第14話:さようなら

 季節は春を過ぎ、初夏に差し掛かろうとしている。木々は緑の艶やかな葉をつけ、赤や黄の木の実が差し色になって、森の豊かさを表現している。流れの商人や警護役の冒険者が、宿代わりに建設した家屋に寝泊りするだけでタルク村にお金が入ってくる。サービスに女衆が一人前の夕食も提供するが、村全体で負担しているのでやはり負担は微々たるもの。 収支報告は常に黒字だ。村の経済は急成長中である。

 しかし些か、不穏な空気を感じる。

 これが僕の不安をくすぐるように刺激してくる。

 ただ、何が、どうして、と訊かれれば僕にも答えることは出来ない。

 狩りも順調だ。当面は魔物の全体数を減らしつつ、ハイウルフの素材を集める本格的な狩りゲーの真っ最中である。厄介なのは少々――いや滅茶苦茶トレントの擬態が上手いことくらいだろうか。

 ゲームと違うのは殺し方が大切で素材を傷めないよう注意さえすれば百パーセント入手ドロップするという点だろうか。爆発系の魔法は作っても対人用くらいにしか使えない。ドッカーンと湖に爆弾系の時間差攻撃でぷかぷか浮いてきた魚大量ゲット!みたいな爽快感はないが、文句を言っても仕方ない。おっと、こういう言い方をしたら試したのかと思われるけど試してないよ。試さなくても分かる。でも雷系統の魔法なら……なんて思わなくもない。


 風魔法で首を斬り落とすのが僕の得意技になりつつある。

 最近の流行りトレンドは、手裏剣のように回転を加えた弾丸で嵐弾ストームバレットだ。因みに似たような魔法をアーシャが【水魔法】で渦弾ボルテックスを編み出している。僕の魔法は【風魔法】で切断に特化したつもりなのだが、アーシャの渦弾ボルテックスはえげつない。当たった箇所がスムージーのようになる。頭に当たれば脳やら目やらのミックスジュースの完成だ。死体のグロさというか、発想アイデアではなくなのではないだろうか。

 前世の記憶を以て、魔法を改良している僕からすると異次元級である。を持たせるのにはサイコパスの発想ではなかろうか。

 僕は、その発想に物凄く惹かれている。僕の魔法は、良くも悪くも型のようなものに嵌まっている気がするからだ。魔力消費量ねんぴ云々の件もある。ぎろちんとかギロチンとかGIROTINとかな!すぐボツになった魔法だ。良い思い出だ。


 僕はアーシャの発想にだけ惹かれているのか?—―否。

 良くて人間的に、悪くて……身体は女の子なのに、僕は女の子に生まれ変わったのに?トランスジェンダー系主人公になりかねんぞ!だめだダメダDAMEDA!まだ普通ノーマルだって知らないのに!拗れすぎぃ!!

 もしかしたら不穏な空気とやらは気のせいかもしれない。

 僕は女の子なのに女の子を――アーッ!!

 髪の毛をぐちゃぐちゃに両手で搔き乱す。


「シル?女の子なんだから、髪の毛ぐちゃぐちゃにしちゃ、めっ!だよ?」

 そう言ってアーシャが手櫛で髪を撫で整えてくれる。

 トゥンク……。良い子に育って……。

 心が清らかに、なるがままに身を任せて―――心頭滅却。僕は樹上で座禅を組む。

「こら、まだ狩りの途中でしょ!休むのは早いよ!」

「あ、はい。ごめんなさい」

 ぽこっと頭を小突かれ、狩りの最中だったことを思い出した。


嵐弾ストームバレット


アーシャが手を付けていない魔物を確実に仕留めていく。同時に倒そうとするよりも混乱中の敵を狩る方がお互いに精神的な圧プレッシャーにならなくて済むおかげで精度が上がる。

