第12話:嵐の前は静か
ブチっ、ブチ……。
「ふぅ。シル、一浴びしないか?」
「うん。
ルイから声が掛かった。返事を返し、ルイと僕の頭上に水球を作り出し制御を手放す。
『バシャァ。』
僕は絶賛草むしり中。家の手伝いだ。
服の上から豪快に水浴びを済ませる。
不快な汗ともおさらばできて、熱中症予防の効果もある。
本格的な夏を迎え、暑さが身に堪えるので隠れてしょっちゅう水浴びをしている。ああ、エアコン…エアコンが恋しいよぉ。
生を受けて四年目、地球の環境を知っているだけに日中の夏が、暑さが、苦行過ぎる。【水属性魔法】があると言っても、まとわりつく熱風が厄介なのである。【風属性魔法】があるじゃないか。って?冷風なんかを体に纏わせたり吹かせてみろ。ただの冷害じゃないか。自然災害ならぬ人為災害とか農家の風上にも置けないでしょう?
温度系は下手なことができんとです。家の中だけなら空調管理して、森の方に逃がす事も出来るから夜は快適なんだけどね。
カァー!あっついです。
それでも開拓民の娘として農耕頑張ります。この小麦ちゃん達が、我が家の主食に、商団との売買品になるんだから。小麦ムギむぎ
「雑草は一通り抜いたから、壱刀流の剣術稽古するか!」
「…うん。」
父上が暑苦しいのであります。僕は父の手伝いだけでなく、母の手伝いもする。用水路にたらふく水を生成し流すのだ。その間マリアは我が家に三頭いるミルメエクと呼ばれる羊兼牛の役割を担っている家畜のお世話をしている。夏は豊富な栄養が食草から取れるので毛の伸びや乳の出が良い。ミルメエクは決して暑さに弱いわけではないが、ストレスは感じてしまう。ストレスは寿命を縮めてしまう。家畜は決して安い買い物ではない。なので一介の市民は毛刈りを頻繁にしてあげたり、水浴びをさせてあげたりと手間を掛けなければならない大変な時期なのである。
マリアも大変だから用水路の水の用意は僕がやるのだ。決して父贔屓してると母に思われないようにするとかじゃない。
壱の型、上段斬り――技名を
誰よりも早く、重く、強くなければならない一撃必殺を胡坐をかいて座っている父に打ち込み稽古しているところだ。
打ち込めども打ち込めども軽く弾かれる。手には弾かれた反動が直に伝わり、御し切れず。思うように連撃が繰り出せない。
テンポが悪くなると―――
「—――隙あり。」
体勢を崩した僕のお腹に突きを入れてくる。分かっていても避けられない。こうして
「おー、ちょっとは動きが良くなったな。流石はうちの娘だ!でもな武魔両道の道は険しいぞ。驕らず精進するように。」
少しばかり褒められてにやけた僕をみて、気を引き締めさせるとは。どうやら父でありながらも剣術の先生という立場でもあろうとしているようだ。正直厳しいだけだと心が折れかねなかったので僕には最適な師かもしれない。
実情、独学で学んでいる魔法の方が突出して上手いし伸びもいい。魔力は常に限界まで鍛えているから当たり前の結果とも言う。壱刀流剣術稽古と草むしりくらいしか身体は鍛えてないし。アーシャやニビと
僕自身が何故か、アーシャやニビのようにうまくいかないものだから足を引っ張るのも申し訳ないなって思ってずるずる
そんな訳で、足りない技術を魔法で補完していたら、魔法依存の身体になっちゃったわけです。
「無茶言うなぁ。これでも
「でも
「それは否めんな……。ただ
「だからだよ。俺達みたいに戦闘に出るわけじゃないから、女性陣のステータスは魔力や器用が群を抜いて、次点で敏捷、最後に力と耐久ときたもんだ。力仕事は無いわけじゃないから上がるとしても傷つくことがないから耐久は無いに等しい。俺達は何時でも自分の嫁や子ども達を守れるわけじゃない。つまりこの防具は彼女達の生命線。万が一の防具なる最後の砦だ。妥協は出来ん。」
