第8話

 失敗は若い内に。

 若気の至り、なんて言葉もあるんだから。

 

 便利チート魔道具アイテム――魔法袋マジックバッグ贈与プレゼントしたばかりに乱獲が起きてしまった反省を活かすため、上限を薪換算二百本…凡そ成木一本分の容量に設定することにした。

 それらをアーシャの両親――ミーシャとホセに試験的に運用してもらう事にした。 

 試験的とは言っても、貸与ではない。ちゃんと贈与プレゼントである。

 それをみてアーシャは欲しがったのは言うまでもない。

 当たり前のように薪三千本分の…凡そ成木十五本分の収納袋アイテムバッグ贈与プレゼントしている。

 『可愛い子には旅をさせよ、でも安全第一!備えあれば患いなし!つまり大は小を兼ねる!』っていうでしょう?じゃあ、家族ママパパにあげた五倍くらいの物でもいいじゃない?

 幼馴染枠なんだろうけど、妹みたいなものだからね。ゆくゆくは一度くらい旅に出るかもしれないし、その時になってもっといいものあげればなって思うのも嫌だったし。言うて、彼女アーシャが今から活用するって自体には陥らないと思うからね。

 前世でも妹には偶にご飯を作ってあげていた程度には可愛がっていたので、その延長線上みたいなものよ。

 結局は魔道具なんて使い手次第だからね。それとアーシャの魔法鞄アイテムバッグには細工がしてある。制約ギアスを掛けさせて貰っている。

 簡単に言うと、鍵みたいなものだね。(製作者の僕を除く)アーシャ専用—―本人しか使えないようにしてある。容量拡張は彼女と僕の魔力にのみ反応するため、少々不便な設計である。

 アーシャが魔力を込めることで容量拡張兼、収納魔法を覚える手助けにもなるように設定してある。

 これは相当キツイと思うから収納魔法説明書をこっそり魔法袋マジックバッグに入れてある。

 村のも専用にしたら悪用されないのだが、僕は世界を見てみたいし、やりたい事を決めたいと思っているので、使用者を限定してしまうような魔道具にしてしまうと生まれてくる子が使えない――移住してきた村人が使えない等、問題が起きてしまうだろう。そうなった場合、パッと思いつくもので賊の手引き身内同士のいざこざなどが起きてしまう可能性がないわけではない。役所の選考で素行の悪いモノはふるいにかけられていないものとするが、日々の生活のストレスが人を変えてしまう事を僕は前世――地球での人々の凶行をニュースやゴシップをみて知っている。 

 もし魔法袋マジックバッグ一つでどこぞの賊に襲われることになったら村の安全と取引にして良いことにしているので、目当てのモノが手に入れば賊も無駄に危険リスクは背負うまい。

 賊が引き下がらなければ戦うしかないのだから。

 そのため、寧ろ村の共用財産化してある魔法袋マジックバッグは誰でも使える方がいいのだ。

 これは相場は不明だが、魔法袋マジックバッグが希少魔道具の一つであるらしいことをルイやマリア以外の大人達の中ても常識として知っていたからすんなりと通った案らしい。

 そんな危険な魔道具ものなら売ってもいいと思ってルイやマリアに提案してみたが、渋い顔をして首を横に振った。

 なら大金が舞い込み、村の発展――移民受け入れ、防壁など様々な分野にお金を注ぎ込めるそうだが、そんな大金を開拓村の一村人がことなど出来るわけもないとのこと。

 やはり略奪や搾取しようとする者がいるのだろう。

 治安は地球でも海外――発展途上国級かな?