 なによりアーシャは倒せそうな敵の見極めが上手い。

 遠距離攻撃を仕掛けている僕らの攻撃はどうしても時間差タイムラグが生まれる。コンマ数秒の世界で野生生物もとい魔物のような上位種の生物であればあるほど――敏捷特化型には特に避けられやすい。にも拘わらず、歴戦の狩人ばりに魔物を倒す彼女はすごい。前世含めて云十年の僕に食らいついてくるアーシャの潜在能力ポテンシャルは計り知れない。

 ハイウルフも単体なら囮、牽制誘導、本命の三発で狩れるようになっている。何発も只管ひたすら攻撃を与えて、無遠慮に皮を傷つけていた頃より遙かに上達している。低いステータスでも読み合いの末、勝っているので、ステータスの魔力が上がれば威力も速度も上がる――つまり一撃で屠るようになるのは時間の問題だろう。

 

「どう?」

「アーシャ、凄すぎる。」

「えへへ、でもシルは一発だよ。もっと頑張らなきゃ!」

「……アーシャは夜にね。魔法を使い切って、寝ればいいと思う。そうするとステータスの魔力はもっと早く上がる筈。それが強くなるコツだよ。」

 夜中に襲われでもしたら魔力枯渇マインドゼロで気絶することになるから無防備で危ないよ、ともちゃんと説明しておいた。アーシャは真剣な顔で聞いていたと思う。なぜかニビも真剣な顔だったが、主人の真似でもしているのだろうね。


 豚人オーク肉を取り出し、軽く炙って食べる。だが、季節は夏。森の恵みは夏から秋にかけて特に豊かな実りを享受できる。低木に実をつける、今が旬!いや旬真っ盛り!の黄色い果実チルベリーさんに普木に実をつけている酸味と果汁溢れる果実トマチさん、二メートルは優に超える高木には酸いも甘いもその実次第、運任せのアプリ先生――この辺で取れる甘味デザートが勢ぞろいである。


「食べられる分だけだよ。ちょっとはママ達の分も持って帰っていいけどね。」

 僕はアーシャに注意しておく。

「はいはーい。」

 軽く受け流すことを覚えたようで、|腰巾着袋――もとい魔法鞄アイテムバッグに詰めていく。

 熟れ過ぎた実は土に還し、次の肥しになるようにしているみたいなので余りぐちぐち小言をいうのは止しておく。

 き、嫌われたくないから強く言えないとかじゃないんだからね!!女同士の友情の築き合いとか初見なんで多めに見て欲しいでありんす。

「きゅ、っきゅい!」

 ニビがお肉を催促してくる。当然の権利だろ、と主張するように。戦闘では攻撃面の貢献はしていないが、索敵面での貢献は著しい。四方八方――別の魔物の集団が来てないか、など電光石火の如く走り回って安全を確保してくれている。なのでご注文通りに報酬を――豪勢な昼食を与える。

 ニビは果実より肉なようで、薄切りより塊肉ブロックにくを与える。ただの生肉じゃない、ちゃんと表面を炙ってあげるのだ。ニビは美食家に目覚めたかもしれない。


『ふう、お腹いっぱい。いただきました。』

「きゅ~。」

 二人と一匹は満足に昼食を取り終える。休憩は大切だ。

 狩り時は真剣、集中しなければならないからね。それぞれが役割を果たしいるからこそ、安全な狩りが出来ているのだ。

 慢心は良くない、足元を掬われる。あの時の人攫いの剣士のようにね。

 

