第12話:嵐の前は静か

 ブチっ、ブチ……。

 

「ふぅ。シル、一浴びしないか?」

「うん。水球ウォーターボール


 ルイから声が掛かった。返事を返し、ルイと僕の頭上に水球を作り出し制御を手放す。

『バシャァ。』

 僕は絶賛草むしり中。家の手伝いだ。

 服の上から豪快に水浴びを済ませる。

 不快な汗ともおさらばできて、熱中症予防の効果もある。

 本格的な夏を迎え、暑さが身に堪えるので隠れてしょっちゅう水浴びをしている。ああ、エアコン…エアコンが恋しいよぉ。

 生を受けて四年目、地球の環境を知っているだけに日中の夏が、暑さが、苦行過ぎる。【水属性魔法】があると言っても、まとわりつく熱風が厄介なのである。【風属性魔法】があるじゃないか。って?冷風なんかを体に纏わせたり吹かせてみろ。ただの冷害じゃないか。自然災害ならぬ人為災害とか農家の風上にも置けないでしょう?

 温度系は下手なことができんとです。家の中だけなら空調管理して、森の方に逃がす事も出来るから夜は快適なんだけどね。

 カァー!あっついです。

 それでも開拓民の娘として農耕頑張ります。この小麦ちゃん達が、我が家の主食に、商団との売買品になるんだから。小麦ムギむぎ麦田民むぎたみん♪。

 

「雑草は一通り抜いたから、壱刀流の剣術稽古するか!」

「…うん。」

 父上が暑苦しいのであります。僕は父の手伝いだけでなく、母の手伝いもする。用水路にたらふく水を生成し流すのだ。その間マリアは我が家に三頭いるミルメエクと呼ばれる羊兼牛の役割を担っている家畜のお世話をしている。夏は豊富な栄養が食草から取れるので毛の伸びや乳の出が良い。ミルメエクは決して暑さに弱いわけではないが、ストレスは感じてしまう。ストレスは寿命を縮めてしまう。家畜は決して安い買い物ではない。なので一介の市民は毛刈りを頻繁にしてあげたり、水浴びをさせてあげたりと手間を掛けなければならない大変な時期なのである。

 マリアも大変だから用水路の水の用意は僕がやるのだ。決して父贔屓してると母に思われないようにするとかじゃない。

 

 壱の型、上段斬り――技名を断斬たちきりという。壱刀流の最速にして最攻。小手先の技もあるらしいが、壱刀流と言えばの最高技である。

 誰よりも早く、重く、強くなければならない一撃必殺を胡坐をかいて座っている父に打ち込み稽古しているところだ。

 打ち込めども打ち込めども軽く弾かれる。手には弾かれた反動が直に伝わり、御し切れず。思うように連撃が繰り出せない。

 テンポが悪くなると―――


「—――隙あり。」

 体勢を崩した僕のお腹に突きを入れてくる。分かっていても避けられない。こうして平衡感覚バランスを崩された僕は何度尻もちをついたことか。だが今日は違う。攻撃を食らう際、突きなら後方に飛ぶように心掛けた。するとあらびっくり。本当に威力が軽減したよ。まさかラノベに書いてあったことが本当だったとはもしや奴等さくしゃたちって……異世界逆転生した作者達だったか。後退は余儀なくされるも何とか片膝を着く程度に留めることが出来た。因みにちゃんと皮装備をしているのである程度の衝撃は避けられないけどルイは手加減が上手いので思ったほど痛くない。両腕を斬り落とされて胸もぱっくりされたあの時が過去最高の痛みだ。


「おー、ちょっとは動きが良くなったな。流石はうちの娘だ!でもな武魔両道の道は険しいぞ。驕らず精進するように。」


 少しばかり褒められてにやけた僕をみて、気を引き締めさせるとは。どうやら父でありながらも剣術の先生という立場でもあろうとしているようだ。正直厳しいだけだと心が折れかねなかったので僕には最適な師かもしれない。

 実情、独学で学んでいる魔法の方が突出して上手いし伸びもいい。魔力は常に限界まで鍛えているから当たり前の結果とも言う。壱刀流剣術稽古と草むしりくらいしか身体は鍛えてないし。アーシャやニビと森探索たんけんごっこに行くときは魔法に頼りまくっているし。

