第5話:三つ子のおっさんとか紛らわしい
【回復魔法】を学んでまた一つ魔法の奥深さを知った。
概念を基に治すとなると、必要魔力量が増える。激増と言ってもいい。知識を得ているだけで保険適用により、
但し、悪いことばかりではない。
この結論に至るまで、時を少しばかり戻そう。
いつものようにアーシャと浮遊飛行訓練を兼ねて、僕は家の周りを飛んでいる。
僕の家の裏手は庭になっており、柵を超えると樹々が見える。森と隣接していると言っても過言ではない。
「しぅ、あー、あー、なあに?」
「あーしぃ?」
あー、あー、なあに?は、あれはなあに?だと思う。指さす方へ【鑑定】スキルを使い目を凝らす。〈モリン木〉、〈モリン木〉、〈雑草〉、〈ハーブ〉と変わったものは—――〈狐〉と出た。動こうとしないので近寄ってみる。
なるほど。横たわって死んでいた。噛み傷があったので、失血死だろう。虫も湧いても集られてもいない。もしかしたら――まだほのかに温かい。脈はないけど生温かいので死にたてだ。
「しぅ、しぅ。」
どうにかしてほしいんだよね。
アーシャのご希望に添えるか分からないけど――
同時に、傷も回復するようだ。それもそうか、死に至らしめた状態を治すのだから。総魔力量の三分の一程が注ぎ込まれた。—――ピクっと体を震わせると、むくりと起き上がった。狐は瞬きを繰り返す。どうやらこの世界の狐は眉の位置にも目があるらしい。尻尾も二本?二又?だし。地球じゃ妖怪とかなんだけどな。
そ・れ・よ・り・も!威嚇の一つもしてこないとかどういうことだ?警戒心が一切ないのには驚きを隠せない。
「もふもふ!しぅ、おーして!」
アーシャが触ろうと必死に手を伸ばしても届かない位置で浮遊しているので、下におろせと。アーシャが噛まれたらいけないのでまず僕から手を伸ばすことにする。
ぺろぺろと舐めるだけだ。毛皮も撫でさせてくれる。アーシャの息遣いが荒い。彼女の手が届く範囲まで降ろしてあげる。きゃっきゃしている。興奮状態のアーシャの反応にも気にする様子はない。丁度アーシャが抱きかかえられる
アーシャに狐を抱きかかえさせたまま、取り敢えず家に戻ることにする。腹部に噛み傷を与えた敵がいないとも限らないからね。
「あら?アーシャちゃん、その狐さんどうしたの?」
「…偉く大人しい狐だねぇ。ふぅむ。
「ぶーぶー!だめ!あーしぃとしぅのもふもふ!」
「…」
いや、僕のもふもふではないぞ。アーシャが欲しがっただけだ。懐いているから持ってきただけで。そもそもソイツは息絶えてたぞ。もしかしたらゾンビかもしれんぞ。
獣の脳は小さい。人間も三分で七割五分ほどまで蘇生率が落ち、且つ後遺症――脳の障害は受けやすいと聞く。日本じゃ小学校でも、高校でも、自動車免許の教習所でも習う程の常識中の常識だ。じゃあこの狐は?—――障害らしい障害は見受けられない。人に対してどうしようもないほどに警戒心がないだけで。
つまり回復魔法で自壊を始めていたであろう脳には一切の障害がないが、前頭葉に蓄積されていた情報—―人格や獣としての社会性や今まで培ってきた思考力など――野生の本能が消去されてしまったのではないだろうか。産まれたてといっても過言ではない。
アーシャがミーシャに干し肉をもらい、狐に与えているのをみるに生命活動における欲求もちゃんと働いている。魂というものがあることを僕は知っている。転生者だからな。そこに刻まれている情報媒体は魂に刻まれているのではなく肉体に宿るという事だろうか。それならどうして僕は記憶を保持出来ているのか。僕自身はレアケースだから当てにならないか?
