第15話;新生活
森を抜け、山を越え、船に揺られて、幾星霜。
こんな生活を始めて、十五年が経ちました。私も今じゃ立派な外套野郎達の慰み者兼、雑用係として板に付いてきたところ―――なわけはないです。冗談です。ふざけてないとやってらんないです。幸せだった時間をぶった斬られたんだから。ああ、ぶった斬られたって言えば斬撃でまたまたぶった斬られましたね。
ええと?何がどうなったって?
小舟に揺られ揺られて馬鹿でかい船に乗った所です。
そして、船長室らしきところに外套野郎3、外套野郎1に抱っこされた私が入って行くところです。外套野郎2はタルク村を北上していきやした。つまり別行動です。
『失礼します。』
入る際、
「あんた達、帰ってくるのが早くないかい?都市街を襲って、子どもを攫う手筈だろ?」
べらべらとそんな事喋っていいんですか?って、船長室らしき所に鎮座する黒髪、Fカップくらいはありそうな胸よりも長い髪の合間――いや谷間をちらつかせた女海賊船長が睨みを利かせる。まるで蛇だわ。こっわいなあ、同じ女とは思えませんよ。ちょっとちびったわ。隊長格の外套野郎3ですら、ヤバいとは思っても膀胱は緩まなかったのに。もうなるべくしてなったとしか思えませんな!普通は道中目隠しとかされるもんじゃね?って僕もそう思ったけどさ、されなかったよ。何故かはすーぐ分かった。ゴブリン王とか、狼系上位種そうなのが玲瓏山脈にはいたよ。なんで上位種みたいなのって濁したか?【鑑定】できる敏捷さで移動してなかったからよ。敵対したら瞬き一つする前に死んじゃうね。雪男みたいな見た目の全身白毛のトロールとかもいたよ。白ゴリラって言った方が伝わるかな?後は氷の精霊ね。精霊って言っても全然可愛くないよ。
「いや、この嬢ちゃんは間違いなく神童レベルっす。この歳?そういや何歳なん?」
は?何の話?いつまでも抱っこという拘束をしてくる外套野郎1が訊いてきた。
「四歳。多分誕生日は来てるから四歳」
「うぉ、まじかよ!やべえな!ッッ‼えっとですね、それで実はその…俺っちこのコに追跡されてたっす。完璧すぎて不自然だったんで分かったんすけど。—―まあそれで一悶着あったんす。でも、道中魔物を倒してたくらいしか見られてなかったんで、逃がしても問題ないなってなって、お互い干渉しないことを決めたんす……。」
四歳児に興奮?!ドロリじゃ……?!ああ、状況説明ね。
外套野郎1は話が脱線しそうになり女海賊船長に睨まれると、事の経緯を掻い摘んで説明し始めた。そして言いにくそうに続きはゼレスにって。私を抱っこしたまま、外套野郎3を指さして言った。外套野郎3はゼレスって言うんか。—―覚えたぞ。
「このコは浮遊魔法を使いこなしていました。大規模全体攻撃魔法も確認しております。私は其処まで知り得ていませんでしたが――チータの話を聞く限りじゃ、気配遮断や隠形の類も使いこなせるとみていいでしょう。」
チータとな?初代外套野郎こと俺っちくん改め、チータくんと申したか。なるほどなるほど。こやつ、地味に狂人かと思いきや道中唯一僕に、いや私に気を遣ってくれた御仁である。—―まてよ、チータのせいで背中とか左手に小刀ぶっ刺さったんじゃなかったっけ。元はと言えば、こいつのせいだったわ。ほだされちゃダメだろ、僕!!ぺしんっと頬を殴りつけた僕にみんな、ぎょっとしたが、唯一女海賊船長だけは右眉がピクっと動いただけだった。
「それで?」
「チータの言う通り、神童レベルでしょう。天才は数だけの烏合の衆より、余程使えます。四歳ということなので、まだ幼子です。懐柔も容易でしょう。我々に必要な人材だと確信を以て、言えます。」
『…………。』
そっけない返事で催促した女海賊船長に、ゼレスが有用性を語る。ちょっとした沈黙が流れる。僕の奇行も相まって女海賊船長の値踏みは少々時間が掛かっているようだ。
「ゼレスが、そう言う程か。—―餓鬼!ならば、そのチカラ見せてみろ。」
「はぇ?」
急に話振られましたわ。なにしろって?私、自分のこと殴った後の話ちゃんと聴いてなかったんだけど?
