第3話:人攫いは油断した時にやってくる
雨の音。ガタンゴトンとうるさい中、ビシャっと時折鳴る。車で水溜りを勢いよく通った時の音に似ている。
いつもと違う、変な揺れも感じる。
この違和感の正体はなんだ?目をうっすら開け、辺りを見る。外は真っ暗。
荷台のような場所に乗っている。荷台の
「いそげ!」
「これが最速だよ!」
御者席から聞こえる聞こえてくる声も両方男の声。
どちらも
乗ったことはないけど、馬車ってこんな感じか?荒すぎるわ
隣をみれば、アーシャもいる。僕達の親はいない。攫われたか。
起きた事に気づいたのか、荷台の後ろにいる男がこちらに寄ってくる。
「これからお前らは売られるんだよ。分かるかぁ?っひひ。俺様がかっさらってやったんだぜ?すげえだろ。」
腰にショートソードを差した薄汚い格好で無精髭を生やした男が仕事を終えたと言わんばかりに酒を呷っている。【鑑定】〈ヒンズ〉と名前が出てくる。酒くっさいし、やはり知らんな。鑑定するまでもなかったけど、もしもがあったらいけないからね。
僕達の現状把握はした。こいつらは平穏を脅かした屑だ。慈悲はない。油断している今しか
「酒を飲んで落ちちまったらしい。拾いに行くか?」
「ああん?クソが。ほっとけ」
「あいつにゃ、顔がバレてんぞ。旦那も顔が割れちまうぞ?このあたりで仕事が出来なくなっても良いのか?」
「…はぁ。止まれ、止まれぃ!この馬鹿馬どもが!!」
ゆっくりと雨の中、荷馬車の動きが止まる。
未だに
魔力を込め、十程の
落ちた男を拾う為、御者から降りる男たち。
一人がまたこちらを窺う。腰には護身用程度の短刀。こいつが商人か。【鑑定】の結果、〈ヒギト〉と出る。顔はよく分からんが、武器でなんとなく判別できちゃうわ。
もう
気づかれる前に、撃ち込む。今撃てる限りの
荷台前に陣取っている男――
離れていく男もドシャっと倒れたのが分かった。檻にも入っていないし、夜中という事もあって少数だったのも助かった。
確実に倒せているか、確認はしないと。風魔法で
重力魔法なら雨風は防げなかっただろうけど、風魔法で
どれどれ…。カチャっと音が鳴り、抜刀術を諸に受ける。
「—――!!」
両腕が千切れ飛び、胸もバターのように切り裂かれる。風魔法で身を包んでいたのが幸いして、軌道が逸れた。間一髪首を跳ね飛ばされずに済んだ。が、痛すぎて声が出ない。意識は痛みで手放せない。激痛の波がそれを許さない。まるで拷問だ。魔法なんて維持出来ず集中が切れて、地面に落ちる。
「ああん?ぐぶぅっ、赤ん
ふざけるなよ、美幼女に剣を振る馬鹿がどこにいるってんだ。中身は男だけどな。いや前世が男だっただけだがな!郷に入っては郷に従え、そのうち中身も女になって見せるんだから!違う!今はそうじゃない。
気が狂いそうな痛みで現実逃避しちゃったわ。
「どこに、がぐれてやがるっ!!」
僕は腹臥位姿勢で倒れた横目で確認する。
赤ちゃんを囮に使って死亡確認をしたのだと思ったのだろう。剣を構え、四方を見渡している。息遣いは相当に荒い。
腹部や太もも、首筋に頬肉の一部が削り取られているのが分かる。
前世だと致命傷の筈だが、生きている。ふざけた
ドクドクと血が流れ出ているこちらもこの状況でぎりぎり生きているんだから文句は言えないか。水魔法で純水を生成せず、環境を利用する。四方に新たな
「ぎゃっ!!」
全てを捌くだけの技量はないようだった。
前方二発は往なし弾いて見せ、左端は体を捻って躱しやがったが後方の二発が直撃する。
倒れ込んだ人攫いに向けて更に
痛みで気絶しかねないが、【再生】スキルが発動しているおかげで傷はもう塞がっている。
雨に打たれ、泥まみれになった体を温風を纏い保温しつつ、水分と泥を除去する。
生え変わった腕は元と変わらずちゃんと動く。