これが分からないのでは人に使うのは躊躇われる。生き返らせたところで何もかもを忘れてしまったのでは、感動の展開には、なり得ない。寧ろ、人によっては生き人形にされたと、大切な人を弄ばれたと、尊厳がどうのと言われかねない。受け入れられない人は選択を迫られるだろう。生かすか殺すか――生殺与奪の権利など持ち合わせていない身で。全ては仮説。動物実験を一匹に試しただけである。大人しかったのは元からの可能性もないわけではない。確証を得るには被検体が必要だ。
「しぅ?」
「きゅん?」
…可愛い生き物達の思念が
まあ、これは追々研究していけばいいか。幸い、被検体――動物一号は我が手中にあり。
吠えない、噛まない、行儀良し。
利口なおかげで狐は晴れて、アーシャ宅で飼われることになった。
うちで飼おうがアーシャ宅だろうが大して変わらない。ご近所なのだから。
実験体として色々試してみたいことを鑑みると、少し惜しい気持ちがある。それを差し引いてもアーシャから取り上げてギャン泣きされたら僕の
夕刻。どちらが引き取るのか、と言う話し合いでは彼女の目は
「しぅ…てき?」
「…あーしぃ、あげる。」
「えへへ、あーとぉ!」
僕がすんなり譲渡したので、一瞬で解決した。
あの一言、そして態度は忘れようにも忘れることは出来ないだろう。
ここは血生臭い世界。一瞬で敵対関係になりかねない。それが【もふもふ属性】。
人攫いと殺し合った時には感じなかった威圧感を彼女から感じ取った。間違いなく、戦争になる所だった。主導権争い――
狐>
僕達の修行は二人と一匹になった。
狐――はニビと名付けられた。 ニビという名は単純に尾が二本あるかららしい。
四ツ目とかじゃなくてよかったよ。
狐にも【雷魔法】を試しに使ってやる。身体強化の一つでも出来れば、ゆくゆくはアーシャの役に立つことも出来るだろう。猟犬程度になれば、魔物であるウルフやゴブリン、熊などの獣にも臆せず、易々と致命傷を受けることもなくなるはずだと目論んで。
「?!?!、きゅん!!」
元野生児、流石である。感覚で魔力の流れを掴んだらしい。純粋な肉体強化――主に反応速度があがるよう、脳からの電気信号速度を意図的に早めてあげる。
面白い。アーシャと一緒に自由気まま、縦横無尽に不法則に飛び回ったりしているのだが、これがなかなか。付いてくるのだ。元の
同様の方法で身体強化を自分にも掛けてみる。【風魔法】で飛び回るのではなく、純粋な体を使った移動――跳躍、反転時、足首を痛めないよう【風魔法】で
一刻も、保たず身体が限界を迎えたので、後は【風魔法】で気ままに飛ぶ。半日程度なら
三者三様。シルフィア宅に戻る。
僕は
―――【雷属性魔法】を習得しました。アナウンスは早々に流れている。恐らくニビも手に入れているだろう。電光石火の魔法習得速度だ。微々たる魔力で早々に覚えられるのは魔法特性か。筋力と敏捷の底上げが可能な雷魔法はこれから重宝していくだろう。被検体一名と一匹により安全性も立証されたので、アーシャにも教えないとね。
今月の商団はたった二人。
そのうちの一人はふっくらとした顔立ちの商人ことドルムルさんである。顔のパーツには特徴がない。ただ優し気な雰囲気を纏っているお爺さん。相変わらず善良そうな商人だ。一緒にきている女性商人も他の村人と顔見知りのようで仲良さげだ。
二人しか来ていないわりに、物資は充実しているようで、村の皆も満足に取引出来たようである。
「いつもありがとうございます。可愛いお嬢ちゃん、元気にしておりましたかな?」
マリアと僕におべっかを使ってくる。僕、可愛いのかい?信じて調子に乗っちゃうぜ?
「こちらこそよ。それと…例の情報ありがとうございました。ご忠告にあった方々とは一悶着ありましたが、返り討ちにして差し上げましたわ。」
真実と
「お嬢さんがここにおるということがなにより。ご家族には御贔屓にして頂いておりましたから――本当に良かった。」
柔和な笑みは心から心配してくれていたことが分かるし、今月の
穏やかな日々。二歳を迎える頃。
そういえば呪い関係について何も触れてなかったので日常と共に触れて行こうと思う。
母の畑仕事――用水路に水を供給する仕事を始め、父との剣術稽古が始まった。
剣術は素人、知識の知の字もない。素振りは父がいない時。上段からの振り下ろし。身体全体で剣の重みに耐える。
「いいぞ、シルフィア。剣の重心を捉え、身体の一部と化す感覚を掴め。」
「…うん。」
返事が出来る。呪いとは。【話し掛けられない】だから、話し掛けられた分には話し返せるのか、まだ幼児だから性の対象としてこちらが自覚してないために引っかからないのかは不明だ。それとも
自主錬用の指導は早々に切り上げる。
木剣を構え、実践形式を取る。原則、父が僕の体に攻撃を与えることはない。
分かっていても、不意打ちでもなんでもない真正面からの戦いは初だ。胸を借りて、上段からの袈裟切り、右、左、右、左――と
