第9話:野次馬根性
ぞくり。
寒風が肌でもなぞられたような。
目を開けると、朝だ。
ルイは昨日帰って来てはホセと合流して、男衆に何か伝えていた。
タルク村からみて西――ナルク村方面と北—――都市街サースへ使いが出ていき、最低限の防備を自村に残しつつ、
家にいるのは母であるマリアと僕だけだ。
幸い、農作業がなく、田畑の業務がないので、水やりもない。
ぱらぱらと降り積もる雪もたかが知れている。
軽く雪かきをして、サイロから家畜用の餌を取り出し、水と一緒に与えるだけのお仕事よ。糞の始末や家畜の体の汚れは【生活魔法】の
「ママ、パパは?」
「パパはね、お隣さんのサルク村のお手伝いに行ったのよ。」
「なんで?」
「困ったときはそういうお約束を村全体でしてるからよ。大丈夫よ、ナルク村からも凄い人が応援に駆けつけてくれるし、大きな街にもちゃんと依頼してあるからね。強い人達が街から来て解決してくれるまでに一番困ってるサルク村を守ってるだけなのよ。」
どうやら原因となっている部分は濁されたが――何かしらの被害拡大だけ避ける形で動くみたいだ。原因の解決には村の人間ではなくスペシャリスト―――その道の専門家が動いてくれるようだ。
ただ隠されたら暴きたい、地球にいた時よりも面白そうなことには首を突っ込みたくて仕方なくなっている僕の野次馬根性は
—――というわけで。
凝りもせず再び、夜中に家を抜け出した僕は西寄りに森を進む。
何かあるとしたら村じゃなくて森って相場で決まってるんだい!
ただ何が起きてるのかは分からないし、ルイの安否確認だけはしとかないとね。それとマリアに心配かけると不味いので、ちらっと現場をみて今回は帰る予定です。
西へ西へと飛び、それらしい所は――簡単に見つけることが出来た。
夜というのも相まって、薄く発光している箇所があったからだ。
新魔法の
シルには森へ行く――自由な時間が限られているので、倒し方を、少々燃費が悪くても効率を上げる方向性に切り替える為に編み出した魔法だ。
人は失敗から学ばないとね。
時は金なり、有限なり、急がば強行突撃突破の精神で行かせていただきます。
薄っすらとしたほんのり白く明るくなっている地点に降り立つ。
素が球状の光球体が地面に埋まっているかのような形で設置されているようにみえる。半球だけが地面から露出していて、どうやらここから魔物が出てきているのが確認できる。もちろん
破壊出来たらいいのだが。
魔法を撃ち込んでみる。
風弾や水弾は半球に当たっては吸い込まれているような、取り込まれているような、繋がっているであろう向こう側に飛んでいってる感じがする。
撃ち込んでいる間は、パラパラと湧いて出来ていた魔物も鳴りを潜めている。
これは効果ありといった感じかな?
もしかしたらなんだけど、これって僕は悪くないんじゃね?
疑惑出てきたな。あの所からムカデとトレント出来てきてるんだけどさ?
今日中に何とかしようってわけじゃないし、ルイの様子もみておかないとね。
森から真っ直ぐ――北に引き返し、最短
うちの村より厳重なのは一目瞭然だ。
夜警巡回者の数がざっと見る限りでも二倍程になっている。
【遠見】と【鑑定】を使い、ルイは、っと。
いたいた、ちゃんと夜警してるみたいで何より。ルイの生存確認も取れたし、一先ず家に帰ろうっと。
快速特急気味に飛ばして帰省したから四半刻も掛からずに、マリアが起きる前に無事に帰ってこれました。風魔法で
あのぼわっとしてる光の塊は
見た感じだと突然発生してる気がするんだが?だとしたら質が悪いよね。
あそこから
あーやだやだ。ちょっと生態系壊したかもとか自己嫌悪に陥ってた、自責分のストレスをこの幼女体に与えることになったあの半光球には是非とも消えて貰わねばな!