筋力が弱まっている可能性もあるが、筋力は鍛えていない。
今は
風魔法でアーシャを包み込み、浮かせる。
慣れた魔法は効率良く使える。浮かせる修行をしていてよかった。自分の体も再度浮かせる。
馬がブルルルっと雨に打たれながら、指示を待っているようだ。馬は扱えない。人攫いの増援が来るかは分からないけど、アジトはある筈だ。報連相の大切さを知っているかは不明だがな。仕入れがあるなら連絡が入っていてもおかしくない。このままだと悪党達に再利用されかねないので馬には申し訳ないけど、一瞬で命を刈り取らせてもらう。一瞬だから許しておくれ。
現在地が全く分からないが反対方向に行けば戻れるというか近くには辿り着けるはずだ。
「しぅ?」
アーシャが起きてしまったらしい。
現状説明できないし、しても分からないだろうから、とりあえず手を繋いでやる。
「…ねんね。」
辺りが暗かったので、また寝るようだ。ある意味、大物だな。
死体の処理は諦めた。魔物に食い荒らされてくれればいいよね。
風魔法に包まれていれば雨風に曝されることはない。
歩くのは不慣れだが、風魔法をかけ飛ぶことができてよかった。
お互い軽いので出来る芸当だ。それでも村までは何回か休憩がいるかもなぁ。せめて道さえわかればなぁ。
この場から離れるためにも速度を上げて、出来るだけ道なりを進む。周りの木々の中なんて絶対に進まないよ。
一時間の浮遊移動で
今は
すると遠くから灯りに照らされた人影が二人。こちらに向かってきている。辺りが暗いからよく分かる。【鑑定】してみると、〈ルイ〉と〈ホセ〉だ。遠くでも目視できれば名前が出る。確かホセって――聞き覚えがないな。ミーシャの旦那さんだっけか?父親同士が迎えに来たと思うのが自然かね。
なんにしても魔力が尽きる前に合流出来たのは僥倖だ。
とりあえずこちらも光魔法で
「シルフィア!!」
「アーシャ!!」
灯りに照らされ浮いている我が子達に驚きつつも、抱きしめる。取り敢えず
全力で村へ帰ったのかルイ《パパ》は息が上がっていたが、馬より早かったと思う。脚力が凄い。うちの
夜中なのに村は結構明るかった。いつもが家に魔石灯を一つ作って照らしただけだとすると、その二倍の光量が焚かれている。
村人たちは、
「ああ、シルフィア!よかっだぁ」
「アーシャ…は寝てるね。うぅ…このこったら。」
二人の反応は異なったが、僕達を抱き寄せると、どちらも抱っこして離さない。用意してあったのか
事の顛末は聞いている。即効性のある短時間だけの
眠りから覚めた
翌朝には
「あいつらの名前さえ分かればねえ。
「本当よ。
二人で夜警していたのが、四人から五人に増えたのだ。夜警を強いられる日数が四日から五日だったのが二日に一度の順番だと厳しい。ステータスの恩恵があっても普段の仕事もある中で、精神的な安らぎを得られないのは問題だ。
事件から一週間ほどしか経ってないが、夜警担当の男衆達は普段よりぴりついているという。開拓民なだけあって、逞しい男衆揃いだ。わざわざ辺境に居を構えるのだから当たり前だ。力仕事は出来ない、魔物とも戦いたくない、いざというときに頼りにならないじゃ、開拓民は務まらない。それなら安全な都市にいて、日銭稼ぎをすればいいのだから。
「シルちゃんどうしたの?」
「…ひんず、ひぎと、ぐんた…おとこのなまえ」
こちらに気づいた
ママ《マリア》は絶賛絶句中。
「ちょ?!っどういうことだい?男たちが名乗り合ってたのかい?」
「…うん。」
そういうことにしておく。
「あたしが男たちに伝えてくるから、アーシャのこと見てておくれ!」
「うん、こっちは任せて!ヒンズ、ヒギト、グンタよ!!」
わかってるよ、と出て行った先でミーシャの声が聞こえてくる。
「お手柄ね!シルちゃんすごいわぁ!ちゅっ!」
