第2話:赤ちゃんは赤ちゃんの面倒をみる
一歳の誕生日だからといって祝う事はないらしい。
まあ、これだけ大事にしてもらっているのに一歳の誕生日を前世の価値観で照らし合わせて祝われたいと、事を企てる気はない。そもそも発語自体まだ上手くいかないし。郷に入っては郷に従えだ。精神年齢的にも子供らしく喜べるかどうかいう疑念も多少なりにあるしね。
最近知ったのだが、お隣さんの奥さんにもお子さんがいるらしい。
僕と歳は変わらない一歳だそうだ。起きた時に僕のベッドに知らない子がいるのに気づいたのはつい最近のこと。本日もきた彼女はベッドに座っている。寝そべっていたり、はいはいの体勢より座っている方が好きなようだ。
彼女は水魔法でくるくると円弧を描く要領で移動したりするのが好きらしい。目の前で水滴を作り、あやしている。一歳児が一歳児をあやすとは奇妙なり。だが、これも大切に育てられている恩返しの一環だ。奥様同士で日々の苦労なんかたっぷり話して癒されてくれ。…ただ
「しぅ?」
おっと。お隣の御嬢さんこと、赤毛の癖っ気幼女ことアーシャちゃんに名前を呼ばれて、操作が止まっていることに気づく。意識が逸れるというか集中力が削がれると水魔法の操作が覚束なくなる。さいわい、そのままピシャっと顔にかけたりして粗相をしない程度には上手くなっている。滑らかな動きを再現するなら水魔法単体で操作した方がうまく、風魔法で操ると
「きゃっきゃ。」
動き出した水滴の舞はお気に入りだ。ものすごく喜んでくれる。正直可愛い。赤ちゃんって可愛いわ。お前も赤ちゃんだろってツッコミはやめてくれ。赤ちゃん詐欺してる僕には効く。
魔力を消費して疲れてきた頃、ご飯の時間がやってくる。
「さ、そろそろ離乳食から幼児食にもチャレンジしてみようね」
抱き上げられた
「はい、あーん。」
「あーぅ。」
ふむ。食べやすいように切ってくれているウルフのお肉は柔らかい。焼いてから圧力でもかけたかのようなとろとろ煮具合だ。料理上手だな。顎の発達に丁度いい。大人ならこの位の硬さはとろとろと表現しているだろう。僕はまだ赤ちゃんだから咀嚼力がない。それでも前世の記憶があるのでこれは柔らかいお肉だと判別できるのだが、アーシャちゃんはどうだろうか。
「…んぅ~。あっあ!」
「あら、アーシャ気に入ったかい?食べれるだけゆっくり食べようね」
かなり険しそうだが、食べれないことはないといった感じか。初固形物に咀嚼の大変さを思い知らされているようだが、美味であったようだ。
アーシャママもご機嫌だ。
「
やばい、
僕の反応がそんなに悪かったか。催促の一つでもしようか。
「ほら、
「あら、ほんとう!ごめんなさいね、いっぱい食べましょうね。」
みなが満足気に初の幼児食をチャレンジを終えた。因みにパパ《ルイ》は仕事だ。畑仕事、魔物・獣狩り、木材集め、村の巡回等やることに事欠かない程多忙である。
ご飯を食べてもすぐに寝るわけにはいかない。なんせ
奥様達の
働かざる者食うべからず。ともいうし。返せる恩は返せるうちに。
それにしても男衆の働きっぷりは凄まじい。誰もがステータスの恩恵があるので疲れ知らずの超人集団にみえる。一から開拓して自給自足生活を成立させてしまう程に逞しい彼等が若いというのもあるのかもしれない。女性陣が何もしないという訳でもない。畑の水撒きや家畜の世話、家事や子供の世話は基本的に彼女等の領分であるからだ。用水路に水魔法で水を大量生成したり、餌やりから掃除、起床から午前中のうちの半分はこれで終わる。ステータスは面白い。雑草を抜くと手先の器用さ、速く処理しようと試みると敏捷や筋力のステータスを使い、真面目に農作業するだけでも確実にステータスが伸びるのだ。魔物などと戦う方が早く成長するが、そのぶん
「しぅ、あーも。しう!」
なるほど。シル、アーシャも。する!って事なんだろう。一生懸命指先を見つめているのは可愛いな。自発的に学ぼうとするのも良いことだ。黙ってみていても何の進展もなさそうなので、とりあえず手を握る。魔力を流して指先から水が出るように。身体の中に魔力が流れこんだのが分かったのかびっくりしているけどそれだけだ。体中のアーシャ自身の魔力をゆっくり流して手伝う。
後は水を
「あぃ!」
何となく伝わったのか、数秒じっと見つめているとアーシャは水魔法により水の生成に成功した。そっと手を放した後も指先からぷくりと水を生み出している。
「きゃっきゃ!みぅ!みぅ!」
アーシャは大はしゃぎだ。
流石に娘が急に発したことのない単語を喋り、はしゃぎ出したら何事かと
「アーシャ、教えてもないのに水魔法なんて…」
「すごいわね!
