第16話:新生活②
何時間寝ただろうか。内部2Fの船内個室には窓はない。時計がないので、外の時刻は不明。寝過ごしたらどうするのか。食堂には時計があったっけ?僕は個室を出て、内部1Fにある食堂へ向かった。一日30時間で構成されている時計盤は36度毎に一刻を刻んでおり10分割された時計は新鮮だ。三周することで一日の終わりを示す時計の造りは三針時計のそれと同じ。秒針、分針、時針で構成されている。示している時刻は短針が四刻目を過ぎ、長針が四刻目を過ぎている。元の世界的に言うと、四時二十五、六分ってところかな。一刻は一時間を示している。一刻というのだから、時針ではなく刻針なのは分かる。分針と秒針は何というのだろうか。ふと、疑問に思っていると――。
「どうかしたのかい?お嬢ちゃん、お腹は空いてる?」
優しく声を掛けて来てくれたのはザ・食堂のおばちゃんみたいな割烹着を着た妙齢の女性である。
「あ、えっとこの時計の短針――刻針は分かるんですけど、長針とやけに早く時を刻んでいる細針は何て言うのかな?って思ってみてました。」
「ありゃ、嬢ちゃん物知りなんだねぇ。あたしゃこのちびっこい針が一周するごとに朝昼夜を示してることくらいしか分からないよ。」
「そうなんですか。じゃあ細針を秒針、長針を分針って私が勝手に言ってても変じゃないですか?」
「そうだねえ、多分誰も気にしないよ。それでお嬢ちゃん、ご飯にするかい?」
「あ、ご飯頂きます。」
この食堂の叔母ちゃんの教養がないだけか、詳しいことは分からなかったが、まあいいだろう。なんたってご飯にありつけるからな。
「はい、よ。お代わりしたくなったら言いなね。」
ランチプレートを受け取ると、ありがとう。とだけ言って空いている席に着く。毒でも入ってないか、【鑑定】スキルを使う。ランチプレートには丸パン、何かしらの下拵えで漬け込んだ
「お嬢、寝れなかったのか?」
食後。ふらふらと船内探索兼、魔法掃除でもしているとどこからともなく現れたチータ先輩が声を掛けてきた。服装が変わっている。外套を脱いで、船員と同じように白を基調とした青のラインが袖に入っている七分丈の上着と長ズボンの船頭服だ。
「おはよ、気配消して忍び寄る必要ってあるのかしら?」
「いやー忍び寄ってなんて人聞きの悪い。俺っちがずっと一緒ってのもどうかなーってね。食堂のオバちゃんとは仲良さそうに見えたぜ?」
「それは食堂の時から尾けてたことよね?」
「うぐっ、ほら一応お嬢が逃げ出したりヤケ起こしたらさ?」
ま、言いたいことは分かる。どこへ行っても人の目はあるものの連れ去られた子が悠々自適に歩き回ってるわけだ。通りすがりの筋肉達磨船員達にも魔法で掃除している所も見られている。
「あ、そうそう。お嬢にも替えの服用意したんだぜ?採寸したわけじゃないから手直ししてほしい部分があったら遠慮なく言ってほしい。ってな。」
「ありがと。これは助かるかな。」
手渡された服はチータが今着ている船頭服と同じもののようだが、子どもサイズになっている。
「それじゃ、ちょっと着替えてくるね。」
「おう。部屋の前で待ってるわ」
「覗かないでよ?」
「覗くかっ?!」
チータが食い気味に否定しているのを軽く聞き流し、個部屋に戻って着替え直した。緑を基調とした膝丈の上着、シャツとショートパンツに下着を【
「どう?」
「おー。サイズは良さげか?俺っち達と一緒だな。ちびっ子船頭ってか?お嬢が着ても、なかなか似合って見えんぜ?」
「ありがと。サイズは手直しする程じゃないね。それより今って朝?昼?夜?甲板に出てないから分かんないんだけど。」
「あー。今は朝の……四の刻と五の刻の間くらいか?俺っちが子どもの頃はぐーすか寝てたけどな。二度寝でもすっか?」
「あー、んん。充分、寝たから。今日やることは?」