 一日、一集団ずつ。トレントは厄介だけど、十も二十も群れないから、散見する奴を十五体ほど。

 なので、昼の部からは殆どトレント探しだ。

 【鑑定】で、じっくり樹木を調べてはトレント潰しをして回る。

 八対二くらいの割合で、ニビ先輩の方が早く見つけるけどね。

 そして、大体はアーシャが倒すけどね。

 でもって、爆散したトレントの木は上質な薪になる。トレントの薪があれば、木々を伐採する時間が減る。その分、ルイに剣術の稽古をつけて貰えるわけだ。

 トレントがどうやって数を増やすのかは知らないが、狩っても狩っても湧いているリポップから、容赦はしない。もちろんアーシャがね。


「今日やることは終わったかな…?」

 満足でしょ?と含みを持たせてアーシャに問う。

「えー、もう終わっちゃったかぁ。」

 渋々といった感じで、アーシャは狩りを終える。

「また今度ね。暗くなる前に帰ろ?」

 一日が三十時間の世界で、昼の五刻くらいだろうか。五刻目から十刻にかけて、夕方を――夜の刻の一刻から四刻程かけて日の入りを再現する。時間が疎らなのはこの世界にも四季があるからだ。今は夏なので、最長の夜の刻――四刻かけて日の入り――真っ暗になるのだが、帰りが遅くなっても良いことはない。森の中腹ちゅうふくまできていたので緩やかではあるが、僕達は下っていく必要がある。


 魔物も移動行動するため、帰りに遭遇する可能性だってある。

とは言っても、魔物の死体を残したりなどはしていないので帰路に他の魔物が集まって――みたいな確定戦闘は起きないが。

 そもそも森の中腹、森奥、急勾配の玲瓏れいろう山脈に棲む魔物の勢力争いに負けた魔物が村々の近くに現れる。同種の魔物でもタルク村に近い魔物に後れを取ることは早々ないだろう。玲瓏山脈はそのまま、途轍もなく美しい――宝玉のような山脈だからそう呼ばれている。日の出、日の入りには紅玉ルビー、秋冬には雪が降り積もり、日が最も高い時—―その輝くさま金剛石ダイヤモンド、青々とした雲のない晴天では蒼玉サファイヤに見えるのだ。

 この絶景を拝めることに最近気づきましたが何か?気づいた理由も他所の国から来ている商人の話を小耳に挟んで得た情報だ。やたら感動している彼等の視線を追った結果――ともいうべきか。家畜の世話とか、解体とか、売買とか、畑とか、剣術とか、魔法とか、森とか、魔物とか、食事の旨さとか、夜には大きな月、迷宮も発見調査――勝手に同行したし、やりたい事、やらなければならない事、知っておかなきゃいけない常識、珍しいものなど山のようにあるわけで。

 

 帰り道。

「しっ。」

 僕が声を潜めるよう指示を出すと、アーシャとニビに緊張の色が見える。

隠蔽ハイド不可視インビジブル

 全員に【闇属性魔法】の隠蔽ハイドを使い、気配や、音、匂いなどを消す。次に【光属性魔法】の不可視インビジブルを使って視覚認識出来なくする。

 隠形三人衆と呼んでくれ。—―ふざけてる場合ではない。何かがいる。【遠見】スキルで見た限り、人っぽかったような気もしないような。人ならいいではないか、狩人かもしれないだろう?—―否。それなら散開するわけない。森に入るのに外套など着るはずもない。冒険者か?前に見た冒険者パーティーを組んでいた人たちも集団行動だ。流れて来ている護衛商人の冒険者が単独行動者ソロの集まりなのか。散開した内の一人だけ、追えそうな奴がいた。なら追わずにはいられまい。

 兎にも角にもアレは怪しすぎた。—―面倒事の香りがするのだ。


「アーシャ、ニビ。帰って今護衛冒険者とか商人とかで人が減ってないかとか怪しい人がいないか、聞いてきてくれない?」

「シルは?」

 アーシャは何か良くない事が起ころうとしているのだと言う事は分かったようだ。それなら隠しても無駄なので素直に言う事にする。

「わたしは後を追おうと思う。」

 アーシャはちょっと考えて、頭を振る。

「だめ。それならあたしも行くよ。ニビもね。」

「危ないからだめ。」

「シルも危ないじゃん。」

「きゅい。」

 別に僕もめちゃくちゃ強いわけじゃない。でも手足が斬られるくらいならまた生えてくるから……なんて言えるわけもなく正論パンチに言い返せない。

 アーシャの正論パンチに同意するようにニビも相槌を打ちながら小声で鳴く。

 こ、こいつら……。このまま議論していて、撒かれてはたまらない。しょうがない、と諦める。

「じゃあ、追いかけるよ。」

 アーシャとニビは黙って頷いた。



「どこまで行くのよ……」

 中腹を超え、ルイ達だって近寄らない森奧にまで歩みを進めている。一人なのにサクサクと出合い頭に魔物を一刀両断。切り伏せては素材回収もせず、突き進む謎の外套野郎。野郎かどうかは分からないけど、野郎だろう。