見事、赤毛をアーシャに継承したであろう本人――短髪糸目ママことミーシャと呼ばれたアーシャの母親は驚愕し、
マリアにバシバシと背中を叩かれ、しまいには我が
「とんびが鷹を産んじまったようだね。家庭教師とか雇った方がいいのかね…」
水に濡れた顔を拭きながら思案しているようだが、そういったことは旦那としてくれ。うちの
このことは夕食時、うちの家でも話題に上がる。
「それでね、アーシャちゃんにびゅぅって水をかけられたミーシャが我に返るとことか最高だったわよ。」
「いや、そいつはすごいな。うちの
ぼくは抱きかかえられ、悩む。きっとこの先もアーシャは水魔法の使い方を教えろってせがんでくるはずだし。いつもやってあげていたのにやらなくなったら泣いてしまうだろう。それならここらで僕もできるってことにしてしまえばいいのかもしれないな。隠れて練習してたけど、隠す必要も別にないし。というわけで。
「うがっ!」
「きゃああすごい!みた!?私達の
「シル、分かったからもうやめてくれ!…びしょびしょだぜ…」
思いの外、
次の日からは、アーシャと僕が水魔法でくるくると移動させて遊んでいるのを見たりしている。もちろん僕が一足遅れて使えるようになったことも
手を繋ぐことでアーシャの魔法切れを起こさせないよう僕の魔力を彼女の魔力に変換することで丁度いい塩梅でアーシャも僕も魔力行使を止めるタイミングが同じくらいになる。魔力変換そのものはあまり効率が良くないっぽい。だけど、それが丁度良かったりする。パッと見では仲良く手を繋いで、水魔法を行使して遊ぶ赤ちゃんの図にしか見えないし。本来なら無理な魔力総量を一日に使うアーシャのステータスの伸びは著しい。確実に何十倍もの魔力を使っているので自主練習していた僕よりも伸びがいいかもしれない。【獲得経験値五倍】があるので同時に
アーシャは感覚的に僕と手を繋いでいた方が魔力行使が楽だと早々に気づいたのか、基本的に水魔法修行は僕と一緒にしかしない。そのため修行と言うより本当に
正直何でこれ程迄に隠したいのか自分でもよく分かってない。そうしたほうが何となくいいのではないか、と漠然と思っているというか直感がそう囁いているような気がすると言えばいいのだろうか。どうしようもない事なので今は放って置くしかないのだけど。
タルク村には月に一度、商団とその護衛がやってくる。
村の皆はそこで素材を売ったり、生活必需品やらを買い足したりする。貴重な機会である。それが今日である。例に漏れず、我が家も普段からあくせく働く両親が貯め込んだ素材を売りに行くところだ。僕も抱き上げられた状態で商人とのやり取りを眺めている。
「可愛いお嬢ちゃんだね。」
「ええ。うちの子、本当に可愛いの。それに魔法だってもう教えてるのよ。本当にすごい子なんだから!」
ふっくらとした顔立ちの人の良さそうな商人さんの他愛のない誉め言葉に、言わなくてもいい事まで喋るのがママ《マリア》の悪い癖だ。
まあ、親馬鹿全開なので、特に目の前の商人さんは気にしてない模様だけどね。
「奥さん、悪いことは言わないからあんまり御嬢さん自慢はやめた方がいいですよ。」
「あら、どうしてかしら?」
商人さんが小声で話すものだから自然とママ《マリア》も小声で聞き返す。
「ついさっきも、可愛いお嬢ちゃんを連れた奥さんがいらしたんだけど、その際本当に魔法を使ってるところをお見掛けしましてね。そっちには本格的に注意はしたんですけど。その子もそうかは知らないし知ろうとも思わないんだが、ちょっと今回の商団…商人の中には人身売買に手を染めてる疑いのある奴がいるんですよ。うちとしては他の商人も来ている中、毎度贔屓にさせて貰ってるもんだから、そのね…?まあ、五年目の付き合いにもなるわけですし…。」
「なるほど。ドルムルさん、わざわざ情報を流してもらってすまない。」
父に名前で呼ばれた商人――