チータは困ったなー、とポリポリと顎を掻いている。
「いや、それがな。ぱぱっと魔法で掃除を済ませちまうもんだから特になぁ。一応、裁縫婆にでも挨拶しにいくか?」
やることがないのか。
「じゃあ、お願い。今後もお世話になるかもしれないしね。」
「おっけーい。っつっても、この2Fの自室に引き篭もってるから大して移動しねーけど。」
直進して、上階に繋がる階段を突っ切って一番端。真逆に近いくらい離れてたが、50メートルもないくらいに位置する個室には裁縫師と書かれた表札が付いている。これは間違いようがない。
ノックをして、チータが扉外から呼びかけた。
「おーい、嬢ちゃんを連れてきたぞー。」
「—――!」
扉が勢いよく開かれる。幸い、内開き扉なのでチータの顔面に扉が
中から出てきたのは、二十代後半から三十代前半の女性だ。目と目が合う。瞳は麗黄色で澄んでいる。宝石かな?髪も金よりかは淡黄色。
「はじめまして。私、シルって言います。」
「あら、シルちゃんって言うの?可愛いらしい名前ね!あたしはミレーネって言うのよ。数少ない女性船員同士仲良くしましょうね!」
挨拶で名乗るのは基本だろう?二人は自己紹介を早々に済ませ、頂いた服についてお礼を述べようとした矢先。
「ちょ、お嬢?!シルって名前なん?!俺っち達には名乗らなかった癖に婆には名乗るとかナニゴトォ、グベブフォ!!?」
そういや気が向かなかったから――いやお嬢呼びでいいやって思って名乗ってなかったんだったわ。それでも個人情報保護法なんて無いだろうから自衛の為にフルネームで名乗るのは辞めておいたんだけど、そんな事を知らないチータは物凄い剣幕で僕に言い寄ってきた。でも言葉が悪かったな、この年頃の女性に
「ふぅ、散らかっててごめんなさいね。採寸は済んだけど、まだまだ身体は成長していくからこれからもコマメに測ってもいいかしら?」
願ってもない申し入れだ。僕は二つ返事で承諾する。
「ミレーネ姐さんに手直しとかの――服飾関係を任せられるなら願っても無い事よ。うれしいな。」
「ミレーネ姉さんだなんて……。かわいしゅぎぃ~‼」
抱っこされた僕は頬擦りされ、抱きしめられた。—―ここが天国か?美女にこんな事されたらぼかぁ、もう満足ですたい。
「何時でもいらっしゃいね。ミレーネお姉ちゃんなら大抵此処にいるからね!」
「えへへ。うん!ミレーネ姐さんまたね!」
極楽浄土のような時間に癒されて出てきた僕に、何か言いたげだったようなチータ君の視線は
「なあ、
何かとはなんだ。
「特には?それに婆じゃなくてお姐さんでしょう?また殴られても知らないよ。」
「いや、見た目は若作りしてっけど……あの人は四代前から王宮魔術師指南役、特別相談顧問、魔術師会理事、料理人、で今は裁縫師としてランバルト海洋王国に仕えてるんだぜ?王達は大体70年前後生きて台替わりしてんだ。どんなに若くても三桁は超えてんだよ。エルフでも何でもねーのにあの若さは異常だろ?そんな奴に姐さんは無理があるっつーの。」
おおう、まじかよ。どっからどうみても結婚適齢期の美女だったぞ。
「因みになんだけど、あの年頃の見た目だと結婚って行き遅れ?」
チータが相手なので言い方は気にしない。ド直球で価値観を知るために質問を投げる。
「ん?いや、寧ろモテるな。人生で一番モテるんじゃねーか?二十代前半とかだと若すぎてやりたいことを碌に出来ずに子育てとかに入っちまうからな。恋愛だって酸いも甘いも経験が足りねーと家族を形成してから遊びたくなんだろ?だから基本的に若い内は遊び。あのくらいの27くらいから本格的な婚活を目的としてモテ始める。くひひっ、お嬢はマセガキだったんだな。」
はあ、お前は一言余計だな。キッと睨むだけにしてやった。それじゃ、ミレーネ姐さんは敢えてモテ期の歳に調節してたりするのかな?
