第5話:三つ子のおっさんとか紛らわしい

 【回復魔法】を学んでまた一つ魔法の奥深さを知った。

 タンポポの茎からへし折る。概念を基に復元ヒールするのと、構造を見て治療ヒールするのでは必要魔力量が違う。知識を得ている方が必要魔力量が小さく、効果も高い。効果も高いというのは、素早く治るという意味でだ。

 概念を基に治すとなると、必要魔力量が増える。激増と言ってもいい。知識を得ているだけで保険適用により、医療費まりょくを三割負担にしてもらえる感じだ。それが概念のみになると全額負担。

 但し、悪いことばかりではない。蘇生リヴァイヴは概念で可能という事が分かった。仮説だが、人間を生き返らせる場合――人格を有する脳――前頭葉に深刻な損傷ダメージを負っていた場合は真の意味での蘇生リヴァイヴは無理だろう。ただ精神と肉体は結びついているので別の魂が入ることはないと思われる。

 この結論に至るまで、時を少しばかり戻そう。


 いつものようにアーシャと浮遊飛行訓練を兼ねて、僕は家の周りを飛んでいる。

 僕の家の裏手は庭になっており、柵を超えると樹々が見える。森と隣接していると言っても過言ではない。


「しぅ、あー、あー、なあに?」

「あーしぃ?」


あー、あー、なあに?は、あれはなあに?だと思う。指さす方へ【鑑定】スキルを使い目を凝らす。〈モリン木〉、〈モリン木〉、〈雑草〉、〈ハーブ〉と変わったものは—――〈狐〉と出た。動こうとしないので近寄ってみる。

 なるほど。横たわって死んでいた。噛み傷があったので、失血死だろう。虫も湧いても集られてもいない。もしかしたら――まだほのかに温かい。脈はないけど生温かいので死にたてだ。


「しぅ、しぅ。」

 どうにかしてほしいんだよね。

 アーシャのご希望に添えるか分からないけど――蘇生リヴァイヴを試みる。

 同時に、傷も回復するようだ。それもそうか、死に至らしめた状態を治すのだから。総魔力量の三分の一程が注ぎ込まれた。—――ピクっと体を震わせると、むくりと起き上がった。狐は瞬きを繰り返す。どうやらこの世界の狐は眉の位置にも目があるらしい。尻尾も二本?二又?だし。地球じゃ妖怪とかなんだけどな。

 そ・れ・よ・り・も!威嚇の一つもしてこないとかどういうことだ?警戒心が一切ないのには驚きを隠せない。


「もふもふ!しぅ、おーして!」


 アーシャが触ろうと必死に手を伸ばしても届かない位置で浮遊しているので、下におろせと。アーシャが噛まれたらいけないのでまず僕から手を伸ばすことにする。

 ぺろぺろと舐めるだけだ。毛皮も撫でさせてくれる。アーシャの息遣いが荒い。彼女の手が届く範囲まで降ろしてあげる。きゃっきゃしている。興奮状態のアーシャの反応にも気にする様子はない。丁度アーシャが抱きかかえられる大きさサイズだ。されるがままにアーシャの愛玩動物になり果てている。

 アーシャに狐を抱きかかえさせたまま、取り敢えず家に戻ることにする。腹部に噛み傷を与えた敵がいないとも限らないからね。


「あら?アーシャちゃん、その狐さんどうしたの?」

「…偉く大人しい狐だねぇ。ふぅむ。大きさサイズからみるに、丁度親離れした狐くらいか。今日は狐の丸焼きにでもするかい?」

「ぶーぶー!だめ!あーしぃとしぅのもふもふ!」

「…」


 いや、僕のもふもふではないぞ。アーシャが欲しがっただけだ。懐いているから持ってきただけで。そもそもソイツは息絶えてたぞ。もしかしたらゾンビかもしれんぞ。

 獣の脳は小さい。人間も三分で七割五分ほどまで蘇生率が落ち、且つ後遺症――脳の障害は受けやすいと聞く。日本じゃ小学校でも、高校でも、自動車免許の教習所でも習う程の常識中の常識だ。じゃあこの狐は?—――障害らしい障害は見受けられない。人に対してどうしようもないほどに警戒心がないだけで。

 つまり回復魔法で自壊を始めていたであろう脳には一切の障害がないが、前頭葉に蓄積されていた情報—―人格や獣としての社会性や今まで培ってきた思考力など――野生の本能が消去されてしまったのではないだろうか。産まれたてといっても過言ではない。蘇生リヴァイヴは出来た。〈死亡状態〉から〈生存状態〉への変化。

 アーシャがミーシャに干し肉をもらい、狐に与えているのをみるに生命活動における欲求もちゃんと働いている。魂というものがあることを僕は知っている。転生者だからな。そこに刻まれている情報媒体は魂に刻まれているのではなく肉体に宿るという事だろうか。それならどうして僕は記憶を保持出来ているのか。僕自身はレアケースだから当てにならないか?

