ちをかます。がパックステップを踏んで避けられた。ま、遠ざける事には成功したか。がるるると威嚇していると、泣きそうになって喜んでいた患者三号も恥ずかしくて頬を朱に染めている。ええ、これは朱に染めてますわ。言い逃れ出来ないくらいに。

「え、あぇ、あっとち、違うぞ!俺っちは疚しい気持ちとかじゃないぞ!」

「違うわ!匂いの問題じゃぼけぇ!」

「ふぇ、やっぱり臭い…?」

 もう目から涙が溢れ出しそうだ。決壊寸前、表面張力か何かでぎりぎり零れてないだけだ。

清掃クリーン洗浄クリーン消臭デオドラント除菌リムービングバクテリア脱臭デオドラント抗菌デオドラント!……チータの尻拭いのせいで余計な魔力を使わされた……!!」

 僕はキっとチータを睨む。

「あれ、……スンスン。臭かったのに。服も臭くない……?」

 そりゃ、この春も過ぎて夏到来の時期に外套とか付けてたら蒸れるしお風呂なんて碌に入れないからくっさいのなんの。当たり前っちゃ当たり前なんだけどやっぱり女だね。身体や服装の匂いを嗅いでは確認している。

「わ、わりい……。気をつけます……。」

 チータが申し訳なさそうに謝った。前者は多分僕に、後者は患者三号に。

「あらぁ、なになにぃ?ちぃたぁくん。な~にやったから謝罪してるのぉ~?」

 女児と戦闘員とはいえ女性に謝っている男の図。パッと見、最低最悪だろう。しかも見つかったのが師匠とは。哀れ、南無三。

「ち、ちが……!」

「問答無用ッッ!!」

 余りにも速過ぎた徒手空拳でチータは海に沈んだ。キランって幻聴が聞こえたような気がした。

「二人とも大丈夫?何かされた?」

 チータを吹っ飛ばした師匠――ミレーネ姐さんは僕達の下に駆け寄ってきた。

「あ、チータが、患者三ご…こほん。この女性の匂いを嗅ごうとしてたんで、平手打ちをかましたんですけど、見事に避けられましてね。そしたらミレーネ姐さんが仇を取ってくれたって感じです。ありがとうございます。」

 僕の平手打ちを避けなければこんな事にはならなかっただろうに。チータよ、恨むなら自分を恨め。

「あんの、ませがきぃ!成敗して正解だったようね‼」

「あ、でも治ったのを確認するって気持ちもあったみたいですよ。」

 一応彼の弁明フォローもしておいてやる。

「そういえば、貴方手首とか下腿すねとか齧られてなかった?」

 ミレーネ姐さんは患者三号の容態を一度は診ていたようだ。

「ええ、そうなんです。最悪切断かな……って思ってたんですけど、此方のお嬢さんが治してくれて……!」

 患者三号は嬉しそうに語っては立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねて、後転とびをしてみせた。

「すごいわね。手足の痺れとかもなし?」

 ミレーネ姐さんが患者の容態を確認がてら質問する。

「ええ、いつもの感覚と変わらないです。本当にありがとうね、小さな天使さん。」

 ぎゅうっと熱い抱擁をされた僕を手放した患者三号は船内に向かっていった。

 

「シルちゃんが手伝ってくれてたのね。ありがとうね。残りは?甲板にいる他の患者さんは?」

 ミレーネ姐さんは今北産業だから状況報告を求めてきた。

「ああ、残りは多分……軽傷の方達があそこに。」

 僕が指をさした方向にはそれなりに人がいる。軽傷者とはいえ、十数人もいる。

 大変だなぁっと思っていると、

範囲治癒エリアヒール

 ミレーネ姐さんがあっという間に治療をしてしまった。

「え?」

 余りに早すぎて治療を受けた軽傷者も確認しては困惑している。

「か!ん!しゃ!は!?」

 ミレーネ姐さんは感謝の催促のために声を張り上げた。

『あ、ありがとうございます。』

 軽傷者の皆さん、声を揃えての《ありがとうございます》イタダキマシタ。斉唱かな?


「さ、シルちゃんいこっか。いやー、お姉さん助かっちゃったな―。あの後、何刻かして案の定!呼び出し食らってねぇ。重傷者に【回復魔法】使ったり、【精神魔法】使ったり……あたしは都合のいい魔法士として雇われたわけじゃないっつーの!」

「はは、お疲れ様です。」

 ミレーネ姐さんは疲れているみたい。徹夜だったのかな?