 僕自身が何故か、アーシャやニビのようにうまくいかないものだから足を引っ張るのも申し訳ないなって思ってずるずる隠密ハイドに頼っている。最初はどっこいな隠密技術だった筈なんだけどなぁ。今では魔物の樹上にまで接近して魔法を撃ちだし始める始末。僕の隠密技術じゃ、絶対に無理。樹でいうと四本から五本程間隔を空けるのが気づかれない安全圏セーフティゾーンになる。それを魔物の真上を陣取れるアーシャ達が可笑しい。一体全体どんな日常生活動作をしていたらそれ程の隠密技術が身に付くのか問い質してやりたいくらいだ。

 そんな訳で、足りない技術を魔法で補完していたら、魔法依存の身体になっちゃったわけです。


「無茶言うなぁ。これでもなめして作った革を魔石でピッタリ張りつけて、打撃武器による防具破壊の恐れ――つまるとこ防具耐久力も格段に向上したし隠密性は皮装備と遜色ない程に仕上げたつもりだぜ?」

「でも軽装鎧ライトアーマーの中じゃ、ちょっと重いよな。女性陣が使うには厳しくないか?」

「それは否めんな……。ただ黒鎧百足ヨロイムカデ作品シリーズは限界まで改良したしたつもりだぞ?それにどうして女達が使う機会が来るんだよ。狩りも守衛だって男達の役目だろう?」 

「だからだよ。俺達みたいに戦闘に出るわけじゃないから、女性陣のステータスは魔力や器用が群を抜いて、次点で敏捷、最後に力と耐久ときたもんだ。力仕事は無いわけじゃないから上がるとしても傷つくことがないから耐久は無いに等しい。俺達は何時でも自分の嫁や子ども達を守れるわけじゃない。つまりこの防具は彼女達の生命線。万が一の防具なる最後の砦だ。妥協は出来ん。」

「言いたいことは分かるけどよ、今まで皮装備だったんだからかなり向上したほうだぞ。トレントの一撃を鎧が保護出来りゃ、この辺じゃもうハイウルフ位のもんだろう?あの貫通力をも防げるとしたらば……それこそハイウルフの牙を粉末にでもして溶かした魔石で溶液でも作って皮を黒鎧百足ヨロイムカデの裏地に使うとかか……?それならウルフの皮よか上質でしなやかで軽さ軽減も出来そうだけどよ。如何せん材料がないぞ。」

「おい、やっぱり限界って嘘ついたな。すらすら上位互換になりそうな鎧の発想アイデアが出てきてんじゃねえか。」

「ばっっ?!それは素材があったらの話だ!人数分の鎧に試作品も加味して三十匹は倒してから言いやがれってんだ。」

 

 稽古を終えた僕はルイと一緒にこのタルク村唯一の鍛冶屋ブロンさんの下に来ていた。黒鎧百足ヨロイムカデが試作品から完全な生産品になったとの事で本日、休日のルイが先行して装備の出来を評論している。なかなかに厳しい評価であると娘の僕的にも思う。ブロンさんもブロンさんだ。ハイウルフはウルフを三匹、四匹のまとめ役――隊長格リーダーである。討伐しようと思ったらハイウルフ三十匹と九十から百二十程のウルフもついでに狩らなければならない。種の存続のために産まれた強化種は手ごわい。正直一番強いと言っても過言ではない。それ程に強い種が誕生したにも関わらず、魔物同士の生息争いが拮抗しているのは一重にハイウルフの数が少ないためだ。全てのウルフがハイウルフになったら同様に強化種でも誕生でもしない限り、黒鎧百足ヨロイムカデやトレントは駆逐対象えさに成り代わり人間が何かしなくても全滅は必至だろう。こちらとしても全てのウルフがハイウルフになるのも黒鎧百足やトレントが絶滅するのは望む所ではない。食肉としてのウルフの価値は高い。それを保護する形で産まれたハイウルフは人間的都合では保護対象なのだ。ゴブリンは肥料になるしウルフは食肉、トレントは木材、黒鎧百足は防具。どれもこれも役に立つのだ。よって均衡バランスは崩れてほしくない、という人間本位な都合がある手前、ハイウルフ三十匹の討伐は他の魔物も同数間引くのと同じなのである。ゴブリンに至ってはその倍は最低でも討伐しなければならないだろう。多くとも八百近い魔物を討伐するなど無理である。それをやってのけろと鍛冶師ブロンは言ったのだ。新装備を作るのも大変ということだ。