 これが分からないのでは人に使うのは躊躇われる。生き返らせたところで何もかもを忘れてしまったのでは、感動の展開には、なり得ない。寧ろ、人によっては生き人形にされたと、大切な人を弄ばれたと、尊厳がどうのと言われかねない。受け入れられない人は選択を迫られるだろう。生かすか殺すか――生殺与奪の権利など持ち合わせていない身で。全ては仮説。動物実験を一匹に試しただけである。大人しかったのは元からの可能性もないわけではない。確証を得るには被検体が必要だ。狂った研究者マッドにならなければならない。ああ、研究者とはこういう気持ちか。未知を既知にしたい。でも、それで別人となってしまっては…。良心や前世の倫理に虐められる。

 

「しぅ?」

「きゅん?」


 …可愛い生き物達の思念が共時性シンクロしてやがる。これは凶悪だ。僕じゃなかったら悶死もんししてるね。

 まあ、これは追々研究していけばいいか。幸い、被検体――動物一号は我が手中にあり。


 吠えない、噛まない、行儀良し。

 利口なおかげで狐は晴れて、アーシャ宅で飼われることになった。

 うちで飼おうがアーシャ宅だろうが大して変わらない。ご近所なのだから。

 実験体として色々試してみたいことを鑑みると、少し惜しい気持ちがある。それを差し引いてもアーシャから取り上げてギャン泣きされたら僕の精神崩壊メンタルブレイクは避けられない。彼女アーシャの御守り役が足を引っ張るなど言語道断。僕の沽券に関わってくる。恩を仇で返してはならない。両親のアーシャの教育方針も迷走中のようだし、実質指南役も務めている。前世の記憶・知識を総動員した結果――もふもふ好き相手から、もふもふを奪う行為は禍根を残す。という結論が導き出された。

 夕刻。どちらが引き取るのか、と言う話し合いでは彼女の目は本気ガチだった。据わってた。何が?目が。


「しぅ…てき?」

「…あーしぃ、あげる。」

「えへへ、あーとぉ!」


 僕がすんなり譲渡したので、一瞬で解決した。

 あの一言、そして態度は忘れようにも忘れることは出来ないだろう。心傷トラウマを負ったともいう。

 ここは血生臭い世界。一瞬で敵対関係になりかねない。それが【もふもふ属性】。   

 人攫いと殺し合った時には感じなかった威圧感を彼女から感じ取った。間違いなく、戦争になる所だった。主導権争い――傾国の姫もふもふを巡って。

 狐>シルフィアなのだから。

 

 

 僕達の修行は二人と一匹になった。

 狐――はニビと名付けられた。 ニビという名は単純に尾が二本あるかららしい。

 四ツ目とかじゃなくてよかったよ。

 狐にも【雷魔法】を試しに使ってやる。身体強化の一つでも出来れば、ゆくゆくはアーシャの役に立つことも出来るだろう。猟犬程度になれば、魔物であるウルフやゴブリン、熊などの獣にも臆せず、易々と致命傷を受けることもなくなるはずだと目論んで。

 「?!?!、きゅん!!」

 

 元野生児、流石である。感覚で魔力の流れを掴んだらしい。純粋な肉体強化――主に反応速度があがるよう、脳からの電気信号速度を意図的に早めてあげる。

 面白い。アーシャと一緒に自由気まま、縦横無尽に不法則に飛び回ったりしているのだが、これがなかなか。付いてくるのだ。元の基礎能力ステータスがそれなりだったのか、必死に食らいついてくる。それを見て、アーシャも【水魔法】を行使しては鍛錬あそびに励んでいる。

 同様の方法で身体強化を自分にも掛けてみる。【風魔法】で飛び回るのではなく、純粋な体を使った移動――跳躍、反転時、足首を痛めないよう【風魔法】で緩衝材クッションを作り出し、身体の未熟さを補おうカバーとした。純粋に代謝が上がる。意図的に超反射や膂力の底上げをしたのだから、当たり前の結果か。