「ち・か・ら・を……みせろー!」
「は、はいぃいぃぃい!」
「ふむ…無駄が多いように見えて、それだけ守りも手厚いのか。」
目を細めてまで、しっかり観察されてる?魔力が見えてんのかい?魔力が見えちゃったら魔術師の隠形とか簡単に見破れるんじゃ?
「…もしかして魔力の流れみたいなものが見えるんですか?」
恐る恐る女海賊船長に聞いてみる。
「?そんなものは見えん。それ、【風魔法】で
僕は、敵に使われても全くわかりやせんがね!なんだ?風を読むって。流れなら読むって聞いたこともあるような気がするけど、纏ってる風をどうやって読んでんのさ。ちんぷんかんぷんだから考えるのを止めた。
「他には?」
女海賊船長に催促されたので、
「完璧だな。これをどうやって見破った?」
女海賊船長はチータに問う。
「や、俺っちの時はお嬢ちゃんが追跡してきてたんですよ。」
「それじゃ、移動しみろ。」
言われるがまま、僕は移動する。
「なるほど。風だけが流れているな。これは不自然だ。ただ、動かなければ完璧だな。距離の取り方だけ気を付ければいい。」
ふむ。距離か。やはり何もない所の風が動いているって感じなのかな?近づいてなら溶け込むしかないのか?概念を変えるべきか。知ってるのだと床に溶け込むとかだけど……うーむ。でもそれをどう再現するのか、ちょっと想像できない。別空間に自分の体をすっぽり入れて隠れている場所は幻術みたいな?うむむ、ちょっと非効率だな。陰に溶け込むか?体が影に?分解と再構築を正しく行う為の知識が――そもそも生命維持活動できる…?うむむ?うーん、ちょっと頭が堅すぎて……。あ、《同化》があったか。言葉と
「
僕は、隠蔽と不可視だけを解いて、空中に浮いたまま女海賊船長と同じ目線で話す。
「お前は聡明そうだ。状況も理解して、――奇行には目を瞑るとして、その落ち着きなら問題ない。人手は幾つあっても困ることはない。それに――アタシを裏切ったら海の藻屑にしてやるからね。」
殺気を振りまきながら睨むのやめて。またちびったわ。僕、パンツの替えないのに。ぐすん。
「団長……、子どもにガチすぎますって…。」
「団長、それはやりすぎかと。」
チータとゼレスから批難と抗議の眼差しを向けられ苦言を呈される。
「クククっ。アタシだって相手は選ぶよ。このコはそれだけの価値がありそうだって思っただけさ。期待してるよ。」
バチっとウィンクされたんだが。よく見たら船長まつ毛めっちゃ長いわ。バサっの域かもしれん。恐怖なんだが。優しくしてくれたんだろうけど怖いんだが。ちびったんだが。パブロフの犬みたく癖になりませんように。もうなってる?なってないやい!