 日本が比較的マシなだけで、それでも悪い所は悪かったし――溜まり場や、暴力団事務所、宝くじが当たったらどこから聞き入れてきたのか寄付の話とか来るらしいし。安易に比較できる事でもないな。

 

 村の安全を脅かしてしまった原因は自分にあるからな。

 一応確認がてら、森に他の魔物が侵出してきてないかの確認はしておこうか。

 こっそり家から抜け出し、森林へ。

 狩りに出かけてそれなりに乱獲しただけあって、ゴブリンやウルフは見かけない。

 奥地――山脈に近づけば、まだまだ湧いているんだろうけどどうしようかな。

 トレントは待ち伏せ型—――擬態を得意とし、待ち伏せ、奇襲を主にしているので森からは出てこない。強みがなくなるからね。よって探す対象には含まれない。

 新種もトレントに似た系統なら見つけられない。

 厄介なのは夜行性の魔物が侵出してきた場合である。

 特に敏捷性の高い魔物が来ていたら最悪だ。

 

「一帯にそれらしいのは…ん?」


 高度を維持し、【遠目】スキル最大倍率三倍—――!

 見える、見えるぞ!

 素早く動く真っ黒い獣みたいなのが。新種か?新種なのか?

 群がられているのはトレントか?

 【鑑定】スキルを使ってみる。良く見えないな。反応しないか。

 【鑑定】スキルは物の形をはっきり捉えられないと効果が得られないのだ。

 夜ということもあって、視界不良というか光源不良なのだ。

 あそこに行くか。

 ウルフとトレントが争ってるならいいんだけどね。

 