「そのせいで徹夜しちゃったわ。あーでももう寝れる~。シルちゃんのおかげよ。ふぁ~ありがどうーー」

 ミレーネ姐さんは歩きながら伸びをしたり欠伸をしたりひたすら眠そうだ。抱擁からの頬擦りコンボを決めたミレーネ姐さんを部屋まで送り届けた。いや持ち帰られそうになっただけだ。


 今日は他に傷病者がいる所に案内されるかもしれない。僕は次なる指示を求めてチータの下へ戻った。


「シル嬢、あんまりだぜ……。」

「私は何もしてないよ。」

「助けてくれても良かっただろ?」

「チータ先輩にすら平手打ちを躱される私が助けられると思うの?」

「……、悪かった。」

 僕は海から這い上がってきたチータに【生活魔法】に分類される乾燥ドライを使ってやる。水浸しだったチータは急速乾燥にかけられた。その間、僕はチータと話していたのだが、め手が逆転したところである。責めてないけど。


「それで、他にやる事は?」

「あーじゃあ掃除しに回るか。」

 相槌を打つと、チータが先導して前を歩きだす。

「聞きたいことあるんだけどいい?」

「ん?なんだ?答えられることならいいぞ。」

「この船って何処に向かってるの?」

「あー、もうランバルト海洋王国に帰ってると思うぞ。」

「そうなの?じゃあ他の子ども達ももう船に乗ってるの?」

「ああ、いや。子どもの保護は失敗した。三勢力入り乱れるわけだからしょうがない結果っちゃ結果だけどな。でも0ゼロじゃない。二人いる。そいつ等の世話は予定通り頼む。」

「ふーん。おっけー。」

 僕はチータと歩き回って【生活魔法】でサクサク掃除して回る。ブラシでごしごしなんてしないんだぜ。魔力任せの魔法で解決よ。船内1F—―食堂から順に掃除を済ませていく。2Fフロアに清掃札が掛けられている所は少ない。怪我人の治療などに使われていたりする部屋が多々あったためだ。ポツポツと小部屋――いや個部屋—―いや汚部屋を掃除して、共有便所トイレの清掃も済ませた。

 船内3Fには檻のような区画がある。そこは簡素で何もない。収容所のような場所はそれなりに大きい。そこにポツンと隅の方で二人の子どもが身を寄せ合っていた。食事は提供されているようで、スープ皿やパン、お肉など食べて空になったであろうプレートが檻の前に置いてあった。

 

「おお、ちゃんと食べててえらいな~。」 


 チータは配膳されたご飯を彼等が平らげているのをみて安心したような笑みを浮かべながら言った。

 まあでも腹はどんな時にでも減るんだから食べるだろ。

 いや、拉致られた人の中には頑なに食べようとしない人もいるのかも?


「私、シル。はじめまして。お名前は?」


 檻を開け、中へ入る。男女の子ども達二人だけだと余りにも広い。返答のない二人に近寄る。端っこで身を寄せ合っている二人は警戒しているようだ。


「私も貴方達と同じでパパとママから引き離されちゃったのよ。同郷のよしみで仲良くして欲しいな。」

 自分の境遇が同じであることを説明した。これで仲良くなれる筈だ。

「……ドーキョーとかヨシミとか誰?貴方、悪い人達と同じ服着てるじゃん!そっちの仲間でしょう?馬鹿にして!嘘つかないで!私達をお家にかえしてよぉ…う、うっ、うぇ~ん。」

 女の子が上から下までじっと見てから感情が爆発したかと思ったら抑えきれなくて号泣。

「うぅ~。」

 女の子が泣いた事で男の子も泣き始めた。

 まずった。推定年齢五、六歳児相手についつい難しい言葉を使っちゃったわ。服装もまずったか。失敗だらけだわ。

「シル嬢、これがだぜ?」

 やれやれ、と身振り手振りで呆れを表現しやがって。

「そんじゃ俺っちは警備の仕事してっから。何かあったら甲板にいるから呼んでくれい。」

 チータは僕に手をひらひらと振ると押し付けるように、そそくさと戻っていった。

 僕は次なる一手に出るために、二人が泣き止むのをしばし待ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る