第11話:一仕事を終えて
どうしようか。
素材、どうしようか。
黙って持ってきていた
いっそ、
というか、自分用の
他人の作って、我の作らず。
シルフィアはちょっと抜けているのである。
シルの収納魔法も収納袋も時間経過の劣化が起こらないので拡張していけばいいのだが、空きがないと整理したくなるのだ。
何か良い手はないか…。
この際、解体作業でも手伝ってみるか。
「…パパ、今日暇?」
「ん?そうだな、急いで貸宿を建てる必要もなくなったしなぁ。シルは何かしたい事でもあるのか?」
「解体を私に教えてくれない?」
「困ったな、解体するもんが今はないんだが…。」
「魔物の死体ならあるんだけど。ちょっとママには内緒にしてくれる?」
「おい…まさか…はぁ。どうしてこうも
「見てないのに娘に悪口言わないの。」
「…じゃあ、黒鎧百足か?トレントか?ウルフか?ゴブリンか?そうじゃないだろう見たことないやつだろう?」
「そう。」
「…。」
「じゃあ、こっそりね。」
「そうだな。こっそりな、それで何手に入れたんだ?」
「それは見てのお楽しみ。」
家族は男判定に入らないってゆるゆるな呪いだな。《性》を意識してしまうとダメなんだろうけどさ、そこらへんも神様が苦労してゆるゆるにしてくれたんだろうか。だとしたらもうちょっと文言を分かり易くしてほしいものだが……。いやこの世界の神様ありがとう、全てはストーカーらしい呪った地球人が悪い。誰なのか知らんが恐ろしい奴だ。全く。
家畜小屋の一室の簡易解体場所が我が家にはある。
主にゴブリンやウルフの質の悪い内臓などをぐっちゃぐちゃにして毎日の掃除で集まっている家畜糞と土とを混ぜ合わせる場所だ。
本格的な解体場は村の広場にあるが、そこで解体は出来ないため自宅の解体場に来ている。
父はそわそわしている。そんなことで
頭と胴に分かれている
「
「うん。出来るけど、一気に言い過ぎ。覚えられないから適宜指示してね。」
「…随分大人な喋り方して。適宜とか誰が教えたんだよ…」
「女には一つや二つ秘密があるもの。それを詮索するのは野暮ってものよ。」
「ミーシャとマリアに違いねえ…はぁ。」
頭は
たこ糸で食道と膀胱を縛り上げる。尚、僕は食道の方を縛り上げた。
斜めに引き摺り持ち上げるような形で素早く内臓と肉を分けるまでは真剣そのものだった。
「ふう、ここまでが時間との闘い。あとは脇や股に包丁で
「分かった。」
取り出した内臓は何となく人間にあるような臓器達と似ている。胃や膵臓とか…脾臓、腎臓がどれかって聞かれたら分からないけど、心臓、肺はまんま肺、肝臓はヘパリーゼ先生みたいで、膀胱は漏斗、腸なんかは昔見た模型に何となく似てる、というか覚えがある。
胃らしきものが何個もあって豚と人が掛け合わさってるのに牛みたいかもと思いながら、人間と違う要素の一つなのか、人間なら腎臓は二つあるって話だからわかりそうなもんなんだけど不思議と対になる臓器は見当たらないので
百八十体の内、十体程を親子で夢中になって解体していると、昼食の時間のようで、マリアの呼ぶ声が聞こえてくる。
「シルー、ルイ―、お昼よー!ってどういう事かしら?」
呼び声の主はどうしてか返事もしていないのに真っ直ぐ此方にやって来ていたようだった。
隠し事がバレたようで、ルイは盛大に肩がビクついてしまった。
「いやこれはだな、その」
「なあに?それ、お肉?頭――これ
マリアに詰め寄られ、しどろもどろになってしまったルイには犠牲になって貰おう。
「え、パパ、ママに迷宮近くに出てきてた
僕はきょとんした顔で淡々と話して無関係を装う。こりゃ女優になれるんじゃないか、と思える程すらすらと言えた自分が怖い。
「そうなの?ちょっとそこら辺のお話は私聞いてないから説明してもうわね。」
「え、いや、ちょ、ちょっとぉー!?」
ずるずると引き摺られていくルイに犠牲になってくれ
ルイは娘の為に口裏を合わせるのに四苦八苦しながら、口防に費やし忙しなく昼食にありつくのだった。
「じゃ、夕食は貴方達が解体してくれた豚肉料理としましょうか。」
『わーい』
昼食後に、マリアは豚肉料理を振舞う宣言。ウルフ肉料理を堪能した後にも関わらず、マリアが作ってくれる新作料理に期待感を膨らませ、僕とルイは声を揃えて喜ぶ。肉は肉でも豚肉だ。この世界の豚肉は初めてだ。生姜焼きとか豚汁とかとんかつとか最高の御馳走だった思い出から豚への期待値は高くなっている。この世界のご飯への不満と言えば主食の丸パンの味気無さくらいで、おかずは最高なのだ、期待しちゃうだろう?