栗毛色の可愛く切り揃えられた
こういう時は寝るに限る。
魔力さえ使い切ってしまえばこっちのもんなのだよ。無防備にはなるがね?そこはご愛嬌さハハハ。
収納魔法の容量を増やす為に、残った魔力を拡張に費やす。ぎゅるるるるるっと魔力を一気に使い果たし
んー、爽やかな朝だ。
この世界の一日は大体三十時間、一月が三十日の十二カ月構成。
よって夜の刻から朝の刻に変わるまで――日の出まで十時間、朝日が出てすぐに活動するわけでもないので地球にいた頃の――残業後に寝たとしても
ベッドから起き上がると、マリアが朝食の準備をしている。
「おはよう、ママ」
「おはよう、シル。もうちょっとで朝ご飯出来るからね。」
朝ごはんの前に自分で作った
なお摘みたてである。
嚙むだけで、唾液に反応して、口腔内が泡塗れになる。
この汚れには虫歯菌も含まれるのだろう。
口腔洗浄草が普及しているせいか、虫歯はこの世界には存在しないみたいだし。
実に便利な草である。地球だったら歯科医は相当数廃業待ったなしかもしれない。
矯正と乳歯・親知らずの抜歯、入れ歯のあれこれ程度だろうしな。
ああ、この世界では雑草程度にしか価値のないこの草を地球で栽培出来れば。
こんな思考に耽っても百年河清を俟つだな。
無意味にも程がある。
洗顔と歯磨きを済ませ、マリアの朝食の準備を手伝う。といっても盛り付けられたお皿を机に運ぶだけだけどね。
「いただきます。」
「いただきます。」
マリアに次いで僕も『いただきます』を言って、軽く食べ物に頭を下げる。
これがこの世界のいただきますだ。手を合わせない代わりに頭を下げるのだ。
フォークとナイフ、スプーンを使って食べる。ウルフのとろとろ煮に、フランスパンに近い丸いパン、搾りたてだろう家畜乳。牛と羊を足して二で割ったような家畜から取れる乳汁だ。確か生物個体名はミルメエクだったか。冬なので鍋で温め、ホットミルクにして飲むのだが、特濃牛乳にたっぷり生クリームでも入っているかのような美味しさである。
この世界の食べ物はハズレがないのでは?と思える程に美味しい。
強いて言うなら日本のパンで育ったばかりに、ここのパンは地球でいう所の海外製パンに近い甘みが少ない――味気ないパンという点くらいだろうか。
それもウルフ肉を煮込んだ塩ペースのスープに浸せば極上だから単体で食べたりしない限り、不満はない。
ウルフの肉は何度噛んでも肉汁が溢れてくる。食してきた肉史上でウルフが最高級品レベルで旨いのだからここの世界の美食とはいったいどんなレベルなのか底が知れない、楽しみでありながら怖さもある。
「いただきました。ほら、シルも食べ終わったら感謝なさい。」
「いただきました。」
食べ物に感謝を捧げ、美味しく頂いたら皿洗いだ。
魔法により水使いたい放題の我が家では生活魔法の吸着と水魔法の
水球の水分子が油汚れやらを吸着するのだ。
一般家庭では平桶に水を張り、生活魔法を使うらしいが、
安全に気絶出来る
夜分は
だから、一般家庭では魔力は温存する傾向が強い。
強いていうなら、農作業のない冬くらいだろうか。狩りに出る頻度が激増するので森の安全――
よって盗賊の心配だけとなる冬が女性陣の魔力ステータスが伸びる
今はルイが他の村へ援軍に駆り出されているので安全とは言い難いのだが、
いつものように家畜用の餌をサイロから取り出し、与え、生活魔法の
今年はゴブリンとウルフの乱獲でどちらも供給過多だ。春先までは安心して食料の心配をしなくてもいい。もしかしたらマリア用の
僕が作った
今日はアーシャと生き返った狐ことニビとで二人と一匹の散歩だ。
アーシャの腰には
これなら都会に出て行って、間違っても奪おうとする奴も出てこないだろう。
「シル、今日はちょっとだけ森に入ってみない?」
「ママたちに言わないと、勝手に行くと怒られるよ。」
「えー、ママたちに言ったら絶対ダメって言われちゃうじゃん!」
分かってるじゃん。アーシャ氏、確信犯です。
「シルはこっそり夜に森に行ったんでしょう?」
うっ。ジト目で痛い所突いてくるではないか。
「アーシャは女の子でしょ。だからだめ。」
「シルも女の子じゃん。」
こっちは精神的な話をしてんだい!