 ただでさえ大変なので豚人オークは居なくて本当に助かった。『(ほんのちょっぴり)ご都合主義展開にしてくれてありがとうございます。』と神にこっそり僕はお礼を言った。


 何故いないのだろうか、とご都合主義で居なくなったっと思ってはいないだろうか。それは違う。覚えているだろうか。冒険者とストーカーするもぐる前に迷宮探ししたことを。あの時に入り口向かって魔法連射しまくったことを。実はあの時に迷宮外に出ようとしていた黒鎧百足ヨロイムカデ、トレントらは迷宮外に追い立てられていたのだ。追い立てていたのが豚人オーク達である。そろそろ外の安全確保も済んだだろうと豚人オークの一団は迷宮外に出ようとしていた矢先。 

 彼等は運悪くシルフィアの魔法の餌食になっていたのだった。餌食と言っても豚人オークの個体はレベル2を超える個体が多い。よって生き残りがそれなりにいた。待ち伏せされていたと思った豚人オーク退却したのだ。情報を持ち帰って議論された事は言うまでもない。この事実にシルフィアは気づかない。本人が気づかないなら餌食になった豚人オーク達しか知らない。幾ら狡猾で悪辣な豚人オークといえどもそれは余りにも可哀想なので語り部かみである私が書き記しておこうと思う。


 毎日魔力が涸れる程、【収納魔法アイテムボックス】の容量増化を目指して魔力を注ぎに注ぎ込んできたものの、精々魔物にして四百程度しか増化出来ていないような気がする。あらゆる在庫を処分したらば入り切りそうな気もしなくもない。

 金銀財宝はまだ外に出しても問題ないけど、生物なまものはなぁ。ここでは希少な豚肉だからなぁ。解体も全部終わってないし……。

 欲しい魔物だけ手に入れて後はポイはなぁ。何百匹もの死骸を放置すれば、その血で残った魔物が狂乱するかもしれないし、将又はたまた疫病が蔓延するかもしれない。確か敗血症やアンモニアガスそのものが腐食性なので深く嗅いだだけでも気道などが侵されると社会の授業で中学の先生が言っていたんだよね。なんで中学の社会担当の先生がそんなことをって?たしか奈良時代だったか平安時代の勉強中の話だったと思う。死体を放置した女の人がどれだけ美人でもぱんぱんに膨れ上がって不細工うんぬんかんぬんのくだりで疫病がーって語り出したと記憶しています。

 話が逸れたけど、死体放置は良くないって事です。なのでちまちまと協力して時間を掛けて素材集めしようと思います。

 

 というわけで、今回はアーシャとニビを連れてハイウルフ率いるウルフの群れと黒鎧百足ヨロイムカデ、トレントとゴブリン達を一集団ひとグループずつ狩るのを目的とした。


「今日は獲物沢山……てことね‼」

「きゅい!」

 アーシャのテンションは爆上がりだ。ニビもやる気を漲らせた良い返事だ。飼い主に似たか。

「まずは―――。」

「きゅい!」

 索敵能力はニビが抜群に高い。流石、元野生出身者。いや獣の本能か。 

 ただの狐だったニビからしたら魔物は天敵だったろう。勝てない相手を避け、自身の食料を手にするサバイバルをしてきた経験は体に染みついていた。それに加え、雷魔法を覚え身体強化しているらしく敏捷がずば抜けている。何てったってアーシャの移動に簡単についていけるのだから。ニビ≧アーシャ>>>僕の順に敏捷はやいのではなかろうか。今から野生に帰してもこの森にニビを狩れる魔物はいないだろう。

 現にもう見つけたようだ。


「—――ハイゴブリン率いるゴブリンね。数は十五…ちょっと多い?」 

「いっぱいいるね!水弾ウォーターバレットじゃ五体までしか倒せないよ。どうしよっか?」

 もう複数対象――五体も一気に屠れるようになった対群体を相手にする魔法制御能力には恐れ入る。かくいう僕も七体が限界。討ち漏らしは三体か……。これでも人攫い戦の時は六発、しかも命中率が悪かった事を踏まえると魔法制御数こそ一発分しか増えていないものの急所を的確に射貫けるようになったのだから進歩している。我儘を言っても実力は上がらない。諦めて、ニビに問う。

「ニビ、三体だけでいいんだ。私達から注意を逸らしてくれる?」

「きゅい!」

「ニビちゃん!すぐアーシャおねえちゃんが助けに駆けつけるから頑張ってね!」

 ハイゴブリンは第一優先で倒す。司令塔を失えば混乱して動きが悪くなるからだ。樹木二本分ほど距離まで近づき魔法を準備する。


「じゃあ、いくよ。—―風弾エアバレット

水弾ウォーターバレット


 数にして二、五。八……十体のゴブリンの死体が出来上がった。アーシャと僕は心臓を狙い撃った。頭は外す恐れがあるから樹木一本分の距離――十メートルくらいまでの近距離でしか狙わないようにしている。外してしまう危険リスクは取れないからだ。今回は外したのではなく対象を指定してなくて被ってしまった故に倒せた数が減ってしまった。