船長室(仮)を出た。生きた心地がしなかったわ。
今世紀最大の
「嬢ちゃんの人生、波乱万丈になりそうだな。」
俺っちことチータがそう語り掛けてきた。
「本当にね。私これからどうなっちゃうの?」
僕の質問に答えてくれたのは薄青色の髪のゼレスと呼ばれていた男だ。
「当分は船内の掃除やら食料確保の手伝いやらだな。雑用だ。俺達の国に帰ってからは訓練だろうか。」
真正面から見た顔は細めのきりっとした精悍な顔つきで、街であっても一般人とは思われないだろうなって――軍人の鑑みたいな印象を受けた。身長は180センチくらいだろうか。これは前世の世界に居たらモテますな。
「え、おじさん達、人攫いの海賊?じゃないの?国っておじさん達の故郷?のことだよね?指名手配とかじゃないの?街では大人しいの?」
「くっははは。そういえば、我々の素性について話していなかったか。我々はランバルト海洋王国に属している正規軍だ。軍人であり、決して人攫いなどではない。」
「いや、わたしのことは攫ってますよ。」
僕がツッコミを入れると、ゼレスのきりっとした眉尻が下がった。
「それは、成り行きが成り行きでな。本来は小規模の村々の子どもを連れ去る予定はなかった。いや《救出》する予定はなかったのだよ。」
「え、それってどういうこと?」
「話しても分かんないっすよ。これは国同士の争いのせいなんすから。俺っち達はお嬢ちゃんの国――シア王国を侵攻したいって思ってる国のやり口が気に入らないし、顎で使われるだけなのも癪だから子どもだけでも助けようって動いてる別動隊みたいなもんす。」
「子どもを助ける?わたしめっちゃくちゃ
「投擲は悪かったっす!でもそれ以降、俺っちは攻撃してないっす!殺すって言い出したのはバルバスっす!斬撃飛ばしやがって危ない目に遭わせたのもバルバスっす!嬢ちゃんが避けてなかったらどうなってたことか!」
あの。バルバスって、もしかして外套野郎2か?
「俺達の他に外套を纏っていた奴がいただろう?アレがバルバスだ。あいつは殺しの方が好きな奴でな。命令もシア王国都市街サース、敵対者の殲滅が奴の第一任務になる。嬢ちゃんの村からさらに北上した先が奴の任務地であり、それまで俺達の存在は秘匿されていなければならない。だから、考え的には子どもだろうと殺すってアイツの言い分は間違っちゃいないが――」
『はぁ。』
チータとゼレスは溜息を吐いた。この二人もバルバスとは、そりが合わないのだろう。
「とりあえず、部下が暴走しかけたのは事実。すまなかった。」
ゼレスは頭を下げてきた。
「――ん、いいよ。お別れすら言えなかったのは残念だけど、命が助かる選択の余地はあったし。現に私は五体満足だもの。」
本当は一本失ってるけどな。間一髪で上半身と下半身の一刀両断だけは避けただけ。でも一々ばらす必要はない。奴隷生活って訳でもなさそうだしね。他国から引き抜きにあったとでも思えばいいんだし。超
「そいじゃ、ゼレス隊長は任務地に逆戻りっすね。お嬢は俺っちが指導するんで、ご武運をっす!」
「ああ。チータ、任せたぞ。嬢ちゃんも早く慣れるといいな。気を張り詰め過ぎないようにな。」
わざわざ屈んで同じ目線になった僕に別れの言葉を告げたゼレス隊長は瞬間移動ばりの速さで消えていった。
思っていた程の悪い人達ではないようだが……バルバスを除いて。ランバルト海洋王国ねぇ。海産物の宝庫かな?ご飯美味しいといいなぁ。
「お嬢には取り敢えず、船室の案内からしよっかな?」
「ありがと。それじゃ聞くけどさっきの部屋って船長室?団長って呼ばれてたあの人が一番偉い感じ?私の立ち位置って結局何なの?それと私は名乗らなくていいの?ずっとお嬢でいく?」
「ん?質問塗れだなー?じゃ、一つずつな!そ、さっきの船長室。船長が入り浸ってる部屋さ。団長はこの大型船シーダ号の船長。船長だけど団長。フィリア団長でも団長でも好きなように呼ぶといいよ。立場カー。本当は保護対象者だから、庇護者かな?でもお嬢は船員見習いって感じかもな。名前は名乗らなくても名乗ってもどっちでもいいさ。言いたくなったら言えばいいし、お嬢呼びでも気にしないならそれでいいだろ?」
チータは指を立てて、一つずつ聞いたことに律義に答えてくれる。おまえ、よく全部覚えてたな。