どうせならと、アーシャ達家族も呼ぶことになった。
朝方の全ては解体に費やしたので、昼は一刀流剣術の稽古を受けて、気分をリフレッシュする。剣術の稽古でリフレッシュというのも変わっているかもしれないが、血抜きや紐縛り、手足の斬り落としからの腱筋断ちなんて作業はやってみて分かったがあまり好きではないと早々に思ってしまった。今後の為にしっかりと解体技術を身に着けるつもりなので、嫌なことから逃げるつもりはないが、殺生した後の解体は追いはぎでもしている気分になる。丁寧に処理することで生命に感謝を込めて頂く第一段階が解体なのだと、何匹目かの豚人を解体している時にルイが教えてくれた心構えである。我が父ながら、良いことを言う。解体中も稽古中も、本日のルイは実に頼もしく見えたのであった。
「わあ、脂身が甘い。」
「口いっぱいに旨味が溢れてくるね。変に筋張ってたりしないし、トントロみたいなぷりぷり食感だ。」
「とんとろ?よくわかんないけど豚おいしいね。」
「はぐはぐ…」
アーシャと感想を言い合いながら、豚肉の焼肉に
「ルイ、マリア本当にありがとうね。こんなに美味しいお肉が食べられるなんてね。」
「ミーシャに言いたい事を言われてしまったけど、本当にありがとう。豚肉の焼肉なんて王都の高級焼き肉店位でしかお目にかかれないしな。」
「いやいや、麦酒を持ってきて貰ってるんだし。お隣さん兼親友の家族にも振舞って幸せの御裾分けをしないと罰が当たりそうでな。」
「そうよ。いつもミーシャとアーシャちゃんは家に来てくれるからシルも夕食まで一緒ってことで喜んでたしね。あ、もちろんホセさんも見回りに狩りにいつもうちの
豚肉料理というだけあって、ウルフ肉は一切ない。不味いわけではないけどここでウルフ肉を出したら、気を遣って豚肉を食べる頻度が下がってしまいかねないから、という配慮だろうね。マリアは出来る女だ。
「ああ、どうせなら
「ルイ、それはどうだろう。
ルイのモノの例えが悪かったのか、麦酒を呷っていたホセが真面目な顔で発言を窘めた。豚肉は美味しいけど、
「そうよ、物騒な事言っちゃダメよ。王都メルトリアと都市街サース、イース、ウェースの交通間にあるファライア森林帯の道路開拓が進んでないのは《厄介な魔物》に指定されてる
「くーくっく、美味しいってのを表現しただけなのに
マリアも本気にはしてないだろうけど、一応釘を刺した形か。それをミーシャは楽し気に見てルイの背中をバシバシ叩いている。
ルイも
解体で少しは
解体自体も作業工程は覚えたから時間は掛かっても残りはこつこつ一人で片してしまえばいいだろう。
お次は、金銀財宝だ。
宝箱の
金の
お次は装備品・装飾品だ。
金の指輪、銀の指輪。金の
鎧は当たり前だが、サイズが合わない。持っていても無用の長物である。
装飾品の指輪の類には
僕の中途半端な秘密主義のせいで迷惑を掛けたりしている自覚はあるのだが、今回の迷宮潜入調査隊の後をこそこそついて回ってた件についてはルイだけでいいと思う。正直マリアやミーシャ、ホセあたりはまたふらふらこそこそしてたんだろうなって豚焼肉で勘づいているかもしれない。いや勘付いているだろう。それで何も言われないのは死体漁り位しかしてないと思われてるからだ。鍛冶師のブロンさんに素材提供するとなると流石にきちんとした説明を求められると思うんだ……。マリアの雷が落ちる可能性—――百パーセント!!だろうから諦めて死蔵しておくか。
時は過ぎ、三歳を迎え少々。
冬を乗り切り、春を迎えている。