 さらに奥へ。

 戦闘中と思しき敵は――と。

 大型犬並みの百足ムカデだ。ケモナーのみなさん期待させてすまない。

 【鑑定】――奴は〈黒鎧百足ヨロイムカデ〉という名前らしい。

 真黒だし、素早いっすわ。真紅に染まっているあぎとは返り血ではなくデフォルトか。辺りには食い荒らされたゴブリンやウルフが数匹いる。

 それと敵対していたのはトレントだった。

 棍棒のような腕が百足の胴をぐちゃっと潰している。

 流石、一撃が重い系魔物トレント。

 ただ、鎧部分が潰れているわけではなさそうだ。

 中身――腹の強度が低いようで殻には目立った損傷はないようにみえる。

 新種は見つけたが、あれが脅威となるか。

 村周辺にいるトレントを一掃しなければ、寧ろ黒鎧百足がこちらにくることはないかもしれない。その代わり、好き放題ゴブリンとウルフを食い殺してしまう可能性が出てきた。

 戦闘に敗れた黒鎧百足の死骸を【収納魔法インベントリ】に収納していく。

 硬そうで重そうな鎧殻はどうやら軽いらしい。

 黒鎧百足がいちゅうの駆除に一役買ってくれているトレントには手を出さず、乱獲対象と定めることにした。

 一体、また一体と黒鎧百足相手に、次々と土魔法の土槍ロックスピアを地面から撃ちだし突き刺し、腹に風弾エアバレットを撃ち込み内臓を吹き飛ばす。 

 土槍だけでは傷ついた状態でもがいて暴れてしまうゆえの徹底ぶりである。内臓も使えるのかもしれないけど、殲滅を優先させた結果だ。

 夢中になって、見かける度に即時殲滅していった結果、大体三百匹程だろうか。

 僕はタルク村周辺の森や山脈付近の黒鎧百足を一掃した。

 休眠中の黒鎧百足は発見出来ていないと思う――要は漏れはあると思う。活動中の黒鎧百足を見かけて殲滅しただけだから。

 もしかしたら、日中にも活動している残党がいるかもしれないので、二、三匹森から出てきたことにしてルイ達に知らせておこうか。

 ―――って、やば‼

 シルフィアは猛加速ダッシュで家に帰る。

 朝になっていたのだ。

 男衆が勢ぞろい。母親達まで、だ。旦那の戦闘衣装に問題がないか確認しているところだ。

 どうやら、森に入る部隊と村の外――都市方面へ向かう部隊に分かれてのらしい。マリアが号泣して頼み込んでいるのが聞こえる。

 やっちゃったわ。

 森から出てきて、現状を把握。

 どうするかで思考が止まった僕は棒立ちならぬ空中立ち。


「あ、ルイんとこの嬢ちゃん発見‼」

「なに⁈」

「あ!ほんとね‼」 

「マリア、良かったね!いたよ!」

「じるぅ~‼」  


 父と母には安堵され抱きしめられた。

 釣られて僕も号泣。子どもの体って感受性豊かというか、なんか釣られたわ。

 事情を説明して、黒鎧百足を数十匹広間に出しては、驚かれ、怪我の心配をされ、怒られ、怒られ、怒られ。

 村を挙げての捜索はなくなり、男衆は黒鎧百足で鎧の作成うんぬんや遭遇した際、何が効きそうか、色々な武器で攻撃してみたり――早起きした分、時間を有効活用する方針に切り替えている。

 僕は猛反省――

 

「いくら責任を感じたからって何も夜中に一人で行くことないだろう⁈」

「何かあったらどうしてたの?

 村全体に心配かけて迷惑掛けたのよ⁉また誘拐かって!」

「うっ、…ごめんなさい。」

 などなど至極当然の流れというかお説教を両親から頂戴し、それはもう凹んでいると―――。

「まあまあ、その辺にしてやりな。無事に戻ってきたし、変な虫を片っ端からやっつけてくれたみたいで変に荒れることもなくなったかもしれないんだろう?」

 ミーシャが間に入ってくれた。

「聞けば、黒鎧百足とやらはウルフとゴブリンを捕食出来るほどだというし。となれば、我々の食料を奪う簒奪魔物さんだつしゃの駆逐をいち早く、手を打ってくれた功労者なわけだから。な、マリアさんもルイもね?」

 ミーシャの旦那さんであり、アーシャの父親のホセも援護射撃してくれる。

 もちろん、金輪際夜中に抜け出して魔物退治なんてしちゃだめだぞ。と御叱りも頂いたが二人のお陰で丸く収まった。

 

 父含め、男衆は調査に乗り出す部隊と生活用品やら装備、武器の新調が出来ないか模索する鍛冶担当に分かれるらしい。

 皮装備よりは流石に重く、鉄装備よりも軽い素材だという。

 上手く出来れば防御力も上がり、武器も一新できそうだと喜んでいるのは村の鍛冶を務めているブロフさんという禿頭筋肉達磨顔の鍛冶師である。

 普段は鍬などの農具や、武器の手入れメンテナンス、防具などの作成を行っている防具も武器も作る万能鍛冶師だ。


「…ふおぉー!」

「かっこいいね!」

 僕と(なぜかこういう時には早起きしている)アーシャは大して交流のなかった鍛冶師ブロフさんの万能鍛冶師という肩書に惹かれて似たような反応を示す。

「そんな格好良いもんでもないんだがな。専門でやってる奴の方が一段上の装備をこしらえてやれるしな。」

 万能鍛冶師とは、武器も防具もそれなりに作れるようになる人を指すようだ。

 専門で作っている人の方がより良い性能を引き出して作るらしいが、どちらかを極めてしまえばどちらも作れるになるのでは?現にブロフさんは鎧殻部分を武器にも防具にも仕立てられるようだし。両方の基礎を知っているからこそ成せる業――万能鍛冶師の方がいいような。

 所詮は熟練度の問題で、試行回数こなした人間が優れているだけじゃないか、という結論に至る。

 なので、僕のブロフさんへの尊敬は揺るがない。何てったって木剣と同じ寸法サイズの剣を今回手に入れた鎧殻で作ってくれるとのことだからだ。

 現物支給――物に釣られましたが何か?

