第83話 タタンの村⑤

 リアムの側に駆け寄った後、俺たちの動きは速かった。


 只、泣きじゃくるだけのリアムを宿まで連れ帰って、ローラが彼女の腕の手当を終える。

 針は大きなものじゃなかったし毒も塗ってなかったけど、結構深く食い込んでて、抜くのには随分手間取った。

 その時、俺はちょっと嫌な予感がしてリアムの傷口に口を当てて血を吸い出す事にした。


 腐敗菌の多い墓場で怪我をしたんだ。万が一、破傷風でもなったら、って考えもあったんだけど、それ以上に恐いことがあったんだ。


 それにしても……。


「こんなに深く刺す事ないだろ!」


「急だったから手加減できなかったのよ!」

 俺とローラの怒鳴り合いが続く間も、リアムは黙って俯いた侭だ。

 さて、どうやって声を掛けようかと悩む。



 と、そこで不意にリアムの声が響いた。

「私は……、死ななくてはなりません」


 それから、またも沈黙。


 でも、静けさも長くは続かない。

 優しく声を掛けようとした俺を押さえて、ローラの怒声が響き渡ったからだ。


「それはそれで良いんだけどさ! 理由ぐらいは教えてよね!

 あんた、一回はリョウヘイに命、救われてるのよ!