 一刻も、保たず身体が限界を迎えたので、後は【風魔法】で気ままに飛ぶ。半日程度ならニビは魔法を行使し続けられるようだ。流石、自然界で生きてきた猛者。一度死んでいるので生きてきたという表現が正しいのかは分からないけど。


 三者三様。シルフィア宅に戻る。

 僕は肉体疲労フィジカルダウンによりベッド、アーシャは魔力疲労マインドダウンによりミーシャに抱っこされており、ニビはケロっとしている。マリアが持ってきた我が家の残飯を処理――ご飯を食べているくらいだ。魔力不足になると行使そのものを止めがち――抑制セーブしがちなアーシャにとってニビは良い刺激になるようだ。

―――【雷属性魔法】を習得しました。アナウンスは早々に流れている。恐らくニビも手に入れているだろう。電光石火の魔法習得速度だ。微々たる魔力で早々に覚えられるのは魔法特性か。筋力と敏捷の底上げが可能な雷魔法はこれから重宝していくだろう。被検体一名と一匹により安全性も立証されたので、アーシャにも教えないとね。

 

 今月の商団はたった二人。

 そのうちの一人はふっくらとした顔立ちの商人ことドルムルさんである。顔のパーツには特徴がない。ただ優し気な雰囲気を纏っているお爺さん。相変わらず善良そうな商人だ。一緒にきている女性商人も他の村人と顔見知りのようで仲良さげだ。

 二人しか来ていないわりに、物資は充実しているようで、村の皆も満足に取引出来たようである。

 

「いつもありがとうございます。可愛いお嬢ちゃん、元気にしておりましたかな?」

 マリアと僕におべっかを使ってくる。僕、可愛いのかい?信じて調子に乗っちゃうぜ?

「こちらこそよ。それと…例の情報ありがとうございました。ご忠告にあった方々とは一悶着ありましたが、にして差し上げましたわ。」

 真実とブラフを織り交ぜながら、母親マリアはドルムルに感謝を述べる。いつ、どうやって、誰が、討ち取ったのかなど詳しく知る由もない。なので、攫われたとか、馬鹿正直に言う必要もない。それは村の警備がざるであったと吹聴するようなものである。マリアも犯人が死んでいた上に、隠蔽工作が行われて犯人が判別できなかったとルイから聞いていた程度だ。犯人が特定できたのは僕のお陰であるし。真実はどうあれ、悪事を働かれても此方は跳ね返すだけのチカラがあるのよ、という誇示をしなければ舐められてしまう。こういったことがあった場合の、お決まりの口上テンプレのおやくそくである。


「お嬢さんがここにおるということがなにより。ご家族には御贔屓にして頂いておりましたから――本当に良かった。」

 柔和な笑みは心から心配してくれていたことが分かるし、今月の商団キャラバンがたった二人で、護衛を引き連れて来てくれた。護衛料が高く付いているのは分かり切ったことだ。それでも来てくれた。そしてそのうちの一人がドルムルさんであったのは僕からしたら好印象でしかない。こうしてちゃんと会ったのは二度目だけどちょっと若いお爺ちゃん的立ち位置ポジション――好々爺としてドルムルさんのことは覚えておこう。



 穏やかな日々。二歳を迎える頃。

 そういえば呪い関係について何も触れてなかったので日常と共に触れて行こうと思う。

 母の畑仕事――用水路に水を供給する仕事を始め、父との剣術稽古が始まった。

 剣術は素人、知識の知の字もない。素振りは父がいない時。上段からの振り下ろし。身体全体で剣の重みに耐える。只管ひたすら、綺麗に振り下ろす。一つ一つの動作を丁寧に。

「いいぞ、シルフィア。剣の重心を捉え、身体の一部と化す感覚を掴め。」

「…うん。」

 返事が出来る。呪いとは。【話し掛けられない】だから、分には話し返せるのか、まだ幼児だから性の対象としてこちらが自覚してないために引っかからないのかは不明だ。それとも家族ちちとは話せるだけか?そこら辺も検証すべきなのだろう。ただこの呪いには穴があるということだけは分かったがね。いや穴しかないというべきか。もしかしたら今世、恋愛も夢ではないかもしれない。前世では『恋愛も夢ではないかも』なんて、そもそも思わなかった。『恋愛とは。』だったのだから呪いはだいぶ緩和されているのかもしれない。まあ、童貞ならぬ処女喪失よ。