 もう日はとっくに暮れている。

 僕とアーシャの両親は心配している筈だ。暗くなった森はアーシャにとっては不気味に映っているようだ。魔物の巣窟でもあるし。ニビも魔物達が集まってきているのか警戒しっぱなしである。ここが潮時か……。


「帰ろう」

 僕が予め決めておいたハンドサインで、撤退を指示する。アーシャもニビも異論はないようだ。ニビは分かって頷いているのだろうか。だとしたら君、天才狐じゃないか。

 浮遊で僕達は外套野郎の追跡から離れようとした。


「あっれ~、もう追ってこないの?」

 外套野郎が虚空に向け、語り掛ける。甘ったるいキザな声で。正直、心臓が飛び跳ねそうだった。アーシャは思わず口に手を当てている。こちとら隠蔽ハイドを使って、気配や、音、匂いまで消しているし不可視インビジブルで視覚で認識は出来ないようになっている。そしてやっぱり野郎だった。


「俺と遊ばない?」

 奴は振り向いた。僕はぞっとした。目深に被った外套の下からニタァっと笑った口元を【遠見】スキルでしっかりみてしまった。人の笑みが邪悪過ぎた。

 まだバレてない筈。アーシャはニビをぎゅっと抱きしめ、震えている。格の違いが分かる。魔物が一目散に逃げたり、怯えている。浮遊フライを使っている僕はアーシャの腰に手を回し、誘導するように少しずつ距離を取る。

 

すぎるんだよなぁ。気配も何もないのに、風だけ動くなんてさ。だからなんだよ。」

 腰に手を当てたと思ったら――僕はアーシャの腰に手を回していた左手に突き刺さった。投擲だ。生憎、貫通はしていない。アーシャには届いていない。アーシャは僕の手が強張ったのは伝わったようだが、何が起きたかまでは把握していない。言う必要もない。


 バレているなら――開き直って僕達は全速力で、逃げるのみ。こうして僕達の逃走劇は始まった。


 手に刺さった小刀ショートナイフを引き抜き【収納魔法】に放り込む。

 【回復魔法】の怪我治癒ヒールで止血。痛みも引く。僕は只管ひたすら盾になる。空中にいるので、二、三発に一回背中にざくざくと当ててきやがるド変態野郎め。

 振り返ることが出来ないアーシャも後ろから刃物が飛んできていることに流石に気づいている。心配そうに僕の顔を見ているが、当たっているとは思っていないようだ。なんせ、僕が軽く笑っているからだ。「こんな攻撃当たらないよ。」ってね。


「うざったいなぁ――せっかく逃げられないようにわざと集めたのに…」

 外套野郎は呟く。【風魔法】で相手のぼやきすら聞き逃さないよ、僕は。偉いでしょう?!って、やっぱり誘われてたんですね。そうですよね、お恥ずかしい限りで。


 一々抜いていられないので、刺さったまま怪我治癒ヒール。最悪だこれ、痕残るんじゃないか。背中の傷は剣士の恥!ってゾ〇先輩が言ってませんでしたか。ああ、僕は剣士としてもひよっこですし、そもそも女の子でしたわ。じゃあ、恥じゃないですよね!!