「こほん。私の事は悪く言ってもいいけど、ミレーネ姐さんの呼び方はちゃんとした方がいいよ。チータの話じゃ、王宮魔術指南役とか特別相談顧問とか魔術師会理事とか如何にも凄そうな役職に付いてたことがあるみたいだし。尊敬とか込めて《ミレーネさん》とか《ミレーネ様》とかでもいいじゃん。」
我ながら至極まともな事を言った気がする。チータもバツが悪そうだ。
「いや……俺っちは、その……。ま、いいじゃねーか!そのくらい気心が知れてるから許されてるってことでな!」
こりゃ、何かあったんか?まーでも許されてないから殴られてんだろうに。これ以上は何言っても無駄かな?
「あ、そうそう。気になってたことあるんだ。」
「ん?」
僕の露骨な話題転換にチータはノってくれるようだ。あまり深堀はされたくないらしい。
「時計が食堂に置いてあるでしょう。それの針の呼び方っていうか何刻何分何秒って分かるじゃん?アレ、三針時計だし。で、私は短針を刻針、長針を分針、細針を秒針って呼んでるんだけど、ランバルト海洋王国でもそうなの?」
「え、お嬢……お嬢って本当にお嬢さんなのか?どこかしらの貴族令嬢か何かなのか?」
チータが動揺している。ランバルト海洋王国では時計の読み方を知っているのは貴族だけ?んなばかな。みんな分かった方が流石に良いに決まってる。
「いや、私はただの村娘よ。」
「………。」
チータは胡散臭そうに僕を見た。そして横抱きに担ぎ上げると何処かに向かって疾走した。
どうしてこうなった。
チータだけならまだいい。なぜ女海賊船長――いやフィリア団長まで付いてきているのだ。食堂でご飯を食べている船員にも緊張が走っているような気がする。
「では、説明してもらおうか。」
フィリア団長の鋭い眼光が僕に突き刺さる。串刺しだ。
「…えっとですね。この短針が刻針で十分割されてる、この目印が一刻、これが二刻、‥‥でこれが十刻を示してます。一刻は60等分されていて、それの一刻み分まで正確に教えてくれるのが長針――つまり分針です。一つ進むごとに一分、二分と……今は丁度七刻を指しているので四二分――六刻四十二分です。では、一分はどうしたらなるのか――細針が一周したらです。これも60等分されていて、一秒、二秒と数えます。私の家では、数え方に倣ってこの細針は秒針と呼んでました。この……いえ、世界は三十刻で一日が終わります。なので三周したら一日が終わり、そして始まるという訳ですね。」
僕の説明に関心と感心の声が上がる。食堂のおばちゃん含め、船員達も聞き耳を立てていたようだ。
「なるほど。これがそれ程まで正確に
フィリア団長も目を細め、感心したような口ぶりだ。チータも時計の見る目が変わったかのようにまじまじと時計を見ている。
「で、私が聞きたかったのは、長針、秒針の言い方です。ランバルト海洋王国でもそのように呼んでいるのでしょうか。もし他に言い方があれば教えて欲しいと、チータ先輩に聞いたんですけど……。」
僕が非難の目でチータを見る。ここまで大事になったのはお前のせいだぞ、と責めているのに当の本人は時計の夢中とな。