 生活用品専門の鍛冶師、角刈り純朴顔のグンタさんは深鍋やら平鍋フライパンなどに適しているか、火の通り具合を調べている。

 さすが、月一の商団キャラバンと交易出来る機会のみで、生活を成り立たせているだけのことはある。

 村に派遣する人材もきっと職業毎に割り振ったうえでのことに違いない。

 都市街のお役所さんもちゃんと仕事をしているようだ。

 そう考えると、移住、開拓っていうのは誰でもなれるわけではないのかもしれない。開拓したがる酔狂の寄せ集めでなんとかしてくれ丸投げぽーんだと正直思ってました。いやぁ、だって前情報で結構村が出来てもすぐ潰れたりしちゃうって聞いてたしぃ、うちわるくないしぃ。ギャルになっちゃったしぃ。

 

 

 

 ステータス


シルフィア


Lv.1 【ランクアップ可能】


力:D→C 590→650 耐久:D 563→596 器用:S→SS 980→1010 敏捷:D 544→587 魔力:SSS 1160→1656 幸運:G→E 195→495


《魔法》


【水属性魔法】【風魔法魔法】【土属性魔法】【火属性魔法】【雷属性魔法】【光属性魔法】【闇属性魔法】【回復魔法】【生活魔法】【収納魔法】


《スキル》


【再生】【獲得経験値五倍】【鑑定】【遠見】【魔道具製作】


《呪い》


【男性に話し掛けることができない】

 

 ふむふむ。

 なかなか良いではないか。しかし、安心は出来ぬな。なぜならこの身は乙女。

 何時如何なる野獣――いや淫獣けだものに襲われるか分かったものではないからな。

 精神は昔は男でも肉体は女、自然と身体が出来上がれば、好みの男の一人や二人出来る気がするんだよね。そこら辺は女性ホルモンに賭けたいと思う。

 幸運が上がってるけど、これは魔物との戦闘のせいとみて間違いないな。

 戦闘することでしか上がらないんだろう?たぶん。

 魔力そのものの数値は上がるけど評価はSSS止まりか。これ以上Sが並んでも見にくくなるだけだったから良きかな。数値だけはちゃんと上がるみたいだしね。

 魔力は限界まで使い切れるけど、体力までは成鳥と共に上がり辛くなってるね。

 画期的な方法でも模索しないと、アーシャの敏捷はやさについていけなくなりそう…。

 こちらの心配を他所に、今日も今日とて電光石火の如く駆けまわってはペットのニビと一緒に遊んでいる。

 ルイは不在。森に調査へ、マリアはミーシャとお喋りしながらもチラチラとこちらを監視している。居なくなった――お騒がせおてんば娘にヤキモキしてらっしゃるのかもしれませんわ。

 素振り中だから、安心してほしいものだよ。

 それにしてもそう簡単に《剣術》的なスキルが発現しない辺り、一朝一夕といかないのは【収納魔法】の習得以来だな。

 

「シル、そろそろお昼にしましょう。アーシャちゃんにも伝えて頂戴。」

「うん、ママ。」 


 アーシャに声を掛ける。

 ご飯だよ、の一声でアーシャも続いてニビもやってくる。

 この二人――一人と一匹の食欲は凄まじい。

 一心不乱にウルフ肉のステーキを平らげる。

 麦雑炊なんかは最早飲み物。カブやカブの葉の、みじん切りがとろとろになって入っており、水分が多いせいもある。実に飲みやすい。勿論、僕はちゃんとスプーンを使って掬って食べてるよ。

 そこで、ミーシャにいつも御叱りを受けているも、本人は意に介さず。

 本当に二歳児なのか。

 赤い髪の良く似合う少女の肉への食いつきは肉野獣そのもの。

 ちょっとだけアーシャの旦那さんになる人は大変そうだな、と思うのであった。


 ―――ルイ視点—――

 