 ばたりと倒れた同胞達に混乱していると――ニビが殺気を振りまきながら吠えて注意を一身に引き受けた。


「ぐるるる。」

「—―――――――――‼」

 司令塔を失ったゴブリン五匹はニビを見るや否や、背にしょっていた短槍ショートスピアを構え、突撃する。短槍を軽々と躱して、一体のゴブリンの喉元に噛みつき、肉を噛み千切った。狩る側が狩られた事実に激高して短槍による乱れ突きがゴブリン達から繰り出された。それすらもニビは簡単に避けていると―――。

 

水弾ウォーターバレット。—―ふぅ、ニビぃ!頑張ったね!いいこいいこ。」 

「二人ともお疲れ様。アーシャ、倒したらすぐ何するんだった?」

「あ!シルに貰った袋に入れなきゃね!」

「そう、魔法の袋マジックバッグね。魔物も鮮度が命だよ、早くね。」

「うん!任せて!」

 対象を指定し忘れたミスがあったものの反省自分で回収してもいいんだけど、アーシャ達との森探検かりはアーシャに贈与プレゼントした魔法の袋マジックバッグに仕舞ってもらっている。アーシャは少数だと最後まで――戦利品の回収までやってから狩りの成功を喜ぶが、今回のように魔物が多い時の戦闘に勝利した時は忘れてしまいがちだ。死体から漏れ出る血の匂いに誘われてもっと魔物が寄ってくるから危ないよ、と教えているけどまだ三歳だもの。しょうがないよね。こうして言えばすぐに回収するし。


 戦利品まものの回収を終え、次なる獲物をニビが探し出す。あっという間にトレントと黒鎧百足ヨロイムカデに遭遇し、蹴散らした。


「最後が、本命だよ。ハイウルフ達を倒したら今日は終わり。」

「ほんめい?」

「くぅん?」

 アーシャとニビはきょとんと小首をかしげた。

 まだ分かりにくかったよね、と僕は自責し言い直す。

「とびきりの獲物ってこと。」

「わぁ、なるほどね!」

「きゅい!」

「それじゃがんばろう!」

『おー!(きゅい!)』


 ハイウルフの率いるウルフの群れもすぐに見つかった。流石夏。狩りに割ける人材、日数ともに頻度は落ちる。農耕に精を出さなければならないから。ただ問題を挙げるとしたら――最低限の間引きだとちょっと奥に行けばこの通り――群れが合流して大所帯になっていた。ハイウルフ二匹に、ウルフ二十匹。

 流石に多い。

「普通のウルフより一回り、んん二回りは大きいのがハイウルフだよ。あれを倒さないとダメ。」

「ふんふん。あのおっきなワンちゃんね。」

「いつも通り、水弾ウォーターバレットで攻撃して。ただ全部をあのハイウルフに撃ち込んで。他の…ウルフが来て、危なくなったら水砲ウォーターキャノンでビビらせて。」

 一匹のハイウルフを指定して対象が被らないようにしておく。ゴブリンの時の失敗を活かした指示だ。

「今回は数が多いからニビ、前に出ちゃダメだよ?待て、だよ。」

「きゅい!」

 待て、が分かるのか。

 魔力で風弾エアバレットを装填準備し五発をハイウルフに、二発を寝そべっているウルフに照準を合わせる。

「いけそう?」

 自分の準備が終わったのでアーシャに確認を取る。

「うん。」

 アーシャは真剣な顔で短く返事をした。

 

『せーの。』

 二人の魔法、水弾ウォーターバレット風弾エアバレットはハイウルフに被弾、ウルフに直撃した。

 風が問題だったのか、水が問題だったのか、直撃前に身を捩って避けてきた。軽傷と重傷に近い攻撃には成功したが、よくもまあ完全な不意打ちに対応してくるもんだ。ウルフは感知できずに寝そべったまま脳天を貫かれ二匹とも絶命しているというのに。