「言いたいことは分かるけどよ、今まで皮装備だったんだからかなり向上したほうだぞ。トレントの一撃を鎧が保護出来りゃ、この辺じゃもうハイウルフ位のもんだろう?あの貫通力をも防げるとしたらば……それこそハイウルフの牙を粉末にでもして溶かした魔石で溶液でも作って皮を
「おい、やっぱり限界って嘘ついたな。すらすら上位互換になりそうな鎧の
「ばっっ?!それは素材があったらの話だ!人数分の鎧に試作品も加味して三十匹は倒してから言いやがれってんだ。」
稽古を終えた僕はルイと一緒にこのタルク村唯一の鍛冶屋ブロンさんの下に来ていた。
ただでさえ大変なので
何故いないのだろうか、とご都合主義で居なくなったっと思ってはいないだろうか。それは違う。覚えているだろうか。冒険者と
彼等は運悪くシルフィアの魔法の餌食になっていたのだった。餌食と言っても
毎日魔力が涸れる程、【
金銀財宝はまだ外に出しても問題ないけど、
欲しい魔物だけ手に入れて後はポイはなぁ。何百匹もの死骸を放置すれば、その血で残った魔物が狂乱するかもしれないし、
話が逸れたけど、死体放置は良くないって事です。なのでちまちまと協力して時間を掛けて素材集めしようと思います。
というわけで、今回はアーシャとニビを連れてハイウルフ率いるウルフの群れと
「今日は獲物沢山……てことね‼」
「きゅい!」
アーシャのテンションは爆上がりだ。ニビもやる気を漲らせた良い返事だ。飼い主に似たか。
「まずは―――。」
「きゅい!」
索敵能力はニビが抜群に高い。流石、元野生出身者。いや獣の本能か。
ただの狐だったニビからしたら魔物は天敵だったろう。勝てない相手を避け、自身の食料を手にするサバイバルをしてきた経験は体に染みついていた。それに加え、雷魔法を覚え身体強化しているらしく敏捷がずば抜けている。何てったってアーシャの移動に簡単についていけるのだから。ニビ≧アーシャ>>>僕の順に
現にもう見つけたようだ。
「—――ハイゴブリン率いるゴブリンね。数は十五…ちょっと多い?」
「いっぱいいるね!
もう複数対象――五体も一気に屠れるようになった対群体を相手にする魔法制御能力には恐れ入る。かくいう僕も七体が限界。討ち漏らしは三体か……。これでも人攫い戦の時は六発、しかも命中率が悪かった事を踏まえると魔法制御数こそ一発分しか増えていないものの急所を的確に射貫けるようになったのだから進歩している。我儘を言っても実力は上がらない。諦めて、ニビに問う。
「ニビ、三体だけでいいんだ。私達から注意を逸らしてくれる?」
「きゅい!」
「ニビちゃん!すぐアーシャおねえちゃんが助けに駆けつけるから頑張ってね!」
ハイゴブリンは第一優先で倒す。司令塔を失えば混乱して動きが悪くなるからだ。樹木二本分ほど距離まで近づき魔法を準備する。
「じゃあ、いくよ。—―
「
数にして二、五。八……十体のゴブリンの死体が出来上がった。アーシャと僕は心臓を狙い撃った。頭は外す恐れがあるから樹木一本分の距離――十メートルくらいまでの近距離でしか狙わないようにしている。外してしまう
ばたりと倒れた同胞達に混乱していると――ニビが殺気を振りまきながら吠えて注意を一身に引き受けた。
「ぐるるる。」
「—―――――――――‼」
司令塔を失ったゴブリン五匹はニビを見るや否や、背にしょっていた
「
「二人ともお疲れ様。アーシャ、倒したらすぐ何するんだった?」
「あ!シルに貰った袋に入れなきゃね!」
「そう、
「うん!任せて!」
対象を指定し忘れたミスがあったものの反省自分で回収してもいいんだけど、アーシャ達との
「最後が、本命だよ。ハイウルフ達を倒したら今日は終わり。」
「ほんめい?」
「くぅん?」
アーシャとニビはきょとんと小首をかしげた。
まだ分かりにくかったよね、と僕は自責し言い直す。
「とびきりの獲物ってこと。」
「わぁ、なるほどね!」
「きゅい!」
「それじゃがんばろう!」
『おー!(きゅい!)』