周囲は他の村人家族もおり、なんならサルク村やナルク村から足を運んで買い物に来ている男性村人もいる。護衛できている人達も買い食いをしていたりと、それなりの賑わいを見せているので、大丈夫だと思う。ふむ…でもおかしいな。僕との
まあ、人身売買をしてる奴からしたら子供、いや赤子のうちに奪った方が簡単に従順奴隷に出来るし、買い手を親や主人というていで刷り込むこともできる。そうすれば反抗の意思を持たれることは殆どなくなり都合のいいコマが手に入るわけだ。男でも女でも関係なく益しかない。
「それじゃ、ウルフの皮一枚あたり三百メルを十枚、牙が一本当たり、百五十メルで二十本、この魔石の買い取りで…一万出そう。合計、一万六千メルの取引でどうだい?」
「ああ、助かるよ。それじゃ、岩塩を一樽に、シア産布地を一
「それでしたら、岩塩一樽二千、シア産布地一巻き千メルで三千メルです。お買い上げありがとうございます。」
最初に金貨一枚、銀貨六枚を
つまり、金貨一枚が一万、銀貨一枚千メルということなのだろう。高いのか安いのかよく分からんが、一万三千メルは貯蓄できたのだという事が分かる。
「出来たらミーシャ達の家にも探りを入れてる人がいないか警戒してあげてね。」
「分かってるよ、
荷を家に置くと、
「さ、私達もご飯と保存食の準備よ。良い子にしててね~」
ベッドに連行される。寝かしつけまではされない。貯蔵庫からウルフの肉を取り出すと今日買った岩塩樽の中から、拳大の石、いや塩を取り出し塩揉みしていく。
すり鉢を取り出し、何かの実をゴリゴリと粉末にしている。【鑑定】スキルで確認すると、ペッパーの実という事が分かった。胡椒だろうな。地球でもブラックペッパーだのホワイトペッパーだのよく聞いていたペッパー一族に違いない。異世界でもよろしく頼む。擦りこまれた肉を木の皮で簡単に包んで再び貯蔵庫へ。
今度は使い余している岩塩をすり鉢に、森で取れるハーブを一緒にゴリゴリと砕き、麦酒と合わせ、ウルフの肉を漬け込む。こちらは干し肉作りだね。前世の記憶が確かならワインとかで作ってたと思うけど。保存食からご飯の下準備から
僕も魔法の練習がしたいから…使ったことないけど光魔法を使おうか。窓越しから僕の姿が丸見えだから
なかなかに
ステータス
シルフィア
Lv.1
力:I 10→12 耐久:I 0 器用:E→D 450→520 敏捷:I 1 魔力:D 500→560 幸運:I 1
《魔法》
【水属性魔法】【風魔法魔法】【光属性魔法】
《スキル》
【再生】【獲得経験値五倍】【鑑定】
《呪い》
【男性に話し掛けることができない】
ふむ。器用の方が上がってるな。魔力変換と操作ばかりしていたからかな?
紙耐久な上に鈍足だ。まだ剣の訓練とかしてないからなぁ。今襲われたら詰む。なんだよ、一歳児で人攫いと戦う展開なんてイヤだよ。こういうのはある程度育ってから
あれから二日、商団はサルク村やナルク村に向かい、平穏無事に済んだようだ。どうやら気にしすぎだったみたい。僕が一人で心配してただけなんだけど。
今日も今日とて、アーシャは隣で魔法を使う。手を握り魔力変換を行いながら、【鑑定】を使ってみる。〈アーシャ〉としか出てこない。ま、何となくそうなんだろうと思ってたけども。名前しか出ませんよね。詳細がでるなら樽とか椅子の原材料とか出てもいいもんなぁ。こればっかりはしょうがない。手を繋いでいないと向こうから握り返してきて『供給は止めさせない』と言わんばかりの顔。背景に『ゴゴゴォ』って感じの。握り返すとご機嫌になるのが可愛すぎる。赤ちゃんのご機嫌取りって本当に幸せになれる。オキシトシン、セロトニン、ドーパミンの三種の幸せホルモンがこの小さな身体を蹂躙するのだ。
表現が素直でこっちの喜んでほしいって気持ちが
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