 あ、忘れてたわ。触れたまま【収納魔法】を展開する。刺さった小刀は引き抜くことなく消えてなくなる。

 再度、怪我治癒ヒールで癒しておく。向こうも小刀を僕が回収するもんだから手持ちが――なくならないようです。

 恐らく魔法袋アイテムバッグ持ってるわ。チート野郎がああああ。流れた血も消費した魔力も取り戻せない。

 浮遊フライは一人なら問題ないが、二人分と一匹を浮かせる魔力は二倍を超える。

 中腹は突っ切った。あと少し。持ちそうで、――持たない。

 タルク村まで、――恐らく三十分。半刻だ。

 こうなったら――。


「ニビ、アーシャとお家に帰るんだよ。アーシャ、お父さん達を呼んできて。二人じゃ魔力が尽きちゃう。尽きれば私達殺されちゃうから。一人なら時間が稼げるの、分かるよね。」

 私の真剣な顔に、アーシャは涙目だ。それでも頷く。ニビも頷く、任せろ、と言っているようだ。頼もしい。


風大砲ウィンドキャノン

 追ってきている化け物に向け、僕は最大火力で魔法を放った。


「うおおおおおおおっ。」

 外套野郎の周囲の木々はみしみしと音を立てて悲鳴を上げている。奴も耐え切れず、ごろごろとでんぐり返しの連発。からの木に激突、失神。—―なんてのは起きない。踏ん張ってやがる。—―気色悪いわ。

 僕隠蔽ハイド不可視インビジブルを解除して姿を現した。


「女の子に向かって小刀ショートナイフ飛ばしてくるとか最低。もう怒ったから!」

 少しばかり震えたが、怒なり声を上げた。


「あちゃー、俺っちとしかことが。淑女レディだったのか。ごめんごめん。」

 頭に手を当て、軽薄な声で謝ってくる。


「もう追わないからそっちも追わないでくれる?ストーカーとか趣味悪いよ。」

「ん?尾行ストーカーって意味分かっていってんのか?最近の幼女は、あったま良いな?でも最初にしてきたのはだろう?」

 こいつ、僕一人しか気づいてないのか。嬉しい誤算だ。アーシャが逃げ切れる可能性は、ぐんと高くなった。


「じゃあ、もうお互い様。もうやめて。もうお家帰るから」

「んんん、そういう訳にはいかねえよ。」

「なんで?」

「だって、俺っちの姿見たじゃん?」

「外套だけじゃん?」

「え、顔とかみてねえの?」

「そんな目深に被って、わたしが魔法放った時だって踏ん張りながら顔隠してたじゃん。」

「………あれ?じゃあ、返してよくね?」

「帰ってよくね?あーちょっと強めに魔法使っちゃったから。もう夜だし響いて村まで聞こえてる可能性はあるよ。だから決断は早めにね。」


 沈黙が流れる。三十秒は奴は考え込んでいた。


「なあ、じゃ、返すわ。俺っちは女にはあんま手ぇ出したくなくてよ。でもこの事は秘密な?」

「うん。」


 まじかよ。言ってみるもんだな。返してくれるとか神展開だわ!!

 外套野郎は本当に背を向け、森の奥に引き上げていってくれるみたいだ。

「馬鹿が。外套でも何でも関係ないわ。見られたら殺せ。それが任務だろうが。」

 外套野郎2がどこからともなく現れた。

「いやいや、ただの村娘じゃん。見逃してやってもよくね?まだ何もしてないのにさー。」

 突如現れた外套野郎2と外套野郎1が口論している。


「—――――スパン。」

 何が起きたのか――理解するより本能が反応した。ぎりぎりで回避が間に合わず、左脇腹を裂かれた。抑えようとするも左腕も無くなっていた。千切られたようだ。どっぷりと血が零れ――堰を切ったように止めどなく溢れ出る。この焼けるような痛みは二度目だ。魔法の集中力が続かないレベルの傷だ。散々背中を的当て代わりにされていた痛みを遙かに超える。上空から急降下を始めた僕は、すんでの所で【風魔法】を真下に放った。回復魔法を使うより先に【再生】スキルが発動して打ち上げるためにがむしゃらに、魔力塊を放ったのだ。急浮上に気持ち悪くなるも何とか耐えた。