ハイウルフの率いるウルフの群れもすぐに見つかった。流石夏。狩りに割ける人材、日数ともに頻度は落ちる。農耕に精を出さなければならないから。ただ問題を挙げるとしたら――最低限の間引きだとちょっと奥に行けばこの通り――群れが合流して大所帯になっていた。ハイウルフ二匹に、ウルフ二十匹。
流石に多い。
「普通のウルフより一回り、んん二回りは大きいのがハイウルフだよ。あれを倒さないとダメ。」
「ふんふん。あのおっきなワンちゃんね。」
「いつも通り、
一匹のハイウルフを指定して対象が被らないようにしておく。ゴブリンの時の失敗を活かした指示だ。
「今回は数が多いからニビ、前に出ちゃダメだよ?待て、だよ。」
「きゅい!」
待て、が分かるのか。
魔力で
「いけそう?」
自分の準備が終わったのでアーシャに確認を取る。
「うん。」
アーシャは真剣な顔で短く返事をした。
『せーの。』
二人の魔法、
風が問題だったのか、水が問題だったのか、直撃前に身を捩って避けてきた。軽傷と重傷に近い攻撃には成功したが、よくもまあ完全な不意打ちに対応してくるもんだ。ウルフは感知できずに寝そべったまま脳天を貫かれ二匹とも絶命しているというのに。
「むむっ。」
この結果にはアーシャもふくれっ面だ。
「—―――――――‼」
獣の吠声。ハイウルフのものだ。
殺気立ったウルフがこちらに爆速でやってきている。
「任せた。」
「うん!
予め打ち合わせしていた通りにアーシャが
土が抉れ、木を削り、先頭を走って来ていたウルフは爆散した。僕は水砲と同時に
「—―――スパッ、ごとり。」
僕の作戦は上手く言った。二匹のハイウルフは首を斬り落とされ絶命した。僕は額に玉のような汗をかいてしまった。敵がいる中、魔力の使い過ぎという場面に自身の差配で陥ってしまったわけだ。舐め過ぎだ、と𠮟責されても仕方ない。
それにしても首の落ち方、身体のぐったり感はスカイリムのオープニングイベント――斬首処刑シーンを思い出すなぁ。
いやいや、戦闘はまだ続いている。現実逃避している場合ではない。
上空よりアーシャ達の安全の確認。樹上に陣取り登ってきそうになればひょいひょい木から木へと飛び移っては仕留めている。これは平気そうだ。僕は最後尾から順にウルフを
「ああ、疲れたぁ。」
珍しくアーシャが疲れを訴えた。
「そうだね。今日はいっぱい狩ったもんね。」
僕も疲れた。原因は地形を無視した泥沼化。地質に関係なくハイウルフ二体分、纏めて足場を変質させる魔法を瞬時に放つのは実力不足感が否めない。そういえば彼自身馬鹿げた魔力持ちって設定だったか……。良い案だと思ったが反省だ。作戦に組み込めない程の魔力消費量がどの程度かって?現在にして総魔力量の凡そ半分、ごっそりもってかれました。
「うんうん!戦利品いっぱい!ママ達驚いちゃうね!」
戦利品の回収まで済ませた僕達は樹上で休憩を取っている所だ。【
「はい、アーシャ、ニビ。」
「わぁ、いつもありがとね!美味しい豚肉!」
「きゅい!はぐはぐはぐはぐ……。」
僕とアーシャは二切れ、ニビは四切れ食べた。本当はニビも二枚で済ませる予定なんだけどアーシャの
強化種とは実は初戦闘である。魔物同士の棲息圏争いに三村全体での様子見が決められたので最低限しか狩って来なかったのだ。それで――戦って思ったけど強化種の強さは一線を画しているね。この世界、敵のインフレ具合がやばいと思う。アーシャの攻撃とか不意打ちで軽傷だったし、僕の魔法でも重傷…敏捷火力に特化?されたハイウルフの耐久強化具合をみるにレベル1上位かレベル2下位の実力はあるんじゃなかろうか。こんな一迷宮事件で魔物の脅威度が上がるんじゃ他にも突然変異個体――強化種が出てきそうで一抹の不安を覚えてしまうのは僕だけか?迷宮がぽんぽん出来ないことを祈るしかないのか……どうして迷宮が産まれるのか、発生条件とかあるのかな。分からない事ばかりだ。