「こいつに学はない。それとランバルト海洋王国の貴族連中でも時計の活用方法なぞ知らんだろう。我々は一周すれば、朝。二周すれば、昼。三周で夜程度の意味を持っている。くらいの知識しかないよ。《私の家では》と言っていたな?それはどういう意味だ。」
「私は四歳で、ただの村娘です。深く交流があったのは同い年の子と両親くらいです。朝はママの手伝い、お昼は友達と遊んで、夜には家族で夜御飯を食べ、入浴して寝る――それが私の世界だったので、他の家の事情には詳しくないってことです。」
子どもらしい生活を送ってきただけ、と説明をしたら、がや達は「そうだよな」とか「うんうん」などの肯定的な反応をしている。
「それもそうか。—―で、そこまで高等教育を受けていて、貴族令嬢ではないと?」
「はい。私はただの村娘です。開拓民の娘ですよ。」
「分家という可能性は?もしくは隠し子……?」
あるわけない。そんな話は聞いたことすらない。前世の知識で時計についてちょっと講釈したまでだ。僕は頭を横に振るのみ。そもそもこの時計自体、この世界の産物だろうに。なぜ此方の世界産のものなのに知らないのか謎だ。
「ランバルト海洋王国では時計の常識について教えられないのでしょうか?あれ、でも変ですよね?海軍船に取り付けられた時計があるって事は有用で且つ、それなりに普及している証拠では?そもそもこの時計は誰が作られたのです?製作者はちゃんと意図があってこうして作っているんでしょう?購入時、ちゃんと話を聞かなかったんですか?」
僕はフィリア団長に尋ねた。
「うーむ、良い疑問だ。話せば話すほど四歳児の村娘とは思えなくなるな。—―そもそも我が国で時計を作る細工師はいないはずだ。この時計はブリトリッヒ協商連合国の贈り物の内の一つでな。上納品の説明では朝、昼、夜を示すという代物なのだという話を私自身、船の長として聞かされている。贈り物を無下にすることは出来ないが、大して価値が見受けられないと思っていた物を城に飾るのもな?もしシルのように知っていたなら――あのいけ好かんブリトリッヒ協商連合国の大使が設置する際、自身の知識をひけらかすように説明していたことだろう。それに価値はもっと高く評価されていたに違いない。—――我がランバルト海洋王国の貴族ですら時計について詳しく知る者はいなかったが為に王家に飾る訳でもなく此処にあるのだ……。詳しく知っている者は作り手くらいか――邪推でいいなら――この手の変な置き物はマゼス魔公国の奇人が作り出したと思われる……。マゼス魔公国とはブリトリッヒ協商連合国を介して珍品が幾つか入ってくる程度の
フィリア団長が長々と語ってくれたのは、情報に価値があったからだろう。不敵な笑みを浮かべながら頭を撫でられた。小説展開とかなら強面女性の優しさに触れたらきゅんとくるところだが、ぞくっとした。もしかしたらやらかしたか?ええ?んん?因みにフィリア団長がシルと呼んだのはチータが船長室に連行した時に僕の事をシル嬢と呼んでいたからだ。
そんなことを考えていたら後ろから背中をぽんぽん叩いてくる野郎が話し掛けてきた。
「いやー、シル嬢!流石っすね。俺っち、団長が笑ったのも子どもの頭を撫でるような優しい一面がみれたのも新鮮過ぎたというか……!いやーうらやましいっすよ!団長の中じゃ、今頃シル嬢の評価うなぎ上りっすよ!重宝してもらえんじゃね?!大出世じゃね?!うひょーはんぱねー!」