「むむっ。」

 この結果にはアーシャもふくれっ面だ。


「—―――――――‼」

 獣の吠声。ハイウルフのものだ。

 殺気立ったウルフがこちらに爆速でやってきている。

「任せた。」

「うん!水砲ウォーターキャノン‼」

 予め打ち合わせしていた通りにアーシャが水砲ウォーターキャノンを撃ち込む。

 土が抉れ、木を削り、先頭を走って来ていたウルフは爆散した。僕は水砲と同時に飛行フライで間合いを思いっきり詰める。注意を惹き付けるための過剰攻撃は功を奏していた。怯んだ隙をついて、手負いのハイウルフの脚元一面を土魔法、泥沼クレイでぬかるませる。この戦法はルーデウス先生の知識を活かさせてもらっている。……が少々、いや滅茶苦茶魔力を消費する羽目になった。一瞬足場に気を取られたハイウルフは再度隙を見せた。致命的な隙だ。同時に魔法行使していた頭上の風断頭エアギロチンには意識が割けないようで。

「—―――スパッ、ごとり。」

 僕の作戦は上手く言った。二匹のハイウルフは首を斬り落とされ絶命した。僕は額に玉のような汗をかいてしまった。敵がいる中、魔力の使い過ぎという場面に自身の差配で陥ってしまったわけだ。舐め過ぎだ、と𠮟責されても仕方ない。

 それにしても首の落ち方、身体のぐったり感はスカイリムのオープニングイベント――斬首処刑シーンを思い出すなぁ。

 いやいや、戦闘はまだ続いている。現実逃避している場合ではない。

 上空よりアーシャ達の安全の確認。樹上に陣取り登ってきそうになればひょいひょい木から木へと飛び移っては仕留めている。これは平気そうだ。僕は最後尾から順にウルフを風弾エアバレットで狙撃して倒していく。後方にも気を取られたウルフ達は簡単に僕とアーシャに蹂躙されていった。


「ああ、疲れたぁ。」

 珍しくアーシャが疲れを訴えた。

「そうだね。今日はいっぱい狩ったもんね。」

 僕も疲れた。原因は地形を無視した泥沼化。地質に関係なくハイウルフ二体分、纏めて足場を変質させる魔法を瞬時に放つのは実力不足感が否めない。そういえば彼自身馬鹿げた魔力持ちって設定だったか……。良い案だと思ったが反省だ。作戦に組み込めない程の魔力消費量がどの程度かって?現在にして総魔力量の凡そ半分、ごっそりもってかれました。

「うんうん!戦利品いっぱい!ママ達驚いちゃうね!」

 戦利品の回収まで済ませた僕達は樹上で休憩を取っている所だ。【収納魔法アイテムボックス】から一口やきにく用豚肉を取り出すと素早く炙る。薄いので炙る程度の火魔法—―火球ファイヤーボールを作りさっと火にくぐらせるだけ。味付けは――塩コショウとか何もないけど豚肉の臭みもない。肉汁という名の旨味たっぷり。焼いたら即行火球は消す。攻撃魔法が禁止されているだけで焚火などは問題ないとも教わっている。分かってはいるけど森や山での火魔法を使うのは抵抗があるからすぐ消す。

「はい、アーシャ、ニビ。」

「わぁ、いつもありがとね!美味しい豚肉!」

「きゅい!はぐはぐはぐはぐ……。」

 僕とアーシャは二切れ、ニビは四切れ食べた。本当はニビも二枚で済ませる予定なんだけどアーシャの餌付けリフレッシュ時間タイムでもあるので必要経費だ。致し方あるまい。

 強化種とは実は初戦闘である。魔物同士の棲息圏争いに三村全体での様子見が決められたので最低限しか狩って来なかったのだ。それで――戦って思ったけど強化種の強さは一線を画しているね。この世界、敵のインフレ具合がやばいと思う。アーシャの攻撃とか不意打ちで軽傷だったし、僕の魔法でも重傷…敏捷火力に特化?されたハイウルフの耐久強化具合をみるにレベル1上位かレベル2下位の実力はあるんじゃなかろうか。こんな一迷宮事件で魔物の脅威度が上がるんじゃ他にも突然変異個体――強化種が出てきそうで一抹の不安を覚えてしまうのは僕だけか?迷宮がぽんぽん出来ないことを祈るしかないのか……どうして迷宮が産まれるのか、発生条件とかあるのかな。分からない事ばかりだ。