父達の仕事も農業に比重が高くなっている。どうやら夏から秋にかけてが本格的な畑仕事――繁忙期となるようでその仕込みというわけだ。
毎日こそこそと一体ずつ
迷宮から
そうそう。
最近村に移民してきた二組の夫婦が増え、世帯数は十一程に増えたとか。
おかげでルイとの剣術稽古が週一だったのが隔週で週二に増える程度には休みが増えている。
緊急依頼で冒険者の寝泊まり場所の確保に建設していた貸し宿も商人達が寝泊まりする宿として役立っている。
この貸し宿の影響は凄い。
月に一度の定期商団しか訪れなかったタルク村であったが、流れの商人も不定期で訪れるようになったのだ。
都市街ウェースから来る商人は、西に位置するナルク村を経由してタルク村を北上し、都市街サースの交易ルートを新しく開拓。
都市街イースから来る商人は東に位置するサルク村を経由してタルク村を北上し、都市街サースへの交易ルートを開拓したみたい。
流れの商人とは、どちらも都市街を行き交い商いしている商人達ということ―――つまり裕福な商人という事だ。
裕福な商人が扱う商品—――積荷は生活必需品よりも専ら嗜好品である。
その商人達の一部が交易ルートの利便性が向上したことにより、タルク村にも訪れるようになったのだそう。
冒険者ならまだしも嗜好品を主に売買する商人達にとって寝泊まり出来る環境というのは途轍もなく大切らしい。一応広場でキャンプテントを張って寝ることは前から出来た。ただそうなると荷物が嵩張ってしまう。一度の交易で取引できる積荷が減るのは商人として良しとしない。だから今まで都市街サースの領主が依頼する定期商団しか訪れてくれなかったのである。
まぁ、積荷量
大通りは捕縛討伐しても盗賊達がゴキブリの如く湧くとのことで既存ルートは安全なようで安全でないらしい。将来的には分からないけど、今は此方の交易ルートの方が一日から二日程遠回りになるにしても格段に安全とのことだそうで穴場ルートとして今後も使うらしい。
沸いたのは商人だけではない。やっと余裕が出てきて嗜好品商品にも手が出るようになってきた村人達にとって貸し宿効果は僕が作製した
僕達の村は定期商団からは生活必需品を買うし、定期商団とは基本的に生活必需品を運ぶことを優先することが
それが不定期に来る商人達からお酒、海産物の干物などの酒のアテが積荷の大半なので、ちょっとした嗜好品を買うことが出来るようになったのだ。
余裕が生まれて、少しばかりの贅沢を得る事が出来るようになった村人達から歓声が沸くのも無理はない。
自分達で作っていた微々たる嗜好品――麦酒だけでなく葡萄酒や蒸留酒であるウイスキー等も流れてくるようになって僕の父さんであるルイやアーシャの父であるホセ、鍛冶師のブロンさん、ダルフ系三兄弟達は特に喜んでいた。
男衆の影に隠れてマリアも葡萄酒にうっとりしていたのは内緒である。
森の生態系は
この中でウルフは劣勢を強いられていたのだが種族上位種のハイウルフ、ゴブリンは種族上位種のハイゴブリンが新たに生まれていたことで
ウルフはくすんだ茶色の毛が特徴の大型犬――狼みたいな見た目だが、ハイウルフは焦げ茶色で色味に深みが増している、一回り程大きくなった上位種で敏捷、筋力共に一線を画している。ゴブリンは緑色の小人みたいな悪鬼だが、ハイゴブリンは青色で知性が高い。前衛職の
我ながら英断であり
こちらも生活基盤が安定し、生活が向上する中、魔物も生態系の変化に適応し、種の強化がなされている。迷宮のせいで森全体の危険度は上がってしまったものの此方の装備も