「それに三人なら大丈夫だよ。ニビもいるし。まだお昼だし。」
「じゃあやっぱりママたちに言っとかないと。大人達が困ることになるよ。勝手に居なくなったのがバレれば、大人数で捜索隊が組まれて村に迷惑かけちゃうよ。今はサルク村の方に問題があって、うちのパパも向こうに行ってるから問題起こしたらサルク村の人たちにも迷惑掛かっちゃうかもよ。」
「うー、わかった。とりあえずママたちに聞いてみよっか。」
これだけ言っても諦めるという選択はないのか。
アーシャの森への外出許可は、あっさりと何故か下りた。
「深入りしないこと。魔法で常に安全確認して、何かあったら逃げるんだよ。半刻で戻ってこなかったら怒るからね。」
アーシャママことミーシャがアーシャに言い聞かせている。
「辺りに魔物はいないと思うけど、アーシャちゃんが一緒だからね。ケガさせたらだめよ?アーシャちゃんが無茶言ったらすぐ連れて帰る事!いいわね?」
「…分かった。」
つまり、御守りだからこっちが無茶しないって分かってて許可したってことか。アーシャがいる時の僕が大人しい――良い子であることは把握済みという訳だ。おしゃべりに夢中なようでちゃんと見ているらしい。
さすがママン。伊達に子育て経験値積んでないわね。
森に足を踏み入れると言っても木は葉を付けてないため枯れ木みたくなっておりだいぶ見通しがいい。
百メートル程なら見渡せてしまうほどだ。
安全と遊びを兼ねて、樹上を――木から木へと飛び移っては移動する。
中々にアスレチックで楽しい。アーシャも楽しそうだ。ニビは付いてきているが楽しんでいるかは正直よく分からん。
「トレントがいるかもしれないから、あんまりはしゃいじゃダメだよ。気配を潜めて、ちゃんと用心して。ここは森なの、安全な遊び場じゃないんだからね。」
「…!うん。」
アーシャにちょっと注意したら神妙な顔つきになって、擬態していないか、よーく見てから飛び移るようになった。
ジャングルジムで遊んでた子が、潜入捜査官ごっこに意識を切り替えたようだ。
潜入捜査が虱潰しに行われていると、ニビがぐるるる、と喉を鳴らす。
もしやと思って【鑑定】スキルで、辺りを調べる。
—――いた。
活動休止状態みたいに緑豊な身体は蔓まで茶色い。
完全に擬態している。
どうやらアーシャも気づいたようだ。君は一体どうやって気づいたんだい?僕の視線やニビの視線でも辿ったのかな?
「
だにぃ⁈
アーシャの唱えた水属性魔法により、トレントの胸部は爆砕する。
一撃必殺、胸部に在ったであろう魔石が砕けている。
辺りに散乱しているトレントの体をささっと
あまりの手際の良さにこのコも隠れて森に入っていたのかと邪推してしまうほどだ。
「…アーシャ、ものすごく手際がいいね。」
「ありがとう!パパにどうしたらいいか何回も聞いて勉強してたからね!」
なるほどね、ホセも案外アーシャの教育に取り組んでるんだ。いつも狩りやら巡回やらしてるからミーシャ任せなのかと思ってたよ。アーシャの普段の自由奔放なイメージが強すぎるだけか。
「新しい魔法はどうやって編み出したの?」
「えとね、ママが都会のお話とかしてくれるのよ!それで
なるほど。
見たわけじゃないけど参考にして
うん、すごいわ。
アーシャには鏃系や刃系、弾系などの攻撃魔法を見せることで得意な属性魔法に自分なりカタチにしてもらって模倣させたりしたのだが、まさか教えてもないようなことを生み出してしまう発想の転換――応用までしてしまった。これはもう天才じゃないと出来ないのではなかろうか。
僕が
なんならちょっと僕が考えた
圧縮した空気塊をちゃんと想像しておかないと本当に空砲になりかねんぞ。前世知識が邪魔をしかねないのですが?
まあ土とかそれこそ同じように水でもいいんだろうけどね。
覚えてる属性なら何でもいけそうだし。
よし、決めた。
大々的にパクらせてもらう代わりにアーシャにも何か効率の良さげな新魔法の御裾分けして
近辺にいた魔物はトレントのみ。木に保護色擬態していたので、アーシャが何の苦も無く一撃粉砕して倒した。あっという間の戦闘と言うか奇襲のため攻撃してくる素振りすら伺えなかった。
村にやってきた最初の個体は緑緑しい色合いだったが、擬態中はちゃんと色味を変えてるのかもしれない。
少なくとも夜間戦闘しているトレントは緑感溢れる人型ぽい魔物に見えるし多分アレが戦闘形態なのだろう。
擬態状態中の擬態を見破られたトレントは雑魚と。もしかしたらいるはずのないトレントの警戒を怠った男衆達には初見殺しが成功しただけかもしれないね。誰も殺されてはないけど。
全部で四体ものトレントを爆砕撃破したアーシャは満足したみたいで、僕達は帰路に着く。
時間にして丁度半刻。
帰ると玄関の外に二人が見えた。
マリアとミーシャだ。
アーシャは駆け寄って、抱き着く。
「ただいま!あのねあのね!」
それから戦利品のお披露目、武勇伝を語っている。
拙く、ちょっとばかし回りくどい話口調だが、幼い子のお喋りって思えば上等だ。とにかく伝えようとする意志がすごい。
トレントの薪は倒してもないのに一体分貰い受けることが出来た。
なんでも、護衛料だとか。
「そこらの男よりよっぽどシルちゃんの方が安心して狩りに出せるよ。アーシャが初狩りはシルちゃんと済ませたって言ったらホセも吃驚仰天するだろうね。くっくっく、愉快だねぇ。」
「あら、うちのルイは凹んでたわよ。このコが夜に魔物をこれでもかってくらい征伐してきた時に。初めてはお父さんと狩りに行くんじゃなかったのかって。」
「おーおー、ホセももしかしたらそんな反応するのかね。楽しみが増えたよ。」
ミーシャは黒い笑みを浮かべている。夫婦関係大丈夫か?じゃれあい掛け合い日常茶飯事か?離婚とかあるのか知らないけどやめてくれよ?