「—――キン。キィーン。」

 斬撃音が聞こえる。下では戦闘が始まったようだ。外套野郎1と外套野郎2の実力は拮抗している。少なくとも僕に斬撃を飛ばす余裕はないようだ。


「俺っちは見逃すって言ったから。ぜってえ殺させねえよ。」

 ばちばちの仲間割れだ。背中の傷残っても許してやる。まじで僕のために口論ディベート――いや戦闘で勝ってくれ。

 金属音がキンキン響いている。戦闘をじっくりみている余裕はない。【再生】スキルで裂けた腹部や腕が治るのはいいが、気が狂いそうになる。ジクンジクンと脈打つのに合わせて痛むのだ。

 脂汗が止まらない。視界が涙で霞んでしまう。【回復魔法】を使いたいが、浮遊フライの展開と維持にしか魔力を割くことが出来ない。


「そこまでだ。」

 外套野郎3が現れた。

 同じ外套なのに、もう明らかに隊長格リーダーよ。

 だって、二人とも距離を取って、抜いた剣が居場所を失っている。それに押し黙っちゃってるもん。さっきまでの剣呑とした雰囲気はどこへやら。怯えちゃってますもん。

 空気がびりびりするもん。静電気かよ、もうラスボスじゃん……。汗びっしょりで悲壮な顔を僕はしているのだろうか。諦念だろうか。うん、絶望かもしれないな。なんか、パニックにすらならないわ。ああ、でももっと死に物狂いで強くなる為の努力をしておけば良かったかな。それでも無理だって事は分かってるけど。分かってるけどやる後悔よりやらなかった後悔の方が大きい。慢心してたのもあるよね。井の中の蛙大海を知らずか。


「—―お前、力量が分かるのか?」

「………。」

 外套野郎3は僕に話を振ってきた。振られたが答える気力はない。

「流石にわかるっしょ……。」

 自棄になったような言い方で外套野郎1がツッコミを入れる。

「それはない。あの歳の子が浮遊フライを使っているのも驚愕に値するが―――。俺達の実力は、あの子からしたらどれも似たようなもんだ。一括りに――そう化け物と変わらんだろう。」

 外套野郎2が、外套野郎3の意見に同調支援する。あ、そういえば……お嬢ちゃん何者?!なんて思い当たる節でもあったみたいで遅れて一人驚いている者を除いて、まるで値踏みでもされているかのようだ。

 いや実際に値踏みしているのか。


「お前、もう家には帰れんぞ。—―ただ、俺達に付いてくるなら命だけは助けてやる。」

 ――死ぬか、生きるか。

「……じゃあ、お母さんとお父さんに手紙でもいいから書置きさせて。じゃなきゃ心配して村人全員追ってくるかもよ。」

「だめだ。今決めろ。—―そうだな、なら村には手を出さないでいてやろう。」

 僕の提案は外套野郎3に一蹴される。それ譲歩が脅迫だぞ。

 従わないと村人一人残らず――前来た冒険者なんかも含めて簡単に殺せそうな人だもんなぁ。

「家族にも村人にも手は出さないって本当?」

 僕は念のため、最終確認をする。


「ああ、見逃してやる。俺達はここらの小規模の村を襲うのが目的ではないからな。」

 外套野郎3の言う事を信じるしかないか。

 僕は決断した。徐々に下降し浮遊を止め、地面に着地。歩いて近づく。身長の低さに、驚いている。幼子とは思っていたようだが、遙かに幼かったらしく――全員から、「なっ…」と小声が漏れていた。


「分かった。付いてくよ。もしかしたら私のこと探しに村の人達が来てるかもだから、急いでこの場から離れないとね。」

 僕がそう言うと――。

「なら善は急げっしょ!」

 と、外套野郎1が私を抱っこし、全員が森奥に走り抜ける。


 こうして僕は家族と離れ離れになったのだった。



――――――――――――――――—――――――――――――


 はぁはぁ。怖い、でもあたしが伝えないと。みんなに伝えないと。

 

 ニビが索敵兼、道案内を務めてくれるので後を追うだけでいい。幸い魔物はいなかった。とにかく木から木へ飛び移った。あたしは【雷魔法】を使って身体能力を引き上げた。シルに教えてもらったことを全部出し切るつもりで。