テンション高すぎだろ。そこまでの事だろうか。マゼス魔公国では時計の知名度が如何ほどのモノなのか気になるな。奇人氏がマゼス魔公国の民にはちゃんと説明して売っていたら――普及していたら、単にブリトリッヒ協商連合国もランバルト海洋王国の皆さんも単に遅れてるってだけになるよね。
ま、時計は普及したほうがいい。既に誰かが開発しているなら猶更だ。
時計の一件から一月は経過しただろうか。
船内の掃除を済ませると、やる事もないので個室に引き籠っては魔力制御の鍛錬に努めている。不便な点というと、船内では身体を使って走り回ったり剣術を学べなくなったことか。木剣は実家にあるから素振りも出来ない。苦肉の策で、【雷魔法】で身体にも負荷を与え、ぶっ倒れるまで鍛錬する毎日である。倒れてもベッドの上、快適だ。だから倒れるというのは大袈裟か。筋肉痛で動けなくなるだけなのだから。交友関係でいうと食堂のおばちゃんはマーザさんという名前らしい。味付けについて無理だと思いつつも少しばかり薄味にしてくれないか、と言うと薄味用もあったようで食事の改善は一言で解決した。
「あーお腹減ったぁ。」
僕はベッドに寝転がって天井を見上げている格好だ。一体いつまで此処に停泊しているのだろうか。僕以外にも連れてくるんだったか。それにしても戦争が始まりそうとか知らなかったわ。流石、田舎!大都市に住んでいなかったのはある意味僥倖かもしれない。攻め込んでくる敵兵は都市部を攻撃したいだろうし。奥まっている上に大した土地の拡大も出来ていないタルク村が作戦拠点になることはないだろう。たった十数世帯の人間が住むのにやっとの場所で何百人規模の人間を置きはしないでしょう?数人とか十数人とかでいいなら正面突破でも事足りる位の少数精鋭部隊がいるなら村まで迂回する必要なんてない。家族が
狭い個室で一人武者修行していると最終的に思考が暗くなる。僕は考えてもしょうがないことと一旦思考を中断し、部屋を出て食堂へと向かう。
「あら、シルちゃん!!」
反対方向から小走りで、声を掛けてきたのは薄黄色の髪を靡かせたミレーネ姐さんだ。
「あ、こんにちは。ミレーネ姐さん」
僕は船内部1Fに続く昇り階段前で足を止めた。
「お久しぶりね!ぜんぜん会いに来てくれないんだから!」
「えええ。二、三日に一回は会ってるでしょう?」
ふんす、と鼻息荒く責めてきたミレーネ姐さん的に二、三日に一回では足りないのか。
「そうよ!足りないわ!毎日顔が見たいの!!」
ミレーネ姐さんは、「離さないんだから」と言うと僕に強制抱っこの刑を処してくる。美女に愛玩動物バりに愛でられて――悪い気はしない。
「毎日って……でも
途中、激しく頬擦りされて喃語みたいになる。修行したいという大事な部分はもう伝えるのを諦めた。
「弱いも何も三歳じゃない。でも~そろそろ魔法の一つでも練習してみる?」
「ふぇ?いやとっくに魔法は勉強してるよ?」
「にゃにぃ~!!」
う、ぐ、ぐるじい。
「あ、ごめんごめん。」
抱擁で死ぬとか勘弁して。貴方はアームストロングの家系の人間だったのか?