 山脈付近。

 冬という季節柄、葉のない樹々の樹上に潜めてない、ゴブリンやらトレントに警戒しながら、黒鎧百足ヨロイムカデを索敵、討滅しようと躍起になるも見かけたのは数匹。

 どうやら殆どが駆逐済みのようで、そこかしこに散らばった内臓片を捕食・収集するゴブリンやウルフが見当たるばかり。

 偶にホワイトディアなる白猪の群れがゴブリンと相対しているくらいだ。

 狩り過ぎたゴブリンもウルフがある程度、数を増やしてくれればいいのだが。


「杞憂だよ。ウルフもゴブリンも二週間もすれば爆発的に繁殖する魔物だし。」

 そう宥めてくれるのは親友のホセだ。裏付けされた正しい知識の下、理論的思考で諭してくるのが実に彼っぽい。

「それもそうか。ところで、ムカデやトレントは何処から湧いて出てきたんだろうな。」

 僕は疑問を呈さずにはいられない。そもそも乱獲した所で魔物の種類が増えるなんて予期していなかったことだ。山脈奥地――山頂付近に隠れ住んでいた個体が居たにしても、新種が二体はどうもきな臭い事案だと勘が囁いている。

「そうなんだよね。サルク村やナルク村でもこいつらは居なかったはずだからもしかしたら何処かにダンジョンでも開いちゃったかもしれないね。」

 どうやら親友も似たようなコトを思っていたようだ。

 勘が正しいなら見つけなければ。被害が出る前に。

 

 俺は東に進路を変える。東はサルク村方面にあたる。

 ホセは西だ。ナルク村方面に探索しに行ってもらっている。

 お互いダンジョンを発見したらすぐに近村へ報告、連絡、相談することになっている。無理してダンジョン内に入り込む必要はない。

 戦闘は避け、捜索範囲を広げ――――ようやく危惧していた場所を見つけた。

 ダンジョン発生地点――近隣にはゴブリン村があったようだ。

 大規模戦闘の跡が残っている。

 この情報を急いで持ち帰らなければ――。


 —――地球—――


「いないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさない逃がさないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない私だけのものなのにいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない…どこにいっちゃったの…?」


 発狂ヒステリック寸前の女が爪を噛みながらぼそぼそと何か呟いている。

 男は最後の『どこにいっちゃったの?』だけは透き通る声—―――可愛らしい女性の声に変わっていたので何とか聞き取れた。

「…そうなんですよ、どちらにもお見えにならなくてですね。こちらの部屋に関しましては、解約ということでですね…。ご家族である方に未納分の家賃お支払いと荷物の撤去の方よろしくお願いしたいのですが…。」

 この女ヤバ過ぎる…。絶対コイツから逃げるために身を隠したんだ。

 じゃなきゃ、一度も滞納したことのない彼が、こんな――何も持たず、会社にも連絡の一つも入れずに、姿を消す筈がない!

 目の前の女の常軌を逸しかけているさまを見てしまった後では、何らかの事件に巻き込まれたと考えるよりよっぽど現実的だったのだ。

 それでも男も仕事だ。

 不動産経営兼、マンションの管理人であるおとこは丁寧な口調を崩さず、用件を伝える。

 

「ああ、そうでした。荷物は全て今日中に私が引き取ります。引っ越し業者さんにも手配してありますのでご安心ください。それと、行方不明になってからの家賃等諸々ですね。…はい、こちらになります。封筒に請求全額分のお代が入ってますので、ご確認ください。」

「あ、はい。直ちに確認させていただきます。」

 

 男は思いの外すんなりと話がついたことに安堵する。

 支払い確認も何の問題もなく、手際の良いことに引越センターのお兄さん達が部屋に上がり込んできては、手際よく荷物を業務用段ボールに詰め、回収していく。

 この仕事をしていると夜逃げする人の特徴くらい分かるモノだ。

 でも、今回は男の知るどのケースにも当てはまらない。

 特殊過ぎて戦々恐々である。

 2LDKの一室のベッドには今も誰かが寝ていそうな形状を保っている。

 支払いを済ませた女はくるりと向きを変え、ベッドの傍らに女の子座りで佇む。

 そしてシーツの匂いやら毛髪を採取し始め、また何か言い出している。

 契約者が携帯も財布も通帳の類も全て置いて身を隠したと考えている男は、目の前の女から逃げ切れるよう契約者の彼に同情するばかりであった。

 

 

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