アーシャと僕を抱き上げて頬にキスをして、ベッドで川の字ならぬ小の字を形成して寝転がる。アーシャも
「ゲヘトの旦那ぁ!冒険者と商人ギルドの連中が上級冒険者まで使って嗅ぎ回ってますぜぇ?!」
「ああ、知ってるよ。ヒギト達が割れちまったらしいな。ったく、
ゲヘトと呼ばれた大柄の男は苛立ち、愚痴をこぼしている。
「報復だ。」「いいぞぉ!」
「この町から出てく代わりに開拓民の連中全員嬲り殺しにしてやる!!」
「俺も一枚嚙ませてくれ!」「楽しみだな!」
シア国、都市サースのヘルデ港の倉庫に集まった
違法人身売買…組織名『ジンサイ』は一枚岩ではない。いくつもの
そうした
「ゲヘトの旦那はどうするんで?」
側近らしき男が
「俺達は隠れるさ。腹は立つがな、上級冒険者様がきちゃ、俺様も秒殺よ。ここは逃げに徹して、身を守る。なあに、ほとぼりが冷めるまでの間、稼いだ金でしっぽりやろうや。」
声を落として、他の連中に聞かれないようにゲヘトは喋る。
それに気づき、
「ここで殺し合うのはまずいですが、タルク村に腹いせしなくていいんですかい?たかだか十世帯もいない男衆や番の女どもなんて屁でもありませんでしょう?」
「わかってねえなぁ。たかが、十世帯もない村だから報復に行くんじゃねえかってギルドの連中は考えるわけよ。そしたら一網打尽よ。他の馬鹿どもに聞かれちゃいけねえのは…トカゲのしっぽ切りってわけだな。」
黒い笑みを右後方にいる側近にだけ見せるようにして、表情は手で覆い隠している。
苛立ちをおさえるように且つ、思案しているような雰囲気を出しつつ。
それ以上はゲヘトも側近も何も言わない。険しい顔を作り、その場から出ていくのであった。
ステータス
シルフィア
Lv.1 【ランクアップ可能】
力:I 12→60 耐久:I→F 0→320 器用:D→C 520→660 敏捷:I 1→32 魔力:D→C 560→690 幸運:I→G 1→150
《魔法》
【水属性魔法】【風魔法魔法】【光属性魔法】
《スキル》
【再生】【獲得経験値五倍】【鑑定】
《呪い》
【男性に話し掛けることができない】
アーシャとの
それとやっぱり土魔法は覚えれなかったか。ちょっとしか使ってないしアナウンスも流れなかったし。属性魔法は覚えてて損がないと思うし練習しておきたいな。それにしても両腕切り飛ばされて、胸も切り裂かれたのに320しかあがらないなんて。いや320も上がったというべきか。痛みで焼かれるようなあの感覚と見合ってるのかと問われるとなぁ。
ランクアップは急いでする必要もないでしょう。前世の知識を活かすなら、このステータスの上げた分が次のステータスの基礎地盤になる筈だからね。パパ《ルイ》は剣士にもしたいみたいだし。上がり難くなるまではいいよね。
「しぅ?…めめ?」
闇魔法で視界を奪うというか単純に光を取り込む目そのものに
「あーしぃ…だいじぶ。」
小さい音が苦手で拙い喋りには目を瞑って頂きたい。これでも僕達の間では
手を繋いでいるから引率してもらうのも円滑に行われる。
今は母親達の椅子や机の下を冒険している。ぐっ、気を付けてくれよ、
お、やったぶへぇ。何度か肩や腰を打ち付けていたのだが、最後は習得と同時に顔面に打ち付けてしまった。なかなか
もちろん男の子だから気にしないぜ?というよりかは当たってダメージを負って耐久を上げる作戦なのだ。まあもう闇魔法は解除済みなのでそう簡単には当たらないけど。僕の動きが良くなったのが分かったようで
「ふふ、本当に仲良しさん達ね。」
「どっちかっていうと
「こどもなんてそんなものよ!結局はどっちかが振り回して振り回されるんだから!」
「
何を言っても無駄だと悟り、ミーシャは口を出すのを止めることにした。
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