苦笑しているマリアを見る限り、そういった夫婦関係なんだろうが。
「シルはちゃんとママとの約束が守れたみたいね。ママはうれしいわ。」
マリアから、ぶちゅーとほっぺにアツいキスを賜った。
元々無茶してないけど、無茶してるようにみえるんだろう。今回は言いつけを守ってマリア的無茶してない判定を頂けたようで一つ信頼を勝ち取ったと言えよう。
夜中に乱獲は無茶だけど、アーシャの護衛に森にいく分には無茶ではないとはこれ如何に。
まあでもこれからの事を考えるとプラスな面が多いよね。
これからは連絡さえしておけば森への出入りが認められたようなもんだし。アーシャもニビも活動範囲が広がればやっぱり楽しいだろうし、自ら約束を破って危険を冒すような―――森に無断で入ることもなくなるだろう。
全面禁止より部分禁止の方が強制力が強いのはどの世も同じことよ。
部分禁止すら遵守出来ないのは不良よ。え、夜中に一狩りしてた二歳児がいるって?中身は成人だから。あ、前世の歳は内緒よ。何てったって今は女の子だからね!
今日のアーシャは初めて魔法を行使したり、見せてあやしたりしてた時みたく興奮して満足げに嬉しそうに帰宅まで終始にこやかでミーシャにべったりしていた。
冒険から無事に帰ってきた親子の再開のようで、ちょっとだけマリアが羨ましそうな顔をしていた。
それもあってぶっちゅーされたんだけどね。
「明日にはお仕事が終わるから、パパが帰ってくるはずよ。帰ってきたらちょっとだけごちそう作ってあげましょうね。シルも手伝ってくれる?」
「…うん。がんばる」
料理は一人暮らしでの自炊経験があるので包丁はある程度扱える。まだお披露目したことはないが、盛り付けだけじゃなく、一品料理でも作ってみたいものだ。
「がんばるだなんて、んふふ。いつも返事だけなのにやる気ね。パパいなくて寂しかったかな?」
夜中に元気にしてるか確認取りに行ったし寂しくはないけど、寂しいということにしておこう。料理の腕前を披露したいだけで気合が入ってしまったとか余計なことは言うまいよ。
「じゃあ、明日はママと一緒にウルフのシチュー作ろっか。お野菜切ったり、お肉切ったりできるかな?」
「…やる。」
お母さんや、言質は取ったぜ。
本当は今日も抜け出そうかと思ったけど、いい子にしてましょう。
家に女が二人だと作る量も少ない。よって夕餉は朝作ったウルフのとろとろ煮と丸パンにサラダの余りである。美味しいので文句はない。寧ろ大歓迎である。
魔法でたっぷりの温水をこれでもかと生み出して湯舟の完成である。
所要時間は三秒。風呂釜やドラム缶的な大容量の水漏れしないモノや場があればいつでもどこでも即席お風呂が入れる魔法って最高。
剣術などの肉体派には真似出来ないが、魔力自体使えばそれだけ育つので、理論上は誰でも可能なのだけどね。
シャワーはない。だから温水球を作り頭から被るように浴びる。
丁寧に脇や股、臀部を洗い流し――ざっぱーん、とはならないが並々に溜まっている湯がじゅわぁと外に漏れる。
こう見えて下水処理は問題ない。村の外の一画に溜め池のように掘られた人工池穴に流れる仕組みだ。大量に水を流せば池にもなるのだろうけど、満ちることはないそうだ。大体夏季には蒸発してしまうのだとか。
人口が少ないのでこれで十分らしい。石鹸の類は
明日にはルイが帰ってくるらしいので、今日はもう歯磨きをして就寝だ。
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