 自主錬用の指導は早々に切り上げる。

 木剣を構え、実践形式を取る。原則、父が僕の体に攻撃を与えることはない。

 分かっていても、不意打ちでもなんでもない真正面からの戦いは初だ。胸を借りて、上段からの袈裟切り、右、左、右、左――と只管ひたすら打ち込む。完全に弾かれるのだが、その反動で隙を作ってはならない。反動を御し切れない時は、胴や腕、頭に足と様々な場所へ剣先が向けられる。ルイが扱うのも木剣だが、狩人にしてこの村の守り人を兼任する者の剣の鋭さは本物だ。

 魔法修行のように好き勝手しているだけでない、師の教えを剣を通して学ぶ。

 こういった時、アーシャはニビと共に、魔法練習と肉体強化を行った基礎訓練――走り込みをしている。アーシャも雷魔法を当たり前のように使っている。

 剣術練習では魔法は行使しない。何故なら、魔法が使えなくなった時、節約しなければならない制限環境下を想定しているからである。

 剣に振り回されず、丁寧に打ち込む。動作が悪ければ、手の平や手首を痛めてしまうから。貴重な時間を割いての訓練だ。無様を晒せば、今度は死ぬだろう。両腕を斬り飛ばされ、胸に裂傷を食らうだけではない。確実に心臓や、脳を破壊される筈。あの時のような爪の甘い攻撃では終わらないのだ。アレいたみは地獄の一端でしかない。始まり――スタートラインだ。弱ければ、より残酷に冷酷に蹂躙されるだろう。そう思えば、自然と真剣に取り組める。

 このルイに並べなければ――いや倒せなければ、まだ見ぬ未来の家族を守ることなど出来る筈がないのだから。

 

「—――そこまで。」

「…ありがとうございました。」


 疲れ切って、尻もちをついてへたり込む僕を、ルイが簡単に持ち上げる。

 汗でべたべたなので、水魔法で水球を作り頭から被る。

 

「—――ふう、気持ちいいな。ありがとうな。魔法の腕はもう父さんを超えたな!はははっ!できたらもういっちょ水を作ってくれ。喉も潤したい。」

「うん。」


 水球を作り、魔法操作により、一口サイズに分離――飲みやすいよう口に運んであげる。ルイ《父》は獰猛ワイルドに大口を開け、丸呑みしてみせる。男前イケメンがやると様になってますわ。

 魔法で出来立て、不純物のない天然水は身体を動かした後の一杯には最高だ。風呂上がりの珈琲牛乳のような感覚だ。ピンとこなかった人よ、令和時代、サウナ上がりのオロポ(オロナミンCとポカリスエットの配合飲水)が感覚として近しい。

 

「もー、びしょ濡れじゃない。温風ウィンド

「おお、マリア。世話を掛けてすまないな。」

「…温風ウインド


 マリアの温風は全体的に作用し、僕の温風は細々した水分を排除し、乾燥させる。乾燥させる分に、実はこれが最適解なのである。二度手間のような気もするが、二度魔法を行使することで衣服の傷みをなくすことが出来る――要は長持ちさせる秘訣なのだ。洗濯物の乾燥を手伝いをする僕にマリアが教えてくれた生活の知恵の一つである。

 

「シルちゃんもでしょう?うちの子は本当に優秀で気の利く子ね。ちゅー」

「—―おいおい。僕だってそこそこ気が利くいい男だろう?そこは僕にもちゅーしてくれよ」

「娘と張り合わないの!はぁ。ルイ《パパ》ったら、どうして、たまに子どもっぽいのかしら。」

 シルフィアはマリアの手に渡り――奪取され、抱きしめられる。おまけのキスは恥ずかしいのでやめて頂きたい。


「男なんてそんなものよ、うちのホセも大きな子どもにしか見えない時あるしねぇ。」

 いつも通り、お茶に来ているミーシャはフォローなのか、そうでないのか。現実を諭すようにマリアに伝える。


 二対一で形勢不利と見たのか、ルイは言い返すことを止めたようだ。引き際が肝心、敵に回しちゃいけない人を心得ているようだ。

 

「アーシャ!そろそろ帰るよ!ニビも連れておいで!」

「ママ!ニビもいるよ!」


 アーシャは母に呼ばれてすっ飛んできた。当たり前のようにニビも半歩後ろで追従――待機する。ミーシャに抱き着く辺り、お子ちゃまあまえんぼうモードで安心した。

 最近のアーシャはお姉さん風を吹かせすぎというか、二歳児とは思えない程しっかりとニビ《狐》の教育に―――下の子に恥じぬ行為・態度修行姿を取ってみせるのだ。ステータス補正があるので、前世の発育速度を大幅に上回る行動が出来るのは理解できるが、精神面は子どものうちは子どもらしく生きた方がいい。前世の記憶持ちからすると、時期が来れば大人なんて嫌でもならなければならないものだし、大人である時間の方が圧倒的に長いのだから。無理に背伸びした振る舞いや幼稚な振る舞いは、自分自身を苦しめる元凶もとにすら感じる。歳相応に振舞うことの楽しみを享受して欲しいと思う僕にとってはアーシャは少しばかり頑張り過ぎなのだ。