 涙で視界は滲む。無理に高速移動をするものだから、葉っぱに当たる。かみそりのように肌をちょこちょこ斬りつけた。

 だけど、気にしない。シルはもっと危険な目に遭ってるのだから。そう確信している。

 あたしじゃ、足手纏いだ。アレには勝てない。心の底から、足がガクガク震えちゃって、浮いてなかったら隠密なんて出来っこなかったよ。あたしがヘマしてばれたに違いない。

 幼馴染であり親友を残して逃げている自分が恥ずかしくて堪らない。一緒に戦ってあげられない自責の念に駆られ、足が重くなる。それでもシルを助けるには村に戻るしかない。ママにパパに言うしかない。大人を頼るしかない。

 絶望に心が押し潰されそうになりながらも、一縷の望みに縋るように先導者ニビに付いていく。


 がんばって、がんばって、疲れて、ぼろぼろだ。

 

「アーシャ!!!」

 叫ぶように森の入り口に集まっていた男衆達を掻き分け、ミーシャが、ニビを見つけ、アーシャも見つけ、突っ込んできたアーシャを抱き止める。

 遠目にみて、アーシャが帰ってきたことに安堵しかけた村人達。これはシルちゃんが帰ってくるのも時間の問題だろう。ただ怪訝そうな顔をしている村人もいる。

 アーシャがぼろぼろなのだ。見た目が酷い。続く、シルフィアの姿もまだない。あの子たちはセットである。

「ままぁああ~うぇ~ん。」

 堰を切ったように、アーシャが泣いている。

 ミーシャは怪我を見て、大したことはなさそうな小さな怪我ばかりなのに安心して再度、抱きしめる。

「あんた!なにしてたんだい!シルちゃんは?!」

 ミーシャがアーシャに問いただす。

「しうが、しうがしんじゃう!!」

 アーシャの悲痛な叫びに、村人に緊張が走った。


「どういうこと。ねえ、アーシャちゃん。」

 シルの母親マリアが、子ども相手だからと、懸命に落ち着いた口調を崩さないように丁寧に尋ねる。そう、我が子の帰りを待ちわびているのは二組である。

「ごめんなざい、ごめんなざい、あだじが、外套フード、うっ。」

 アーシャは喋りたくても、興奮して、感情が抑えきれなくて上手く伝えることができない。そして罪悪感やらストレスから胃腸が逆流して、嘔吐えずいてしまう。ただ一言、外套フードという言葉を聞き逃す者はいなかった。

 こんな所に外套フードを被った魔物はいない。つまり人攫いの可能性だ。


「急いで助けに行ってくる。」

 落ち着き払った声で、ルイはマリアの顔をみてそういった。マリアは血の気が引いており、涙腺が決壊してしまった。

 ルイが森に行く――シルフィアに危険が迫っていることが現実味を帯びたのだ。女衆はシルフィアの無事を祈るように、マリアの傍に居たり、アーシャのお世話もとい聴取がしやすいようにあんたは悪くないよ、すぐ男達がシルちゃん見つけてくるからね。なんて声を掛けていた。


「父ちゃんが、助けてやるからな。」

 焦燥が、身を焦がす。どうしても足早になってしまう。夜の森は危険なのに。視界が悪く、奇襲されやすいからだ。

 分かっていても冷静に、進んでいるつもりでも、捜索隊の面々の忠言にイラつかずにはいられない。

 まだ、一緒に狩りに出た事もない娘。まだ、家族で一緒に村の外にお出掛けしたこともない娘が、人攫いに連れ攫われる?そんなのは許容できない。出来るはずがない。今日までの幸せの日々をぶち壊させるわけにはいかない。そんなもの、そんなもの誰が許せるものか。

 ああ、神よ、どうか、娘を返してくれ。


 予め、装備を整えていた男衆達の捜索は日が明けても、日を跨いでも、何日も何日も続いた。戦った痕跡に血痕。到底大人の物とは思えない小さな左腕が木に引っかかっていた。やっとの思いで見つけたシルフィアの一部。それだけだった。


 ―――シルフィアは死んだ。そう結論付けられた。

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