 黙って死ねるとでも思ってんの?!」


「!」


 ハッ、となった様に顔を上げたまま固まるリアム。

 俺に向けられた目には今も涙が溢れ、留まるところを知らない。


「ローラさんの言う通りです。すみません御主人様。

 それに私、ローラさんにも助けられてますから、一度じゃなく二度ですね」


「あ、あたしのは違うわよ! 勘違いしないでよね!」


 何故、ここでツンデレ……。

 とは思うけど、そんな俺を置き去りに話は進み出す。

 でも、割り込んででも有耶無耶にすべきだったって、すぐに後悔する事になった。


 だってリアムの告白は、聞く方だって目の前が真っ暗になるものだったんだ。



「私は、この村で子どもを殺しました。

 それも、ひとりやふたりじゃありません」


「なっ!」


「……」


 思わず声を上げる俺と息を呑んだまま固まるローラ。

 止めようと思うけど、ふたりとも声が出ない。


「私が戦奴になって最初の頃は木剣での訓練だけが行われましたが、最後には実戦に向けての仕上げも行われました。

 ええ、当然ですが、真剣を使って本当の殺人に慣れる訓練です……。

 そして、訓練に選ばれたのが……、この村でした」


 一息吐いて、更にリアムの言葉が紡がれていく。


「この村は過去に何度か侯爵軍が入り込んだと噂されていた村です。

 その上、侯爵からいくらか援助を受けていた、と云う噂まで流れていましたので、村ぐるみでスパイをしているとも見られてもいました」


「それで、しょ、証拠が見つかったのかい?」


 俺の問い掛けにリアムは首を横に振る。

「全くの嘘です。 只の口実でした。

 ですから、この村が一度廃村になったのは証拠を消すために侯爵軍に襲われた、という事になっています」


「じゃあ、今居る村人は?」


「入れ替わったんじゃないの? 前来た時は村長も、もっと爺さんだった気がしたのよねぇ」


「はい、ローラさんの仰る通りです。皆殺しにしましたので、前の村人はひとりも残ってはいません」


 さりげなく恐ろしい事を口にしながら、話は続く。


「ところが私達の襲撃の直後に大きな洪水があって、この辺りの地形が大きく変わったんです。それで、ここも拠点としての価値が出来ました。

 ですから男爵も考えを変えたのでしょう。村は残すことにして、新しい人達を入植させたと聞いています」


「なるほど、まだ、村としては新しいんで外との繋がりに臆病だったのか……」


 村人がいきなり襲い掛かって来た理由がやっと理解できた。


 暫く黙り込んだ俺は息を大きく吐く。

 その吐息を聞いて、リアムは目を伏せた。


 どう声を掛けて良いのか分からない俺。

 そんな中で顔を上げたリアムは、次第に狂気じみた笑い顔を作っていく。

 そう、今、リアムは泣きながら笑ってた。

 それから、表情と同じに引きつった彼女の声が俺の耳を打つ。


「さっき言った通り、この村の人々は皆殺しにされました。

 ひ、ひとり残らずです」

 段々と上擦ってくるけど、リアムの声はどんどん大きくなる。


「わ、私は、子どもを殺すように命じられました!」


 その言葉にローラの目が見開かれて、喉が“ゴクリ”と鳴る。


 音に気付いてか気付かずか、リアムの声は更に高くなった。


「わ、私が最初に殺したのは、ど、どんな子どもだった、と思います?」


 聞いちゃいけない。リアムを止めなきゃいけない。

 そう思うんだけど、俺の喉もローラと同じに固まったみたいになって、まるで声が出やしない。


 そんな焦りを余所に、リアムが遂に言ったんだ。


「実はですね。実は! 子ども、じゃあ、なかったんですよ! 御主人様!」


 そうしてケラケラと笑い出す。


「ええ、そうですとも。私が殺したのは、子どもどころじゃあ、なかったんです」

 焦点の合わない瞳のままに、同じ言葉を繰り返す。


 それだけで、リアムが何をしたのか……、分かった。


「分かった、もう良い! もう言うな、リアム!」


 思わず怒鳴る俺だけど、リアムの声はそれすら掻き消す勢いだ。


「そうですか! 分かって下さいましたか! なら、なら良いですよね!」


 それから、不意に小声になる。


「私、もう、ここでお別れして良いですよね……」


 そう言うと、リアムは口を大きく開いて舌を突き出す。


 やっぱりだ! 嫌な予感が当たった。


 反射的に俺の身体は動く。


 今までの唇を濡らす程度の唾液と違って、しっかりと呑み込んだ血から生み出された『力』の効果は凄まじく、俺の身体の動きは桁違いに速い。

 一気にリアムに跳び付くと、開かれた口に何本かの指を突っ込む。

 続いて何が起きたか分からぬ侭に暴れようと立ち上がった彼女の腹に、少し強めに当て身を喰らわせた。


 こうなるといくらリアムだって、流石にベッドに倒れ込んでしまう。

 完全に伸びてしまってるけど竜人である以上、命に別状は無い筈だ。


「ふぅ。あぶねぇ~」


 ホッと息を吐いた俺の後頭部に直ぐさま衝撃が来た。

 ローラにぶん殴られたみたいだ。


「な~にが、『あぶねぇ』よ! 女の子にいきなり何してんの!」 


 あまりの俺の速度に途中の指の動きは、まるで見えなかったんだろう。

 勘違いしたまま首を締め上げて来る。

 目が結構マジで、恐い。


「ち、違うって!」


「何が違うのよ!?」


「今、リアムは、ぐぅ! し、締まってるぅ~」


「ほら、緩めりゃ良いんでしょ。それで、何よ?!」


「今、リアムは、舌をかみ切ろうとしたんだよ」


 言い訳をしながら、俺はリアムの口にハンカチを押し込んで猿ぐつわを作る。

 ハッと気付いた様に、ローラもリアムを後ろ手に縛り上げ始めた。


「……、そ、そうか。あ、あたし、恐くなって、リアムの顔、まともに見れてなかったから……。 ゴメン……」


「いいよ。あれじゃ仕方ないさ……」


 そう。 リアムのこの様子じゃ、明日、川を渡るのは諦めるしかない。

 まずは落ち着けなくっちゃ。


 それとも、逆にこの村から早く離れた方が良いんだろうか?

 でも、今の状態のリアムをどうやって連れだしゃあ良いって言うんだよ?

 だから、落ち着けなくっちゃ、って考えたんだろ?


 思考が堂々巡りになる。


 ふと、ローラと視線があったけど、首を横に振るだけで、とっくに諦め顔になってる。 どうやらあっちの頭の中も、俺と同じ状態らしい。


 ふたり同時に吐き出された大きな溜息が、闇夜に溶けて消えた。






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