 この世界の常識—――情操教育手引書マニュアルや心身発達における常識ノウハウは心得ていない。あくまで、地球の子ども《二歳児》と照らし合わせて頑張り過ぎではとお思っているだけ。幼馴染兼妹のような御守り役を買って出ている身としては、妙にそわそわしてしまうが変に口出しして害したくはない。—―これが子育ての苦しみかッ!!

 思考の沼に――深みに嵌まって一人悶々としていた僕が、こんなものなのかもしれないとミーシャアーシャの関係を見て感じるのににさして時間はかからなかった。 

 寧ろ、オンとオフが切り替えられる子アーシャ殆ど甘えない子シルフィアをみてどちらがいびつか、大人おやからしたら少し心配なのが僕自身シルフィアであることに本人は気づかないのであった。


 剣術稽古が始まっていることは小さな村ではすぐに広まる。

 素振りをしていると、見廻り担当の人がちらっと声を掛けてくれ指導してくれる。 

 特筆すべきは、ガンダルフさん、ザンダルフさん、ダンダルフさんの三人で三つ子だ。顔は当たり前だが、身長、体型、声や仕草までも全く同じで厄介なのである。声優がアテレコしたとしても一人で良いし、微妙に違う…なんて面倒な事もしなくていい――地球ならコスパの良い三つ子なのである。巡回中の恰好――装備は三人とも軽装で、お洒落でもない。服は服の機能しか有していない。染色された色も緑で統一ときたもんだ。唯一、槍、剣と小盾、金砕棒といった具合で見分けることができる。槍のガンダルフ、剣のザンダルフ、金棒のダンダルフという具合に。武器が違えば筋肉の付き方くらい変わってもいいのに、どうなっているんだか。ステータスのせいで鍛えた弊害――角質層の硬化――武器胼胝ぶきだこなども手にない。異世界のプチ豆知識情報である。

 初めに挨拶されたときは武器を意識的に見てなかった―――当たり前だよね?普通顔とざっくり服装――全体を見る程度で、ガンダルフ、ザンダルフ、ダンダルフと違った名を名乗ってくるもんだから初見詐欺も大概にしろって感じで三番目に挨拶してきたダンダルフさんのことは無視してしまった。わざわざ話し掛けたわけではないが相手挨拶に対して、ちゃんと返事を返せたので喋りかけられる分には話し返せるようで、呪いとやらは本当に大した効果を発揮していないようだ。少し安心した。

 顔の見えないインターネットだから、初見詐欺しても本当に気付かないでいられるのであって面と向かってやられるのも三回となると驚きや困惑から怒りに変わってしまう。

 不愉快で面倒くさいおじさんだと思うし、名前を微妙にもじって変えて、結局どれが本当の名前なんだよってね。


「初めまして、ダンダルフだ。」

「…。」

 ぷいっ。

 相手にしてられるか!


「…ママ、このおじさんの本当の名前は?」

「こんにちは、金棒のダンダルフさん。…ああ、そうよね。ガンダルフさんとザンダルフさんとダンダルフさんは三つ子なのよ。みんな同じ顔だし、自己紹介の度に名前変えてくるいたずらおじさんだと思うわよね。でも全部別人なのよ?」 


 ダンダルフは幼子に無視シカトされて精神崩壊メンタルブレイクを起こしている。ガーンという擬音が背景に幻視出来る程、肩を落としている。

 前世では三つ子なんて空想上の人物アニメかTVでしか見たことがなかったので、しょうがない。精々双子程度だし、実際は声がちょっと違っていたり、顔の黒子ほくろ位置とか些細な違いが普通にあったのが地球で得ていた知識であり、経験である。一卵性三生児などという稀有な存在が三人とも揃って世帯数十にも満たないタルク村にいると思うだろうか?いや、思わないだろう。

 タルク村の三割はマルンダルフ一族という事だぞ?!マルンダルフ一家とその仲間たちみたいな風に思われちゃうだろ。

 この村癖が強いわぁ――と思うシルフィアであった。

 自分も転生者という癖の強さをもっているくせに。

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