「それでシルちゃんはどんな事が出来るのかしら?」
「えーと、飛べたり消えたりママの生活の手伝いをしてたから【生活魔法】系なら一通り。それとちょろっと攻撃魔法も使えるかな。」
「………。」
ここでは驚かんのかい。ただ目が変わったような?いつも見る優しさ満点愛情一杯じゃなくて、真剣な目だ。
「ご飯食べたらあたしが見てあげる!こう見えてお姉さん魔法も造詣が深いのだわ。」
知ってる。チータが王宮魔術指南役だとか魔術師会理事についてたことあるって言ってたからね。なんだかんだ、ずっと独学だったから良い機会か。
「わかった!何か良い鍛錬が出来るなら……お姐ちゃん!教えてね!」
魔法に関して、初師匠はミレーネ姐さんになるのか。そんなことを考えていると食堂に辿り着いた。
「あら、ミレーネちゃんにシルちゃん。今日は二人一緒かい?仲が良いね」
食堂のおばちゃんことマーザさんだ。ちょっぴりふくよかでいつも割烹着を着た白髪交じりの栗色パーマが特徴である。
「まーねー。数少ない女同士、
「たまたま会ったんですよ。お腹の虫が鳴いて泣いて仕方ないので御飯を下さい、薄味セットでお願いします。」
冗談が苛烈になっていくのを脇で訂正する。ここ一カ月くらいで分かったがミレーネ姐さんは時々変な事言い出すんだよなぁ。
「今日は海向こうの山頂から採ってきてくれた新鮮な雪山菜を
イチオシは
『いただきます。』
丸パンを一口サイズに千切り、冷製
「この汁物が好きなのかしら?」
食べるのに夢中になっている僕にミレーネ姐さんが訊いてきた。
「おいひぃ~。
僕は一カ月ぶりの気に入った御飯に舌鼓を打つ。
「そうなのね。あたしは腹持ちさえすれば何でもいいや。」
意外だ。美容には関心があると思っていたのに。
「野菜はお肌に良いんだよ~。栄養が偏ると怖い病気にだってなるんだから。」
「ノンノン。食事は適度な量に満遍なく色々食べるのが大事なのよ。—―今なってしまうと怖い病気ねえ。海軍病とか?」
「海軍病って?」
フォークに突き刺した牛羊肉の焼肉を食べながら僕は話を促す。
「私はお医者さんじゃないから原因は分からないけど、症状なら?最初は手足のむくみとか全身の倦怠感ね。だんだん足元が覚束なくなって、歩くことも出来なくなって寝たきりよ。安静にしてても緩やかに亡くなっちゃうみたいよ。」
うーん、話を聞いてる限りじゃ脚気じゃないか。ビタミンB1の欠乏で起きるって言われてる奴だ。果物とか生野菜を取れば治るアレかー。地球でも長い事船員が罹る病気として苦しめていた病である。実に懐かしい病だ。
「私は、傷とか毒なら【回復魔法】でちょちょいのちょいなんだけどね。海軍病は魔法が効かないから怖いわよね。あー思い出したら船から降りたくなってきちゃったわ。」
ミレーネ姐さんは嫌な事を思い出したと、
「ミレーネ姐さんは薬飲まないといけない持病でもあるの?」
「……。」
ミレーネ姐さんは真顔で何も言わない。思わず聞いてしまったが悪かったか?誰しも訊かれたくない事ってあるのに、やっちまったかもしれん。
「あ、訊かれたくない事を訊いて気を悪くしたならごめんなさい!言いたくない事とかだったら今のナシで。」
僕は即座に謝罪した。後は返答待ちよ。
「……え、いや私が飲んだの、シルちゃんには薬に見えたの?」
「う、うん?だって丸薬か何かでしょう?」
「さっき飲んでたこれ。ヴァイタミンっていうの。」
現物をもう一錠取り出してみせてくれた。【鑑定】を駆使した結果――うん、ビタミン剤だわこれ。この世界でいう所の海軍病の特効薬じゃないか。
「なんだ、海軍病の特効薬はもう出来てたんですね。」
「………。これ、病気になった人にも効果があるの?」
「そりゃそうですよ。だって海軍病ってビタミンB1が欠乏して起きる病気ですから。そもそも生野菜とか果物を普段から食べられなくて栄養の偏りが起きるのが原因ですよ?このヴァイタミンって薬なら服用していれば治るに決まって……!」
思わずぺらぺらと喋ってしまった。だが、向かいの席に座るミレーネ姐さんの顔をみて後悔した。
「私、これ美容目的で作っただけの栄養剤なの。お肉とかパンとかが買えないことって飢饉
目がぎらぎらしている。ミレーネ姐さんの目が金貨に見える。おかしい、まぶしい。僕は簡単に肩に担ぎ上げられ、食事も途中で何処かへ連れ去られてしまったのだった。
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