 二人と一匹は御馳走様をして、水球で水分補給ついでにちゃんと口元を拭う事も忘れず帰路に着いた。


「こりゃまた今日は気合の入り方が違うねぇ。狩りはこの子達に任せてもいいんじゃないかい?」

 ミーシャは立派な狩人だと褒めてくれる。アーシャも嬉しいようでえへへと照れ笑いを浮かべている。

「ミーシャ‽いやいや、流石にだめだろ⁈」

「今は危ないからダメだけど十歳おとなになったらこの子達に任せてもいいわね。」

「マリア……十歳になってもこの子達は女の子だろ……任せるとしたら男にだろ…。」

 ルイは心配だからと主張する。思いの外、女性陣は狩りすること自体、賛成推奨らしい。

「そりゃあたし達みたいに家畜の世話に用水路に水流したり家事に追われたりするなら狩りに行く暇なんてありゃしないよ?でもうちらがいるんだし結婚もしてないんだから狩りの腕があるなら狩りさせてもいいじゃないか。」

「ミーシャの言う通りね。それにこの子達が村から出ていく可能性だってあるんだから私達は第二子、三子って村に残ってくれる子もこさえないといけないわよ。」

「第二子…?第三子……。そうだったハニー。そろそろ僕達も頑張らないとね。」

 出ていく可能性—―寂寥感はないらしい。耳にも入っていないのかもしれない。あらゆる情報を無視――理性を凌駕する性欲恐るべし。きっとルイはマリアとのげっふんごっふんで頭がいっぱいだろう。

 まだ夕食前だろうに。はぁ。


「お盛んみたいだからアタシらはお暇させて貰うよ。解体はこっちで済ませとくさ。じゃあねー。」

 ほら、いくよ。とミーシャはアーシャの手を取ってミーシャ宅へ本当に帰って行った。

「ミーシャ、アーシャちゃんまたねー!もう、まだ夕飯もお風呂だって入ってないのに。シルだって起きてるでしょうがッ!」

 ゴツンっと良い拳がルイの脳天に直撃した。バカな男よ。一撃貰って」やっとのことで理性が本能を抑えつけたようだ。呆れちゃうよ。ちんちん頭の中にまで飼ってんじゃないよ、まったく。まーでも僕がなんだね。おっけーままん僕は配慮の出来る紳士……いや今は淑女だから、安心して。残った魔力はベッドに潜り込んだら早々に【収納魔法アイテムボックス】の容量拡張に使い切って気絶しようと心に固く誓った。

 

「シルーご飯の準備手伝ってくれるかしら?」

「任せて、ママ。」

 父のことはガン無視して僕とマリアは器に盛りつけたご飯を食卓に並べた。ガン無視が効いているのか反省しているようだ。

 丸パンに山菜炒め、ウルフ肉のホワイトシチュー、果実デザートに蜂蜜檸檬味の黄色い果実――チルベリー先生まである。

 冬から春、春から夏と食事は少しばかり豪勢になる頻度が増えている。畑からの収穫に山……というか森の恵みもある。浅い所でも十二分に黄色い果実のチルベリーさんが取れるのだ。冬以外採れる果実だが、旬は夏と言ったところか。明らかに糖度が高い。つまりは夏のチルベリーは割と争奪戦ということだ。お目にかかれない程ではない、寧ろ森に一番近い位置に我が家は陣取っているので採りやすい。でも採らない。村の皆のため――いや女性陣の中で協定でも結ばれているのだろう。不文律ルールが存在しているように思う。チルベリー自体は苗を花壇なり鉢に植えて其々の家庭で栽培出来るので食べようと思えばそれなりに自家栽培すればいいだけの話なのだが、何故か味が少しばかり落ちてしまう。それ故に森から採れるチルベリーは人気が高い。

 そして今日出てきたチルベリー先生は紛れもない天然物。養殖とはわけが違う。天然甘味チルベリーに僕もマリアもメロメロの骨抜きだ。

 前世でも甘味は好きだったが、それ以上に今世で食べる甘味は極上と言える。前世の記憶さえなければ今世は甘味のために生きていたかもしれない。悪者退治してみたい、とか童貞卒業……はもう無理だけど恋してみようとか、そう言った野望は甘味の前に潰えただろう。いや半ば潰えたと言っても過言ではない。人攫いを倒したのだ。下っ端だろうと何だろうと退治は退治だし恋は適齢期にならないと話にならないから後回しでもいいだろう。つまりは甘味巡りにステータス強化が生き甲斐なわけ。道は定まった。甘味と魔法の覇道を私は歩もうと思う。なんて馬鹿なことを考えながらルイと湯舟に浸かるのであった。


 その夜のことは何も知らない。

 本当に。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る