二人と一匹は御馳走様をして、水球で水分補給ついでにちゃんと口元を拭う事も忘れず帰路に着いた。
「こりゃまた今日は気合の入り方が違うねぇ。狩りはこの子達に任せてもいいんじゃないかい?」
ミーシャは立派な狩人だと褒めてくれる。アーシャも嬉しいようでえへへと照れ笑いを浮かべている。
「ミーシャ‽いやいや、流石にだめだろ⁈」
「今は危ないからダメだけど
「マリア……十歳になってもこの子達は女の子だろ……任せるとしたら男にだろ…。」
ルイは心配だからと主張する。思いの外、女性陣は狩りすること自体、賛成推奨らしい。
「そりゃあたし達みたいに家畜の世話に用水路に水流したり家事に追われたりするなら狩りに行く暇なんてありゃしないよ?でもうちらがいるんだし結婚もしてないんだから狩りの腕があるなら狩りさせてもいいじゃないか。」
「ミーシャの言う通りね。それにこの子達が村から出ていく可能性だってあるんだから私達は第二子、三子って村に残ってくれる子もこさえないといけないわよ。」
「第二子…?第三子……。そうだったハニー。そろそろ僕達も頑張らないとね。」
出ていく可能性—―寂寥感はないらしい。耳にも入っていないのかもしれない。あらゆる情報を無視――理性を凌駕する性欲恐るべし。きっとルイはマリアとのげっふんごっふんで頭がいっぱいだろう。
まだ夕食前だろうに。はぁ。
「お盛んみたいだからアタシらはお暇させて貰うよ。解体はこっちで済ませとくさ。じゃあねー。」
ほら、いくよ。とミーシャはアーシャの手を取ってミーシャ宅へ本当に帰って行った。
「ミーシャ、アーシャちゃんまたねー!もう、まだ夕飯もお風呂だって入ってないのに。シルだって起きてるでしょうがッ!」
ゴツンっと良い拳がルイの脳天に直撃した。バカな男よ。一撃貰って」やっとのことで理性が本能を抑えつけたようだ。呆れちゃうよ。ちんちん頭の中にまで飼ってんじゃないよ、まったく。まーでも僕が寝たらなんだね。おっけーままん僕は配慮の出来る紳士……いや今は淑女だから、安心して。残った魔力はベッドに潜り込んだら早々に【
「シルーご飯の準備手伝ってくれるかしら?」
「任せて、ママ。」
父のことはガン無視して僕とマリアは器に盛りつけたご飯を食卓に並べた。ガン無視が効いているのか反省しているようだ。
丸パンに山菜炒め、ウルフ肉のホワイトシチュー、
冬から春、春から夏と食事は少しばかり豪勢になる頻度が増えている。畑からの収穫に山……というか森の恵みもある。浅い所でも十二分に黄色い果実のチルベリーさんが取れるのだ。冬以外採れる果実だが、旬は夏と言ったところか。明らかに糖度が高い。つまりは夏のチルベリーは割と争奪戦ということだ。お目にかかれない程ではない、寧ろ森に一番近い位置に我が家は陣取っているので採りやすい。でも採らない。村の皆のため――いや女性陣の中で協定でも結ばれているのだろう。
そして今日出てきたチルベリー先生は紛れもない天然物。養殖とはわけが違う。
前世でも甘味は好きだったが、それ以上に今世で食べる甘味は極上と言える。前世の記憶さえなければ今世は甘味のために生きていたかもしれない。悪者退治してみたい、とか童貞卒業……はもう無理だけど恋してみようとか、そう言った野望は甘味の前に潰えただろう。いや半ば潰えたと言っても過言ではない。人攫いを倒したのだ。下っ端だろうと何だろうと退治は退治だし恋は適齢期にならないと話にならないから後回しでもいいだろう。つまりは甘味巡りにステータス強化が生き甲斐なわけ。道は定まった。甘味と魔法の覇道を私は歩もうと思う。なんて馬鹿なことを考えながらルイと湯舟に浸かるのであった。
その夜のことは何も知らない。
本当に。
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