魔法修行のように好き勝手しているだけでない、師の教えを剣を通して学ぶ。
こういった時、アーシャは
剣術練習では魔法は行使しない。何故なら、魔法が使えなくなった時、節約しなければならない制限環境下を想定しているからである。
剣に振り回されず、丁寧に打ち込む。動作が悪ければ、手の平や手首を痛めてしまうから。貴重な時間を割いての訓練だ。無様を晒せば、今度は死ぬだろう。両腕を斬り飛ばされ、胸に裂傷を食らうだけではない。確実に心臓や、脳を破壊される筈。あの時のような爪の甘い攻撃では終わらないのだ。
この
「—――そこまで。」
「…ありがとうございました。」
疲れ切って、尻もちをついてへたり込む僕を、
汗でべたべたなので、水魔法で水球を作り頭から被る。
「—――ふう、気持ちいいな。ありがとうな。魔法の腕はもう父さんを超えたな!はははっ!できたらもういっちょ水を作ってくれ。喉も潤したい。」
「うん。」
水球を作り、魔法操作により、一口サイズに分離――飲みやすいよう口に運んであげる。ルイ《父》は
魔法で出来立て、不純物のない天然水は身体を動かした後の一杯には最高だ。風呂上がりの珈琲牛乳のような感覚だ。ピンとこなかった人よ、令和時代、サウナ上がりのオロポ(オロナミンCとポカリスエットの配合飲水)が感覚として近しい。
「もー、びしょ濡れじゃない。
「おお、マリア。世話を掛けてすまないな。」
「…
「シルちゃんもでしょう?うちの子は本当に優秀で気の利く子ね。ちゅー」
「—―おいおい。僕だってそこそこ気が利くいい男だろう?そこは僕にもちゅーしてくれよ」
「娘と張り合わないの!はぁ。ルイ《パパ》ったら、どうして、たまに子どもっぽいのかしら。」
「男なんてそんなものよ、うちのホセも大きな子どもにしか見えない時あるしねぇ。」
いつも通り、お茶に来ているミーシャはフォローなのか、そうでないのか。現実を諭すようにマリアに伝える。
二対一で形勢不利と見たのか、ルイは言い返すことを止めたようだ。引き際が肝心、敵に回しちゃいけない人を心得ているようだ。
「アーシャ!そろそろ帰るよ!ニビも連れておいで!」
「ママ!ニビもいるよ!」
アーシャは母に呼ばれてすっ飛んできた。当たり前のようにニビも半歩後ろで追従――待機する。ミーシャに抱き着く辺り、
最近のアーシャはお姉さん風を吹かせすぎというか、二歳児とは思えない程しっかりとニビ《狐》の教育に―――下の子に恥じぬ
この世界の常識—――情操教育
思考の沼に――深みに嵌まって一人悶々としていた僕が、こんなものなのかもしれないと
寧ろ、
剣術稽古が始まっていることは小さな村ではすぐに広まる。
素振りをしていると、見廻り担当の人がちらっと声を掛けてくれ指導してくれる。
特筆すべきは、ガンダルフさん、ザンダルフさん、ダンダルフさんの三人で三つ子だ。顔は当たり前だが、身長、体型、声や仕草までも全く同じで厄介なのである。声優がアテレコしたとしても一人で良いし、微妙に違う…なんて面倒な事もしなくていい――地球ならコスパの良い三つ子なのである。巡回中の恰好――装備は三人とも軽装で、お洒落でもない。服は服の機能しか有していない。染色された色も緑で統一ときたもんだ。唯一、槍、剣と小盾、金砕棒といった具合で見分けることができる。槍のガンダルフ、剣のザンダルフ、金棒のダンダルフという具合に。武器が違えば筋肉の付き方くらい変わってもいいのに、どうなっているんだか。ステータスのせいで鍛えた弊害――角質層の硬化――
初めに挨拶されたときは武器を意識的に見てなかった―――当たり前だよね?普通顔とざっくり服装――全体を見る程度で、ガンダルフ、ザンダルフ、ダンダルフと違った名を名乗ってくるもんだから初見詐欺も大概にしろって感じで三番目に挨拶してきたダンダルフさんのことは無視してしまった。わざわざ話し掛けたわけではないが
顔の見えないインターネットだから、初見詐欺しても本当に気付かないでいられるのであって面と向かってやられるのも三回となると驚きや困惑から怒りに変わってしまう。
不愉快で面倒くさいおじさんだと思うし、名前を微妙にもじって変えて、結局どれが本当の名前なんだよってね。
「初めまして、ダンダルフだ。」
「…。」
ぷいっ。
相手にしてられるか!
「…ママ、このおじさんの本当の名前は?」
「こんにちは、金棒のダンダルフさん。…ああ、そうよね。ガンダルフさんとザンダルフさんとダンダルフさんは三つ子なのよ。みんな同じ顔だし、自己紹介の度に名前変えてくるいたずらおじさんだと思うわよね。でも全部別人なのよ?」
ダンダルフは幼子に
前世では三つ子なんて
タルク村の三割は
この村癖が強いわぁ――と思うシルフィアであった。
自分も転生者という癖の強さをもっているくせに。
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