「うん。チータに私の名前を教えるのはまだ早いな。私が本当に奴隷のように扱われないって実感できた頃に教えてあげる。」
私は敢えて呼び捨てで呼んでみた。ノリも軽く合わせる。
「くくくっ。親と離れたばかりの四歳児とは思えねー。生意気な子ども?—―いや大人としゃべってるみてーだわ。不思議だなーお嬢は。」
こっちがノリを合わせたのに気づいたのかな。ま、前世も含めるとそれなりに生きてきたんでな。因みに僕は女の身体をした男だぜ?なんて言ったらびっくりして笑い転げそうだな、言わないけど。
「じゃ、寝床とかシャワー室とか飯食うとことか案内すっから。ちゃんと付いてくるんだぜ?」
「あたりまえよ、チータ。さっさと先導なさい!すすめ~!」
「この、小生意気なー。チータ先輩だろー。新入り―。」
「はーい、チータ先輩。」
「まーよし!じゃ、こっちだ!」
船内の階段を下って内部に進入する。内部1
内部をさらに下って2F目。ここが寝床のようだ。ふむ。一人一人個室が割り当てられているようで、ちょっと安心した。因みに私も余ってる部屋を貸してくれるようだ。ただ、本来の庇護者達は檻ってわけじゃないけど、3Fにある収容所――すし詰め状態で寝るような場所で生活するのだそう。そりゃそうだよなぁ。
階段を下って3F目。海水の風呂と真水のシャワーが浴びられる風呂場が設置されている。海水を汲み上げて温めただけの湯舟と濾過機で真水に戻したシャワーが使えるらしい。桶三杯分という制約はあるらしいが。子どもで良かった。大人だったら満足に洗えていたか。いや、僕は魔法でちょちょいのちょいだけどね。他にも一対一の戦闘訓練部屋もある。これは訛った身体を動かしたい人向けの場所らしい。設備はしっかりしているが余り人気はないのだそう。
「どうする?お嬢がシャワーなり風呂入るなら俺っち外で見張ってるよ?」
おいおい、四歳児といえども女相手に気の利く紳士じゃねえか。
「私魔法できれいさっぱりにしたから。チータみたく獣臭くないから。」
チータは驚いて目をひん剥く。そして確認も取らずうなじ辺りに鼻を近づけ嗅ぎやがった。
「確認はしなさいよ、ばか。」
「あ、すんませ――。」
平手打ちの刑に処してやったわ。ま、紳士さを忘れたというより驚いた好奇心が強くて嗅いだのは分かってるつもり。
「お嬢――」
「許す。」
真顔で呼んできたので謝られるのかと思って被せ気味に許した。
「あ、違うっす。いや謝罪も大事だけど、その魔法俺っちにも掛けてくれないかなーって。」
「あーもちろん。浄化、洗浄、除菌、消臭、脱臭、抗菌。」
取り敢えず、臭いが服に染みついてる可能性も考えて諸々綺麗にしてあげた。チータはおそるおそる自分の体を嗅いでみている。
「おお、すごい。全く臭いしないぞ。」
腋から何から嗅ぐなよ。恥ずかしいなもう。
「嗅ぐのはその辺にして、やることあるなら、ちゃちゃっとやっちゃおうよ。」
「あ、おおう。そうだった。って言っても掃除くらいかなー。後は見張りとか食料取ったり――だけどそれは俺っち達がやるから。もしかしたらお嬢には子供達の世話役とか任せるかもしんねえ。」
「わかった。」
清掃なら、と魔法でぴっかぴかにした。船が50メートルはあるくらいの大型船だったけど僕の魔力量はレベル1にしては鍛えに鍛えてたから多いし平気だ。連れ回ってこことかそことかって言う場所という場所に魔法でちょちょっと。
「で、どこからやる?基本的には個部屋は清掃札が掛かってなけりゃしなくていい。でも共有
「ん?もう終わったけど?」
「は?」
「いや、魔法できれいにしたよ。」
信じられない、と口をあんぐりさせている。チータは風の流れとか読めるのに魔法の反応自体は分からないのか。本当に風を読んでるだけなのか。不思議な奴だ。
「じゃあ、もう私寝ていい?正直疲れたよ。」
「ああ、そうだよな。俺っちとしたことが、ゆっくり休んでくれ……」
案内されていた船内部2Fの空き部屋の一つを借りる。部屋にはベッドに
発想がなかったよ。とほほ。扉の鍵はチェーンタイプで引っかけておく。僕は硬いような柔らかいような何とも言い難いベッドにダイブした。
「ふああ。疲れた。」
気を張っていたせいもあって、僕はあっさり眠りに落ちた。
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