一戦毎に負う生傷が減れば、魔物の戦闘力が全体的に上がっても連戦は可能で、今も狩りの成果は安定している。
この安定には何といっても
―――――――――――――――――――――――――
円卓座る十三人の謎の一団。
真黒な外套に、白の仮面。素性は分からない。分かるのはそいつが男である事と渋い声の持ち主が責めるような口調で話し始めたという事。
「どうやらシア王国の最南端に発生させた迷宮は即行潰されてしまったようですな。前後からの《挟撃》のために必要不可欠との事で大量の資源を投資したというのに、初手から躓いているので先が思いやられますぞ?」
「早すぎたのは否めませんが、あそこは第一級冒険者の中でも一際切れ者で知られる《死神》がいますからね。領主であるヴァイデン家も善政を敷く
これに対して、同じような恰好をした者――強いて言うなら仮面に描かれた模様が違うくらいか。責められるのが分かっていたようで、しっかりと反撃のカードが切られた。中性的な声という事しか分からない。
「どーどー。喧嘩はやめましょーよー。それ言ったら、しょうもない末端の奴のミスでおいらの奴隷支部も壊滅的被害に遭っちゃったわけだし。最初にしくったのはおいら達なわけよ。ほら、好事魔多しっていうっしょ?上手くいかない時はとことんうまくいかないもんさー。」
へらへらした口調の人物が仲裁に入って場を収めようとするも、如何せん口調が軽い。自身の勢力の失敗をしれっと語り、まとめて不問にしようとする辺り狡賢い。
「黙って聞いていましたが人材の放出、迷宮の即時攻略、奴隷支部の壊滅。これ全部を不問にしようって流石に無理があるのではなくて?」
透き通るような綺麗な女性の声が場に響いた。
場の空気が凍り付き黙り込む。女性は敢えて溜息をついて、これで身内同士の責め合いはお終いとばかりに話を進めた。
「次善の策はどうなのですか?」
「それは勿論、手は打ってあります。先ず、イース、ウェースでは着実に迷宮が育っているので、二都市に関して関しては、当初の計画をそのまま続行。サースに関しては直接都市に波状攻撃を仕掛けます。」
「ふんっ。都市街サースに波状攻撃など仕掛けても戦力は削れんぞ。時間稼ぎが関の山よ。《死神》が出張るのは目に見えているからな。」
「時間稼ぎこそが目的ですから。ただ、二都市に比べると、大して時間は稼げないので、サース管轄地域の村々にも攻勢を仕掛けます。冒険者や都市直轄部隊に奔走させ、《ヴァイデン領主》と《死神》の手足を捥ぎます。これで各都市に主要人物達を縛り付けることが出来る筈です。この作戦の肝は実働部隊達の腕に掛かっている、という点が不安定要素でしょうか。」
「我々の子飼い達がヘマをするとでも?」
「心外ですな。時間稼ぎ位ならヘマのしようもないかと。」
本来なら―――皆さまが現地で直接指揮を取れるならしないでしょうね。と中性的な声の者は心の中で呟く。
幾ら何でも迷宮踏破が早すぎる点が気がかりだったのだ。何か見落としている、若しくは気づいていない何かがサースには潜んでいるのでないか、と。無論、推論の域を出ない。こんな事を言えば他十二人に臆したとでも思われれば食い物にされるのは自分である。
「狙いは王都クリメルクの陥落。—―シア王国を傀儡に出来れば上々。最悪、内乱に発展させれば国力は落ちる。我々は主要都市街を攻め落としたいわけではありませんから。所詮は足止めさえ出来ればいいのですし。皆さま異論は?」
『なし』
こうしてシア王国の災難は始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます